昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来

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制作 : 倉骨 彰 
  • 日本経済新聞出版社 (2013年2月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532168605

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来の感想・レビュー・書評

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  • 伝統的な社会(西欧的の反対)と、我々の社会(西欧的)を、その良いところ悪いところを比較しています。伝統的な社会も、我々が通ってきた世界で、タイトル通り「昨日までの世界」。現代の我々が、何を得て、何を失ったのか、冷静に見ることができます。
    上巻は、自分以外の他人への対応、戦争、子育て、高齢者への対応について。
    今までの著作よりも、冷静な視点から書かれているのを感じました。

  • ニューギニアの空港で、チェックインを待つ著者の視線から、長い人類史への旅が始まります。ほんの数十年前までそこに存在していた〜現在は失われつつある〜「伝統的社会」を通じて、文明がどのように始まったのか、人間の社会はどのように進化してきたのかを広く、深く考察するのは「銃・病原菌・鉄」で知られるジャレド・ダイアモンド。もともとは鳥類の研究のためにニューギニアの奥地に通っていたそうです。そこにあった先住民たちの風俗習慣は、我々の住む世界のそれとは全く違うものでした。
     本書では大きく「空間の概念」「戦争」「子供と高齢者」「危険に対する対応」「宗教、言語、健康」という章立てとなっていますが、もっとも重要なのは「戦争」についての考察でしょうか。
     数十人から数千人規模の小さな集団の間での関係は、国家という概念が出来る以前の文明の姿を我々に教えてくれます。敵と味方という概念が生まれ、あるいは交易が始まり、そして戦争が起こります。少なくともニューギニアにおいては小規模な戦争は日常的に起きていたようで、死因の大きなパーセンテージを戦争が占めていました。「野蛮な文明人と平和を愛する原住民」というケースはここには当てはまらなかったようです。隣接する部族の間では常に戦闘と報復が繰り返され、戦士だけでなく女性や子供もその対象になっていました。その一方でより遠方の相手とは平和的に交易が行われたりもしています。これはどういうことなのでしょうか。戦争の原因は様々で、食料や水、あるいは生活空間そのものといった「資源」の奪い合いなどが考えられます。しかし最も多いのは「報復」だといいます。個人間の揉め事、女性や奴隷の収奪、家畜の盗難、偶発的な殺人などに対する報復です。当然隣り合って接触する頻度が高い地点でそれは起こりがちです。そのあたりは現代の国家間の関係でもあまり変わっていません。著者は「パールハーバーを忘れる」という項を立てて、人間が復讐心をコントロールすることで戦争を防ぐことが必要だと説きます。ここに通底しているのは「被害者意識」なのでしょう。人間は自分が被害者である、虐げられている、と思うときに最も攻撃的になるし、残酷になれるという一面があるのです。
     伝統的社会から、文明を発達させてきたはずの我々ですが、世界中で続く戦争や暴力の連鎖を観るに付け、まだまだ成長していないのではないかと思うのです。果たして人類の未来は明るいものに見えるのでしょうか?どこかに希望を見つけたいと願います。

  • 著者の細かい事例の積み上げで論を組み立てるやり方は変わらないし、読んでいて面白くためになる。

  • 「銃・病原菌・鉄」では、人類の文明が発達したのかを説明した著者が文明化した社会と未開社会(この本では伝統的社会)を比較を論じたもの。
    前著が文明社会が伝統社会に対して優越していることを前提で書かれていたのに対して、この本では文明社会の抱える問題に対する解決策のヒントが伝統的社会にあるのではないかという視点で書かれている。上巻は紛争、育児、老人について、述べられている。

  • 201701/

    グドールが観察したのは、子供たちにバナナを与える遊びである。その遊びでは、まず、子供たちの前に、一房のバナナがおかれる。その房には、ひとり一本のバナナがいきわたるように、十分な数のバナナがついている。この遊びでは、子供たちが一番大きなバナナを取り合うということはしない。それぞれの子供が自分のバナナをふたつに切って、一切れを自分で食べ、残りの一切れを別の子供に差出し、その子供から一切れをもらう、ということをするのである。そして、最初の半分の一切れを食べ終わると、残りの半分をまた二つに切って、その一切れを自分で食べ、残りの一切れを別の子供に差出し、その子供から一切れをもらう。子供たちはこのやりとりを五回繰り返すので、バナナの大きさは八分の一、十六分の一とだんだん小さくなっていき、最後の最後には、三十二分の一という小さな切れ端になる。そして、最後にそうなったとき、子供は三十二分の一切れを自分で食べ、残りの一切れを別の子供に差出し、その子供がその三十二分の一切れを受け取って食べるのである。つまり、この、儀式ごっこの遊びは全て子供の教育と訓練の一環だった。ニューギニアの子供たちは、この儀式ごっこの遊びから、自分が得することではなく、みなで分け合うことを学ぶのである。/

  • ニューギニア地域やアマゾン流域の、未開発地域に著者が実際に行き、人々の暮らしぶりをつぶさに観察している。
    法の支配があり、会社やルールにしばられ、息苦しい思いになる時もあるが、私の住む現代社会の方がずっとマシだと思った。
    なにしろ生活環境が過酷(病院や生活インフラがない)すぎて、平均寿命が短く、いつも飢えているのである。
    ただ、伝統的社会ならではの長年の知恵、用心深さや合理性といったものに、納得がいく場面が多々あった。とっても面白かったです。

  • ニューギニアなどの伝統的社会のあり方を類例に、現代社会の価値判断を問いかけていく。
    「文明崩壊」「銃・病原菌・鉄」に比べると落ちるが、それなり以上に面白い。
    上巻のラストは高齢者が大切にされない米国社会への愚痴で締め。ウザい。

  • タイトルの意味は、発達した西欧的な社会と比較し、パプアニューギニアの原住民等の原始的な民族の生活の習慣から、人間にとっての戦争、人間関係、老い等について説くというもの。ああそうなんですねと理解はするが、特に深い洞察は得られなかった。下巻はパス。

  • 「銃・病原菌・鉄」で著名な生物学者が、研究のために定期的に訪れるニューギニアでの生活をもとに、伝統的社会と工業化社会との広範囲かつ詳細な比較を通して、現代社会が抱える課題と解決策を提示した大作。

    著者は、我々が常識として受け容れている文化や生活様式が、実は人類の長い歴史からすれば「つい最近」作られたものであり、 人類が圧倒的に長い時間を過ごしてきた「昨日までの世界」における人間関係、紛争解決、リスク回避、宗教、子育て、高齢者対策の中に、「今日の世界」が物質的豊かさと引き換えに抱えた新たな社会問題を解決するためのヒントがあると主張する。

    ともすれば産業化が遅れた「未開の地」として片付けられがちな伝統的社会に光を当てつつ、それらを手放しで賞賛するような単なる懐古主義に終わらない点は、著者の非常に幅広く学際的な研究領域によるところが大きいと思われる。やや冗長な表現も多いが、時空を超えて視野を広げることができるスケールの大きな作品。

  • 銃・病原菌・鉄 の作者 ジァレド・ダイアモンド の新作

    ニューギニアを調査し、文明の源流と人類の未来を考える

    子育て、高齢者への対応
    嬰児殺し、敬うか、遺棄するか、殺すか?


    伝統的戦争と国家戦争

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昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来の作品紹介

現代の工業化社会=西洋社会と伝統的社会の違いを浮き彫りにし、そこから判明する叡知をどのようにわれわれの人生や生活に取り入れ、さらに社会全体に影響を与える政策に反映させるかについて解説。世界的大ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者、ピュリツァー賞受賞者が人類の未来を予見する。

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