短編ミステリーアンソロジーの第五巻。本巻には1930年代後半から1950年までの作品が収録されている。また、五巻まで1コマずつストーリーが展開されていた表紙のイラストも、ここで意外な結末を見せる。
「黄色いなめくじ」 H・C・ベイリー
医者探偵のレジイ・フォーチュン氏が出てくるシリーズの一つ。題名を始め、全員を覆う陰鬱な空気、恵まれない子供が犯罪に関わってくる点などから、後味の悪い作品であることを覚悟して読んでいたが、意外にも最後はいい話で終わった。黄色いなめくじに感謝。
「見知らぬ部屋の犯罪」 カーター・ディクスン
不可能犯罪を得意分野とするカーの短編の一つで、マーチ捜査課長が登場。泥酔して自分のマンションに帰ってきた男が、見覚えのない部屋に入って死体を発見する話。しかも後にその部屋は消失し、死体は別の場所から見つかる。トリックは別に難解ではないが、ダイナミックな発想と舞台劇のような洗練された展開が気に入った。
「クリスマスに帰る」 ジョン・コリアー
イギリスからアメリカへの渡航を計画している著名な医師が、妻を殺して完全犯罪を企てる話。徹頭徹尾医師の視点で進行するので、その分最後に叩きつけられる文章が強烈な印象を残す。
「爪」 ウィリアム・アイリッシュ
引退した警部がフランス料理店でシチューを食べながら、その店に関わりのある、かつて自分が唯一解決を逃した事件を回想する話。犯人は分かっていながらも、証拠がどこかに消えてしまったタイプの事件なのだが、この話も最後の一文が脳裏に刻みつけられる。
「ある殺人者の肖像」 Q・パトリック
主人公が、子供の頃休暇中に学友の家に滞在していた時に巻き込まれた殺人事件を回想する話。子供の頃は意味が分からなかった数々の事実が、大人になって振り返ると全て事件に繋がっていたという構成はとても美しく、そして恐ろしい。
「十五人の殺人者たち」 ベン・ヘクト
自分達が犯した(誤診による)殺人を告白する有名医師の秘密会議で、新入りの若手医師が自分の事件について語る話。この話も最後は意外な展開になるのだが、この展開に殺人者でもあり英雄でもある医者の二面性が示されていてとてもいい。
「危険な連中」 フレドリック・ブラウン
地方の暗い停車場で、居合わせた二人の男が互いを精神病院から脱走した殺人者と思い込んで警戒する話。二人の間に流れる緊迫感が巧みに盛り上げられ、その頂点から一気に(痛快な)結末になだれ込む。展開に一分の隙もない。やはりブラウンは天才。
「証拠のかわりに」 レックス・スタウト
巨漢探偵ニーロ・ウルフが自宅から出ることなく被害者からの依頼料五千ドルを稼ぐ話。現場に足を運ぶことになる助手のアーチーは女好きで少々頼りなく、気難しいウルフやクセのある関係者達とのやり取りも含めて展開はユーモラス。爆弾入り葉巻の実験で全員が慄くシーンやウルフが部屋から出ていく(希少な)シーンが印象に残っている。それから、ニューヨーク相互尾行組合という言葉が妙に記憶に残った。
「悪夢」 ディビッド・C・クック
夜の屋敷で夫の帰りを待つ人妻が、謎の男の襲撃を受ける話。暗闇への迷信的な恐怖が、襲撃により本物の恐怖へと変わる演出が秀逸。最後の救出展開も含めて、ミステリーというよりホラー映画のような作品。
「黄金の二十」 エラリー・クイーン
最後の参考文献。推理小説批評家としても有名なクイーンの論文で、長短編それぞれのベストテンを紹介している。ポーやドイルを始め、歴史的価値ある「世界初の○○ミステリー」が揃っているので、古典を抑えて行きたい人にはうってつけと思われる。それから、初版本まできっちり調べているクイーンの愛書家っぷりには脱帽。
五巻の作品は、読者の予想外の(救いのある)結末になるものが多かった印象。中島河太郎が巻末で解説しているように、時代の流れと共に謎解きメインの作品は長編が主流となり、短編ミステリーはインパクト重視になっていったのだろう。この傾向が21世紀の現代まで続いているのかは気になる所。1950年以降の世界短編傑作集をどこかが出してくれないだろうか。