結晶世界 (創元SF文庫) (創元推理文庫 629-2)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488629021

感想・レビュー・書評

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  • 舞台はアフリカ、カメルーン。川を遡った森の奥にあるモント・ロイアルで、何かも水晶化してしまう奇現象が起こっていた。その範囲は徐々に拡大していて…。

    幻想的な世界で起こる出来事は、三角関係のメロドラマ2つ。すなわち、主人公サンダース博士が自分の元を夫と共に去った愛人スザンヌを追いかける話(その途中、スザンヌと似た若い女性ルイーズのといい仲になるというオマケつき)と、ソーレンセンに奪われた妻セリーナを取り戻そうとするベントレスの戦いの話だ。水晶世界(世界が終焉に向かいつつある雰囲気)の中で繰り広げられるので、ドロドロ感は全くない。

    解説によれば、「デカダンス小説」であり「科学と幻想と活劇と人間心理の綾という四面を持った」物語、「すこぶる奥行の深いSF」とのことだが?? 確かに退廃的ではある。本作のように時代の雰囲気を多分に含んだ作品(たぶん)は、今読んでもその良さをよく理解できないのかも。

    忌避すべき存在として癩病患者もやたら出てくるし、土民、混血児、ニグロなどの差別用語満載で、その意味でも時代を感じさせる作品だった。1966年の作品。

  • SF史上、いや文学史上、最も美しい「滅び」の世界。
    SFとしてのストーリー立ては非常にシンプルで、知っている方も多いでしょう。全宇宙的な時間の停滞により、あらゆる物質が結晶化し固定化されていく世界。やがて地球上の全てのものが、生物も無生物も同じように美しい結晶と化し、世界は静かに滅びてゆきます。
    結晶化現象の原因となる時間理論については、ストーリーの中で軽く触れられています。が、理論や理屈はこの作品においては重要ではありません。バラードがこの作品で描きたいのは、滅亡に至る理論の構築でもSF的スペクタクルでもなく、滅亡しつつある世界のイメージ。執拗とも言えるほど繰り返される結晶化した森の描写が凄みを感じるほどに美しく、そのリフレインが生み出す圧倒的な幻惑感こそが、この作品の真骨頂です。

    そんな幻想的な舞台の中で繰り広げられる人間ドラマも、宝石のように幻想的できらびやかなのかと思いきや、これが実にねっとりとして重たいんですね。基本的には、二組の三角関係の男女がいちゃついたり反目したりドンパチやったり、と、要するにこの作品は、「史上最も美しい滅亡の世界を背景に繰り広げられる痴話ゲンカ」。そんな昼メロ的な読み方もできますヽ( ´ー`)ノ
    基本的には昼メロ的な話、ではあるのですが、登場する二人の女はどちらも業病に侵されて死の淵にあり、それを救おうとする男たちのアプローチに、この作品のもう一つのテーマが垣間見えます。それは、「本当に『結晶化』=『滅び』と言えるのか?」ということ、換言すれば「死が即ち不幸なのか?」ということ。死にかけた女を回復させようと結晶化を押しとどめようとする男、女と共に結晶化することにより永遠に一つの存在になることを願う男。物語の中では、結晶化を「救い」と捉えて自ら森の奥に入っていく業病の患者たちの姿も描かれており、彼らの姿がこの作品におけるもう一つのテーマを際立たせています。

    ラストシーン、再び森に入ることを決意して船に乗るサンダーズと、彼を見送るルイーズとマックス。サンダーズは結晶化に親和性を禁じ得ない者、ルイーズとマックスは結晶化を対決すべき対象と捉えている者の象徴のように、鴨には思えました。通常のSFであれば、この後人類が何とかして結晶化を食い止めようとする姿とその経過を描こうとするでしょう。しかし、「結晶世界」は人類の行方については何も触れないまま、静かに幕を閉じます。
    全編を通して徹底的に美しく、濃密で、そして残酷な物語です。唯一無二のこの世界観は、一度読んでおいて損は無し。できれば、男女の機微がわかる年齢になってから読むのがおススメかと思います。あんまりSFレビューっぽくない一言だなー(笑)

  • 初バラード。破滅三部作のひとつである本作。破滅と言うからにはパニックものかと思っていたが、まるで古い欧米の映画でも観ているかのように静かに進む物語。SFというよりは純文学に近いかもしれない。友人マックス(と、関係のあった彼の妻スザンヌ)を追ってマタール港にやってきたサンダーズ。そこで彼らの住むモント・ロイヤルへの道が封鎖されている事を知る。その理由を探るために異変の起こっている森へとサンダーズは向かうが...。水晶に覆われてゆく森の描写は美しい。対象的に森の中でサンダーズに降りかかる様々な出来事は悪夢的で現実離れしている。しかし結局、結晶化とは何だったのか、この後世界はどうなるのか、ほとんど明かされずただただ静かに物語は終りを迎える。サンダーズは結晶化した森とスザンヌに魅入られ森へと帰って行った。

  • 『僕はかぐや姫』の千田さんが作中で読んでいた本。千田さん曰く「つまらない本」らしいが、引用されていた文にひかれて、読んでみることにした。
    はじめから弱冠のネタバレが作者によってなされているのにもかかわらず、続きが気になってどんどん読めた。
    やはり、驚かされるのは結晶化した世界の描写の細かさだ。訳者もこれにはきっと苦労したはずだ。
    自分の語彙力や想像力が乏しくて、なかなか映像化が難しかった。
    また、筆者の文学的時間概念のアプローチは、この作品を純文学にとどめない、強いSF要素が感じられた。

  • ニューウエーブも今の小説界からみれば、驚くものではない。だけど、この前によんだニューロマンサーがSFに衝撃を与えた様にこのバラードの一連の作品がサイエンス一辺倒だった、SF小説(小説強調)にインナースペース(宇宙ばかりではなく、人間内面)に目を向けるべきだと、主張したのだろうな。とにかく美しい描写、結晶化していく、森、水晶に覆われ、眠りにつく鰐や木々、それは死ではなく、世界との一体なのだろう。その世界で人は相変わらず、愛し憎しみ生きていく。SFファンもだけどそれ以外の人が感銘を受けると思う。訳が古いけど。

  • 「アフリカの癩病院副院長であるサンダースは、一人の人妻を追ってマタール港に着いたが、そこからの道は何故か閉鎖されていた。翌日、港に奇妙な水死体があがる。死体の片腕は水晶のように結晶化していた。それは全世界が美しい結晶と化そうとする無気味な前兆だった。バラードを代表するオールタイムベスト作品。星雲賞受賞。」

  • 被写体の選択行為とは。「荒涼とした風景」を表現した写真を観ての感想である。JGバラードの「結晶世界」というSFがある。タイトルの通り精神病患者の「荒涼」(結晶世界)とした心象風景を表現した作品であり名著と呼ばれている。SFには外の宇宙(スターウォーズのような作品)を表現した作品だけでなく人間の内面の宇宙を表現した作品がある。文学作品でも三島由紀夫の「金閣寺」は人間の精神をシンボリックに表現した作品だし、映画作品でも「地獄の黙示録」はベトナム戦争を描きながら、人間の内面への旅路を表現した作品である。写真でもカメラマンの内面が表現される傾向は存在する。「荒涼とした」あるいは「殺伐とした」風景を好んで撮る行為には、カメラマンの精神性がそのまま現れる。被写体を選びシャッターを切る行為により心象風景が投影されるのである。春の「桜」や秋の「紅葉」だけが被写体ではないと思う。真摯に自己の精神と向き合えばシャッターボタンを押す行為にも内面が表現されることに気が付くであろう。写真技術を学ぶだけではなく文学作品に親しみ、そこから精神性を学ぶことにより、新しい作品のヒントを学ぶことも出来るであろう。写真の表現の幅を広げる為に文学・哲学を学ぶアプローチもあると思う。ありきたりの論考であるが、人間としてこの世に生を受けてきたからには、人間を学ぶことが非常に重要だと思う。この辺は文芸評論家「小林秀雄」の影響が非常に大きい。

  •  最後が余韻があっていい感じだが、全体としてはもし今書かれていたら発売されていないレベルである。
     1969年発売当時の値段が160円の方が驚いた!

  • イヤーやっと読み終わった。奥付見たら「1982年5月21日18版」だったので、大学生のときに買ったやつなのね。長かった……。

    なんで今まで読めなかったのかというと、まあ単純にエンタメ的な盛り上がりに乏しい、非常に地味なお話だからなんですが、今回それを覚悟して読み進めていったら、第1部のラストでヘリコプターが墜落したりして「おっ案外派手じゃん」とか思ったりもしたのだった。そういうとこだけ見たらハリウッドが映画化してもよさそうな感じなんだけども。

    とはいえ第2部に入ると雰囲気はますます暗く陰鬱で主人公が内省したりして、やはり地味なのである。そもそも作者は「なんで世界が結晶化しつつあるのか」とか「人類は結晶化にいかに立ち向かうのか」という点についてはあんまり興味がないみたいで(なぜという理由については多少説明があるけど)、小説は結晶化に対する登場人物の三者三様の心理描写に重きが置かれている。この辺、主人公(語り手)が癩病院の医師だったり背教者的な神父が出てきたりするのがたぶん何か象徴的な意味を負ってるような気がするのだけど、よくわからない。

    しかしそんなことより強く思うのは、この翻訳がヒジョーに読みにくいということである。ぶっちゃけこの人、日本語があまり上手くないと思う。若い頃なにか別の小説も読んだことある気がするけど、特に会話がものすごく不自然なのよね。新訳流行ってるんだから、バラードも新しい訳で出ないかしら……

    と思いました。作者の未読の作品まだたくさんあるけど、どうしようかなあ。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/765258

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