一九三四年冬―乱歩 (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488427115

作品紹介・あらすじ

執筆に行き詰まり、衝動に任せて麻布の長期滞在用ホテルに身を隠した探偵小説界の巨匠・江戸川乱歩。だが、初期の作風に立ち戻った「梔子姫」に着手したとたん、嘘のように筆は走りはじめる。しかし小説に書いた人物が真夜中に姿を現し、無人の隣室からは人の気配が…。耽美的な作風で読書人を虜にした名文家による、虚実入り乱れる妖の迷宮的探偵小説。山本周五郎賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 江戸川乱歩が実際に失踪した4日間のホテル暮らしを下地にした本作。ホテルでの生活中に書かれる作品の幻想性と内省する中年作家の現実性のギャップがすごく良かった。
    乱歩の夢見た奇々怪々な夢想世界はこんな感じだったのかもしれないと思え、またスランプや中堅作家としての今後に自信喪失している姿はいかにも乱歩らしいなと思いながら読めました。

  • TBSのプロデューサーとして、向田邦子とのタッグによるTVドラマなどを手掛けた久世光彦の作家としての代表作。スランプに陥った江戸川乱歩が麻布のホテルに泊まり込んだ、という史実を元にした幻想小説なのだが、幻惑的な世界観に頭をやられてしまう傑作。

    本作では、久世光彦自身の創作による「梔子姫」という乱歩の架空の作品が小説内小説として描かれるが、これがまた大変に素晴らしい。この作品を執筆しながら、乱歩はホテル内で不可思議な体験にでくわしていくのだが、「梔子姫」のストーリーの盛り上がりと、乱歩自身が出くわす体験のミステリアスさがシンクロし、読み手を幻想の世界へ誘う。

  • 本業は演出家だった久世さん(2006年没)の幻想ミステリ。
    1934年の冬、スランプに陥った江戸川乱歩は偽名でホテルの一室に身を潜め、
    古いメモ書きから着想して執筆開始。
    居心地のよさと、家族や編集者と連絡を絶った気安さから、滑らかに筆が進むが、
    ずっと空いているはずの隣室に何やら怪しい気配が……。
    乱歩はふとした瞬間の感懐を小説に盛り込み、
    かと思えば自分の書いた文章に興奮して奇妙な夢を見、
    また、その内容を作品に取り入れもして、
    小説内現実と小説内虚構の境目が曖昧になっていく。
    しかも、話中話が見事に当人の文体模倣で出来ているし、
    同時代に活躍した作家たちや、
    渡辺温など『新青年』関係者のエピソードにも触れられているし――で、
    読んでいてニマニマしてしまった。
    怪事におののくインド人貿易商の名がハッサン・カン(!)っていうのも愉快。
    解明されないまま残る謎があるけど、まあいいか(笑)
    乾いたユーモアが心地よく、中年男性の悲哀が切ない佳品。

  • ★そのとき、誰かがドアを三度ノックした。(p.20)
    ■5つのポイント
    ・スランプにより乱歩が逃避してきたのはアール・デコとかアール・ヌヴォーの洋館ふうホテル。
    ・耽美的な作中小説「梔子姫」は多くの人が言ってそうですが、乱歩より乱歩らしい。すごいです。口がきけず軟体動物のような梔子姫の肉体と無垢な心に溺れる主人公。梔子姫のいる娼館の謎。
    ・ホテルのボーイで美青年の翁華栄(おう・ふぁーろん)と若き人妻でマンドリンを演奏し探偵小説マニアのメイベル・リー。謎のままだった灰色の猫。
    ・誰もいないはずの隣室から覗かれている? 乱歩は覗くのは好きだが覗かれるのは怖い。その隣室でかって起こった事件。
    ・宇野浩二、ポオ「アナベル・リィ」、アーサー・マッケン『夢の丘』、ビアズリー、ハリー・クラーク、渡辺温、谷崎潤一郎、ラブクラフト「エーリッヒ・ツァンの音楽」、ブラックウッド「いにしえの魔術」、海野十三の深夜の散歩、萩原朔太郎『猫町』誕生秘話などいろんな作品や著者についての話題。

    ■江戸川乱歩についての簡単なメモ(リアルの乱歩ではなく、あくまでもこの作品中の乱歩のこと)

    【一行目】微かに身じろぎすると、洋風のバスタブいっぱいに張ったお湯の表に、赤や黄の小波が立つ。

    【宇野浩二】乱歩が文章のお手本にしていたとか。
    【翁華栄/オウ・ファーロン】張ホテルのボーイ。美青年。いろいろタイミングよく(わるく?)顔を出す。甘いヘリオトロープの匂いがする。若いがものがわかっており気が利き知識も豊富なようだ。
    【押絵と旅する男】乱歩の傑作のひとつ。《『押絵と旅する男』を書いて、死ねばよかったのだ。》p.150。正直個人的にはこの辺の作品以降はあまり好みではなかったりします。
    【女好き】《女が好きだから女に好かれるのである。》p.94
    【恐怖】地震恐怖症。蝋燭恐怖症。《乱歩には、恐怖というものは、命が惜しいという気持ちと、必ずしも結びついているとは思えないのである。乱歩は地震の底の、そのまた底に、神の意志のようなものを感じるのである。つまり、乱歩にとっては、この世に自分が生まれてきたことと同じ意味で、地震が怖くてならないのである。》p.119
    【健康】《仁丹は理性の友である。ついでに言うなら、胃には鍵胃散、鼻づまりにはミナト式、江戸川乱歩はこの三つでなんとか保っている。》p.102
    【空也】もなかの老舗。一度食べてみたいです。
    【死】《他人にとって、自分は、もう死んでいるのかもしれない。》p.128。《ポオにあって乱歩にないもの――それは背中合わせに貼りついている〈死〉の予感なのだった。》p.150。《死の予感がないことへの〈ぼんやりした不安〉である。》p.154
    【出版年】執筆は1991年から1993年で出版は1993年らしいので30年前だが古さは感じない。
    【損なわれている】損なわれていることによる美があると乱歩は思う。
    【題名】《題名は短篇の命である。》p.103
    【谷崎潤一郎】乱歩がけっこう意識していた?
    【男色好み】乱歩は自分のそういう傾向を意識はしている。
    【探偵小説】《だいたい、土蔵と寺と蝋燭を登場させてはいけないということになったら、大概の探偵小説や怪奇小説は成り立たなくなる。》p.125
    【張ホテル】舞台となるホテル。アール・デコかアール・ヌヴォーふうの洋館。そういう名前のホテル自体は実際にあったらしい。
    【猫】ポオを奉っている乱歩は作中で猫を使うことに気後れする。が、ホテルに灰色の猫が登場したことで。
    【禿】乱歩のコンプレックスのひとつ。
    【馬生】落語家。後の志ん生と思われる。《去年の暮れ『悪霊』が書けなくなったのは、馬生のせいである。》p.120。馬生を聞くと自分の文章がざーとらしいと感じられるようだ。
    【描写】乱歩は意外に描写をしていないのだとか。
    【闇】《蝋燭一本の世界は真の闇よりもっと怖い。》p.123
    【渡辺温】乱歩が目をかけていた作家だが早世した。創元推理文庫の全集持ってます。けっこう好きです。半分くらいは。

  • 【概略】
     「大乱歩」と呼ばれるに至った小説家・推理小説家 江戸川乱歩が昭和9年、失踪!彼は異国の絵葉書のような佇まいの「張ホテル」に隠遁した。眉目秀麗な中国人青年ホテルスタッフ、ポーやクィーンをこよなく愛するマンドリン弾きの西欧人ミセス・リー・・・浮世離れした空間に乱歩の創作意欲が刺激される。原点に返った雰囲気をまとう「梔子姫(くちなしひめ)」執筆に没頭する乱歩。「大乱歩」の名前の下の本来の姿に、「梔子姫」の耽美な世界が彩を加えてくれる作品。

    2019年12月18日 読了
    【書評】
     数年前に三遊亭圓生師匠の「鼠穴」を英語落語にした時に、強く意識したのが「江戸川乱歩」だったのだよね。それでこの本をオススメされて読んでみた。
     この作品は、稀代の推理小説家・江戸川乱歩がモチーフにされているものの、江戸川乱歩本人が執筆したものではないのだよね。ググってみたのだけど「寺内貫太郎一家」や「時間ですよ」といったテレビ作品の演出家をしていらっしゃったそうで。でも話の中の視点は、江戸川乱歩が主人公で、さも江戸川乱歩が執筆しているかのような錯覚を受けるという。小説内の「梔子姫」も(特にエンディング!)なんとも乱歩な雰囲気が・・・読んでいて「これだよ、これが鼠穴で出したい空気感だよ!」と強く思った。
     普段から自分の萌えポイントというか、心の琴線の一つとして「感情が理性を凌駕する瞬間」というものがあって。それと同時に、「文豪」や「神様」と呼ばれる各分野で豪傑達が、実際は人間臭さにあふれてる瞬間などは、本当に震える。今回も、最終章、江戸川乱歩の心にまとっている鎧の部分、その鎧を、江戸川乱歩自身が「脱ぐだけなんだよ!」と「わかっちゃいるけど・・・」と葛藤しているところなど、一気に江戸川乱歩が大好きになってしまった。何度も言うよ?書いたのは江戸川乱歩じゃないからね(笑)
     それだけ江戸川乱歩・愛がすさまじいのだよなぁ。国内の作品だけじゃなくて乱歩の原点であるエドガー・アラン・ポーへの造詣も、エラリー・クィーンへの言及も素晴らしい。やっぱりこの時代の小説、しっかり洋書(原作)を読まなくては、特に「鼠穴」を乱歩色にしたかったらエドガー・アラン・ポーやヴァン・ダインあたり、ちゃんと原作で読まないとなと痛感した。
     40歳過ぎてて、なんか自分が後生大事にしてるプライドというか、かっこつけてる部分、捨てられないなぁ、なんて思ってる人がいたら、(自分もそうだよw)この作品の最終章だけでも読むと、ちょっと気が楽になるかも。
     江戸川乱歩、もう一回、読もう。

  • 本筋とは関係なく、当時の作家の名前がポンポン出まくりで、これ、置いてけ堀を食らってしまう人が結構いるんじゃないかなと思う反面、それが読んでいておもしろかったり……。
    作中の乱歩が、同業者の横溝よりも、谷崎潤一郎を気にかけているのが何とも。

    ストーリーとしては、解いてない謎があるように感じるんだけども……良いのか?

  • 一九三四年、江戸川乱歩は、前年から雑誌「新青年」に連載開始した「悪霊」の筆が進まず、休載という形で穴を開けてしまいます。
    そんな時期、誰にも行き先を告げず、ふらりと出かけたまま、小さな洋館二階建てのホテルにしばらく(といっても半月ほど)、身を隠すように逗留したことがあったそうです。

    その実際の事件!?を元に、ホテル滞在中の乱歩が経験する夢ともうつつともつかない出来事を描いたのが本書です。

    三人称ではあるものの、ほぼ乱歩に焦点をあてたままの語り口から明かされる、「大乱歩」の奇妙で幼稚で、ゆるくておかしみ溢れるエピソードの数々は、彼をして、とても身近で親しみある愛すべきオッさんにしています。
    (それらも、乱歩の自伝やエッセイなどから拾った実話のようです)

    それと対照的に、本作中で乱歩が経験、体感する事柄は、訝しげで少し怪しげ、彼の好んだ「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと」の言葉そのままの幻想的な雰囲気を漂わせます。

    さらに、本作中で乱歩が執筆する「梔子姫」という幻想譚が、隠微で淫靡で退廃的な雰囲気をプラスして、それらが境目も曖昧に溶け込み混じり合って、独特の味わい深い世界観を生み出しています。

    ちなみに、この「梔子姫」、新しく見つかった乱歩の原稿ですと言われれば、絶対信じてしまうほど、乱歩的です(笑)
    ちゃんと完結もしてますし、これを読むだけでも、この本を読む価値はありますよ。

    久世光彦さんの、他の著作も読みたくなりました。

  • 乱歩へのトリビュートとして、本人のスランプ期間の日々を描き出したミステリ。
    舞台やガジェット、雰囲気や言葉遣いは精度の高いパティーシュとなっていた。
    展開もまた乱歩らしさ幻想的なもので、かつ凝っているのでのめり込む。
    他方で想像以上に文学色が強く、作品はエンターテイメントなのに、馴染みにくいという妙な感覚があった。
    3

  • 小ネタが多すぎて笑える。こんなのよほど乱歩を好きでないと拾えないだろう、と一瞬思ったが、そもそもそういう人しか読まない本なのか。
    『梔子姫』はうまく似せて書いてはいるし楽しかったけど、やはり魂の色が違う。

    それにしても、昔読んだーー
     とおいとおい昔のこと
     海のほとりの王国に
     ひとりの乙女が住んでいて
     その名を聞けば、アナベル・リー
     生きる願いはただひとつ
     私を愛し、愛されて
    ーーこれは誰の訳だったのだろう。

    …うん。乱歩好きとしては、できるだけ気取った感想を書きたかったのだ。

  • 文中文の構成が好きなのでそれだけでにこにこしながら読みました楽しい!
    乱歩なので怪しさはありつつも読みやすい方じゃないかな、と。

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著者プロフィール

久世光彦

一九三五(昭和十)年、東京生まれ。東京大学文学部美術史学科卒。TBSを経て、テレビ番組制作会社を設立、ドラマの演出を手がける。九三年『蝶とヒットラー』でドゥマゴ文学賞、九四年『一九三四年冬――乱歩』で山本周五郎賞、九七年『聖なる春』で芸術選奨文部大臣賞、二〇〇〇年『蕭々館日録』で泉鏡花賞を受賞。一九九八年紫綬褒章受章。他の著書に『早く昔になればいい』『卑弥呼』『謎の母』『曠吉の恋――昭和人情馬鹿物語』など多数。二〇〇六年(平成十八)三月、死去。

「2022年 『蕭々館日録 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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