未来のイヴ (創元ライブラリ) (創元ライブラリ L ウ 1-1)

  • 東京創元社
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感想 : 72
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  • Amazon.co.jp ・本 (492ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488070045

感想・レビュー・書評

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  • 4年越しに読了した本。いやー長かった……。

    「アンドロイドの女性とキャッキャウフフする」話だと思っていたが、実際は「アンドロイドの女性を創る」話だった。
    昔の男性にありがちな、女性に知性を認めない感じが一貫していてやや気になるが、その点で一々めくじらを立てていても仕方がないのでとりあえず放っておく。……いや、この点はこの作品の本質にかかわる部分だとは思うが……。

    エディソンの言う「証明」を尽くした先にできたものが証明できないものを含んだアンドロイドだったことは、示唆に富む。
    一方で、作品全体に流れる「神への信仰」が、科学主義(科学崇拝)に対する揶揄の拠り所だと読み取るならば、人間というものは何か超人的なものにすがっていないと生きていられないという普遍的な話に着地するのかもしれない。

    私としては、ハダリーには最初から一貫して彼女固有の魂があったと思いたい。
    エディソンはハダリーは自由に話せない、予めプログラムしたことしか話せないというようなことを言っていたが、実際にはハダリーはプログラミング以外のことを話していたように思える。また、ソワナの意思が干渉しているが、この程度は分からない。
    いずれにしろ、ハダリーを創りあげたのはエディソンだが、ハダリーはエディソンの意図を超えたものとなったのだと思う。それがまさにアダムとイヴで、彼らと同じく、創造主の意図を超えて知恵をつけてしまったのだ(創造主の意図を「超えて」などというと怒られそうだけど)。楽園追放の代わりに海の藻屑と化したハダリーは、ただただかわいそうだが。

    この作品は、19世紀のヨーロッパを舞台にした、キリスト教的な思想の下に、男性が書いたもので、それを読む私は時代も舞台も宗教的も性別も何から何まで異なる(ついでに私は没落貴族でもない庶民の子)。
    作者リラダンがハダリーの魂についてどう考えていたかは分からないが、私は、ハダリーに魂があったと思う。人間と同じような魂があったかは分からないけど、アンドロイド固有の在り方の魂が、あったと思う。同じように、ミス・アリシヤ・クラリーにも魂はあったのだから、あの世で楽しくおしゃべりしていたらいいなと思う。

  • 「屍者の帝国」を読んでから、そういえばハダリーって原作では最後どうなったんだっけ?と思い出せなくて再読。なんせ20年ぶりくらいなので本も黄ばんでるし、翻訳こんな古くさい感じだったけ、とか、ハダリー(完成品)登場までの前置きがとにかく長いことに今更驚いたり、おそらく自分の脳内で勝手に省略していたので、エディソン博士の説明セリフの多さにも今更辟易(苦笑)

    今読むと、しょせん「当て馬」にすぎないと思っていたアリシヤ嬢のキャラ造形がむしろ秀逸だなと変なところで感心しました。絶世の美女にも関わらず中身は俗物って、なんか逆にすごい。「意地悪でさえない」って書かれていましたが、いっそ小悪魔系悪女ならそれはそれで魅力的ですものね。外見って、ある程度は内面からにじみ出る部分も大きいと思うので、内面が貧しい人はいくら美人でも外見も魅力的に見えなかったりすると思うんですけど、アリシヤは違う。内面がどんなに俗物でも外見は完璧に美しい。すごい(笑)それを皮膚病なんかと同じ一種の畸形と評してしまうエディソンの視点も鋭い。

    化粧次第で女性がいくらでも化けられるというのは、この小説が書かれてから120年以上経った今でも同様なのもなんだか可笑しい。・・・という調子で、なんだか違う視点で面白がって読めました。

  • 生の人間より、作り物の人形が好き。。。

  • 完璧な美貌を体現したはずのアリシヤは、認めがたい醜い人間性を持っている。それゆえ、恋人のエワルドはその魂がなくなってしまえばいいのにと願う。するとそこへ魔法使いエディソンがやってきて、願いを叶えてしんぜようという。そして願いは叶う。エワルドは<本来こうあるべきはずだったアリシヤ>を手に入れる。


     *


    中盤で読者は、エディソンの長口上に対する疲労感をエワルドと一緒に味わうことになる。なぜなら、それは極めて「実証的」で、どこにも「魂」や人間的なものが見いだせないように思われるからだ。


    そもそもエワルドの願いとは、<人間アリシヤ>がその魂を入れ替えてくれたら、人間でありながら奇形的な美しさをもつという類まれなる事態、奇跡を自らの手に入れられるのに、ということである(それが叶わないから死のう、というわけ)。

    それに対してエディソンが提案するのは、人間アリシヤの更生(=魂の入れ替え)ではなく、むしろ肉体のほうの交換であり、すなわち人造人間の創造であり、そこに理想通りの魂を入れてしんぜようというものなのだ。


    当然エワルドの願いは、人間アリシヤの更生であって、血の通わないアリシヤそっくりの人形を手に入れることではない。そんなのは自分の願いを叶えることにはならないだろう、とエワルドの疑いはなかなか晴れない(恐らく最後の絶望の瞬間まで)。

    しかし、エディソンは問題を巧みに入れ替える。あなたがアリシヤに感じとっている美、そしてそこから望んでいる理想的な魂というのは、すべてアリシヤの外見的特徴から再現可能であるのだから、外見的特徴を完全に備えた人形を作れば、あなたはおのずからそこに理想の魂を見出すことができるでしょう、とこういうわけだ。


    エディソンの再三にわたる詳細な説明にもエワルドは半信半疑である。よもやそんな完璧なものはできまいと思い、ハダリーになんらかの思いを感じながらも、最後の最後まで、人間に人間を作れるわけがない(=人間アリシヤに代わるものなど作れっこない)と信じている。

    そして、この懐疑はエワルドを介してはいるものの、読者自身の懐疑でもある。読者はエワルドと一緒にエディソンの解説に興ざめしながら、やっぱり人造人間なんてできませんでしたとなるんじゃないのかと不信な思いを払しょくできない。
    できるというが、できるわけがない。という葛藤。


    では、どうすればその不信を払いのけられるのか。
    リラダンの与える解答は極めてシンプル。すなわち実際に完璧な人造人間を作りおおせること(=騙しおおせること)によってである。


    エワルドの最後の絶望は、いったんは、人間アリシヤはやはり存在しなかった、自分の感じたアリシヤに対する深い愛情を肯定する材料は、すべて幻であったのだという思いから来ている。
    だが次の瞬間、エワルドの思いは反転する。エワルドが求めていたのは、むしろ最初から幻だったのであって、人間のアリシヤなどではなかったのではないか。アリシヤという名の元に求めていたのは理想体、肉体と魂の完璧なる調和だったのではないか。
    まんまとエディソンにしてやられるというわけだ。


     *


    ここでリラダンは、ひとつの理想のあり様を描いていると言える。

    完璧なものがあれば、それは必ずや理想を現実化できるはずだ、という希望。
    それがどのように達成されるかということにはお構いなしだ。もし達成されるなら、そこにあるのは理想通りものもであるという、一つの思考実験を、リラダンはエディソンを通じて行った。

    完璧な美というものが完全なる人工的な美と限りなく近づくということ。
    言い換えると、人間には完璧な調和などというものは出来ぬ相談で、あり得ないのだということ。
    人間における奇跡を求めながら、人間に似せたものでしか奇跡を起こせないのだという矛盾。


    リラダンは、このあり得ぬものを、最終的に消去してしまう。ハダリーという完璧な恋人は、まさにその最初の存在通り、幻想の彼方に消える。

    魂とは、そもそもの最初から愛する肉体に見出す幻想であり、私たち自身が他者に求める理想的な思想のことだ。

    完璧に再現された肉体によって、エディソンは人間ならざるものを、人間と同じか、それ以上の崇高な存在として認めさせることに成功した。魔法使いエディソンの腕前をご覧あれ、といったところ。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「奇跡を起こせないのだという矛盾。」
      だから、人形好きのバイブルに成り得たのかも。。。
      「奇跡を起こせないのだという矛盾。」
      だから、人形好きのバイブルに成り得たのかも。。。
      2013/06/18
  • ハダリー「人間ごっこを続ければいいわ!」

    に、人間ごっこ……!

  • 原題:L'Ève future

  • 人ならぬものとの恋の物語、すなわち人造人間と恋をする話なのだ。

    著名な発明王、トマス・エディソン(をモチーフにした著者の独自設定エディソン)のもとに、知り合いの青年貴族が訪ねてくる。

    青年は、複雑な恋愛に悩み憔悴しているという。

    恋人がいるのだが、その外貌は非の打ち所がない超絶美人でいながら、魂が俗物すぎて一緒にいるのがツライ。
    あまりにもロマンチストすぎる青年は、その悩みのために自殺しようと考えているところだった。

    エディソンは、かつて貧乏だったころにその青年に救ってもらった恩があることから、自らの発明を以ってその悩みから解放して進ぜましょう、と申し出る。
    自分の発明した人造人間を、青年の理想の女性に昇華させたうえで提供しようと言う。

    ふたりは女の性質・本質がどのようなものであるかを議論し、エディソンは提供する人造人間の特性や仕組みを延々と詳細に説明していく。
    果たして「科学」は、青年の恋の病を癒せるのだろうか。
    そして人造人間の正体とは……。

    というような話です。


    作者のヴィリエ・ド・リラダンが詩人だったためだろう、使われている言葉がものすごく多彩です。
    抽象的な言葉づかいも多くて、文章を読むのは少し疲れるかもしれない。

    ギリシア神話や聖書、シェヘラザードの千夜一夜物語みたいな有名な逸話をたくさん引用している。
    かと思えば、人造人間の製造・動作の仕組みを説明する科学用語もバンバン出てきて、科学と幻想の入り混じったような特徴的な文体になっている。
    人造人間を表す意味する「アンドロイド」という用語が初めて使われた作品でもあるという。


    登場するエディソンの秘密の研究所やわけのわからない発明品にトキメきます。
    科学者でありながらロマンティックなことも言う。
    最初のところで、エディソンが登場して独り言をしゃべる場面があるんですが、これがまず面白い。

    「俺は人類の世界に生まれてくるのが遅すぎたよ……」みたいなことを嘆くのです。
    曰く、俺は人類最初のひとりに生まれていたら、神代の時代、聖書の時代の音声をそのままに録音できたのに!というようなことを独りごちる。

    発想が素晴らしいですね。
    「光あれ」という言葉や黙示録の天使のラッパの音を蓄音機に録音したり、ソドムとゴモラの滅んでいく様を活動写真に収められたら、どんな素晴らしいだろうか!というようなことを発明王に言わせるのだ。


    人造人間の描写が長々と続くところが読みにくいかもしれませんが、のんびりと我慢して読み進めれば、幻想的な雰囲気に浸れる逸品です。

  • 旧字体と古い仮名遣いがとっつきにくいけど、そこはこの訳書のテイストのようなもので、
    慣れて乗り越えてしまえば内容自体は難解ではないのでさくさく読める。
    豊富な語彙と芝居がかった比喩の数々に圧倒された。

    電気学者エディソンもエワルド卿も「バカな女ほどかわいい、でもバカすぎるのは困る」という身勝手な言い分を誰憚ることなく主張してて、時代背景も風潮も違うのに読んでてひやひやさせられる。

    いちSFファンとしては「アンドロイド(アンドレイード)」という言葉がこの世で初めて使われた箇所を読んだ時にはやっぱり興奮した。

    リラダンの原作もそうだけど、訳者の齋藤磯雄もすごい。

  • 一気に読んだ。トマス・エディソンの一貫した科学万能主義が面白い、微に入り描写されるハダリーの機械的仕組みは、現実に可能でありそうな錯覚さえ感じる。(もちろん実現不可能なことは私にでさえわかるけども)
    絶世の美女に恋し、その精神の低俗さに苦悩し自殺すると言うエワルド卿。時代が時代なら社会から抹殺されかねない女性蔑視だが、この場合はエディソンが人造人間を与える事で、生きる希望をつなぐ。造られたものの精神を疑いつつも。
    人造人間がハダリーが完成するまでがメインのストーリーだが、最期までエディソンの話術は冴え、ハダリーへの期待は高まり、飽きない。
    ただし、女性にとっては「低俗な美女もハダリーも何の違いがあるか、結局男は外見が美しく、男の思い通りに動く人形が欲しいだけなんだろう」と言う感想に落ち着くような気がします。
    男性にとってはある種の希望や夢だったりするのだろうか。

  •  究極の選択―――女神の身体と至上の美貌を持つが、よりにもよって中身は空っぽの下賎な女アリシアと、その彼女とまったく当のものをもち、繊細で静謐な理想的な魂をもつがただひとつの問題は人間ではなく機械であるというハダリー。あなただったらどちらを選ぶだろうか。
     
     この作品は、なにかこう無限大の情念の揺れ動かしを体験させるものがある、無二の才能によってうまれたものだ。散文的な人間にはこの価値がどれほどのものか決してわかるまい。人生の謎は生きていると深まるばかりであるが、だからこそ生きていく甲斐があるのだとしみじみと感慨深く思索に耽る時間を保証するだろう。

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