| ブログで紹介する» |
|
Check |
|
|
この作品からのみんなの引用
-
どんな悲観的な気分になっていても、それをこの七つに分類しながら一つ一つ書き出していけば、最後の7.にたどり着く頃には「なんだ。そんなに救いのない状況ではないじゃないか。これって私の勝手な思い込みだったんだ」とkづくはず。これが、認知療法の基本的な考え方だ。
― 188ページ -
認知療法では、落ち込みや怒りを感じた場面を次の七つに客観的に分類しながら思い出し、書き出していく。
1.その場の状況
2.そのとき感じた気分や状況
3.その瞬間、浮かんでいた考え(これを「自動思考」と呼ぶ)
4.自動思考を裏づけ、根拠となるような事実
5.自動思考を覆すような事実
6.これらの項目から考えられる、より視野を広げた、バランスの良い考え方(これを「適応思考」と呼ぶ)
7.考えを変えた結果、気分がどのように変化したか
― 187ページ -
このように、現在、自分が置かれている状況が不本意だと感じている人にとっては、「うつ病」という診断名が、その不本意さの原因を説明するためのもっとも適切なキーワードであり、同時にその状況から解放され、脱出するためにも必要なものになっているのだ。
― 83ページ
みんなの感想・レビュー・書評
エッセイとしては読めます。あくまでエッセイです。
内容はほとんどが著者の設定したテーマに沿うように、いろいろと引用したもので、小説のように読むものです。
間違いない「大うつ」の人にはおススメしたくない本です。自分の行動にさらに迷いが生じ、落ち込みます。そして、内容が内容だけに、この本を読んで落ち込んでいることを言いたくないという感情が起こりますので、さらに落ち込みます。
憶測ですが、家族の方くらいなら読むと良いのかもしれません。良し悪しを別にして、本人のことをいちばん大切に思っているでしょうから。こういう考え方もあるのだと知って、病気を患っている方のことを客観的に支援できると思います。
追記・・・題名やテーマ設定が面白い。「こう考えればモノが売れるんだ」という勉強になります。営業職の方にオススメです。
ホームヘルパーとして鬱病の利用者さんのサービスにも入っています。たしかに皆さん病的。仮病ではないと思う。思うが・・・、生活保護受けながらの海外旅行や、ヘルパーを家政婦扱いして無茶苦茶な要求してくるのって、誰がビシッと注意してくれるのだろう、といつも思う。こんな仕事やってられないので辞めることにした。
平凡恐怖というのが面白い。レースに出ているヒトは多かれ少なかれ、これに当てはまっているのでは?
うつのエッセイ漫画を読み、もう少しうつについて知りたいと思って読んでみました。少しだけわかった気がしています。うつという病の中に潜んでいるうつセレブ。ちょっと羨ましかったり…なんて、不謹慎ですかね。
他人と異なる自分のアイデンティティとしてのうつ。
うつと診断されることにより、自分が置かれている
立場の現状を正確に認識せず、言い訳にしている
のではないかとの分析。これらは何となく同じ様な
想いを持った。
その陰で実際にうつで苦しんでいる人達がいる。
精神病というのは診断が極めて困難で、
これらの矛盾を解決することが容易ではない
ことが実感させられる。
最後まで読まなかったけど、うつに関する誤解や現代のおもしろい傾向などが知れて楽しかった。
※序章~2章は読んでない
自称うつについて知りたくて読書。 大連にも東京にも自称うつという人を多数見てきた。うつというキャラ、アイディンティティ、プロフィールとして演じる人たち。同情を集めて、注目してもらい、やさしくしてもらうための手段に利用している(意識的かどうかは別として)。 その多くが周りのエネルギーをチュルチュルと吸い取るのでやっかいである。 著者の分析は鋭い。うつに対する理解が進んだがゆえにうつ... 続きを読む »
最後の章で「うつ病は『ふつうの病気』」だと書かれている。何故自分はこんな風になってしまったのか、いつになったら治るのか、どうやったら治せるのか・・・悶々とする今の自分にとって大分救われた言葉だ。「ふつうに治療すれば、ふつうに回復する」誰しもなりえる病気だからこそ、誰しも治療すれば回復する。そこに特別扱いは存在しない。異様な目で見る家族の視線にもそんなに気にする必要はないかもしれない、気が少々楽になった。
気になるのは「うつ病セレブ」の気持ちのあり方。確かに仕事はできなくても自分の好きな事は多少行動に移せる・・・だからって休職中に語学留学ってどうだろう?果たしてどこまでが気分転換なのか?仕事は出来ないのに自分の趣味範囲は手を伸ばせるのが心苦しい。堂々とやっていることを言える為にも仕事への復帰はかかせない。
私の嫌いなタイプの人間がきっちり記されていてスッキリした。すぐ、「鬱だわ〜」とか「病む〜」と言う人、迷惑です。ちゃんとしっかり悩みなさい!・・・と自分にも戒める。
“本当の”うつ病はすごく重い病気なだけに、
注意が必要なものなのだが、
診断基準の画一化によって、それまではうつ病とされて
こなかった、もしくは別の診断名がつけられていたような人も
「うつ病」と診断される傾向が強いことに警鐘を鳴らしている。
また、いわゆる「自称うつ病」の人たちの心理にも迫っている。
「うつ」と自分では言っているけれど、
どうもそうは見えないなぁ…という人が周囲にいる方や、
その人と付き合いを継続しなければならない方、お勧めします。
うつだといえば、ある程度なんでも許されてしまう世の中になりつつある日本、ほんとうにうつなのか、うつという表現をすることで、楽な立場に立とうとしていないか、最近の傾向について警鐘をならしていますまあ、精神科の医師がそんなことを言っていいのか、など自分で書いていますが、最近の傾向としてその通りかもしれないと思いました。うつだといって、休暇をとっている時に。気分転換として海外へいく方や、ボランティアではとても活躍される方などが紹介され、ほんとうに苦しんでいる患者が別の目で見られてしまう可能性もあるかもしれない、などと思ってみました。DSM-?の2週間うつな気分という診断基準がうつを大量に発生させているのか、世の中がうつにたいして寛容になったのか、そんな感じがしました。
本は、自分で自分のことを「うつ病」と言いたがる人たちの話から始まります。仕事に行くと落ち込んだりするんだけれど、ハワイに遊びに行くと元気いっぱいでストレスが発散できる。「私はうつなの」と言って同情を集めたがったりする。「うつ病」であることを自分のアイデンティティにしたがる・・・・そういう感じの人たち。 本を読み進みながら、きっと「うつってそんなもんじゃない。ちゃんとした診断基準があり、それに... 続きを読む »
多方面の角度からうつを見ることができた。
精神エネルギーの低下の度合いを、本人の発言を聞いて医師が判断するという面で、精神科の治療だと感じた。
外科・内科にしてもなんらかの症状を機器を介してでも見ることができるのであり、この点で大きく異なる。
うつ病の人とそうでない人はやはり医師でないと分からないので、現実的ではないが、医師と当事者の周囲の者がなんらかのかたちで接触して説明を受けなければ、本書で挙げる問題は解決しないのではないか。
以前に比べて、「うつ病」という病気が市民権を得てきている今日において、
その弊害について述べられています。
問題点としては、うつ病を判断する判断基準が、
「二週間以上、気分の落ち込みが続いて意欲や集中力も激しく低下している」という点にあり、
そのため我慢や、悩むことを避け、安易にうつ病と診断されることで
現状の状況から逃げ出す人が増えているということです。
その点については納得できたのですが、
うつ病の人は自分がうつ病というアイデンティティを持ちたがっている
という点には正直、そうは思えませんでした。
また、うつ病と診断されて、
落ち込むのが本当のうつ病の人、喜ぶのがうつ病ではない人というのは
感覚的に分かる気がしました。
この本で言いたいことはとってもよくわかる。
なんでもかんでも精神の領域に持ち込んでいいのかい?って話だよな。
でも本当に辛い人もいるのもわかる。
ある人が言ってたけど、本当にいい精神科医っていうのは、
「私って心の病なのかも…」
って思った人が病院に行った時に
「あ、私って病気じゃなかったんだ」
って思って何事もなく帰らせることができる人らしいよ。なるほど。
賛否は別として、世の中の「空気」に迎合しない香山氏の洞察および問題提起にはいつも感心させられる。〆

新書は理論書ではないので、軽く読むのがよい。
世間で言われている現象の一端をつかむために読む。
差しさわりがない言い回しで、過酷な問題を避けているのかもしれない。
内容の判断はできないが、現象の...





