遠くの街に犬の吠える (単行本)

著者 :
  • 筑摩書房
3.75
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本棚登録 : 244
感想 : 31
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480804716

作品紹介・あらすじ

「遠吠えを、ひろっているんです」彼は水色の左目を光らせた。……消えていった音、使われなくなった言葉を愛し収集する人たちと作家・吉田さんの小さな冒険譚。

感想・レビュー・書評

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  • せつなさにのみこまれそうになった、一冊。

    まずページを開き、行き先さえもわからずに文字を追い始める。

    吉田さんが描く世界、紡ぐ言葉に何も考えず、ただひたすらたゆたい、心地良さを感じていたら…この物語の終着駅とも言える場所で、一気にせつなさにのみこまれそうになった。

    二人の、まるで二人だけのためにしか当てはまらない“偶然”という言葉がたまらなく心に襲いかかる。

    この封印されたバッテンの言葉の音、声を永遠に聴けるのはそう、あなただけ…なんですよね。

    そう思うと涙ひとすじ。

    あぁ、こういう恋愛の時間、せつなくて最高に好きだ。

  • 渡せなかった手紙。
    開封できない手紙。
    一瞬で届けられるメールやLINEと違って、届くまでに時間のかかるアナログな手紙は趣がある。
    「手紙というのは、これすべて声です。しかもそこには電話と違って時間のずれがある。長い距離、長い時間を経て封を切る手紙もあるでしょう」
    差出人が亡くなった後に届いた手紙。
    夏子はどうしても開封する気持ちになれない。
    それは大切な人からの最後の手紙だったから。

    羊羮好きの不器用な"天狗"からの"詫び状"にきゅんきゅんした。
    大学時代の成績は首位、出版社に入社して希望通り辞典編集部に配属された"言葉のプロ"であるはずなのに、好きな女性に対する想いを表す"言葉"だけは見つけることができないなんて、ニヤケてしまう。
    最後にこんな素敵な"恋文"をもらって、急に女っぽく変身した夏子はとても可愛い。
    恋って素敵…でも最後のバッテンに込めた言葉にならない想いを考えると、やっぱり切ない。

    本筋とは別に。
    「ひと昔前ーいや、もっと前になるのかな、ぼくがこうして録音を始めたころは、まだよかったんです。もちろんすでに情報は大量に行き交っていましたが、いまほどではありませんでした。もっと空気が澄んでいたんです。余計なものに惑わされることなく自分が見つけたいものに意識を集めることが出来ました。しかし、いまはもうー」
    知りたい情報が直ぐに集められて便利なのは良いことだけれど、情報が溢れすぎて何を信じればよいのか分からないの、今の世の中。
    膨大なノイズに悩まされて大事な何かを見失ってしまいそうだ。
    澄みきった空気が恋しい。

  • 導入文、写真、本編となっている構成が面白い。
    ちょっと特殊な冴島君と吉田さんのささやかで透明な冒険、たまに茜さんも合流し遠回りしたり、言葉の巧みさに感嘆したりだと思って読んでいたら、最終章であまりの切なさと密やかさに泣きそうになりました。

  • 「音で小説を書いてみませんか」という辣腕編集者の茜さんの言葉をきっかけに、自分の書いた物語を録音することになった私は録音技師の冴島君と出会う。
    やがて。恩師の死をきっかけに、彼も茜さんも、茜さんの友人の夏子さんも、みな恩師の弟子だと分かり……。

    これは恋愛小説です。私はそう思いました。
    遠吠えの主を探してみたり、天狗の話になってみたり、いったいぜんたいどこに向かっているのだろう?と思ってしまうのは、吉田さんの作品ではいつものことで、答えの出ないことも多いのですが、今回は最後の最後でキュンと来てしまいました。
    せつなくて、でも優しくて。そして。いつも通り、ちょっぴり不思議で。
    静かに穏やかに流れる時間を感じられる一冊でした。

  • 登場人物がそれぞれに吉田先生の描く空気感をまとっている。それは私の波長と合うのかひとりひとりが元からの知り合いのような気さえする。
    亡くなった先生も、水色の目の彼も茜さんも夏子さんも、もちろん語り手の「僕」も。
    新しいけど馴染み深い小説でした。

  • もしかしたら好きかもしれない。
    うっすら分かっていたけど、そうではないかもと必死に押し留めてたのが一気に溢れ出てくるような。
    最初は、美味しい本を探していた時に出会った。優しくて、疲れた時にもゆっくりじんわり包んでくれるようなぬくぬくとした作品だなぁと思った。
    その時ぼんやり好きかもなぁとは思ってた。

    この本はその時の本とは全く角度が違うのに、本当に突き刺さった。
    どストライク。
    言葉が好きな人、音を大切にしている人に是非触れてほしい。舟を編むが好きな人も歳の差が好きな人も、氷菓みたいな日常ミステリーが好きな人も、いやとにかく傷ついて癒されること間違いない本。
    出会えてよかったです。

  • 過去の声を採取したい冴島くん、
    それにつられる吉田くん、
    共通項の茜さん、
    代筆屋の夏子さん、
    バッテン語を集めている白井先生。

    遠吠えを、誰かの叫びを、同調して(チューニングして)じっと聞き入る。
    聞こえていないんじゃない、聞こうとすれば届く。

    時空をこえた声、手紙。

    天狗の詫び状、告白。

    温もりを感じる丁寧な手紙を読んだような、
    人の感情に触れられる物語。

  • 吉田さんの作り出す世界、好きだなぁ。表紙の雲の写真もイメージに合ってる。曇り空だけど、暗いのではなくて、ふわふわした雲に優しく包まれているような。辞書に載せられなかった言葉だけを集めたバッテン語辞典。ビルの屋上にいる代筆屋。遠吠えを集める男。音の狭間に紛れ込む過去の音。

  • 刊行記念のトーク&サイン会に参加したので、そちらはまた別途ですが、そこで聞いたこの本に纏わる話も混ぜながら。

    最近はあまり吉田さんの著作全ては追えてないのだけど、いつも素敵な装丁と、素敵なキーワードが散りばめられているので、チェックは欠かさない。
    トークでも「何故物語を終わらせなければいけないのか。大きな物語の中の一部を取り出しているだけ」というようなことをおっしゃっていたが、静かに丸く収まっている世界のどこかがぽろっと欠けて、それにつまずいて「おや?」とつまみ上げるような物語は、自分の中にその小さな欠片に集中できる余裕が無いと、なかなか最後まで辿って行きづらい。短編の集合体だと、より一層手の中からこぼれやすいので、今回は長編だし、と。

    以下帯。
    「消えゆく音と忘れられた言葉
     それらを愛し収集する人たちの
     ささやかな冒険譚――」

    冒険譚というようなエンターテイメント性があるかはさておき(苦笑)、自分の中の吉田さん作品の中ではかなりテンポの良い感じだったので、スルスル読めまして。…自分のテンションのせいだけかもしれませんが。

    まず本編書き出しの一文だけで、好みどストレート。

    「彼の左目は、一見してあきらかに水色だった。」

    ありがとうございます。これだけでドキドキする。
    そんなオッドアイ冴島君という素敵なキャラクターが居るにも関わらず、あくまで「私」が進行し、いかなる登場人物にも無駄な感情移入はさせず「消えゆく音と忘れられた言葉」を黙々と追っていかせるのが、吉田さん作品らしい。

    烏天狗がそこにぽつんとリンクするのかーとか、深入りはさせないけどそれぞれの人物にバランス良く自然に意識が注がれていることに気づいたり、章の分かれ目が写真(吉田さんiPhone撮影。表紙は浩美さん)の少し前からはじまるのがカバーそでみたいだなーとか、物語だけにとどまらない、他の本ではなかなか味わえないようないろんな発見があっておもしろい。

    そんなこんなでスルスル読めて、「終わりをつけない」としても読後感に変なものが残ることもなく、久しぶりに100%吉田さん作品を享受できた自分もなんだか嬉しい。
    しかし吉田さん、というかクラフトさんといえば筑摩書房という気がしていたけれど、筑摩で長編がものすごく久しぶり(10年くらい?)ということに衝撃。

  • 美しい文章だった
    最後は手紙のようで私が書いた天狗の詫び状という作品のようでした

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著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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