クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち (PHP新書)
- PHP研究所 (2017年1月13日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
- / ISBN・EAN: 9784569832050
作品紹介・あらすじ
自分の出世のために、次々に部下をつぶしていく人の精神構造と対処法を、数多くの実例に接した精神科の産業医がやさしく解説。
感想・レビュー・書評
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本人は「正義はわれにあり」「あなたのだめだから」と強烈な使命感をもって過剰にがんばるが、客観的に見るとそれははげしく部下に高い品質や強烈な指導をしすぎてるだけにすぎない。そういう上司をクラッシャー上司と命名。豊富な実例のなかで紹介。読むにつれて、これあるある、とか自分にもおもいあたるところが、、と背筋が寒くなる箇所も多数。
後半の「なぜ死ぬまで働かせる会社が存在するのか?なぜそこまでする上司の存在が許されてるのか?」これはおもいといだ。
仕事ができる、できないという分類を会社ではしがちだが、もうひとつ、人間的に成熟してる、未成熟という分類を提示。危険なのは、仕事ができて未成熟なタイプの上司(や部下)。仕事はできるが他人との関係性がうまくつくれなかったり、相手の気持ちへの共感性が欠如してるケースがおおくクラッシャー上司になったり未熟性うつになる。
未熟さは時として会社のみならず家庭すら崩壊させていくケースもあり、仕事ができる未熟な人よりも仕事のできない成熟した人のほうがよりよい生き方だ。
なぜクラッシャーを放置するのか?は日本企業全体が過労死などでゆれるいまこそ問われる問いだ。働き方改革で新しい制度をいれるのもやるべきだが、いまそこにいるクラッシャー上司への対処をまずやらねば、問題の先送りになるであろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
サイコパス上司よりも、対策を細かく書いてくれていた
赤ちゃんが泣くのと、キレるおっさんは同じ
共感性の欠如という精神疾患
勉強になりました -
悪気がないのに下を潰してしまう上司。よくいる。クラッシャー本人が見るべきだけど、クラッシャーは自分がクラッシャーであることに気づかないから難しい
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パワハラ、セクハラ、モラハラという行為が取り沙汰されて久しい。社会現象にもなった。
その中にあってこの「クラッシャー上司」というのはインパクトが大きい。
クラッシャー上司というのは、組織において仕事ができる人である。そして自らの成功体験を背景に、自分のようにできない部下を「善意で」叱咤激励する。他者に対する共感力が全くないので、部下がそれをどう感じるかに全く無頓着である。
「私は部下を三人潰して、役員になったんだ」ということを平気で公言する。
仕事面では、へたに有能なので、組織としても、このクラッシャー上司を簡単に切れないという事情もあり、部下に救いがない。
組織において重要なことは目先の業績をクリアすることではない。人材を育て、十年、二十年先の組織を見据えることだ。だからクラッシャー上司には、意識変革していただくより他に路はない。そうでなければ排除されるべき存在である。
クラッシャー上司の酷さを知って溜飲を下げるより、そもそも自分がクラッシャー上司ではないのか、と自らを振り返ることが必要であることを反省すべきだだなぁ、と思ってしまった。 -
★2017 年2月25日読了『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』松葉一葉著 評価A
久しぶりに新書で良い著作に出会えた気がする。
実は、私の近くにもこの著作に出てくるような管理職がおり、その対応に苦慮した経験、また私自身も危なくその状況に巻き込まれかけたこともあるので、実感を持って読むことができた。
この本の優れたところは、医者である著者の知見がその医学的専門をはるかに超えて、深い日本社会の洞察にまで及んでいるところである。私自身もそこまでは自覚しておらずはたと気づかされた次第。
1. いったい彼らは何者か クラッシャー上司の実態
◇つきっきりの指導
◇表情一つ変えない雪隠詰め
◇薄っぺらなクラッシャー
2. クラッシャーの精神構造 未熟なデキるやつ
◇父親の言葉がクラッシャーを生んだ
3. クラッシャーを生む日本の会社 滅私奉公の時代の終わり
◇東芝の粉飾決算はクラッシャー上司と同じ心根
東芝を存続させるためにー自分達のやっていることは善であるという確信、他者への共感性欠如ゆえの鈍感性
◇日本企業の雇用は欧米と違いメンバーシップ型
雇用の際に重要なのは人間力 つまり自分の部下にしてもいい人。つまり使いやすい人に限りなく近く従順な頑張り屋は最大公約数のイメージ ゆえに滅私奉公することが善であるという価値観が共有されやすい。この価値観の起源はいざ鎌倉に始まる名こそ惜けれの武士の美学が根底にあるのかもしれない。
そこには、自らを滅ぼしてでも、主君、公に尽くさなければならない。我が身可愛さで公に尽くさないことは、恥であると感じる精神構造が内蔵されている。ここにクラッシャー上司は甘えつけ込む。
◇クラッシャー上司はイノベーションの芽をつぶす 『この部署は俺が俺のやり方で引っ張ってきている』と胸を張って言える社員は、そのひとの能力レベルまでは確実に業績を上げられる。だが、その人が想定できないような爆発的な成功は俺のやり方では絶対に収められない。上司がクラッシャーでは若者が持っているシーズに気づくことすらできないだろう
◇家庭も壊したケース
4. クラッシャー対策 その暴力から身を守るために
◇GRR Generalized Resistance Resource
(汎抵抗資源) ストレスに対抗するためのリソース
◇CSR Corporate Social Responsibility
(利害関係者との良好な関係を保ちながら経営を続ける)を適切に実行すれば、会社のGRRは必然的に高まる
◇SOC Sense of Coherence (首尾一貫感覚)
ストレス状況を乗り切る心の資源
・有意味感 (情緒的余裕)
・全体把握感 (認知の柔軟性)
プロセス時系列を見通せる感覚
・経験的処理可能感 (情緒的共感処理)
今までの成功体験に基づいて ここまではできるはずと確信し、ここからは未知の部分と早期に援助希求できる感覚
上記三つの感覚が備わっているSOCの高い人はつまりレジリンス自己治癒力が高い 強靭な精神力の持ち主
即ち強いストレス下にあっても、自分のGRRを上手に使って、突破していく。会社員であれば、社内リソースを使いながら、ストレスの山を乗り越えていける。
クラッシャー上司を減らす、或いはクラッシャー上司を生まない会社は、自分は善であると確信してしまうような危険性に自覚的で、よりよくあろうと志向する組織である。そのために、CSRを重視し、コンプライアンスに気をつける。各種ハラスメントが引き起こす会社の停滞に気づき、正しく認識することが重要。クラッシャー対策の根本はそこにある。-
まともなCSRやコンプライアンスを認識していようが、いまいが、そこにはクラッシャー上司がいる、いないは関係ない。そもそも論であるが、クラッシ...まともなCSRやコンプライアンスを認識していようが、いまいが、そこにはクラッシャー上司がいる、いないは関係ない。そもそも論であるが、クラッシャー上司が発達障害、もしくは人格障害から引き起こす事例もある、といえるわけだ。
となれば今後、この対策に追われる企業もあらたな課題を取り組み、職場の多様性を鑑みる時代に入るといえよう。
必ずしも、滅私奉公が否定される事なく、どのような対策が必要なのか考えていくこともレジリエンスに繋がる。2017/02/25
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部門長がクラッシャーで、課長、係長が疲弊しているので読んでみた。なるほどと思う部分が多い。クラッシャーは気の毒な人間だな。
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とても参考になった。
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「俺はね、(部下を)5人潰して役員になったんだよ」。大手某社に精神科産業医である著者が招かれた際、その会社の常務が言い放った言葉である。このように部下を精神的に潰しながらどんどん出世していく人たちのことを、精神科医の牛島定信氏と彼の教え子である著者は「クラッシャー上司」と名付けた。彼らには「自分は善である」という確信があり、他人への共感性は決定的に欠如している。精神的に未熟な「デキるやつ」なのだ。
本書では著者が豊富な経験に基づいてクラッシャー上司の具体例を紹介。ネチネチ論理的に責める男、部下が憔悴しきっていることに気づかない鈍感男、家庭まで壊してしまう男……。さらに部下の心を攻撃する本当の理由や、「我が身可愛さで公に尽くさないことは恥である」とする日本人に特徴的な精神構造など、クラッシャー上司を生み出す要因を分析。そして最終章で、会社と部下にとっての最善の対策を提案する。
共感性の欠如。確かに言える。 -
仕事で出会った上司や取引先を思い返すと、ほとんどこの本に出てくることに見覚えがある。
プレミアムフライデーとかでなくて「クラッシャー上司」という言葉が社会でもっと認知したら世の中もっと変わったろうなと残念に思った。