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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
2回くらい読みました。好きな本。
とても短い、エッセイや物語や。エッセイのようなものや、物語のようなものや。
海外版・内田百閒?
「電話の方が相手の本質が見える。」
という、グレン・グールドの引用が気になった。
考えすぎてよく脳内に虫のようなもの(言葉の羅列)が湧く女の人におすすめです。
というか、タイトル、そそりますよね。
読んでいるときは、これは結局何が言いたいんだろう、と疑問に思ってしまうような話が多いのだが、全て読み終わると、奇妙な満足感が得られる不思議な短編集。また読み返したくなる。
読めどよめど新しい発見がある51の短編集。
人の思考の奥の奥あたりを言い当てるような?それでいて淡々とすすむ物言いが私にはとても面白い本だった。
と思えば、あれあれあれそうそうそういうことですか、といった節もあり、詩のような節もあり。
これはごく普通の人の物語ではないか、と予感させるタイトル。
ほとんど記憶のない自分としては、これに引っかかって手に取り、自分の直感がそこまでずれていない。
主人公は本を読んではメモして、それを将来読み返す。
それはきっと、新しい本を読むのと同様楽しい作業に違いない。
極端に短い話が割と多いですが、短い話であるほどことば遊びを楽しむように、じっくり読む必要があると感じました。
こういう小説に出会うとすごく嬉しい。というのも、これを読むと世界の見方が少し変わるし、そして小説の見方も少し変わるからだ。
一度閉じても、ふと思い出してまた開きたくなる本かなぁ、と思います。
楽しい本。
超短編~短編集。
「肉と夫」がよい。タイトル秀逸!
いずれの作品も、翻訳者が楽しんでるかんじがある。なぜか作者ではなく。
生協に置いてあった早稲田文学のフリーペーパーに都甲先生と岸本佐和子さんの対談があって、気になったので読んでみました。面白かった!短い、不思議な感じの話がつまった短編集。好きです。
訳者である岸本さんのあとがきにもあった「徹底して感情を排したクールな文体」っていうのは、すごくわかる気がする。なんとなく文章を読んでて村上春樹を思いだしたのは、そのせいなのかな。どうなんでしょう。
私がすごく好きだったのが、「肉と夫」と「鼠」。食べもの描写のせいだろ!っていうのもあるかもしれないけど、「肉と夫」はすとんとした落とし方が好きです。面白い。
あと、最後の方の「共感」に共感したのだけど、「わーっこれって『共感』に書かれてることまんまじゃん!ちょっとおもしろーーーー」って思った。
訳が良いと思う。たくさんのショートショートと旅行記やら寓話的な話やら。どろどろしているのに感情的な湿った文章でもなく、淡々としているのに読んでいて興奮してくる。
一冊の本としておもしろいかどうかというより、
ある考えや事柄について思うこと、発想、などにとても共感した。
すごく奇妙な作品。
普通、読み手と書き手には一定の距離があり原則的には作品中でその距離感が変わることはあまりない。
この作品では、それが数行ごとに目まぐるしく変わる。作中の登場人物に視点があるかと思えば、次のセンテンスではその登場人物を見つめるだれかの視点に、かと思えばその次にはそれを今書いている著者の視点に。
だから時にここに書かれているものは一見不完全なものに見える。小説のプロットかあるいはアイディアかの様に。
たぶんこれを面白いと思うのは、読むことが好きな人。あるいは自分の思考うを辿ることが好きな人なんだと思う。
物語が好きという人には間違っても勧められない作品だと思う。
是非手許に置いておいて、度々読み返したい。近いうちに購入しようと思う。
図書館にて。
怜悧で簡素な文体ながら、日常の人の心にふと発生する不条理感が的確に記されている。きっと、原文はくせ者でアクが強いんだろうな。訳者の力量があってこそこの作品が楽しめたのだと、すっごく思う。
自分と現実がフィットしなくて、ごそごそしている感じに共感してしまう。訳者の岸本さんのエッセイと同じ匂いがちょっとする。
ショートショートが主におもしろかった。主観がない小説は元々すきだし、この手の寓話っぽいものもすき。まじで好みでした。
短編集。読みやすいものもあればわかりにくいものも。
全編を通してどこか哲学的な雰囲気が漂っている。
名訳といわれるだけのことはある。
不思議な一冊だ。二百ページほどに51編。帯には「悪夢的ショート・ショートからリアルな超私小説まで、ちょっとひねくれたあなたに贈る51の短編。」と。ちょっとどころかかなりひねくれている私には、とても面白かった。訳者あとがきも興味深い。そこからもちょっと引用。「リディア・デイヴィスの書くものは、どれも一筋縄ではいかない。クールなのに熱い。抽象的なのに生々しい。遠いのに近い。思索的なのに官能的。知的なのに滑稽。」そのとおり、なのです。私は、こういう感覚、好きです。おそらく、著者と訳者の双方と相性がいいのだと思います。他の作品も読みたくなりました。訳者あとがきによって、ポール・オースターとの関連も知ることができました。これで『トゥルー・ストーリーズ』への、私なりの足がかりができました。
私はホテルの部屋のバスルームの床に座っている。夜明けすこし前で、私は酒を飲みすぎており、そのために単純なことがらがひどく驚くべきことに感じられる。いや、それとも単純なことではないのだろうか。ホテルは静まりかえっている。私は目の前にあるタイルの上の裸の足を見、そして思う――これは彼女の足だ。ついで立ちあがり、鏡を見て思う――ほら、彼女だ。彼女がこっちを見ている。
すると私はああそうかと思い、心のなかで言う。自分の外にあるものは、なんでも“彼女”と言うのが正しいのだ。私の足があそこにある、それは私から離れているから“彼女の”足だ。鏡を見れば、私の顔に似たものが映っている。それも“彼女の”顔だ。
短篇集。淡々としていたり優しかったり冷たかったり素直だったり殆ど破綻してたり。短いのは本当に短くて二、三行とか。
五十一の短篇集。どれもシュールなものである。彼女や彼といった三人称や主語のないものが殆どだ。終わりは悪夢的でも、岸本佐知子さんの名訳で、リズミカルな内容になっている。どこかに希望の光りが見える、たとえそれが夢でも。飄々とした物語で次も岸本さん訳で出版して欲しいと思う。

長くても1編が10ページ程度の短編が51もある、奇妙な短編集。
一読しただけだと、この世界を理解するのはほぼ不可能。…はい、まだ理解できてません。そもそも、「理解しよう」とするのが間違えてるのかも。...





