ヨーロッパ人相学―顔が語る西洋文化史

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  • Amazon.co.jp ・本 (333ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560026342

作品紹介・あらすじ

ヨーロッパで古代から研究されてきた人相学を歴史的に跡づけ、それに関わる表象(聖像・彫刻・仮面・絵画・映画…)を詳解する。

感想・レビュー・書評

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  • ヨーロッパ人相学、というタイトルから観相学(手相占いの顔バージョン)を想像して手に取ったのだが、その部分に割かれているのは全体の二割くらいだった。この本の内容は副題の「顔が語る西洋文化史」を想像した方がより近いと思う。八割は「顔」をテーマに美術や文学に興味ある著者たちが好き勝手書いたという印象。それでも序章を読む限りでは、そのあたりのテーマも上手く人相学に落とし込むように書かれていてワクワクしていたのにな。
    あ、一応注意書きを。
    ※本書は占いの手法を学びたいとか、誰かを占う参考にしたいと思っている方には向きません。実践的な指南書ではないので。あくまで西洋における「人相学」や「顔」をテーマにした学術書といった趣きで、人相学を通してヨーロッパ文化を/社会を/歴史をetc 知る、ということが目的になると思います。

    ということで、個人的には第二章まではとても興味深く読めた。人相学の興隆や衰退の歴史、その背景にあるギリシア哲学、キリスト教的価値観、ルネッサンス……。まさかアリストテレスの形相と質料が人相学に関連すると思わなかったが、言われてみれば確かにと思った。質料=その人間の精神 形相=その人間の顔 という解釈でいいのかな? なるほどその考え方からすれば、人相学を研究することは立派な学問だったんだなと。
    また、表情と人相学、宮廷社会とそこでの実践的な知としての人相学のところでは某メンタリストを思い出してしまった(笑)。いやでも真面目な話、人相学のこの面は心理学に受け継がれているのだと思った。相手が何を考えているか? どんな感情か? 嘘をついてるか? どんな人間性か(信用していい相手か/どう接するべきか)……宮廷社会でかのメンタリストばりの眼を持っていたら、確かに相当な武器になったに違いない。人相学を実学として学びたくなる気持ちはわかる。
    そして啓蒙主義の時代に入り、ダーウィニズムや科学信奉の時代にあって人相学は人種差別と結びつき果てはナチスのユダヤ人迫害の理論的支柱の一助を担ってしまった、と。なので現代では人相学はなかなか表舞台を歩けなくて、それだけじゃなく写真加工技術や美容整形、すごいメイク術の浸透によって大ダメージを負ってしまって復権の兆しはみえない、と。
    このあたりまでは非常に面白く読めました。

    で、三章以降なんですが。最初に書いた通り人相学関連の記述が薄い。もうかなり顔の西洋文化史よりの章。それだけならまだいい。それぞれの章単体で楽しんで読めるなら、まだ。いや勿論楽しめた箇所も結構あったんですが、なんというかテーマ選びとかそれ以前の問題で。
    これ、学術書? と突っ込みたくなるくらいに論理の飛躍が多い。証拠も統計もない筆者の妄想で結論付けている箇所が多い。
    端的に示すために、あとがきの文章を引用する。
    「近年、不祥事が発生したときに釈明する政治家、官僚の大写しは、言葉とは裏腹な内実を物語っていることが多い。これとは対照的に、農・漁村の老人の顔に刻まれた皺は、風格をただよわせ、誠実な人生の歩みを感じさせる。」(p301)
    とある。……いや、うん。あとがきだからこれはまあそんなに責められないんだけど。本論でもこういう傾向だということを示したくて。
    髭をテーマにした節とか、髭を独裁者や好戦的王と結び付けたいなら、支配者を描いた絵画や写真を数百点は調べ上げて髭の有無と形で分類して、支配者の方も好戦的王/平和的王/分類不可に分類して、どれくらいその傾向が当てはまるものか統計で出すくらいは最低限やらないと話にならない。そもそも支配者と戦争はつきものだし、好戦的かどうかを分類するのも難しいだろうに。
    あるいは髭生やした好戦的王たちが、髭とプロパカンダを意識していた記述が史実としてあったりするならまだいいけれども。
    「軽く知識を仕入れる」「頭良い人の考えを知りたい」くらいの新書を読む気持ちで読むには装丁や前半部分が重々しいし、学術書にしては後半あまりにお粗末だし。誰を対象にして書いた本なのだろう。

  • ふむ

  • 人相学・観相学を,主として顔から人間の内面や性格を探る学とするならば,それは第一章と第二章のみで扱われていると言っても過言ではない。第三章以降は「顔」について論じられているのだけど,人相学ではない。残念。

    宇宙と結びつけたり,性格カテゴリを割り当てられた動物と結びつけたり,と今でこそ疑似科学っぽいことがされたけど,内面を本人の報告によって理解することではなく,第三者がそれを理解するための方法を模索していたとすれば,それなりに客観性を求めようとしていた姿勢は,たとえ複雑な統計解析法を用いていても所詮は自己報告であるアメリカナイズされたスタイルよりは,はるかに科学的な追究をしていたことを示していると思う。人種差別やとんでもない大虐殺に至ってしまった黒歴史はあるけれど。


    *****
     人間の身体のなかで,顔はもっとも多くの情報を発信しており,日常生活における喜怒哀楽の感情も,おもに顔によって表現される。さらに外見にあらわれた雰囲気や表情,目,鼻,口,耳がつくりだす人相は,内面の性格や人格をあらわすことも事実である。
     したがって人びとは,顔というコードをつうじて他社を認識し,人物評価をする習性を身につけている。その結果,肖像画,彫刻,顔写真が,つねに人格や人物を表象するものとして,宗教,芸術,政治,日常生活のなかで市民権をえてきた。(p.9)

     観相学 physiognomonia は,語源的に言えば「自然」physis と「知る」gnomon を組み合わせたものである。すなわち,観相学とは外面(自然),とくに顔の特徴や身体の全体的相貌を観察することによって,人の見えざる部分を知ろうとする学問ないしは技術を指す。
     身体的外部へのあらわれから人のこころの内をさぐるというこの魅惑的な秘術は,おそらく人間のコミュニケーションと同じほど長い歴史をもつはずだ。人間の顔が他の動物の顔と根本的に異なるのは,そこに豊かな表情がともなうからであって,古代から顔こそが魂(霊魂)の顕現する場所として特別な重要性を与えられてきたのもとうぜんである。(p.28)

     そもそも笑いの表情は,悲しみや不安,あるいは憎しみや憂鬱の表情に比べて定型化しにくい。一般に悲しみや憎しみといった感情が持続的な側面をもっているのに対し,笑いは瞬間的に起こる衝動であり,非状態的な瞬時のエネルギーの放出が顔の表情をつくる。泣いたり悲しんだりするのはみごとに演じる役者でも,笑いの演技になるとどうしてもぎこちなく,わざとらしく見えるのはこのためである。つくり笑いはできても,ほんとうの哄笑は名優であってもなかなかつくれないのだ。その意味で,笑いは数ある表情のなかでも,もっとも自然なものであるといえるであろう。(p.289)

    歴史は観相学がこの両者[「相」と「情」]を探求する野心を持っていたことを教えるが,しかしそれは,静止した「相」を読み取る知であり技術である場合が圧倒的に多かった。探求すべき対象がそのときどきの表情へと移ったいま,「相」の類型学として顔に迫るのはもはや時代遅れというほかないであろう。顔は「相」とはちがう次元で新しい意味を生成しているのであり,この表にあらわれた「情」の意味を掬いあげるのはもはや観相学ではなく,心理学という新しくおこった学問なのである。(p.292)

  • 借りたもの。
    ヨーロッパにおける人相学――観相学――の文化史をまとめたもの。
    それは本来、人間の存在を探求する観察眼から生まれたものだが、結果として疑似科学のようなものだった。
    その観察から人間の多様性、精神活動を模索するものが、次第に人種差別的なものと結びついてゆく……

    それ以外に「顔」に纏わる様々な視点を網羅している。
    その顔を見たら石になるメドゥーサ、グリーンマンなどの魔除け、仮面、そして顔を映す鏡――
    その魔術的な要素についても書かれている。

    顔というものの魔力――それは表情というものが人の心の状態や、時に身分などその人自身を表していること――があること、それが魅力であるとも思った。

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著者プロフィール

1944年香川県生まれ。現在、関西大学名誉教授、ワイマル古典文学研究所、ジーゲン大学留学。ドイツ文化論、比較文化論専攻。
主要著作
『魔女とカルトのドイツ史』(講談社現代新書)、『ナチスと隕石仏像』(集英社新書)、『「笛吹き男」の正体』(筑摩選書)、『図説 ヨーロッパの装飾文様』(河出書房新社)、『現代ドイツを知るための67章』(明石書店、編著)、『ポスト・コロナの文明論』(明石書店)など多数。

「2023年 『ベルリンを知るための52章』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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