- Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480814098
作品紹介・あらすじ
遺著。著者が最後まで手を入れ続けた、記憶の中のひとと本をめぐる物語。
感想・レビュー・書評
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少しグレーがかった優しい白色をバックに、舟越桂さんの木彫の人形。大人の男性と幼い女の子が俯いて一緒に歩いている姿。そんなカバーを取ってみると、雲みたいな地模様のファンシーペーパーに、ここにも舟越さんの作品が印刷されている。カバーにも扉にも舟越さんの作品の写真だけではなく、「遠い朝の本たち」という書体にも文字の配置にも「須賀敦子」「筑摩書房」という文字にも全てに優しい心配りが感じられる。
「この本は大切に読まなければ」と思った。真っ白ではなく、少しクリーム色の本文用紙も良い。
これは須賀敦子さんが少女時代から接してきた本の思い出、本を通じて関わってきた友人や家族との思い出、それらの本がどのようにして須賀敦子さんの「肉体の一部となり、精神の羅針盤となった」のかが綴られた本である。
遠い日の薄明の中の本の思い出は優しく甘い。
小学生のころ親と親しかった婦人が一年に一度風呂敷包みに包んで須賀さんと妹さんにプレゼントしてくれた“小学○年生向き”と書かれた童話集。その婦人は子供の自尊心をくすぐることを知っていて、必ず一学年上の本を持ってきてくれたという。
クリスマスにお父様からプレゼントされた本のこと。一番心に残っておられたのは、子供のために書かれた「平家物語」。日本画家の小村雪岱による挿絵が数葉入り、クリーム色ががかった用紙を使った、大判の美しい本だったという。
女学生の頃、夢中になった雑誌「少女の友」。中原淳一の挿絵に夢中になったこと。それをお母様は冷ややかに見て「ママの若い頃にいた竹久夢二のはうが絵がうまかったわよ。」と言ったこと。今となってはどちらも大家だけどなあ。
戦時中の混乱の中で失ってしまったけれど、その中で大切にしたいた少年少女向きのアンソロジーの中にあった、アン・リンドバーグの忘れられないエッセイ。ん?これは確か地球っこさんのレビューで読んだ…。この本で読まれたのですね。
学生の時の課題で原書で読んだ「シエナの聖女カテリーナ」。「神に導かれて生きる」カテリーナの姿が「自分がそのために生まれてきたと思える生き方を、他をかえりみないで、徹底的に追求して生きよう」と若い日の須賀さんに思わしてくれた。
この本のなかで、私が一番心に残ったのは、子供のころの須賀さんにお母様が言った言葉。ひと晩で本を読んでしまう須賀さんに向ってお母様は
「本は、ゆっくり、おいしいものを食べるときみたいに、だいじに嚙むようにして読むものよ、おまえみたいにはやく読んでしまったら、きっとかんじんのおいしいところ読み落としているに違いない。よく噛んで読んでちょうだい。」と言った。
今は食べ物だけでなく、活字も飽食の時代。手軽に読める電子図書や本を速く読める速読術がもてはやされている。印刷や製本の技術が進んでも紙の本は売れなくなっている。ベストセラーとなった本でも“形”としての本は何十年後かにはどれだけ残っているだろう。須賀さんが少女の頃に大切しながら手放してしまった本にも、この本を書かれた頃には再会出来なくなっていた。
この本は実家の本棚にあった。この本は大切にしようと思った。「よく噛んで味わって読む」読書の醍醐味を教えてくれた、大切にとっておきたい本だ。
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須賀敦子さん61歳から63歳のころに発表されたエッセイ。
幼いころから読書が大好きだった彼女の、本への想いやそのころに関わった人たちのことなどが書かれています。
夙川から麻布そして夙川に疎開、戦後再び東京に戻り聖心女子大から慶応大学院そしてフランスイタリアに暮し、日本に戻り、といった非常に濃い60年間。
30、40、50…と年齢を重ねると人間はそれまでの生き方が大きく表れるというか、個人差が激しくなるように思われますが、だからでしょうか彼女の子供のころの思い出を読むと時代が全くちがうのに自分の幼いころのことを次々思い出します。それが楽しい思い出に感じられるのです。
この本を読んでメモしておきたい文はたくさんあるけど、ここでひとつだけ残しておきます。
自分はほとんど読書をしない数年間がありました。経験が大事だと思ったから。本を読んでいるとなんかよくないような気がしてしまっていたから。
この本から引用
「行動をともなわない文学は、というような口はばったい批判、理論ともいえないような理論を友人たちと論じてすごした時間を、いまはとりかえしたい気持だし、自分は行動だけに振れたり、文学にとじこもろうとしたり、究極の均衡(そんなものがあるとすれば、だが)に到るのはいつも困難だった。自分にとっては人間とその運命にこだわりづづけることが、文学にも行動にも安全な中心をもたらすひとつの手段であるらしいと理解するまで、ずいぶん道が長かった。」星と地球のあいだでーより -
著者が亡くなった翌月に第一版が出されたエッセイ集。上智大で教鞭を取られていただけに寝転んでは読めない真摯で真面目な16編のエッセイ集、一生を通じての本との関わりと思いが伝わってきました。須賀さんを敬愛する人達が多い理由が判ります♪
ぼ〜っと生きているのが恥ずかしくなりました -
著者の子ども時代の思い出を、本に絡ませて描いたエッセイ集。戦前戦後にまたがる時代、本は子どもにとって(いや、人々にとって)今よりも重い価値と意義を持ったものであることがうかがい知れる。1冊1冊味わいながらじっくりと読む。それでも彼女の親世代からは読み方が軽いと言われるのが心に響く。もっと本を読みたい読まねばという想いに駆られ、もっとしっかり本を読まねばという想いが広がる。
透明感のある文章のため戦時の影は表立ってはいないが、それでも時代が持っていた空気がそこにあります。彼女自身は時代に流されたとありますが、遠く異国の地で戦中抗った人々の本を読み己の身を悔やみます。それを現代の我々が読んでまた心に刻み付けられる。そんな心の連鎖が本を通じて行なわれているように感じられました。 -
作品紹介の「遺著」って。初めて見聞きした言葉でビビった。
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著者が愛した本とそれにかかわるエピソード。58歳のおっさんにとっては入り込めない部分は多々ありますが、著者の本に対する真摯な姿勢が汲み取れます。読んでいると柔らかい気分になります。優しい文章です。
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人生を、愛したくなる本です。
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自然描写、流れるような文章、日本語、どれをとっても「美しい」の一言。読むと心が清らかになるような文章がずっと続き、とても癒される。戦争の影響で本が読めなくなったり、本を読む女なんて…といった偏見があったり。本を取り巻く環境が今と全然違い、その点で勉強になったし、本を読める有難さも改めて感じた。
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須賀敦子という人をNHKで紹介する番組を見てぜひ読みたくなりました。イタリアを舞台に戦後活躍し、日本に戻ってきた方です。著者の少女時代に読んだという本の数々にいろいろ思い出が籠っており、私自身の子供時代の読書を懐かしく思い出しました。サンドの「愛の妖精」は小学校時代に読んだものですが、振り返ってみて、女の子が主人公なのに、双子の男兄弟に心を重ねていた自分を痛感し、読み方の偏りに改めて気がつきました。