『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』のみんなの引用 639人が登録 ★4.06 83レビュー
ISBN/EAN:
9784484101132
この作品からのみんなの引用
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愚かさの研究をしていて最初に気づくことは、自分自身が馬鹿だということです。当然です。他人のことを馬鹿呼ばわりしていれば、彼らの愚かしさが自分に差し出された鏡だということに気づかないではいられません。変わることのない、克明で忠実な鏡です。
- 301ページ -
愚かさとは、ぬけぬけと一貫して阿呆な発言をすることです。
- 289ページ -
馬鹿というのは、社会的な特性でして、別の呼び方をすることもできます。というのも、阿呆と馬鹿の区別をしない人たちもいるからです。馬鹿というのは、ある決まった時宜にさいして、言うべきでないことを言ってしまうような人のことです。うっかりへまをしてしまう人ですね。阿呆はまた別で、その落ち度は社会ではなく論理にかかわるものです。一見したところ、正しく思考しているような印象を受けます。何がしっくりこないのか即座には認めがたい。それが阿呆の厄介なところです。
- 285ページ -
序文
我々は今日なお、エウリピデス、ソフォクレス、アイスキュロスを読みますし、彼らをギリシャ三大悲劇詩人と見なしています。しかしアリストテレスは、悲劇について論じた『詩学』のなかで当時の代表的な悲劇詩人たちの名前を列挙しながら、我らが三大悲劇詩人の誰についてもまったく触れていません。我々が失ったものは、今日まで残ったものに比べて、より優れた、ギリシャ演劇を代表するものとしてよりふさわしいものだったのでしょうか。(ジャン=フィリップ・ドナック)=対談のコーディネーター
- 13ページ -
偉大な無神論者はみんな神学校の出身ですよ。(ウンベルト・エーコ)
- 256ページ -
本棚は、必ずしも読んだ本やいつか読むつもりの本を入れておくものではありません。その点をはっきりさせておくのは素晴らしいですね。本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは、読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんけどね、それでもかまわないんですよ。
- 382ページ -
大事なのは、何が何でも映画を観るとか読むとか、そういうことではなく、観て読んでどうするか、そして観たもの読んだものからいかに滋養があって腹持ちのよい糧を引き出すかということなんです。速読の愛好家たちが書物を本当に味わっていると思いますか。
- 376ページ -
世界がたえず革新的に変化している現代では、子供たちが親にエレクトロニクスを教えます。では、親たちは子供に何を教えるんでしょうか。
- 92ページ -
「...、あなたは本に何が書いてあるか知りたくて本を読むの? それとも読むのが好きだから本を読むの?」
- 374ページ -
書物はもちろん読まれるたびに変容します。それは我々が経験してゆく出来事と同じです。偉大な書物はいつまでも生きていて、成長し、我々とともに年をとりますが、決して死にません。
- 223ページ -
我々の問いには2つあると思うんです。書物の一冊一冊に、時の流れの中で、我々、が加えた解釈がこびりついています。我々はシェイクスピアを、シェイクスピアが書いたようには読みません。従って我々のシェイクスピアは、書かれた当時に読まれたシェイクスピアよりずっと豊かなんです。
- 222ページ -
無知な人々というのは、そこらじゅうにいて、しばしば無知の何が悪いと開き直っています。熱心に仲間を増やそうとさえしています。無知は自身に満ちていて、狭量な政治家たちの口を借りて、その優位を宣言します。
- 417ページ -
グローバリゼーションにより、みんなが同じようにものを考えるようになるとばかり思ってましたけれども、じっさいにはまったく逆の結果になりました。グローバリゼーションがもたらしたのは共有経験の細分化という現象でした。
- 119ページ -
インターネットが登場したことで、私たちはアルファベットの時代に戻ったのです。映像の世紀がやってきたような気がした時期もあったかもしれませんが、いまや、私たちはコンピューターによって、「グーテンベルクの銀河系」すなわち書物の宇宙に連れ戻され、誰もが読むことを強いられる時代になりました。
- 23ページ -
本棚は、必ずしも読んだ本やいつか読むつもりの本を入れておくものではありません。その点をはっきりさせておくのは素晴らしいことですね。本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは、読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんけどね。それでもかまわないんですよ。
- 382ページ -
(カリエール)男はその手紙の文面どおりに活字を組んで、妻を裸にし、印刷代に縛りつけ、その文面を妻の身体に、可能な限り深く刻印します。白い裸体が紙になり、痛さのあまり女が悲鳴を上げたかと思うと、女は書物に変貌し、永久に元には戻らない。この、恋文を罪ある女の体に刻みこみたいという願望は、印刷屋なら誰でもとは言いませんが、作家なら誰でも抱くであろう幻想の典型です。
- 385ページ -
(カリエール)本棚は、必ずしも読んだ本やいつか読むつもりの本を入れておくものではありません。その点をはっきりさせておくのは素晴らしいことですね。本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは、読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんけどね。それでもかまわないんですよ。
- 382ページ -
(エーコ)子供の頃、近所に住んでいた女性が每年クリスマスに本をくれました。あるとき、その人に訊かれたんです。「ねえ、ウンベルトちゃん、あなたは本に何が書いてあるか知りたくて本を読むの? それとも読むのが好きだから本を読むの?」。そして私が認めざるをえなかったのは、読んでいる本にそこまで興味がなかったときもあったということです。私はただ読むのが好きだったから、何でもかんでも読んでいたんです。
- 374ページ -
(カリエール)「名家の血筋かというと私はそうではない。私の子供たちに関してはそうである」。ユーモア作家でなければ、ただの満ち足りた馬鹿です。
- 288ページ -
(エーコ)手書きの手紙をもらって、それがずいぶんひどい字で書かれていたりすると、声に出して読みながらでないと読み取れないことがありますね。フランス人から手紙が来ると、私はたいてい音読しますよ。今どき手書きで手紙を書いてくるなんて、フランス人くらいですね。
- 164ページ -
(エーコ)七〇年代に、大学生の論文指導のための本を書きました。この本は各国語に翻訳されています。この本のなかで、私は、ありとあらゆることについて助言をしましたが、いちばん最初に勧めたのは、論文のテーマに絶対同時代を選ばないことでした。参考文献が集まらない、あるいは数はそろっても信頼度が低い、ということになるのが落ちです。
- 88ページ -
(エーコ)物としての本のバリエーションは、機能の点でも、構造の点でも、ご百年前となんら変わっていません。本は、スプーンやハンマー、鋏と同じようんものです。一度発明したら、それ以上うまく作りようがない。
- 24ページ -
ワインセラーにも似ていますね。全部飲んでしまったら困りますね。
- 382ページ -
本は、スプーンやハンマー、鋏と同じようなものです。一度発明したら、それ以上うまく作りようがない。
- 24ページ -
最大多数の人間が過去を知るべきかというご質問でしたら、答えは「はい」です。過去を知ることはあらゆる文明の基盤です。樫の木の下で、夜、部族の物語を語る老人こそが、部族と過去とをつなぎ、いにしえの知恵を伝えるんです。(エーコ)
- 418ページ -
無知な人々というのは、そこらじゅうにいて、しばしば無知の何が悪いと開き直っています。熱心に仲間を増やそうとさえしています。(略)知るということは本当に大切なことだとお思いになりますか。(カリエール)
基本中の基本だと私は信じていますよ。(エーコ)
- 418ページ -
本棚は必ずしも読んだ本やいつか読むつもりの本を入れておくものではありません。その点をはっきりさせておくのは素晴らしいですね。本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは、読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんけどね、それでかまわないんですよ。(カリエール)
- 382ページ -
人生を愉しむことが人生の目的になりうるように、読む愉しみそのものが読書の目的になることもあるんですね。(カリエール)
- 374ページ -
本当を言うと、誰の家にでも、読んだことのない本なんて、何十冊、何百冊、何千冊とあるんです。それでいて、遅かれ早かれいつか、我々はそういう本を手に取り、その本のことを自分がすでに知っているということに気がつきます。(エーコ)
- 362ページ -
初めて家に来た人が、大きな書棚に気付いて、よりによってこう訊いてくるとしましょう。「ここにある本、全部お読みになったんですか」(略)わたしはというと、二通りの答え方を知っています。一つは「いえ、ここにあるのは来週読まなくちゃならない本です。もう読んだ本は大学に置いてあります」というもの。もう一つの答え方は「ここにある本は一冊も読んでません。でなきゃ、どうしてここに置いておく必要があるでしょう」(エーコ)
- 362ページ -
焚書を行う者は、焼いたからといってその本を1冊残らず消し去れるわけではないということを重々承知しています。それでは何がしたいのかというと、これは世界を、そして一つの世界観をまるごと焼き尽くすことのできる造物神のような力を誇示する一つの方法なんです。(エーコ)
- 342ページ -
(略)知るってことはなんてつまらないことなんでしょう!中身がわからないという謎が持っていたほろ苦い味わいは、失われてしまったんです。(カリエール)
- 340ページ -
私も(略)自分の持ち物になる前は誰かの持ち物だった著持つを所有するのが好きです。(略)これはつまり、総裁政府時代という、文学なんか誰一人興味を持っていなかった時代に、私と同じ好みを持った人間がいたということなんです。(カリエール)
- 159ページ -
無濾過のワインは、不純物をすべてのこしているわけですが、この不純物が時に独特の味わいをもたらすことがあって、フィルターをかけて濾過してしまうと、その味わいが奪われてしまうのです。ことによると我々が学校で味わってきたのは、濾過過剰で混じりけのない、それゆえ風味を欠いた文学だったのかもしれませんね。(カリエール)
- 156ページ -
インターネットはすべてを与えてくれますが、それによって我々は(略)もはや文化という仲介によらず、自分自身の頭でフィルタリングを行うことを余儀なくされ、結果的にいまや、世の中に60億冊の百科事典があるのと同じようなことになりかねないのです。(エーコ)
- 118ページ -
(略)諳んじるということは、単純に記憶力の鍛錬、つまり知力の鍛錬なのです。それを強いられなくなった今日、何らかのかたちでそういう日々の鍛錬をみずからに課さないと、若いうちに老け込んでしまうおそれがあります。(エーコ)
- 109ページ -
(略)何かを暗記しているということが、知的な優越性につながる場合があるということです。教養とはナポレオンの没年月日を正確に知っていることではないという意見に私も賛成です。ですが、知っておけることは何でも知っておく、ナポレオンの没年月日、1821年5月5日という日付だって、知っておくことで、ある種の知的自律性を確保できます。(エーコ)
- 106ページ -
バイエルン出身のカール・ファレンティンの喜劇にでてくる言葉で、「未来はかつてもっとよいものだった」というのがあります。彼はまた、「すべては言い尽くされた。しかし万人によってではない」という分別ある言葉も残しています。(カリエール)
- 105ページ -
(略)面白い本なら、必ずしも読まなくていい。というのも、あなたが読むことにした1冊を含めた他の本で、コメントや引用や批評を見かけることがあるでしょうから。(エーコ)
- 100ページ -
(略)それでも我々が習得しなければならないこととは何でしょうか。(略)習得するという行為そのものです。というのも、覚えたり学んだりということ自体、学ばないと身につかないものなんです。(カリエール)
- 98ページ -
(略)問題は失われる集団的記憶ではないのです。問題はむしろ現在の不安定さなんだと私は思います。我々が生きている現在はかつてのように穏やかではなく、たえず未来に備える努力を強いられているのです。(エーコ)
- 90ページ -
未来は過去を尊重しませんが、現在はもっと祖末な扱いを受けています。(略)未来は相変わらず不確かで、現在はしだいに縮んで、消えてしまうのです。(カリエール)
- 87ページ -
(略)レヴィ=ストロースとの対談の話がきたことがあって、(略)レヴィ=ストロースはやんわり断って、こう言いました。「前に言ったことをもう一度言い直して最初よりまずい言い方をするのが嫌なのです」。非常にクレバーな答えです。人類学のような分野でさえ、引き際というものがあるのです。(カリエール)
- 69ページ -
技術の更新があまりに速いために、こちらも耐えがたい速度で思考習慣を再編しつづけていなければならないということは、たしかにありますね。(略)鶏は一世紀かけて道を横切らないことを学習しました。新しい交通規則にようやく適応したわけです。しかし私たちはそんなに時間をかえられません。(エーコ)
- 64ページ -
一枚の紙が伝わってきた。もしかすると、それは、それ以外のページが失われたということかもしれない。(トナック)
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映画もラジオ、テレビさえ、書物から何も奪わなかった。書物は何一つ「やすやすと」は失わなかった。(カリエール)
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しかし、書物が焼けてしまうような原因がいろいろあったからこそ、人間は書物を安全な場所にかくまおう、結果として収集しようと考えるようにもなったわけです。(略)しかしそれと同時に、当然の成り行きとして、保護する本としない本を選り分けるという書物の選別も始まりました。(エーコ)
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(略)人間というものは、何かのことを考えまいとすればするほど、そのことばかり考えてしまうようになるからです。考えるなと言われると、考えざるをえなくなるんですね。ワニの左目のことを考えないなんて、不可能と言ってもいい、考えちゃ駄目だ、と思った瞬間から、ワニの目は心に焼き付いて離れません。(カリエール)
- 39ページ -
(略)つまり五世紀も前に印刷された文書を私たちは読むことができるんです。しかし電子カセットや、ほんの数年前に使っていた古いCD-ROMは、いまや読むことも観ることもできません。(略)(カリエール)
- 37ページ -
今日、ある作家が、書くという行為をまたく介さず、先行の文学もまったく知らずに、小説を口述するということは考えられるでしょうか。(略)そういう作家には、我々が漠然と文化と読んでいる何かが欠けているんじゃないかと私は思うんです。(カリエール)
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アレキサンドリア図書館の火事で失われたパピルスの巻物、そして焼失したすべての図書館の蔵書のなかには、おそらく悪趣味と愚劣ときわめた究極の駄作がたくさん眠っていただろうと考えれば、慰めになるでしょうか。(略)どんなに執拗に過去の声を聞こうとしても、図書館、博物館、シネマテークにあるのは、時が抹消しなかった、もしくは抹消しえなかった資料だけなのです。今日いまだかつてないほど実感されるのは、文化とはすべてが忘れ去られたのちになお残るものにほかならない、ということです。
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C:書物の場所を時々入れ替えることは私は必要だと思います。そういう習慣を持っていてほしいし、持つことを勧めます。
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C:「目利き」に任せるという方法もあります。自分より見る目があって、自分の好みをよく知ってくれている誰かを頼りにするんです。
- 384ページ -
C:本棚は、必ずしも読んだ本やいつか読むつもりの本を入れておくものではありません。その点をはっきりさせておくのは素晴らしいことですね。本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは、読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんけどね、それでかまわないんですよ。
- 382ページ -
我々の問いにはたぶん一つの答えがあると思うんです。書物の一冊一冊には、時の流れの中で、我々が加えた解釈がこびりついています。我々はシェイクスピアを、シェイクスピアが書いたようには読みません。したがって我々のシェイクスピアは、書かれた当時に読まれたシェイクスピアよりずっと豊かなんです。
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- 出典:もうすぐ絶滅するという紙の書物についてより





