夜の蝉 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書) (創元推理文庫 M き 3-2)

著者 :
  • 東京創元社
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本棚登録 : 2980
感想 : 300
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  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488413026

作品紹介・あらすじ

呼吸するように本を読む主人公の「私」を取り巻く女性たち-ふたりの友人、姉-を核に、ふと顔を覗かせた不可思議な事どもの内面にたゆたう論理性をすくいとって見せてくれる錦繍の三編。色あざやかに紡ぎ出された人間模様に綾なす巧妙な伏線が読後の爽快感を誘う。第四十四回日本推理作家協会賞を受賞し、覆面作家だった著者が素顔を公開するきっかけとなった第二作品集。

感想・レビュー・書評

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  • 日本推理作家協会賞受賞のこの短編集。しかし私は1作の『空飛ぶ馬』の方を推す。

    今回も主人公私が出くわすのは日常の謎だ。それもいつもとちょっとだけ違う違和感に似た現象だ。それらを円紫師匠と私が問答を行うように解き明かすと、人間の心の暗部が浮き上がる。

    今回収められた作品は3編。
    第1編「朧夜の底」では友人正ちゃんのバイト先の神田の大型書店で遭遇する国文学書に対して行われる些細な悪戯が、悪を悪と思わない都合主義な利己心に行きつく。

    2編目の「六月の花嫁」はもう1人の友人、江美ちゃんの誘いで軽井沢の別荘に行ったときに起きた、連鎖的消失事件について語った物。
    チェスのクイーンの駒→卵→脱衣室の鏡と続く消失劇は「私」の推理でその場は一応解決されるが、1年後、江美ちゃんの結婚へと結実する。しかしそこには江美ちゃんが「私」を利用したやましさがあった。

    最後は表題作「夜の蝉」。「私」の姉の交際相手、三木さんが新入社員の沢井さんと浮気しているという噂を聞いて、姉は歌舞伎のチケットを三木さんに渡し、待ち合わせをするとそこに現れたのは沢井さんだった。後日喫茶店で3人で話し合ったときに三木さんに「なぜあのような意地悪をするのだ」と叱責される。誰が姉の手紙を沢井さんへ送ったのか?女のしたたかさを感じさせる1編。

    それぞれ作品の真相は「本の中身の万引き」、「二人の情事からの目くらまし」、「郵便物を返還し、姉の相談相手が忠告のため行った事」である。

    今回特徴的なのは『空飛ぶ馬』よりも各編が長くなり、事件が起きるまでに「私」を取り巻く人々の知られていない部分について語ることにページが費やされている。1、2作目はそれぞれ「私」の友人の正ちゃんと江美ちゃんのサークル活動について。3作目は今までほとんど語られる事のなかった「私」の姉との関係について。
    そして各編で事件が起きるのは1作目では全91ページ中39ページ目、2作目では全80ページ中36ページ目、3作目では全91ページ中37ページ目で。つまり今回の謎は各登場人物を描き出す因子の1つとして添えられているようだ。

    純粋に推理だけに終始する物語は好きではないものの、このように謎そのものがメインでない物語も好きではない。逆にもどかしさを感じずにいられなかった。
    だから私は今作よりも前作の方が日本推理作家協会賞に相応しいと思うのだ。

    確かに各編で語られる人間模様、「私」の感性豊かな主張、落語や日本文学について語られる侘び寂び溢れる薀蓄、日本の良さを強く感じさせる品の良い自然描写などどれをとっても一級品でそれら「寄り道」は確かに面白い。

    しかし、それらをメインで語るならばミステリでなくて良いわけで、やはりミステリと謳うからには物語の主柱に謎があって欲しいのである。

    ところで1作目で「私」にも恋の訪れがあるのかと思わせたがその後の2編では全く出てこない。
    代わりに2作目では江美ちゃんの結婚、3作目では姉の失恋と続く。

    そうか、これはミステリの意匠を借りた恋愛短編集なのかもしれない。しかしそれらは惚れた、振られただのを声高に叫ぶど真ん中の恋愛ではなく、昔の日本人の美徳とされた慎み深く、他人に見せびらかすことない、忍ぶ恋愛だ。

    • moboyokohamaさん
      Tetchyさんの
      「ミステリーの意匠を借りた恋愛短編集」ほ言い得て妙ですね。
      私も自分の書いた感想を読み直したらば
      「文庫版解説では、まず...
      Tetchyさんの
      「ミステリーの意匠を借りた恋愛短編集」ほ言い得て妙ですね。
      私も自分の書いた感想を読み直したらば
      「文庫版解説では、まず本格推理小説と絶賛しているけれど、わたしには推理小説としてよりも心情小説(そんな言葉は無いだろうけれど)としての面白さに惹かれる。」
      と書いてありました。
      Tetchyさんと似たような思いだったようです。
      2022/11/23
    • Tetchyさん
      moboyokohamaさん、コメント有難うございます!同じような感想を抱く方がいらっしゃって嬉しいです。1作目よりも2作目は女性性が色濃く...
      moboyokohamaさん、コメント有難うございます!同じような感想を抱く方がいらっしゃって嬉しいです。1作目よりも2作目は女性性が色濃く出たような、謎よりも心情に深く切り込んだ作品が多かったように思いましたね。なので日本推理作家協会賞受賞はちょっと違和感を覚えました。
      2022/11/25
  • これは「円紫さんシリーズ」ではなく「円紫さんと『私』シリーズ」であることを再認識。
    ミステリであると同時に「私」の成長物語でもあるんだなぁ。
    『夜の蟬』以降も『秋の花』『六の宮の姫君』『朝霧』と、デビュー作の『空飛ぶ馬』を含めれば全五作ある。
    朝ドラのヒロインの成長を見守るように、いや大河ドラマを観るかのように、この「私」の行く末を父親のような気持ちでやきもきしながらこれからも追いかけていくんだなぁ。

    子供の頃は「おばけ」が怖くて怖くてしょうがなかったが、大人になってからある日を境にぱったりと怖くなくなった。
    特になにがあったというわけでもないが、人間はいずれ必ず死ぬものだと、急に「死」を悟った、受け入れたのだ。
    おばけや幽霊への恐怖、畏怖というものは、すなわち人間の「死」に対する不安や恐れであると僕は思っている。
    かくいう僕も、小学校低学年のときに人間は必ず死ぬとはたと気づいて毎晩泣いていた。そして「おばけ」が怖くてしょうがなかった。
    同じく「必ず死ぬ」とわかったのに、幼い頃は恐れおののき、大人になってからは「まあ、しょうがない」と諦念に至るのだから不思議だ。

    だがしかし、最近「おばけ」がまた少し怖くなってきた。
    おばけや幽霊の常套句といえば「うらめしや」である。
    死んでまで他人や現世に恨みや執着があるのだ。
    ましてや生きている人間のその感情は如何ばかりのものか。
    恐ろしいのは「死」ではなく、むしろこの世に生きる人間の負の感情だったのだと今更ながらに気づく。

    『朧夜の底』
    存在が不確定で見えないけれども、それでも「私」がエレベーターに乗れなくなる気持ちはわかる。
    ブクログユーザーのみなさんにも共感する方はきっといるはずだ。

    『六月の花嫁』
    ミステリの仕掛けに満ちた一品。
    「女王」の消失に端を発する連続殺人事件のような趣き。
    もちろん殺人事件が起こるはずもなく、誰一人として死んでいないが、種が明かされてみればその手のミステリに通ずるトリックと、青春のある季節の物語を融合させた構成に感嘆。
    しかも外枠にさらに円紫さんの謎解きが加わるという、入れ子構造の贅沢な作り。
    謎解きの面白さがあり、尚かつ読ませる。

    『夜の蟬』
    とても詩的なタイトル。
    そして、その意味するところの郷愁を誘うエピソード。
    ミステリの謎解きを通して垣間みる知られざる素顔と一つの成長。
    成長したのはけっして「私」だけではない。

    シリーズ二作目ではあるが、登場する個々のキャラクターがぐっと大人になった巻だった。
    それぞれが皆まっすぐで眩しくて、少し面映いような、それでもそっと見守りたくなるような、そんなエピソードの三篇だった。
    さあ、いよいよ『秋の花』だ。

    • まろんさん
      kwosaさん!

      大好きなこのシリーズを、ちゃんと続けて読んでくださってありがとうございます!
      そして、表題作『夜の蝉』の余韻をやわらかく...
      kwosaさん!

      大好きなこのシリーズを、ちゃんと続けて読んでくださってありがとうございます!
      そして、表題作『夜の蝉』の余韻をやわらかくとどめて
      「おばけ」の話題から始めるだなんて、なんと趣のあるレビューでしょう!

      他意はなかったとか、ちょっとした気まぐれで・・・
      なんて言い訳しながら振り撒かれる人間の負の感情。
      その背筋がヒヤリとするような恐ろしさを
      夜の蝉のエピソードで描き出される姉妹の理屈を超えた温かい結びつきで
      ふわりと包み込んでしまう北村さんの筆遣い、さすがですよね!

      この2作目では、清潔で、線の細い少年のようなイメージの「私」が
      華やかな姉に抱くコンプレックスが男性とは思えないリアルさで描かれていただけに
      最後に姉が打ち明ける夜の蝉のエピソードに、「私」と一緒に心がほどけて、救われる思いがしたものです。
      「私」、姉、正ちゃん、江美ちゃん、と、女性たちそれぞれが
      さらに魅力的に描かれていたのもうれしくて。

      そして、さあ、いよいよ『秋の花』。
      私がいちばん好きなこの3作目を、kwosaさんはどう読まれるのでしょう。
      大好きな真理子を、kwosaさんも好きになってくださるでしょうか。
      北村さんの新作を待ち構えているときと同じくらい、
      楽しみでドキドキワクワクしています。
      2013/08/12
    • kwosaさん
      まろんさん!

      花丸とコメントをありがとうございます。

      この「円紫さんと私シリーズ」
      本当に連続ドラマのようですね。
      「私」とそれを取り巻...
      まろんさん!

      花丸とコメントをありがとうございます。

      この「円紫さんと私シリーズ」
      本当に連続ドラマのようですね。
      「私」とそれを取り巻く人々の日々の暮しと事件、そして少しずつの成長がなんとも瑞々しく描かれていて。
      もちろんミステリ部分もしっかりとしているのですが、それ以上に彼女たちのこれからが気になって仕方ありません。

      北村さんは女性の方からみてもリアルに女性を描いているんですね。
      なかなか女心がわからない野暮天の僕としては、すごいの一言です。

      本筋からは外れますが、最近になってようやくルバーブを知りました。
      洋菓子店で「苺とルバーブのジャム」というものをみつけて、「こんなものがあるんだなぁ」と買ったところで、この『夜の蟬』
      文学はもちろん、落語を始めとする古典芸能、チェスや紅茶などの英国文化、その他さまざまな幅広い教養に裏打ちされた洒落た世界が垣間みられるのも、このシリーズの魅力ですね。

      次はいよいよ、まろんさんおすすめの『秋の花』
      とても楽しみです。
      いつも新しい世界に誘ってくださってありがとうございます。
      2013/08/13
  • 文庫版解説では、まず本格推理小説と絶賛しているけれど、わたしには推理小説としてよりも心情小説(そんな言葉は無いだろうけれど)としての面白さに惹かれる。
    さらに本作は恋愛三部作の体を成しているかのよう。
    表題作「夜の蝉」では幼い頃からの姉妹の葛藤がわたしの胸を押しつぶすような切なさをもって迫ってきた。
    幼い兄弟姉妹のそれぞれの想いは、かつて自分も子供だったはずの大人の目を通してははかれないかもしれない。

  • うまい、何もかもがうますぎる。
    つるっと読めてしまいました。
    シリーズ二作目と気付かずに手に取りましたが、一作目を読まずとも大丈夫です。
    本格ミステリの鮮やかさに胸を躍らせ、主人公が大人の女性へと成長していく時間の流れに切なくなったり。
    ため息の出るような小説でした。

  • 女子大生の「私」と5才違いの「姉」との掛け合いが心の奥深く染み入る、表題作の『夜の蝉』をはじめ全3篇の短編集です。文学の世界と切っても切れない「私」と大学の友人たち、探偵役で人生哲学者の噺家・円紫のコンビが織り成す爽快シリ-ズの第2弾です。

  • おもしろかった。
    謎解きをしながらも人間ドラマがとにかく濃くて、
    一筋縄ではいかないそれぞれの謎解きには、人間の心理が深く関係しているのでした

    回を重ねるごとに円紫さんと"私"の信頼関係が増して、
    家族や友達、弟子など、2人を中心として関わりができていく様子も良いですね☺︎

  • 「空飛ぶ馬」その後の「私」。謎解きもおもしろく、女友達とのかかわり、姉とのかかわりが余韻を残す。

    たおやかな乙女のういういしい感性を独特の雰囲気で描ける北村薫と言う作家は、何とも不思議なひとである。

    この作品が世に出た頃、謎の覆面作家といわれ性別もさだかでなかったいきさつがわかってくる。そうでもしたくなる資格があったということだ。

    人気のはずである。

  • 「夜の蝉」
    姉がいる私としては、姉妹の関係性に心がざわつく。

  • 「私」の二人の友人と、姉との関係が美しく描かれている。魅力的な人物がたくさん出てくる一方で、人間の心の多様性(綺麗なところ、汚いところ)まで鮮やかに書かれている。姉との複雑な、それでいて良くある、同性姉妹の関係性なんか特に、美しすぎて、巧みすぎて、泣いてしまった。
    これを読んでから作者が素顔を見せた時、驚いた読者は多かっただろうなと納得。

  • 読了日 2019/08/05

    北村薫「円紫さんと私」シリーズ2作目。
    本当にこのシリーズ好き。言葉がきれい、主人公「私」の知識と生き様が好き。

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著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代はミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、89年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。著作に『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)などがある。読書家として知られ、評論やエッセイ、アンソロジーなど幅広い分野で活躍を続けている。2016年日本ミステリー文学大賞受賞。

「2021年 『盤上の敵 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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