刑事たちの夏

著者 :
  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
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本棚登録 : 82
感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (421ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532170554

作品紹介・あらすじ

大蔵省審議官の突然の墜落死。事件は警察内部、政界トップをも巻き込む一大スキャンダルへ…。命を賭して腐敗した権力機構と闘う人間たちを描く、あまりにリアルな問題作。

感想・レビュー・書評

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  •  本は、人を繋いでしまう不思議な接着作用を持つ。この本はぼくの通っていた居酒屋の店主から「これ、いいよ」と頂いたもので、ぼくは当時、花村萬月の『たびを』という自転車で日本一周してしまう自伝的小説を店主にお貸ししたそのお礼みたいなもので、ぼくはお返し頂いたが、店主は差し上げますとプレゼントしてくれた。返さないで良いということが結局は仇になり、四半世紀も経ってから今頃この作品を読んでいるのだった。ぼくの不義理にも関わらず、この作品は決して錆びることのない20世紀最後のまさに世紀末的混沌を刑事小説という側面から抉り出した傑作小説なのであった。版元が日経というところでもこの作品の品質が伺えようというものだ。

     大蔵省のキャリアの飛び降り自殺が物語の発端だが、一方で他殺も疑われる中、早々に警察から自殺との判断が下されたことで、却って上からの圧力が疑われる状況下、真実を暴こうという者たちと、それを抑えつけようとする組織との暗闘が始まる。それらに巻き込まれる個人、組織、機関など、魑魅魍魎が多層的に蠢く国家規模の圧力が混沌の中で描き出されてゆく。

     そんな深い闇の奥底に、真実を模索する主人公の刑事は隠密捜査を行いながらも徐々に孤立し、追いつめられてゆきつつも、思いがけぬ真相に近づいてゆく。主たる舞台は首都圏だが、北海道で起きた過去の類似事件に執念を燃やす道警の元刑事や、その地での新たな殺人事件も発生するなどして事件はさらにスケール感を増してゆく。

     登場人物が相当に多いので、ぼくはつい人物相関図を作成してしまい、それを参照しながら文脈を追って読んでみた。国産ミステリーは登場人物一覧がないから、キャラクター紹介が巻頭にサービスされている海外ミステリーに比べるとつい読みにくいと感じてしまう。ぼくは、たまに人物相関図をExcelで作ってスムースに物語を読み解くようにしている。

     それにしても本作は、登場人物の多さが凄まじく、政財界や警察組織内部にまで関係者が至るのを見ても、如何に凝りに凝ったプロットであるか、物語の深さが伺える。リアルで壮大な建築物の如くよく設計された隙のないストーリーでありながら、それぞれのキャラクターの個性もしっかりと書き込まれており、あたかも独立したいくつもの短編小説が同時進行的に盛り込まれているかにも見えてくるほど本作は豊穣だ。

     意外過ぎる結末と、そこに至るプロットの非情さの裏には、あくまで巨悪を逃さずしっかりたたっ斬るという作者の強い意志や悲劇に対する怒りが伺われる。多くの善意が活躍するとともに、少なくない犠牲者も出る裏社会や国家悪の非情を冷徹に描きながら、現代のこの巨きな悲劇に片を付けるという潔さを見せて、最後には深く胸に残るような作品だ。刑事小説としてはよく見られるように、本書も多くの際立った個性とキャラクターたちの獅子奮迅の活躍が胸に残る。熱い魂が腐敗した世界を駆け抜ける快感が物語を縦横に走りまわる快感は、この作品の真骨頂であった。

  • 警察と政界との癒着に切り込んだ大作。
    読み応えがあった。

  • 展開が軽快でした。

  • 1

  • (1998.05.02読了)(新聞連載)
    (「MARC」データベースより)amazon
    大蔵審議官の突然の墜落死。事件は警察内部、政界トップをも巻き込む一大スキャンダルへ…。命を賭して腐敗した権力機構と闘う人間たちを描く、あまりにリアルな問題作。日本経済新聞の連載を単行本化。

  • 久間十義のイチオシ

  • 夏の十日間の出来事。いろいろな視点をその当事者に語らせていることでリアル感が増してるのかな

  • <メイエルストルムあるいは落下の法則>
    呪縛という映画があったが、これも既存システムの腐食に立ち向かう人々の話だ。

    大学生の頃、行きつけの頑固なジャズ喫茶があった。そこで多くの渋いLPを聞いた。良くわからないが、気になるメイエルストルムの渦という前衛的なアルバムを一度聞き、良くリクエストした。リクエストするたびに、マスターは、肩に力入れてんじゃないよというような微笑でリクエストに応じてくれた。当時のジャズ喫茶にはフリージャズのような尖がった観念性を受け入れる雰囲気があったのだ。

    ところでメイエルストルムなのだが、ポーに大渦にのまれてという短編があり、それを素材にしていた。文庫本を探してすぐに読んだ。話は海で大渦に巻き込まれて九死に一生を得た船員の語りだった。彼は未曾有の大渦に呑まれる。船ごと奈落へと引きずりこまれる中、船員はそのプロセスを冷静に観察した。観察によれば、ものの形状によって落下の速度に違いがある。それに基づいて彼はもっとも落下速度の遅い樽に身を括り付ける。

    この警察小説も落下の法則をめぐる物語だ。金融システム、大蔵省、警察システム、マスコミの腐食に伴う殺人事件がその舞台だ。ある意味でこの小説は、とても古くさい。古いという意味は物語の結末があらかじめ予想されるということだ。ハリウッド映画に見事なディテールに満ちているが、結末が古典劇の如く透けて見えるものがある。それでも十分に映画的魅惑に満ちている、ぼくはそんな映画が好きだ。この小説の魅力もそういった古典的構造の中にあるのではなく、靴をすり減らす捜査員、ノンキャリの中間管理職の自然な腐敗、現場の捜査員のあきらめ、警察OBの誇りなどの描写にある。これに比べると既存のシステムに立ち向かう女性検察官、新聞記者は物語の下僕と化していて警察官たちほどリアルな魅力がない。

    新宿歌舞伎町のホテルで疑獄事件に関与している大蔵官僚が墜落死する。その真相を追い詰めようとする捜査官にさまざまな妨害の手が伸びる。とりわけ警察内部あるいはOBからの執拗な妨害が行われる。そんな困難の中で警察というものの理念に忠実な刑事がひとりヒロイックに立ち向かう。日本の組織がそもそもの存在理由ではなく組織存続の自己論理の中で運動をしはじめるというのは、90年代ぼくらが多く目撃してきた事実だ。警察は犯罪の追及ではなく、多くのOBの天下り先の確保という論理によって動きはじめる。

    ぐっとくるのはこんなところだ。

    《白を黒と言いくるめ、そのままで困らないからといって、殺人犯を赦免するようでは、警察なんかなくたっていい。》


    《頭取だか誰だか知らないが幹部たちの弱みを握って、いいように銀行をしゃぶろうなどという気もない。あるのはむしろ、当惑だ。任官以来40年近く、正しいものが正しくあり得る社会にするため、ほんの少しでもいい、お役に立てばいいと願ってきた自分を、何時の間にか自らがおとしめてしまった、この事態に対する当惑だ。》

    システムは大渦と同じで、周りのものすべてをその中心へと向けて呑みこんでいく。逃れるすべはない。あらゆる存在がその中に吸い込まれていく。どうせ落ちていくんだから一緒だと考えるものと、落下の速度を意識するものの生き方には決定的な違いがある。その違いをぼくは倫理と呼ぶ。

    ポーの短編の結末で、落下の法則を理解した船員は生き残るが、一夜にして彼の髪の毛は真っ白になってしまう。結局、大渦の中では、生存者すら無傷ではいられないのだ。

  • ‘灰色官僚’と呼ばれる大蔵汚職官僚がビルから落ちて死んだ。自殺と片付けようとする警察上層部にたてつきながら、事件の真相を追究していく刑事たち。検察、マスコミにまで圧力をかける警視庁、大蔵省、首相近辺の暗いつながりにどこまで近づけるのか。

    なんだか実際の事件を元にしたような話だよね。役人の不審な死とか。取引、かけひき、揉み消し。一体なにを信用すればいいのか。知らないままで過していくのが一番なんだろうな。ただフィクションだなって思ったのは、刑事の恋人とかが取引現場とかに出てきて結局殺されてしまったこと。一般人がそんなに事件に関与することってあるのかな?役所公司、大竹しのぶ主演のドラマ化。

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著者プロフィール

1953年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業。87年豊田商事事件を扱った『マネーゲーム』で第24回文藝賞佳作。『世紀末鯨鯢記』で第3回三島由紀夫賞受賞。『刑事たちの夏』では警察小説ブームに火をつけ、警察小説の金字塔となる。主な著書に『放火(アカイヌ)』『刑事たちの聖戦』『ダブルフェイス』『禁断のスカルペル』『デス・エンジェル』『限界病院』など多数。

「2020年 『笑う執行人 女検事・秋月さやか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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