聖女ジャンヌと悪魔ジル (白水Uブックス 119 海外小説の誘惑)

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (210ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560071199

作品紹介・あらすじ

救国の処女ジャンヌ・ダルクを愛した善良な田舎貴族ジルは、ともに王国のために戦う。だがジャンヌが魔女として処刑されるや、ジルは悪魔へと変貌する。黒魔術に耽り、多くの子供を虐殺し、ついには自らも火刑の炎に焼かれる。フランス文壇の巨匠が史実をもとに魂の救済を描く名作。

感想・レビュー・書評

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  • 「聖女ジャンヌ」は聖女のお告げを聞き、王太子シャルルとフランスのために戦ったジャンヌ・ダルクのこと。
    「悪魔ジル」は、残虐非道の限りを尽くしたことで知られるジル・ド・レ男爵。
    この2人の数奇な運命を、ミシェル・トゥルニエが小説に仕立てた。

    どちらかと言うと、ジャンヌ・ダルクが火刑に処された後のジル・ド・レ男爵にスポットが当たっている。彼は、聖女として崇拝していたジャンヌが魔女として殺されたことをきっかけに、いわゆる善なるものに背を向けたのだといわれている。

    (トゥルニエはそれを悪への「転換」と呼ぶ。この転換という概念、字面が同じという点はおいといて、内田樹の「レヴィナスの時間論」で紹介されていた「位相転換」と同じにおいがする。フランス語のテクストで未確認なので下手なことは言えないが、でもひょっとして)

    悪へと転換してのちのジル・ド・レは領地に暮らす子どもたちを誘拐し、ティフォージュの居城で弄んでは殺害し、その死体や骨を焼かせた。
    このティフォージュという城、なんとトゥルニエの『魔王』にも登場する。ナチスの若いエリートたちを育成する学校ナポラとして使われていた城の名と同じだ。そしてこの『魔王』の主人公もまた、近隣の子どもたちを誘拐してはナポラに連行した。

    さておき本作で注目すべきは、ブランシェ師という神父とフランチェスコ・プレラッティ(フランソワ・プレラ)というイタリアの聖職者見習い。この2人の脇役。
    ジル・ド・レの恐るべき告解を聞いたブランシェ師は、氏をよく導けず途方に暮れていたところ、プレラと運命の出会いを果たす。プレラは錬金術や魔術の研究家であり、彼がジル・ド・レをますます悪のほうへと導いていく。

    愛と憎しみはコインの裏表であり、邪悪を突き詰めた先に大いなる愛への転換がふたたび訪れるとでもいわんばかりに。これは果たして詭弁なのか。裁判の場面でのプレラの発言は、詭弁にしてはなにか説得力がなくもない。

    もうひとつ、プレラの背後には、イタリア・ルネサンスが控えている。この小説は、この人文主義の潮流がジル・ド・レを前代未聞の悪へと押し流したのだという仮説すら暗示する(例えば「解剖」と「快楽殺人」とのアナロジー)。

    ジル・ド・レはけっきょくすべての罪を涙ながらに告白する。そしてジャンヌの名を叫びながら死んでいく。作者はこの史実(あるいは伝説)に魅せられ、悪魔ジルを明らかに聖人のひとりとして描こうとしている。ジャンヌが魔女として死んだのならば、ジルもまた聖なる存在として死ぬ権利があるといわんばかりに。

  • 1429年、100年戦争末期のフランス、不利な立場にあるフランス王太子シャルルの仮王宮があるシノンに、ひとりの農家の娘が現れる。彼女の名はジャンヌ・ダルク。彼女は神の啓示をうけ、シャルルを戴冠させてフランスを勝利に導くと宣言。言葉通り彼女は数々の重要な戦いで先陣に立ち勝利する。しかし彼女が受けた神の啓示を疑問視する一派に陥れられ、異端審問の結果、1931年、19歳でジャンヌは魔女として火刑にされてしまう。

    ジャンヌがシノンを訪れた日、そこにいた貴族で軍人のジル・ド・レは、その後ジャンヌと共にさまざまな戦場をくぐりぬける。ジルはこの男装の乙女を聖女として崇拝していたが、魔女として捕らわれた彼女を救い出すことができず、火刑の現場を目の当たりにする。ジャンヌは焼かれながら「イエスさま、イエスさま、イエスさま」と叫んだ。この日以来ジルの中で何かが壊れた、あるいは何かが反転してしまった。

    その後ジルは所領へ帰り、少年たちを誘拐・虐殺、ご存じ「青ひげ」のモデルとなった悪行の限りを尽くす。ジルの懺悔僧ブランシェ師 はフィレンツェからプレラという胡散くさい男を連れ帰り、このプレラはジルを救うどころか錬金術や降霊術などジルの狂気にさらに拍車をかけることに。積み重なる悪行によりついにジルは裁かれることとなり…。

    ジルのしたことは許されることではないけれど、崇拝していた救国の聖女ジャンヌが魔女として処刑されたことによるショック、彼の悲しみを考えると胸が痛んだ。少年愛の嗜好はもともとあったものかもしれないが、苦しみながら死んでいく彼ら穢れのないもの=神への生贄という考えは、無実の穢れなき乙女ジャンヌが苦しみながら殺されていった姿と重なる。詭弁や欺瞞かもしれないが、それしかジルを救う方法はなかったというプレラの展開する独特の理論が正しいような気もちょっとしてしまう。

    複雑な政治的背景があったとはいえ、フランスは自国を救った英雄ジャンヌが処刑されるのを傍観し(ジルは救出にむかったが失敗)そして彼女に啓示を与えたはずの「神」もまた彼女を救わなかった。神はいなかったのか?それとも異端審問がそう決めつけたように、ジャンヌに啓示を与えたのは神になりすました悪魔だったのか。

    ここで思い出されるのはやはり、キリストの磔刑。彼は最後に「エリエリレマサバクタニ」と神に訴えた。ジャンヌも同じように、無実の罪で処刑され、彼女は死の間際イエスの名を叫ぶ。そして裁判で処刑の決まったジルは、死の間際ジャンヌの名を叫んだ。イエスキリスト=ジャンヌ=ジルと繰り返されるパターンを踏襲することで、ジルは自らも聖なるものへ転化されることを望んだのかもしれない。ただ、イエスとジャンヌは無実(冤罪)だったが、ジルは完全に有罪なので、それは無理な話というものだろう。

    それがわかっていてもなお、最後にジャンヌの名前を叫ばずにいられなかったジルの悲哀。もしジャンヌがあんな殺され方をしなければ、ジルがあんな人間になることはなかったのかも、と思うとさらに切ない。

  • 2017年8月5日に紹介されました!

  • 読後まず一番の感想としては、深読みしようと思えばいくらでもできるが、しなければ雑なあらすじのようにしか見えない文だったなと。
    ジャンヌの悪から聖への転換は、その後の彼女の扱いからもよくわかるが、ジャンヌの処刑により悪へと転じたジルの、天国への道を目指す方法とも言える心のもっていき方が、おぞましくもなかなか興味深い。しかしそれも後半になって登場するある人物の存在がなければ、何の意味もなさないただの残虐な行為として終わっていたことだろう。

  • タイトル通りの作品。
    ジャンヌ・ダルクが処刑するのを見て発狂したジル・ド・レについてのストーリー

  • 救国の処女ジャンヌ・ダルクを聖なる対象として愛する田舎貴族ジル・ド・レは、ジャンヌが魔女として処刑されると、悪魔へと変貌し、多くの幼児を虐殺して、自らも火刑に処される。史実に基づいた短編小説(フィクション)。

  • 狂人と狂人の一方的な蜜月と破滅。

    ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レというよりはジル・ド・レの話。更に言えばジル・ド・レの型を借りて語られた物語。物語が先にある感じ。

    知識を共有していることを前提として書かれているようで(フランス史や民話やジルのしたことなど)フランス人には一般常識なのかもしれないけれどちょっと説明不足は否めない。親切な前書きがありがたかった。

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著者プロフィール

現代フランスを代表する作家。1924年パリに生まれる。ゲルマン神話とドイツの哲学・音楽に傾倒する。『魔王』『気象』『黄金のしずく』等著書多数。この作品はドゥルーズが非常に高く評価している。

「2010年 『フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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