殺す・集める・読む―推理小説特殊講義 (創元ライブラリ) (創元ライブラリ L た 1-1)

著者 :
  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (316ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488070472

作品紹介・あらすじ

ホームズ冒険譚を世紀末社会に蔓延する死と倦怠への悪魔祓い装置として読む「殺す・集める・読む」、マザー・グース殺人の苛酷な形式性に一九二〇〜四〇年代の世界崩壊の危機を重ね合わせる「終末の鳥獣戯画」他、近代が生んだ発明品「推理小説」を文化史的視点から読み解く、奇想天外、知的スリルに満ちた画期的ミステリ論。

感想・レビュー・書評

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  • 推理小説の生まれた時代背景や、同世代の作家、など私の思いつく文化的背景などで収まらず様々な視点から推理小説を著者の視点で語っている本。
    今まで読んできた本とは一線を画する。今まで高山宏さんの本と出会わなかったことは、とても残念なことだ。これからの人生をより豊かにしてくれる著者に出会えたことを素直に喜びたい。

  • 著者自身が「博覧強記の学魔の異名をとる」という自身の紹介記事をことのほか気に入っているようなので仕方がないが、とにかく出てくるは出てくるは。見たことも聞いたこともない本の名前が次から次へと繰り出される。俗にいう「高山ワールド」の信奉者ならともかく。初心者には敷居の高いこと、天狗様御用達の高下駄を履いても、跨ぎ越すことは覚束ない。そうは言っても、上から目線で語りだされる「講義」そのものは、独特の講釈口調でなかなかに魅力的。

    まずは冒頭に掲げられた表題作「殺す・集める・読む」を読めばいい。お題はシャーロック・ホームズなので、ずぶの素人にもとっつきやすい。後の章も大体が同工異曲。はじめて聞く名前の学者やら物書きやらの名前が目白押しだが、講義そのものは特に難解ではない。副題に「推理小説特殊講義」とあるが、推理小説についての講義と思って読むと足をとられる。推理小説を素材に、物の見方を説く本だからだ。読めば目から鱗が落ちる。

    たとえば、「ヴィクトリア朝世紀末の感性と切り離してはドイルの推理小説は絶対に成り立たなかった」という断言はいかなる根拠があるのか、そのあたりから読み始めることにしよう。著者は言う。「仮にホームズのいないホームズ作品というものを考えてみると、残るものは確かに世紀末としか言いようのないビザルリー(異常)とグロテスク(醜怪)の趣味だけである」と。そして、本文からの引用が続く。

    ホームズ作品からホームズを取り去るというところが、いかにも現象学的還元だが、そこにあるのは確かに醜悪な死体の「描写のフェティシズム」。現在の推理小説まで延々と繰り返される、この「酸鼻なバロック趣味」が、なぜこの時期に発生し得たのかという理由を語るまでに、羅列されるのが、サルヴァトール・ローザ、ムリリョ、カラヴァッジオなどのバロック画家の名前であり、『放浪者メルモス』を書いたゴシック作家のチャールズ・ロバート・マチューリン、『さかしま』の作者でデカダンスの作家ユイスマンスなどの名前だ。

    大体が、高山宏といえば、マニエリスム、バロックの権威。要は我田引水なのだが、マニエリスム、バロック美学と推理小説を今まで誰も真っ向からぶつけて考えようとしなかったところが盲点であった。つまりは、両者を並べてその関係性を明らかにしたのがこの本だ。博引傍証が多いのも、衒学趣味ばかりではなく、この本自体がマニエリスム美学で成り立っているからで、それを愉しむ者にしか、この本は開かれていないのだ。

    当時のロンドンが富裕なウェスト・エンドと、貧苦のイースト・エンドという明暗対比(キアロスクーロ)の都市だったこと。繁栄を誇る大都市はまた、衛生状態の悪さからコレラ、チフス、天然痘、猩紅熱に加えてインフルエンザの猛威に苦しめられる死の都市ネクロポリスであった。この大量死に対し、殺人という個別の死を対峙させ、神の死んだ世界にあって、神の代わりとなって、死の謎を解明するのがホームズだ。シャーロック・ホームズこそはビクトリア朝世紀末の悪魔祓い、というのが高山宏の見立てである。

    勿論、こんな粗雑な括りを、褒めるか腐すか、人によって「奇才、異才、奇人、変人、ばさら、かぶき、けれん、香具師、ぺてん師」などと呼ばれる著者が簡単にするはずがない。ここに至るまでに世紀末のパノラマ文化に江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』を持ち出し、世紀末の老化衰退文化(ビザンチニズム)の行き着く先は集めることだと喝破したマーリオ・プラーツの『肉体と死と悪魔』を引っ張り出し、ホームズの収集癖、標本作り、テクスト作成等々を構造主義的な視点で語り明かす。

    さらには、あのブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』が、立派な推理小説だという論点から語りつくす「テクストの勝利」、ケインズ理論を援用して論じる「『二銭銅貨』の経済学――デフレと推理小説」など、読めば成程と膝を打つ、腑に落ちる名講義が引きも切らない。そして、掉尾を飾るのがあの絢爛たるペダントリーで知られる『黒死館殺人事件』を論じた「法水が殺す――小栗虫太郎『黒死館殺人事件』」というのだから、これはもう読むしかないではないか。

    ただ、書かれたのが2002年ということもあり、当時話題であったドゥルーズ=ガタリの「リゾーム」や柄谷の「形式化」問題などの用語が今となっては隔世の感がある。その点は割り引いて読んでもらうしかない。著者自身による解説「この本は、きみが解く事件」を読んでから本文を読めば、著者がなぜこの本を書いたのがよくわかって納得がいくかもしれない。「美書で高価、おまけに難解」というイメージのつき纏う高山宏が文庫で読める。これはお勧めである。

  • 購入以来、年に一度くらいはふと思い出して手に取り、
    何度も読み返している本。
    例えばシャーロック・ホームズシリーズは、
    何故19世紀末のイギリスに誕生したのか、その背景を探り、
    近代の発明品である推理小説を文化史的視点から読み解く、
    英文学者によるスリリングな試み。

    ++++++++++



    「殺す・集める・読む――シャーロック・ホームズの世紀末」
     ホームズ・シリーズからホームズの活躍する部分を取り除くと
     何が見えてくるか――それは、例えば被害者の遺体の描写、
     その比喩における黒いユーモアであり、
     19世紀末の倦怠とグロテスク趣味である。
     推理小説の大前提である、
     誰かが誰かを殺すことという約束事を口実に、
     世紀末の死の美学が開陳される。
     万国博が開かれるなど、ヴィクトリア朝文化華やかなりし頃、
     ロンドンの外には
     教会墓地に収まりきらない遺体用に新たな墓地が設けられ、
     メガロポリスとネクロポリスがコントラストを形成していたが、
     この対比と対をなすように、
     正義の側に立つホームズがコカイン中毒者でもあるという
     二重性が描かれている。

    「世紀末ミクロ・テクスト――推理小説と顕微鏡」
     新聞や手紙から得た、
     あるいは自ら足で稼いだ情報を取捨選択、整理整頓し、
     テクスト化するホームズは、事件が解決すると、
     それらを検索可能な備忘録として保存するが、
     名探偵の人物造形の重要点とは、
     まさにそうした、読みの困難なものを解読可能に、
     入り組んだ事情を平板なテクストに変換する能力ではあるまいか。
     ホームズは更に顕微鏡を駆使して、ミクロのレベルでも、
     混沌とした事象を解読可能なテクストに変換していった。

    「ホームズもタロットカードも――データベースの文化史へ向けて」
     独自のデータバンクを駆使して、
     事件を書斎で解いてしまうこともある
     ホームズの「頭脳というちっぽけな屋根裏部屋」は、
     ヴィクトリア朝英国随一のデータベースと化していった。
     夥しいデータを収集しては有用無用を区別し、
     結論を導き出すホームズの姿を描出するホームズ・シリーズとは、
     情報の検索・記憶・修正作業=データベース生成そのものを
     テーマとした、情報論の物語として読むこともできはしまいか。



    「テクストの勝利――吸血鬼ドラキュラの世紀末」
     ゴシック小説、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』読解。
     ロンドンを軸に、
     作者の故郷アイルランドを地理的に反転させた場所が
     トランシルヴァニア。
     物語はトランシルヴァニアに発してロンドンへ移り、
     またトランシルヴァニアへ戻って終わる円環構造を成し、しかも、
     発芽の時期である5月に始まって収穫期の11月に終わる、
     「種蒔きと刈り入れのメタファーの物語」であり、
     終わりと始まりが一体となる円環を構築するために、
     血、穀物、豊穣、通過を巡る民俗誌が動員された小説である。
     同時に、関係者の日記、書簡、電報、あるいは新聞記事といった
     諸々のテクストを突き合わせて
     怪物の正体を白日の下に晒そうと努める主人公たちの振る舞いは、
     殺人事件を解決しようとする探偵の身振りと合致する。

    「切り裂きテクスト――殺人鬼切り裂きジャックの世紀末」
     シャーロック・ホームズの時代に、
     現実のロンドンに現れた殺人鬼、切り裂きジャック。
     スティーヴン・ナイト『切り裂きジャック最終結論』は
     真相に辿り着いたと豪語しているが、果たして……。

    「病患の図表――G.K.チェスタトンのアンチシステム」
     ルネッサンス以来といってもいい、
     20世紀初頭のパラドックス文芸の百花繚乱。
     その宗教的相関物とも受け取れるカトリックの異様な復権も
     1920年代に生じたが、そうした動きを一身に体現したのが、
     例えば神父に探偵役を務めさせたチェスタトンだったのではないか。
      
    「探偵と霊媒――アガサ・クリスティ『死の猟犬』」
     クリスティ短編集『死の猟犬』について。
     超自然現象の謎を医師が解き、合理化する、
     つまり探偵役を務める。
     ここで思い出されるのはホームズ・シリーズのワトスンも
     『吸血鬼ドラキュラ』のヘルシング教授も医師だったこと。
     医師=探偵によって悪魔祓いされるべき病は
     20世紀の始めに肉体のそれから精神のそれへと捻じれていった。

    「終末の鳥獣戯画――童謡殺人と現代」
     1920年代半ばから1950年代初頭にかけて、
     大物ミステリ作家がこぞってマザーグースに材を求め、
     童謡を巧みに織り込んでニュータイプの犯罪者を生み出したが、
     この期間は二つの大戦による殺伐とした時代だった。



    「『二銭銅貨』の経済学――デフレと推理小説」
     ケインズの『貨幣経済論』と同じ1923年に登場した、
     江戸川乱歩の処女作「二銭銅貨」。
     経済が兌換という観念を再検討する時代に生まれて急成長した
     推理小説というジャンル。
     日本におけるその成立要件=背景とは、
     不景気で、若者が貧乏で暇だったことではないか。
     松山巌『乱歩と東京』(双葉文庫)にも
     「二銭銅貨」のテーマは
     いかに人間が金によって翻弄されるかを実験した話である――
     との指摘あり。

    「暗号の近代――『二銭銅貨』を何がうんだか」
     暗号を単にテーマにするだけではなく、暗号生成の意味を、
     暗号に絡めて推理小説そのものの構造を問うた「二銭銅貨」。
     事の次第を綴る前半に対して、
     後半は問題を解くという作業のメタ批判になっている。

    「昭和元年のセリバテール――パノラマ島のピクチャレスク」
     ヨーロッパ・モダニズム文学における性の蹉跌のテーマは
     「機械」と結託しやすかった――というミッシェル・カルージュ
     『マシーン・セリバテール(独身者の機械)』によると、
     1843年、E.A.ポオ「陥穽と振り子」を皮切りに
     「独身者的な機械の文学」が次々に発表されたが、
     背景には蒸気機関車の普及、映画の登場、
     万華鏡の流行などといった、巷への機械の浸透があった。
     遅れを取ることなく貪欲にそれらを吸収した日本の知識人たちの中に
     江戸川乱歩がおり、昭和元年の「独身者の機械」文学とも呼ぶべき
     「鏡地獄」「パノラマ島奇談」が書かれた。
     いずれも、見ることの快楽に溺れながら、
     それをもたらす人間関係に躓く独身者のテクストである。

    「法水が殺す――小栗虫太郎『黒死館殺人事件』」
     この事件によって一番得するのは誰かという、
     動機を追って解決されるタイプの探偵小説の終焉。
     探偵は目に見える犯罪を
     不可視のトラウマや無意識と結びつけて分析しようとし、
     同時に「読む」「解決する」というテクスト行為自体が
     作品の主題となった。

    ++++++++++


  • 何故か2冊も来てしまった。
    ショック〜><

  • 「推理小説が好き」と人は簡単に言うけど、じゃあ「推理」って何?「探偵」って何?という根底の部分から語り尽くすヤバい本。その起源を19世紀末の様々な事象と絡め、圧倒的知識量でブン殴ってくる。この視点は推理小説が専門というわけではない文化史学者である著者ならではという感じがする。自分の得意分野に推理小説を引っ張り出してくるんだからそりゃ誰も反論できませんよ...という気がしないでもないけど、全体的に目から鱗だし語り口もフランクで読んでいても全く飽きない良書。こういった本はそこで言及、引用された本を読んで、またそこの参考文献を読んで...といった感じで終わりが見えない。巻末の引用文献リストがたいへん有難い。それにしても「文庫本で1500円って高いなあ」と思っていたけどこの手の本の中では良心的な価格なんですね。つくづく貧乏人が学問を極めるのは難しい...

  • 目次からご紹介〜
    1)
    殺す・集める・読む −シャーロック・ホームズの世紀末
    世紀末ミクロ・テキスト −推理小説と顕微鏡
    ホームズもタロットカードも −データベースの文化史へ向けて

    2)
    テクストの勝利 −吸血鬼ドラキュラの世紀末
    切り裂きテクスト −殺人鬼切り裂きジャックの世紀末
    病患の図表 −G・K・チェスタトンのアンチシステム
    探偵と霊媒 −アガサ・クリスティー『死の猟犬』
    終末の鳥獣戯画 −童謡殺人と現代

    3)
    『二銭銅貨』の経済学 −デフレと推理小説
    暗号の近代 −『二銭銅貨』を何がうんだか
     図版構成 探偵小説とマニエリスム
    昭和元年のセリバテール −パノラマ島のピクチャレスク
    法水が殺す −小栗虫太郎『黒死館殺人事件』

    ヴィクトリアン好きな私にとっては、
    ホームズが絡み、ストーカーの「ドラキュラ」が絡み、
    切り裂きジャックまで絡んじゃうという、
    一粒でn度おいしい本でした。

    ただちょっと、お腹いっぱいかなあw

  • 何度読んでも発見あるし、考え直しを求められるし、のすごい本。

  • 5/21 読了。
    「ドラキュラ」が探偵小説である、という読み方が面白い!

  • ホームズ物語は世紀末社会に蔓延する死と倦怠への悪魔祓い装置である・・・。
    等、文化史的見地から推理小説を読み解く。
    ナカナカこの手の研究書で手ごろなのはないので、読みやすく、興味深かったです。

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著者プロフィール

1947年岩手県生まれ。批評家、翻訳家。大妻女子大学名誉教授、副学長。著書に『アリス狩り』(青土社)、『近代文化史入門――超英文学講義』(講談社学術文庫)、『殺す・集める・読む――推理小説特殊講義』(創元ライブラリ)など多数。翻訳書にジョン・フィッシャー『キャロル大魔法館』(河出書房新社)、エリザベス・シューエル『ノンセンスの領域』(白水社)、『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』(共に佐々木マキ画、亜紀書房)など多数。

「2019年 『詳注アリス 完全決定版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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