- Amazon.co.jp ・本 (572ページ)
- / ISBN・EAN: 9784532171414
感想・レビュー・書評
-
おちかが聞き手を務める怪談シリーズの第四弾。
どれも面白かったが「食客ひだる神」が白眉。語り手のとぼけた人柄がなんとも得難い親しみとおかしみを生み出し、おちゃめで憎めないひだる神との距離感が絶妙。「三鬼」のような藩の失政や百姓の貧困を根底に敷いた陰惨な話は、他の作家(京極夏彦あたり?)でも頑張れば書けそうだが、あやかしとの掛け合いのちょうどいい案配は宮部みゆきにしか書けない。
だるま屋の主人が最後の決断に至ったのは、夫婦ともどもひだる神を手のかかる子供のように思っていたからじゃないか……と想像を逞しくした。
子供であり仲間であり相方でもある、身近に馴染んだ人ならぬ存在が突如離れていったら、張り詰めていたものが萎んでしまうのも無理からぬ話だ。
以下簡単に感想。
「迷いの旅籠」
村の奇祭にちなんだ話。まずあばら家を巨大な行灯に仕立て上げるという発想と、その光景が絵的にとても美しくうっとり。
水子の塚を花畑さながら埋め尽くす極彩色の風車など、収録作の中で最も視覚に訴えてきた話。
語り手のおつぎもまっすぐな気性が愛らしく応援したくなる。
死者が集う家の話だが、子や伴侶に先立たれた親の悲哀や、道理を弁えながらも一度未練がぶりかえすと、ありえないもしもに縋ってしまう現実が切ない。
後半は貫太郎の存在感が際立っていた。死者一人一人にかける言葉の優しさにじんときた。
「食客ひだる神」
ひだる神に憑かれた仕出し屋の話。
次々と登場する江戸グルメがめちゃくちゃおいしそうでお腹がすく。鰻の蒲焼にひつまぶしに青菜のまぜご飯、三島屋の三色弁当店……ああ食べたい!
この話に出てくるあやかしは怖くない。どころか色々とツキを運んでくれる上におちゃめでかわいい。だが美味い話には裏があって……
「あんじゅう」しかり、こんなふうにあやかしと共存する人たちがいてもいいと思わせられる。
「三鬼」
収録作の中では最も陰惨。
バケモノ怖い系にあらず、生きてる人間が一番怖い。そして哀しい。
三島屋シリーズはレギュラー陣はもちろん、一回限りのゲストである語り手も非常にキャラが立っていて魅力的なのだが、清左衛門の高潔な人柄と朴訥とした優しさ、その妹の純粋な心根に惹きつけられた。
それだけに志津を襲った事件の惨さと、犯人の卑劣さに憤りをおぼえた。おちかが「黒白の間で聞いた生きてる人間の仕打ちの中で一番酷い」と絶句するしかない心情も頷ける。
読後にわかる「三鬼」のタイトルが深い。ありえない村、いるはずのない三番目の鬼……本当に怖いのは、鬼に落ちるまで人を追い詰め、そのことを省みない同じ人間の無理解と残酷さかもしれない。
嫌なヤツだと思わせて実は……な利三郎も好き。ラストの「ぴかりと光る幸せ」にはこちらも笑顔になった。
「おくらさま」
香具屋という風雅な商売の描写に心惹かれた。今回から三島屋の次男坊・富次郎が加わって賑わいを増す。おくらさまが次の娘を匂いで選んでる、のくだりでぞくり。もしおちかと富次郎に聞かせる為に話したのだとしたら、家を早くに出された彼女が、なんで初代のおくらさまの話を知ってるのか疑問だが、死の床にある「小さな神様」なら見通せたのだろうか。
彼女の言う通り呪いだとしたら、家中に満ちた清浄な気の描写と齟齬が生じるので、美仙屋を祟ってる元凶とは別に代々の娘たちの加護もあったのかな……と思ったり。
舞台は江戸時代だが、庶民の心情や世相など、現代との思いがけぬ相似にハッとさせられる。
たとえば貸本屋が商う江戸の名店を紹介する本だが、お金の金を出した店ほど扱いが大きく、いかに良い店でも必ずしも正しい評価をされるとは限らない。
格が下がるのを敬遠して掲載を断る店もあるというのは、現代のレビューサイトや口コミ雑誌にまんま通じて感慨深い。
「弱い者いじめは世の常だ。上士なら平士へ。金持ちなら貧乏人へ。男なら女へ。大人なら子供へ。
やるせなく煮えるばかりの怒りや、身を腐らせる倦怠をいっとき忘れるために、人は弱い者を打ち、いたぶり、嬲る。」
この部分など、インターネットや当時は発達しきってなかったマスメディアが膨張した分、より陰湿に屈折した形で浮かび上がる社会問題の核心を突いている。
恋愛面では利一郎の身に起きた出来事など、おちかがもう一歩踏み出すかと期待したのだがちょっと残念。霊験お初シリーズでもじりじりしたのを思い出したが、時代背景や当時の価値観を鑑みても奥ゆかしすぎる……せめて手を握る位のあれそれはあってほしかったなあ。
話変わるがざっとレビューを見て、最も好きな話が人それぞれなのが面白い。
それだけ個々の話の完成度が高く、語り手もただの端役におさまらない個性を獲得し、全体的に遜色ない出来に仕上がってる証拠だ。みんなちがってみんないい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
シリーズ4作目。
百物語聞き手のおちかの心の傷が、聞き取ってきた怪異譚と彼女を取り囲む心優しい人達によって癒されてきて全快も近いのではないかと思わせる読み心地が漂う。
特に最後の一話「おくら様」に、傷を抱えたまま居着いてはいけない、前に向かって進まなければ幸せになれないと、おちかを思う人々のメッセージが込められている。
貸本屋の貫一の「生身の人の語りは、血が通っていて面白いが生物だけに、時にはあたる」
でも「読み物は生身の人からは離れている。どう間違ってもあたらないし障らない。気散じにはうってつけの上、読み物を通して知識が増えれば肝っ玉が強くなり一石二鳥」という意味の言葉が刺さる。
小説ばかり読んでいる私は、一体お楽しみだけを求めるこんな読書に意味があるのかと大げさに言えば悩んでいたことがこの言葉で少し楽になった。 -
三島屋変調百物語シリーズ。
いつもながら、安定の面白さ。
軽々に人に語れぬ話を語る百物語だけに、今回も人のむごさ、哀しさ、やるせなさ、そして暖かさ、思いやりがぎっしり詰まっている。
胸のうちを隠さず語るだけで、心が軽くなること。
人の悩みを聴くことで、思いがけず自分の悩みにも光が見えること。
あるある。
本作から、三島屋の次男でおちかには従兄にあたる富次郎、瓢箪古堂の若旦那の勘一さんが登場。
まだまだ、おちかの心の傷は癒えきってはいないけれど、淡い恋心を育てられるまで、そして恋が破れて泣けるまでになった。
瓢箪古堂さんの語る、『読み物の効用』は、もちろんこの本にもあって、読後爽やか。
読書の楽しみを堪能させてもらいました。 -
三島屋おちかちゃんの4冊目。「迷いの旅籠」「食客ひだる神」「三鬼」「おくらさま」相変わらず面白いですが、今作の挿絵がちょっと興ざめ。このシリーズはまったく挿絵がないか、抽象的な図みたいなものだけでおいてほしい。主観的に好きなのは「ひだる神」。「おくらさま」はまずまずだが、この話で三島屋次男富次郎と瓢箪古堂の勘一が出てくるのがええねぇ。ちょっと謎解きというかミステリ色が強くなってだるんでいた目先が変わって面白かった。
-
三島屋の百物語シリーズ4作目。
4つの話で560ページ!
読みでがあります。切ない話が多かったように思います。
三鬼。ちょっと怖ろしく、やるせない思いです。
おくらさま。切なさでいっぱいでした。
今後の展開が楽しみ。新聞で連載されているので本になるのが楽しみです。 -
歳のせいか読んでる時は楽しいけど、後々思い出せない…
-
人間らしさがたくさん詰まったお話ばかり。特に「おくらさま」の最後の勘一の言葉は私にも響いた。
「悲しいときは、泣くのがいちばんの薬」
当たり前のような言葉だけれど、今この時だから響く言葉にぶち当たってしまったような気がした。
本を読もう。読み物は気散じになるから。今の私は本を読もうと思う。