1940年体制(増補版) ―さらば戦時経済

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著者 : 野口悠紀雄
  • 東洋経済新報社 (2010年12月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492395462

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1940年体制(増補版) ―さらば戦時経済の感想・レビュー・書評

  • 日本では終戦を期に全てが刷新され、戦後に再構築された経済体制によって高度経済成長が成し遂げられたと考えられてきた。野口氏はこれを否定し、日本の経済体制は1940年頃に総力戦に向けて構築されたものが、かなりの程度戦後も継続して生き残っていると主張する。総力戦に最適化された体制で有るが故に、大量生産時代には効果的にこの体制は機能した。高度成長を成し遂げ、石油ショックからもいち早く立ち直り、世界経済を席巻するほどの発展につながった。

    しかしながら、グローバル化、IT化が進み、異なる経済環境となった今、「1940年体制」は一刻も早く解体、刷新されねばならない障害である。さもなければ、高齢化が進み没落しつつある日本の衰退を止めることはできない。本書からは野口氏の強い危機意識と焦燥感、あるいは絶望感すら滲み出しているように感じられる。

    経済体制、革新官僚の作った官僚機構が生き残ってきた経緯に対する野口氏の分析については、異なる意見もあるようで、本書は典拠や異論についても随時言及しながら書かれている。(『戦後経済史』は出展や異論への言及が省かれていて、本書と同様の主張が一般の人にもより読みやすく表現されている)。

    細かな議論についての是非は素人には判断が難しいが、
    大蔵省の中の人であった野口氏ゆえに説得力が感じられた。

    カレル・ヴァン・ウォルフレンが出展として所々出てくる。明治期に作られた官僚体制が、戦後も生き残り政治から超然として動くあり様は日本に特有の「政治的中枢の欠如」である。日本は私的領域と公的領域の境界がない「高度に政治化された社会」である。といったウォルフレンの指摘は日本の抱える問題の根幹を鋭く浮彫にしていると1990年頃には思えたが、その後日本の政治体制はゆるやかに変化が起こり、2017年の今となっては野口氏の指摘する「1940年体制」のほうがより深刻で重要な問題のように思われる。

    これから日本はこの「1940年体制」を打ち壊して先に進めるのであろうか?

    遅々として進まない雇用規制の緩和や年金制度の改革。企業に賃金を上げるようプレッシャーをかける安倍政権。こうした動きを見ると、絶望的な気持ちにならざるを得ない。

  • 経済大国として80年代にピークに達した日本、その原動力である所謂日本的企業経営や生産方式、産業育成の源流は、戦時の総力戦体制にあったとする内容。戦後の驚異的な復興は、何も国内に突然変異が起こったわけではなく、そもそもの土台があったからこそという主旨は、至極自然な説明だと納得がいく。また「兵器生産」から「製品生産」へのシフトこそ上手くハマったものの、情報産業の発展とグローバル化が進んだ90年代には、従来の会社組織と成功体験が逆に足枷になり、成長の妨げになったという流れは、日本の現代史そのままをよく表している。1995年発刊の本だが、ここで既に述べられている、日本的会社が持つ様々な硬直性、何より高齢化社会に向けての社会保障制度の抜本的見直しは、20年後の現在もほとんど手を付けられておらず、恐ろしさを感じさせる。その意味で20年前の著作でも古さを感じさせないのは、良いことなのかどうか。タイトルの1940年という年には厳密な意味はなく、30年代からの重化学工業の発達や、戦争の為の産業体制、会社の"社会共同体"化、法整備から教育に至るまでのあらゆる方策を纏めた言葉として考えて良いが、それは戦後の日本の繁栄を支えたのと同時に、情勢が変わった"現在"、呪縛でもあり続けている点、戦前のDNAは脈々と息づき、我々にも影響を与え続けている、そんな事を考えさせられた。

  • 1940年体制 革新官僚 企画院 岸信介と高橋是清 
    小さな政府 日本企業に必要なのは、海外に真似されるのを防ぐのではなく、差別化・イノベーション もっと先へ進むこと

  • 歴史を学ぶ重要性に気付かせてもらった本。
    グローバリゼーションを考慮する上で、日本を歴史から見たときの文化・特有性を考えるツール。

  • 出口治明著『ビジネスに効く最強の「読書」』で紹介
    「日本的」と考えられている制度の多くが、「1940年体制」的なものに過ぎない、と喝破。

  • ライフネット生命の出口さんがお勧めしていた本です。現在の日本の社会構造が1940年代のものを未だに引きづっていることが良く分かりました。

  • 木谷先生おすすめ。学生時代に読むべき

  • 今の日本企業がいかにして出来たか、そしてそれは別に古来からの日本的なものではないということ、が面白かった。

  • 最初は読みづらいが読み進めるにつれてだんだんと分かってくるし、面白くなってくる。ただ、数値を取る際の期間の設定や増減率などに少々恣意的なものを感じた。あと、著者が元官僚であるからか、日本を動かしているのが官僚であるという大前提で書かれているが、果たして本当にそうなのか、という疑問が残った。

  • なぜ日本の経済は停滞しているのだろうか。私たちは

  •  野口先生の本は、役所にはいった30年くらい前から連続して読んでいる。今でもわかりやすい。

     この本は、名著といわれていたが、なぜか読み飛ばしていたので、改めて読んでみる。

     大事な主張は、年功序列とか、間接金融中心の金融システム、持家主義、直接税中心主義など、現在の日本の経済社会システムの特徴といわれるものが、第二次世界大戦直前の1940年ぐらいに整備された戦時体制の結果であるということ。

     これを丁寧に説明していてわかりやすい。また、このシステムが、高度成長期、あるいは石油ショックなどからの回復にうまく対応したけれども、もうそろそろ、システムを改革しないといけないというのがこの本の主張。

     特に、野口先生が言われている指摘で気になった点。

    (1)日本が生き残るのに必要なのは、古いものの生き残りや現状維持に支援をあたえないことである。(p227)

     これを政治の世界で実現するのはとても難しい。野口先生が指摘されているように、業界ごとに業界団体ができていて、その業界の意向が与党に圧力をかける。この業界の意向が時代や国際競争力にあっていればいいが、ともすれば、自分たちだけを守るために、外資を排除してほしいとか、お金がほしいといった主張になりやすい。

     そうこうしているうちに、日本だけが失われた20年になってしまった。これをどういう道筋で改革したらいいのだろう。

    (2)日本を外に開き、とじこもりから脱却することだ。(p229)

     さすがに、中国や新興国の発展から、製造業の工場の海外進出がさかんで、日本の国内の工場は空洞化しつつある。しかし、ある程度成熟した先進国が国内の空洞化はやむをえないものでもある。日本国内でしかできない、イノベーションができるかどうか、それも国際的に闘っていけるかどうか、という改革力を民間企業は冷酷に実施しつつある。こっそりではあるが。

    (3)現在の日本の政治の閉塞感は、革新官僚が1940年代にもった閉塞感と似ている。政治が国民に選択肢をしめせない状況になっている。(p190)

     日本の将来のために、社会保障制度をどうするのか、もっと将来世代の負担を軽減するために給付水準の引き下げと料率の引き下げといった国民の不人気な政策をうちあげる、まっとうな政策をうちだす、そのために消費税をどこまではあげざるをえない、国民にはがまんいただけないと、将来世代にまっとうな政府を残していけないと、訴える政党がないのは、非常に不安を覚える。

     もともと、戦前は天皇陛下の、そして今は国民の公僕である役人たちが、はぎしりをして、現状をうれいているのは事実。それが、戦前は革新官僚の動きになったが、現在でも、そのような全体的な政策の改革、そして自由市場の活性化を訴える人たちが、官僚の世界の一部しかないのは、決して健全な姿ではない。

     もっと、政策の方向性について、具体的な提案をすべきとは考えるが、今の政治主導のコントロールの中では、なかなか続く若者はいないだろうな。

  • 著者の構成に難あり。とにかく読みにくい。「これについては後ほど触れる」の連発だ。プレゼンテーション能力に問題がある。文章も硬くて面白みがない。着想のみの勝利といえよう。

    http://sessendo.blogspot.com/2011/08/1940.html

  •   戦後65年が経過したにもかかわらず、戦時中の仕組みがいまだに生き延びている。戦後のGHQの改革によりすべて新しく生まれ変わったわけではなく、戦争のために国民を総動員する仕組みが残っていた。その仕組みが、戦後のある期間はうまく機能して、高度成長が成し遂げられたが、その後はこの仕組みが経済成長の足をひっぱている。
      その一例は、日本的経営である。終身雇用、年功給、企業別労働組合、共同体的企業は、戦後のイノベーションではなく、1940年体制の象徴的なものであった。当時の革新官僚が作り上げた企業統制の仕組みに他ならない。一部は、この仕組みも崩壊しつつあるが、自由競争を嫌うという精神はいまだに強く生き残っている。
      経済の低迷を脱出するには1940年体制との決別が必要である。

  • 現在まで連綿とつづくこの経済体制の起源は、通説では戦後となっていますが、1940年からです。だそうです。同じ指標や資料・史料を見ての見解の相違だと思います。それにどちらでも良いです。増税に対する拒否反応は、そんな高尚なものではないです。もはや、餓鬼なので、いくら払っても決して満たされることはないと感じているからです。私益を省益に置き換えて、マスコミはごまかしていますが、無駄です。

  • 【メモ】
    政治家の役割:
    政治家は高度成長から除外された後進セクターの調整を行うフィクサーであり、傍役であった。
    「statesman」という言葉から想像される国家的な目標選択のための指導的機能は、高度成長期の政治家にはそもそも期待されていなかったといってよい。基本的な目標として経済成長をとることに議論の余地はなかったから、社会の基本的目標について相争うという意味での「政治」は、そもそも存在しなかったのである。(p.127)

    規制緩和:
    規制をそれが達成しようとする目的(安全・需給調整等)によって分類するのは誤り→目的を正当化できるかは価値判断の問題
    問題となる事項について、市場メカニズムが適切な機能を果たしているか否かを基準に、規制の是非を考えるべき。(p.150)

    未来に向けて:
    ○「未来への展望を持つことによって、初めて過去を見直すことができる」
    ×「過去の歴史から教訓を学び、その上に未来を構想する」
    (p.205)

    企業の閉鎖的性格:
    大企業の幹部は、経営の専門家でなく、その組織の内部事情(とりわけ人的関係)の専門家であり、過去の事業において成功してきた人たちだ。したがって、企業経営の究極的な目的は、これまで続いてきた企業の姿と、従業員の共同体を維持することにおかれる。(p.222)

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