<完本>初ものがたり (PHP文芸文庫)

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  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (477ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569760568

作品紹介・あらすじ

岡っ引き・茂七親分が、季節を彩る「初もの」が絡んだ難事件に挑む江戸人情捕物話。文庫未収録の3篇にイラスト多数を添えた完全版。

感想・レビュー・書評

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  • 2年半前の正月休みに、深川辺りを1日かけて歩き通した。亀戸(駅)、大島、北砂、千石(大江戸高校)、平野、深川(深川江戸資料館)、福住(富岡橋)、富岡(八幡宮)と歩いた。そのあとタクシーで両国の回向院にも行った。だから、少しばかし土地勘もある。

    1話目「お勢殺し」は、分刻みのアリバイ崩しだった。東永代町から御船蔵前町まで何分で歩けるか、がカギになる。30分では行けないが、1時間ならば余裕だ。納得いくものだった。当たり前だけど、宮部みゆきは地元深川のことを知り尽くしている。

    ただ疑問なのは、最初茂七親分が稲荷寿司屋の親父に会いに行く時、回向院裏から富岡橋まで真夜中に「思いついて」行ったことになっている。行くだけで1時間半はかかる(と思う)。それにその後も、おかみさん連れて何回か食いに行ったりする。昔の55歳は、そんなにも元気なのか?まぁそうなのかもしれない。

    本作は、回向院裏の茂七親分の活躍する、ちょっと霊感高い拝み屋の少年、謎の稲荷寿司屋などを配した、深川舞台の人情捕物帖である。〈完本〉では、わたしの読んだ新潮文庫版に3話を足している。話はたいへん面白く、結局全話を読んでしまった。


    最新作「きたきた捕物帖」を読んだ後に、そうだ、〈完本〉は未だ読んでいない、ことに気がつき紐解いた。(以下は両方読んでないと、わかりにくい記述です)。

    「〈完本〉のためのあとがき」で、宮部みゆきは、「稲荷寿司屋の親父の正体を明かさないまま、著者の勝手な都合で途絶したきり」のシリーズは、「今後は他のシリーズと合わせて」「ゆっくり語り広げていきたい」と約束している(平成25年7月吉日)。そうなんです。1話完結の「事件」はしっかり解決するのですが、シリーズ通しての「謎」は謎のまま、20数年が経っているのです。だとすれば、「あとがき」から7年経って、やっとその約束を果たし始めたのだと、わたしは思う。

    両者を読み比べて、「わたしの分かったこと」を以下に整理しておきたい。あまり分かったことはないのだが、それでも見当違いもあるかもしれないので、あまり信用しないように。あくまでも自分用のメモです。

    「きたきた捕物帖」は「初ものがたり」から数十年後の話である。新潮文庫版の最後の回で茂七は推測する。「稲荷寿司屋は火付盗賊改であろう」
    ところが、「きたきた捕物帖」において明らかになったことは、茂七の推理が見当違いだったことを示唆する。
    (1)「きたきた」の喜多さんのおじいさんの兄上が深川で稲荷寿司を売っていた。稲荷はキタさんの「国許」の名物だった。因みに稲荷寿司屋の昔住んでいた「屋敷」には、次郎柿の木があった。
    ←つまり、喜多次は稲荷寿司屋の弟の孫で、一族は武家の出であることは間違いなさそうだ。しかし「火付盗賊改」は江戸の組織だから、江戸以外の稲荷寿司が名物の地方を探さなくてはならないだろう。
    (2)雰囲気的にキタさんの国、或いは一族はもうない可能性がある。お国替え?或いは一族取り潰し?
    ←稲荷寿司屋は「糸吉の恋」において、「一度捨てた子供を探している」と重要なことを告白している。その子供が喜多次の叔父さんになるのか、それとももっと別な形で係るのか、それこそこれからゆっくりと展開する筈だ。
    (3)茂七も推測している通り、稲荷寿司屋が午前を除いて、一日中真夜中さえも深川富岡橋のたもとでずっと屋台を出しているのは、「誰か」が目の前に現れるのをずっと見張っているためだろうと思われる。しかしそれが何故新開地である深川なのか、真夜中も必要なのかは、全然わからない。喜多次の能力が忍者的なのと、関係している可能性はあるだろう。
    ←しかも偶然かもしれないが、この屋台のすぐそばに、その十数年後に「きたきた」主人公の北一が住んでいる富勘長屋が建てられている。これは何か関係あるのか?更に言えば、冨勘長屋入口にはお稲荷様が祀られている。
    (4)〈完本〉では、町の顔役勝蔵は稲荷寿司屋の兄弟かもしれぬ、と茂七は当たりをつけたが、一切展開しないまま終わった。「きたきた」でも、それらしいヒントも現れていない。

  • 最近出た「きたきた捕物帖」とのリンクがあるということで、そちらを予約中に今作を復習。
    初読がずいぶん前だったので何となくしか覚えてなくて、再読して良かった。

    〈回向院の旦那〉こと岡っ引きの茂七親分を主人公に本所深川で起こる九件の事件を描く。
    再読して感じるのは実に宮部さんらしい、出来れば関わり合いたくない類いの人々が次々出てくること。

    自分の事情や感情しか考えない、周りの人々も世間もみなが自分の都合の良いように自分の思う通りに考え動いてくれると思い込んでいる。
    そうならない人や事柄が起こると、自分は意地悪をされている攻撃されている被害を受けているとこれまた都合の良いように思い込む。
    時に家族や周囲の人々がそれに合わせて守ってくれたり庇ってくれるのだから余計始末が悪い。

    茂七親分はそこにどう切り込み始末を付けるのか、と興味深く読んだ。
    先日読んだ青木祐子さんの「これは経費で落ちません」シリーズでも困った社員が次々出てくる。対する森若は愛社精神でも正義でもなくどうイーブンに持って行くのかを念頭に動いていたのがシリーズが進むに連れて微妙に変化が出てくる。

    対する茂七親分、正義感はある。ホームレスとは言え必死に生きてる子供たちが理不尽に殺されたり、先に書いたように自分たちの都合で人の人生や家族を引っ掻き回す輩は許さない。
    しかしこの作品では被害者にも何らかの問題があったり、加害者が一方的に悪いとも言えない事件が多い。
    勿論どんな事情であれ人を殺して良い理由にはならない。だがこの両者が出会わなければ、もっと違うやり方で引き離すことが出来れば…という思いが残る。
    一方で殺人事件のような大事ではないものの、人の心の奥深く、本人も意識していない、ましてや他人が覗いてはいけないのに他人だから気付いてしまう部分にも切り込んでいて、むしろこういう話の方が怖かったりする。
    正に宮部ワールドだ。

    作品を通して出てくるのが屋台で稲荷寿司屋を中心に料理を出す謎の男。
    地元の元締めすら手を出さないどころか時折屋台で呑んでいるのを見かけるのはどういう間柄なのか。
    今作では分からないままだったのが残念。
    そしてもう一人、日輪さまと崇められる不思議な能力を持つ少年。失せ物、人探し、お祓いが出来るという彼は本物の超能力者なのかそれとも詐欺師か。
    ある時フッと茂七親分に見せた少年の素の顔にホッとしたような切なくなるような。

    茂七親分の子分である権三と糸吉も正反対なキャラクターながら良く働くし、最終話にしか出てこないが似顔絵描きが得意なお花の活躍ももっと見たかった。
    茂七親分とおかみさんとのやり取りも楽しかった。

    「きたきた~」は今作からずいぶん時が経った設定らしいので、彼らが直接出てこないようで残念だが、どういうリンクがあるのか、読むまで楽しみに待つ。

  • 優しさが残る、一冊。

    面白く読了。

    江戸の下町 本所深川を舞台に手下と共に難事件に立ち向かう岡っ引き、茂七親分。

    この漂う空気感とか人情とか実に心地良くて惹き込まれるようにスルスル読めた。

    季節の「初もの」を巧く謎解きに絡ませながら、この時代、いかに人々が「初もの」を大切にしていたか、楽しみに食していたかを感じられたのも良かった。

    そして謎めいた稲荷寿司屋さん。

    触れ合い、美味しさとヒントをもらえるシーン、お腹の音と共に毎回魅了されたな。

    やるせない事件が多かったけれど優しさがほんのり残る、そんな作品。

  • 江戸は本所深川、岡っ引きの茂七親分の捕物帳。
    読んだことがあるとてっきり思っていたけど、たぶんはじめてだったみたい。
    物の怪話のほうかと思っていたくらいなので。
    初ものの旬の食材を題材にした下町人情ばなしでした。

    茂七親分って知ってる気がしたんだけど、「本所深川おとぎ草子」などに脇役として登場してたんですね。

    血なまぐさい事件が起きても、胸糞悪い事件が起きても、不可解な騒動が起きても
    茂七と手下たちは、ご飯を食べ季節を感じ、人の機微を見抜いていきます。
    短編集なのであっさりとした解決が多いけれど、人情に厚い人間関係の中での無情な事件に、真剣に腹を立てる茂七親分がいい。

    <完本>なのに、稲荷寿司屋台の親父の謎は解けぬままですが、今後も広がっていく宮部ワールドを楽しみにしてます。

  • この続きが読みたくなる一冊。確かに江戸人情捕物帖なんだが、人情だけでなく切なくなる残酷な浮浪児殺しもあれば、人の心の卑しさを描いたものもあれば、今の世にも通じる人間模様が奥深い。茂七親分の酸いも甘いも噛み分けた対処が温かい。
    謎に満ちた稲荷寿司屋台の親父の正体は不明のままだが、きたきた物語の続編で明かされるそうだから楽しみ。
    本作は蕪や鰹、白魚など初物が絡む短編集だか、個人的には、食べ物や料理が出てくる話は特に好きで、「みをつくし料理帖」や「鴨川食堂」のシリーズ、ドラマでは「深夜食堂」のシリーズがよかった。特に池波正太郎の描く軍鶏鍋などの食の風景を読むと、すぐにも食べたくなる。余談でした。

  • 完本じゃない方の『初ものがたり』を読んだのが割と最近なので
    元々あった方の感想はちょっと割愛して。
    ただ、何度読んでも『白魚の目』は薄ら寒い話だなと思ったし
    子供たちの描写と若い同心の加納さんの怒りっぷりを読んでたら
    不覚にも目が潤んでしまって参った。外だったので。

    追加収録の3編はそれぞれに読後感の異なる話だった。
    『糸吉の恋』は、悲しい恋だったなぁということに尽きる。
    この話の中での日道様、もとい長助坊ちゃんの活躍がステキだった。
    『寿の毒』は、このシリーズの中では割と薄ら寒い部類。
    現代劇では『R.P.G.』になんとなく雰囲気が似てるかな。似てないか。
    『鬼は外』は、悲しい話の筈なのに読み終わったあとなんとなくほっこりした。
    それぞれが抱えているものはそれぞれに哀しいんだけど
    個人的には松井屋のお金さんがいちばん哀れだなぁと思った次第。

  • 岡っ引きの茂七親分と手下の権三と糸吉が、深川で起こる事件や謎を解決していく短編集。一つ一つの話が長すぎないので読みやすいのだけど、読み応えはしっかり。親分もおかみさんも手下の2人も、他にも出てくる町の人々も、みんなキャラクターが立っていてすごく良い。切ない結末があったり、親分の粋な解決法があったり、江戸時代の市井の人々の暮らしが生き生きと浮かんできて面白かった!

  • 目次
    ・お勢殺し
    ・白魚の目
    ・鰹千両
    ・太郎柿次郎柿
    ・凍る月
    ・遺恨の桜
    ・糸吉の恋
    ・寿の毒
    ・鬼は外

    岡っ引きの親分が主人公の捕物帖とはいえ、茂七親分の解決は必ずしもお縄をかけることだけではない。
    本当に悪い奴はもちろん捕まえてお縄にするが、それだけでは人の心のなにがしかが納まらない時、茂七は見てみぬふりをすることがある。
    Win-Winとも違う、法に頼らない解決。
    この按配が、茂七親分の上手いところなのである。

    霊視ができる少年・日道が絡むと途端につんけんするのも、日道自身ではなく、少年をダシにもうけを企むその両親に腹が煮えるのだ。
    もちろん読者の私も「親なんてうっちゃって、普通の子どもに戻りなよ」と思いながら読んでいるのだが、肝心の日道少年が自分を頼る親を捨てられず、また、困っている人を見捨てても置けないのだから、事はそんなに簡単ではない。

    謎の稲荷寿司屋についても、本人に直接過去を尋ねるでもなく、親分自ら彼の過去をほじくり返すわけでもない。
    少しずつ見えてくる寿司屋の過去は、けれどすべてが明らかになるわけではない。
    これが物足りないという声が多いようだけれど、言わぬが花ということもあるだろうし、必要ならばそのうちに明かされるのだろう。

    節分で外に追い払われてしまう鬼にだって、居場所があっていい(ぺこぱ?)と、そっと鬼の席を用意する稲荷寿司屋の親父さんは、過去に何があったとしても、決して悪人ではないと思う。

  • 宮部さんの時代小説は「三島屋」シリーズがきっかけでしたが、こちらもとても良かった! 一話完結の人情捕り物短編集ですが、茂七親分や手下たち中心として、昔の人と人の繋がりがいい塩梅で描かれます。思うに任せぬ親子、きょうだい、夫婦の間柄、儘ならぬ出世等が、人々の心の動きを通じて、手に取るように伝わってきます。色々なことがある人生、美味しそうな初物や料理も丁寧に描かれ、日常に彩りやゆとりを添えている様子にこちらまで気持ちが充たされました。三木謙次さんの装画も好みです。

  • 貧しい棒手振りの女が殺されたーお勢殺し
    身を寄せ合っていたみなしご達はー白魚の目
    鰹を千両で売ってくれー鰹千両
    百姓の兄が手代になった弟を殺めた話ー太郎柿次郎柿
    うちの女中が逐電しましてー凍る月
    霊能力者の子供が襲われるー遺恨の桜
    菜の花畑にたたずむ娘ー糸吉の恋
    七草に食あたりー寿の毒
    入れ替わるー鬼は外
    稲荷寿司屋台のおいしそうな料理とともに9本。

    茂七の親分を中心に、人死にの事件がメインになりまして、それをめぐる人々の欲や悲しみや狡さなどなど。
    安定の時代ものですが、面白くしているのが得体の知れない稲荷寿司屋台の親父。
    旨い料理を作り、物事に動じず、あらゆる内情に通じる謎の人物。
    面白かったです。

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。87年『我らが隣人の犯罪』で、「オール讀物推理小説新人賞」を受賞し、デビュー。92年『龍は眠る』で「日本推理作家協会賞」、『本所深川ふしぎ草紙』で「吉川英治文学新人賞」を受賞。93年『火車』で「山本周五郎賞」、99年『理由』で「直木賞」を受賞する。その他著書に、『おそろし』『あんじゅう』『泣き童子』『三鬼』『あやかし草紙』『黒武御神火御殿』「三島屋」シリーズ等がある。

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