この女

著者 :
  • 筑摩書房
3.60
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  • Amazon.co.jp ・本 (309ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480804310

作品紹介・あらすじ

甲坂礼司、釜ヶ崎で働く青年。二谷結子を主人公に小説を書いてくれと頼まれる。二谷結子、二谷啓太の妻。神戸・三宮のホテルに一人で住み、つかみ所がない女。二谷啓太、チープ・ルネッサンスを標榜するホテルチェーンのオーナー。小説の依頼主。大輔、甲坂礼司に小説書きのバイト話を持ってきた大学生。礼司に神戸の住まいを提供。松ちゃん、釜ヶ崎の名物男。礼司が頼りにし、なにかと相談するおっちゃん。敦、二谷結子の弟。興信所経営。結子のためなら何でもする直情型の気のいい男。震災前夜、神戸と大阪を舞台に繰り広げられる冒険恋愛小説。3年ぶり、著者の新境地を開く渾身の長篇書き下ろし。

感想・レビュー・書評

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  • 森絵都さんは10代の頃に好きだった作家さんだ。
    中高生を主人公にした小説のイメージだったから、こういう作品もあるんだと驚いた。

    登場人物全員が特殊な生い立ち、境遇なので、誰かに特別感情移入して読めるタイプの小説ではなかった。
    けれど読みにくさはなく、本当に小説家ではない甲坂礼司が書いているのではないかと思わせられた。
    若くして全てを諦めている礼司が『ある種の回復力』を持ったタフな結子と過ごすうちに少しずつ変わっていったのだなあと思うと、感慨深い。

    40章で、
    『本来ならばここでこの小説は結ばれるはずだった。
     しかし、現実は小説よりもタフだった。』
    とあり、松ちゃんが17日にやろうとしている事が明らかになる。礼司はそれを止めに行くと言う。
    終わるはずだった小説を続けてまでそれを書いたら、普通は17日の顛末も書こうとするのではないかな、と私は思った。私が素人だからかもしれないけど。でも、礼司だって才能があるにしたって小説の素人のはずだし。
    17日に自分の身に何か起こるかもしれないから、そこで終わらせて教授に原稿を送っておいた、とも考えられるが、17日の朝に震災が起こるのでその前に教授に原稿を送っておいたことにならないと辻褄が合わない作者都合の気もしてしまった。
    けれど、先が見えないなか現愛進行形で書き進めてきたという体の小説の終わり方としては、とてもきれいで好きだった。やっぱり甲坂礼司には才能があるっていうことかな。

    礼司と結子が震災でどうなっていたとしても、この小説はバッドエンドではない。そこがよかった。
    冒頭の教授からの手紙が誰宛てなのか、大輔が登場した時点で大輔だろうと思った。が、途中でもしかしたら違うのかも?と思わせてくる。
    全て読み終わって冒頭の手紙をもう一度読むと、大輔だとわかる記述がきちんとある。すごい。
    そして大輔に関してもバッドエンドではなかったとわかるのがよい。
    おそらく海外でフィールドワークということは、夢が叶って物書きになったのだろか。それとも別の道をみつけたのかもしれないが、いずれにせよよかった。

  • ひょんなことから、釜ヶ崎で暮らす日雇い労働者の青年が、
    有名ホテルチェーンの社長から、妻を主人公にした小説を書いてほしいと頼まれる。
    その妻というのが釜ヶ崎の出身で、水商売を経て社長婦人の座を得たという、
    波乱万丈の経歴を持つらしい。
    はじめは「私の自叙伝」という、いわゆる金持ちの道楽かと思われたが、
    社長の本当の狙いは全く別にあった...。

    釜ヶ崎というのは大阪のあいりん地区と言われるところで、
    犯罪者が逃げ込み、政治家さえその扱いを持て余す、日本社会の最も底である。
    そこに暮らす、いやそこでしか暮らせない人々の現実を見せつけられ、
    暗澹たる気持ちになった。
    その住人は皆一様に、複雑で悲しい事情を抱えている。

    ボランティアで、死にゆく人の最期を看取っている松ちゃんは、
    看取る代わりにわずかな遺品をもらい、路上で売り、
    それがたとえ500円だったとしても、次の病人の介護に使う。
    「おのれの遺品が誰かのためになる思たら、人間、なんぼか安心して死んでいける。
     どないな人生送ってきたかて、最後は人の役に立てた思うて、
     大手振ってあの世へ行けるんや」
    どんな境遇にあっても誰かの助けになりたいと願う。
    取材の中で拾ったのであろう、リアリティー溢れる珠玉の言葉だ。

    親に絶望し、社会の底辺でもがき苦しみながら、
    それでもなんとか生きて来た、主人公と小説のヒロイン。
    二人に希望の光が差し、明るい未来が見えかけるところで小説は終わるのだが...。
    この結末はやるせない。

  • この本は「構成」の重要さを再認識できた一冊でした。

    恐らく…この本を読んだ人の多くは、物語が終わってから、冒頭の教授の手紙を読み返してしまうのではないでしょうか?

    私もそうでした。

    あの手紙は別に物語の最後でも違和感がない内容ではあるものの・・・でも、やはり冒頭にあるべき手紙ですよね!

    最初にその手紙を読んだ読者に「どうやら阪神大震災で主人公の行方が分からなくなっているらしい?」という情報を入れることがミソといいますか…

    その効果は、私には絶大でした。

    阪神大震災があった1/17に一日一日近づいて行く主人公に「どうか、地震がくる前に東京へ行って!」と祈るような気持ちにさせられてしまいました。

    最初に誰かの手紙を置いて、そして物語が始まる…という構成は別に珍しくはないですが、この作品はその構成を無駄なく活用できているように思います。

    あの手紙はエピローグでもあり、エンディングでもあるのかな…いや~、シンプルながら良い作品でした。

  • 釜ヶ崎で働く青年は、とある出来事から「ある女」の人生を小説にすることを頼まれる。前金は100万円。
    掴みどころのない女の人生を紐解いていくと見えてきたものはーー。

    3大ドヤ街の1つ、あいりん地区が舞台です。
    久しぶりの森さんの小説は思いのほかすごく重くて、読了後は結構気分が落ち込みました。気持ちを入れて読みすぎた。

    物語としては明るい未来を予感させる決して暗いものではないんですが、阪神大震災やとある宗教団体、何より高齢化していくドヤ街の先行きなど丁寧に取材されて描かれたリアルさが重たくて、気持ちがそちらに飛んでしまいがちでした。

    とはいえ、幸せを考えられないくらいに必死に生きる人生の中で幸せに触れられた瞬間というものには涙させられるし、苦難の人生を歩んだ最期において「おのれの遺品が誰かのためになると思うたら、人間、なんぼか安心して死んでいける。どないな人生送ってきたかて、最後は人の役に立てた思うて、大手振ってあの世へ行けるんや」という言葉の真理が胸に響きました。

    森さんのこんな風な、弱さと強さを併せ持つ人間の力強さみたいなものに救いを感じた1冊でした。

  • 底を知った人間は強い、という陳腐も陳腐な感想しか出てこないのが悔しいですが
    ストーリー展開がまず面白いのと、登場人物が皆人間味溢れる人々なのも面白かった

  • 137:「僕」の語りの上手さと、テンポのよい関西弁、そして突き抜けた登場人物たち。「妻の小説を書いてほしい」と依頼された青年、甲坂礼司(=僕)と、小説の主人公となる掴みどころない女、二谷結子。結子の過去、人となりに触れていくうちに浮かび上がる陰謀。ミステリとまではいかないけれど、ときに痛快、ときにしんみり、と絶妙の配分で進む物語は、礼司の秘密が明かされたあたりから多様な意味、彩りを帯びてラストシーンに向かいます。
    最後まで読んで、えらい中途半端やなと思ったのですが、作品のテーマはすでに語られていて、投げっぱなし? と思わせたところもよく読めばちゃんと描かれていて、きちっとまとまった小説「この女(=二谷結子)」であり、「この男(=甲坂礼司)」である、という構成にまた感じ入ってしまいました……。派手さはない、癒しとか許しとか、あざとさもない。でも、確かに残るものがある。強いて言えば「再生」なのかな。あるいは「再出発」。やっぱり森作品すごいわ……!

  • 携帯もネイルサロンも当たり前に溢れているこの世の中のどこかに、ふたりがいたらいいなと思う

  • 最後まで読んで、最初に戻る。最初だけを3回読みました。彼が書いた作品はきっと読者を魅了してやまなかったに違いない。この女、はそれほどにメチャクチャながらもその時を精一杯生きていたと分かったから。確かに全部を読めば、この女、ではなくこの男、で良いような気がします。あいりん地区やカジノ、震災、虐待、宗教、ハンディキャップ。これだけの要素を入れつつ、決して読者を腐らせない、嫌気を持たせない文章には感動さえ覚えました。森さんの作品はカラフルだけでしたが、勿体ない。また幅の広い筆力を持つ作家さんを知れて幸せです。

  • タイトルからして絵都さんらしくなく、とても気になっていた。
    「この女」なのに、まず出てきたのは男で、しばらく「この女」はどこに、と思わせる。
    登場したころにはストーリーにすっかり夢中で、「この女」を待っていたことを忘れていた。

    男が小説をかいていて、それを読んでいるという設定がおもしろい。

    「ハンデがあるなら長所をのばせばいい」とあったが、
    まさかそのハンデが・・・・・・そんなこととは微塵も思わなかった。 

    • まろんさん
      ほんとに森さんらしくないタイトルで、ええ?っと思いますね?!
      macamiさんが、とてもひきこまれて読んだのが伝わってきて、
      読みたい気分が...
      ほんとに森さんらしくないタイトルで、ええ?っと思いますね?!
      macamiさんが、とてもひきこまれて読んだのが伝わってきて、
      読みたい気分がふつふつと湧き上がってきてしまいました。
      なにやら予想もつかない展開になりそうな「ハンデ」、
      いったいどんなハンデなのでしょう?
      気になってしかたありません♪
      2013/02/04
    • macamiさん
      ☆まろんさん
      まろんさん、お読みになっていないのに
      ネタバレ的なレビューを読んでくださって
      ありがとうございます。(ちょっぴり心苦しい...
      ☆まろんさん
      まろんさん、お読みになっていないのに
      ネタバレ的なレビューを読んでくださって
      ありがとうございます。(ちょっぴり心苦しいです。。。)
      タイトルからしてそうなように
      いままでにない絵都さんという感じで
      おもしろい一冊でした。
      まろんさんも機会がありましたらぜひ♪
      2013/02/05
  • 釜ヶ崎で日雇い労働をして生計を立てる青年、甲坂礼司。ホテル社長の妻の人生を破格の報酬で小説にしてほしいと依頼される。

    ドヤ街の労働環境、カルト教団など相当調査をしたと思われるが、描かれる人の気持ちに胸を衝くような感覚は味わえず…。森さんの持ち味ではない部分で「頑張ってる」感じがするからかなと思う。
    また礼司の抱える負の面について随所に伏線が仕掛けられているものの、後半それが判明しても膝を叩くような感じではなく無理に盛り込まれたような印象を受けた。(独り立ちして電話したときの父親の反応はリアルで良い)

    そんなわけで森作品の中ではもう一声! という気持ちになった本作ですが、好きな描写ももちろん多々あり。特に秀逸なのは結子の爪と滴に美しさと優しさを感じるラストの画。
    でも本当のラストは冒頭かも?
    最後のページを繰ったら、ぜひ頭に戻ってさらなる希望を感じてほしい。

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著者プロフィール

森 絵都(もり・えと):1968年生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞及び産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞等受賞。『この女』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』『あしたのことば』『生まれかわりのポオ』他著作多数。

「2023年 『できない相談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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