秘密は日記に隠すもの

著者 :
  • 双葉社
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  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575237795

作品紹介・あらすじ

父親の秘密を見つけた女子高生の日記「トロフィー」母の死を引きずる43歳独身男性の日記「道化師」姉妹で同居している結婚を控えた姉の日記「サムシング・ブルー」熟年夫婦の日常を記した夫の日記「夫婦」。まったく無関係な4人だが、本人たちも気づかぬところで、実は不思議な繋がりがあった…。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは日記を書いたことがあるでしょうか?

    とあるアンケート調査によると、女性では30代が39%、男性では20代が27%とそれぞれ最も高く日記をつけていると回答されているようです。しかし、これが現在ではなく今までの人生で、という問いだとしたら恐らくほとんどの方が一度は日記をつけたことがあると回答するのではないでしょうか?私も小学生だった頃、低学年では絵日記を、中学年では日記を日々書いて、翌朝担任の先生に提出していた記憶があります。夏休みの期間など、遊び呆けて何日分もまとめて過去のものを書いたことも今となっては懐かしい思い出です。夏休み明けにまとめて提出するので、書いた出来事が本当にその日にあったことかなんて誰にも確かめようがないですし、ましてや大量の日記を出された担任にしてみれば、幾つか目立つものに適当に花丸をつけてとっとと返したい、内容の正誤なんて関係なかったんだろうな、と大人になった今の私は冷めた目でそんなことを思ったりもします。…と書いてちょっと書き過ぎたような、ヤバイ気も…。担任だったO先生、M先生、そしてT先生、大変失礼いたしました(笑)

    さて、私にとって日記を書くことは宿題と直結するもの、まさしくやらされ感のあるものでした。今やこんな人迷惑(笑)な長いレビューばかり書いている私ですが、かつては文章を書くなんて大嫌い、何かしらの義務でもなければ一文字だって文章を書くことなどない人間でした。宿題で書く日記は担任の先生に提出するというはっきりとした目的があったから書いていたに過ぎません。そんな私からすると、上記したアンケートの結果は驚きでしかありません。そんな高い割合の人たちが、宿題ではもちろんなく自発的意思によって自分のために日記を書いているというその事実。これはまさしく驚愕でしかありません。

    では、そもそも日記というものは何のために書くのでしょうか?誰のために書くのでしょうか?そして、そもそも日記とは何なのでしょうか?

    ここに、四人の人間が綴った日記だけで構成された作品があります。どこをめくっても日記しか出てこないというその作品。その瞬間の日記の主の生々しい感情がそのままに書き記されているのを目にするその作品。それは、永井するみさんが、その人生の最後に遺してくださった、まさかの”どんでん返し”に読者が驚愕することになる物語です。

    ではまず最初に、そんな日記だけで構成されたこの作品の中から最後の短編〈夫婦〉を、いつもの さてさて流 でご紹介しましょう。

    【十一月十六日】『里子の方が私より先に逝ってしまうなんて、思ってもみなかった』と、『私よりも五歳下、まだ六十二歳だった』という『よく喋って、いつも元気だった』妻のことを思うのは主人公の『私』。『生きてさえいれば、これから幾らでも楽しいことがあっただろう』と、『やけに広く感じられる』家の中を見回した『私』。そんな『私』は、『勤めていた頃に貰った手帳』を見つけ、『一人で生きていく日々を記録しておくのもいいのではないかと考え』ます。
    【十一月十七日】『メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を堪能した』という『私』は、『聴くだけではない、指揮をするのだ』と『汗びっしょりになっ』て指揮もします。『一休みしていると、インターフォンが鳴』り、出てみると『隣の桑園さんの奥さん』でした。『一人暮らしの私を心配して、いなり寿司を持って来てくれた』、そんな奥さんと少し話をして、『気持ちが明るくなった』『私』。
    【十一月十八日】『珍しいことがあるものだ』と、息子の『光一が訪ねてき』たことに驚く『私』。『飲みに行かないか』と誘われ、『里子がいない代わりに、光一との距離が近くなった』と思う『私』は、別れ際に『光一にもう会えなくなるよう』な気がして不安になります。
    【十一月十九日】『まるで走馬灯のよう』に、『ひどく懐かしい顔』が何人も現れる夢を見た『私』。『散歩に行こう』と思った時、ふと『数年前、商店街のビンゴ大会で当たった』折り畳み自転車があることを思い出し、組み立てて外に出ると桑園さんの奥さんを見かけ、『颯爽』という言葉の元サイクリングにでかけた『私』。その後家に帰って日記を読み返し、『確実に文章が上達している』ことを喜びます。
    【十一月二十日】『雨』で出かけられない『私』は、『今日は日曜日か』と、『曜日さえ失念していた』ことにショックを受けます。『走馬灯のような夢を見たことに納得』し、『死期が近いせいだ』と落ち込む『私』は、『指揮棒を振り続け』『音楽に集中し』ますが、『何もかも忘れられる』わけではないことに気づき、ただ『時間が過ぎていく』を今を憂います。
    【十一月二十一日】『お父さん、ちょっと手伝って』『お父さん、いい加減に起きたら』という呼び声に『ああ、うん、そうだな』と適当に答える『私』は、『ああ、なんてことだ』とある現実を前に愕然とします。
    …といったように合計13日分の日記が綴られる中で、まさかの”どんでん返し”に驚愕させられる物語が描かれていきます…という最後の短編〈夫婦〉。永井さんの絶筆となった短編として、その構成の上手さ、展開の巧みさ、そして人の心の奥深くを浮き彫りにしていく描写の鋭さに、驚きを隠せなくなる傑作でした。

    2010年9月3日に49歳の若さで亡くなられた永井するみさん。そんな永井さんが「小説推理」に連載されていたのが、このレビューで取り上げる「秘密は日記に隠すもの」という連作短編でした。上記した〈夫婦〉は、その中でも最後となるもので、亡くなられる一週間前に掲載されたばかりと言いますから、まさしく絶筆と言ってよいものでしょう。私はこの作品で永井さんの作品に初めて接しましたが、まさしく”ページをめくる手が止まらなくなる”という体験そのものを感じられる読書に、そんな永井さんの新作を読むことが今や永遠に叶わないという現実に一抹の寂しさを感じる読書となりました。

    そんなこの作品は非常に面白い構成がなされています。それは、四つの短編全てが日記のみで構成されている!という驚愕のスタイルを取っているところです。私が今までに読んできた小説では、二人の人物の合計179通の手紙だけで構成された三浦しをんさん「ののはな通信」。九人の人物の合計56通の手紙のやりとりだけで構成された湊かなえさん「往復書簡」など、手紙という媒体に注目することで、小説というものの可能性を感じさせてくれるものがありました。それらに対してこの作品で永井さんが着目されたのは日記です。【○月○日】という日付の記載から始まるその日記の主は短編ごとに異なります。実のところ、一見淡々と綴られる日記自体に永井さんによる様々な仕掛けがなされているのですが、ネタバレを避けながら、その日記の主と概要、そしてその数をまとめてみたいと思います。

    〈トロフィー〉『顔が普通。それがずっとコンプレックスだ』という高校生の百合絵が日記の主。『くっきり二重』のママに似ず、『一重』のパパに似てしまったことで『目を二重にしたい。それだけでかなり顔の印象が変わる』という強い思いを抱いています。そんな百合絵が家の中であるものを見つけてしまったことから物語は急展開していきます。
    - 日付無: 1、9月: 5、10月: 9、合計15日分の日記

    〈道化師〉『幼い頃から物心ともに何不自由ない暮らしを続けてきた』という43歳の崇之が日記の主。『母さんの声が今も耳元で聞こえるみたいだ』と二年前に亡くなった母のことを思い続けている崇之。そんな崇之は母が引き合わせてくれた31歳の『瑞枝さんとの間に一つの絆を結ぶことを決意』します。恐らく読者の誰も予想できないようなまさかの”どんでん返し”な物語が展開します。
    - 10月: 11、11月: 2、合計13日分の日記

    〈サムシング・ブルー〉『雨の夜は、先行きに光の見えない恋愛をしている自分がつらくなる』と『私の大切な人』である『桑園啓吾さん』のことを想うOLの千希(ちき)が日記の主。『まさか、自分が〈不倫〉の当事者になるなんて』と桑園との関係に思い悩む千希。そんな千希は、『美由希が一緒ならおねえちゃんも安心ね』と母親が言うほど面倒見の良い妹と二人暮らしをしています。この作品もまったく予想できないまさかの”どんでん返し”が読者を待ち受けています。
    - 10月: 3、11月: 17、合計20日分の日記

    〈夫婦〉『里子の方が私より先に逝ってしまうなんて、思ってもみなかった』という67歳の小野が日記の主。『人の気配がないという空白に慣れることが出来ない』という一人暮らしの中で音楽を聴きながら指揮をしたり、疎遠だった息子と飲みに出かけたり、と一人になった時間を過ごしていきます。『自分の中にこんな思いが眠っていたのを知って、少し驚いた』という経験をしながら過ごす日常。そして、そんな日常のはずが…というこちらもまさかの”どんでん返し”が読者を待っていました。
    -11月: 11、12月: 2、合計13日分の日記

    というように、複数の人物による合計61日分もの日記だけによってこの作品は構成されています。あなたは、日記をつけたことがあるでしょうか?今なら、ネット上に書き込む、という方法だって考えられます。しかし、そもそも日記というものは何のために書くのでしょうか?誰のために書くのでしょうか?そして、そもそも日記とは何なのでしょうか?

    作家さんの中には”日記”という形で作品を発表されている方もいらっしゃいます。また、ブログとして日々の日記を公開されている方も多数いらっしゃいます。この作品の〈トロフィー〉の日記の主である百合絵は、国語の記述問題を苦手としていたところ、塾の先生から『日常的に文章を書く習慣をつけるといいですよ、それには日記が最適です』と言われたことがきっかけで日記をつけるようになったと記しています。しかし一方でママから『出来事だけじゃなく、自分がそれをどう感じたかも書くように』『百合絵自身の気持ちを綴るの』と指導を受け、どうすればママの思う日記になるのかを悩みます。『あなただけにしか書けない感想があるでしょう』とも言われる百合絵。『日記はもっと自由よ…あなたらしく書けばいいの』とも言われ、『私らしく書く』とは何かをさらに思い悩む百合絵。この百合絵同様にこの作品の四人の日記の主は、それぞれにそれぞれの目的と理由の中で日記を綴っていきます。つまり、同じ日記といっても、そこに綴られるものは理由も目的も全く異なるものであり、本来は日記などという一言で言い表すことなどできないものであることに気づきます。日記とは、“個人が日々の出来事を記録した文書”のことを指すとされてはいます。しかし、そもそもそんな日記がどうあるべきかというその内容、意味、そして目的に決まりなどありはしません。この作品で綴られた61日分の日記がそれを証明しています。この作品の醍醐味はそんな日記というもののある意味での可能性を感じられることだと思います。それは、上記したようなまさかの”どんでん返し”にその凄みを感じるものでもあります。これから読まれる方は是非そんな”どんでん返し”の妙と日記というものが持つ潜在的な可能性を存分に感じていただきたいと思います。

    そして、そんな四つの連作短編は、日記のみで構成されるという点が共通するのみで実は、連作短編というほどの繋がりはありません。その繋がりはネタバレとも言えない一方で、あまりに繋がりが薄くて気づかれないままに終わっている方もいらっしゃるようなのでその繋がりを簡単に記しておきたいと思います。
    〈トロフィー〉と〈道化師〉: 前者の『ママ』と後者の『妹』の名前が『安奈』で同じ
    〈道化師〉と〈サムシング・ブルー〉: twitterに投稿される『ちきりん』という人物が同じ
    〈サムシング・ブルー〉と〈夫婦〉: 前者の『桑園さん』が後者の隣人
    上記がわかっても本編には何の影響もありません。申し訳程度の作品間の繋がりです。繰り返しますが、それ以上に四つの短編を読んで味わえるのは、鮮やかなまでの”どんでん返し”の妙です。”えええっ!”となること間違いなしの短編たち。〈夫婦〉のみ、ちょっとイヤミスの要素が濃いのを感じますが、特に〈道化師〉と〈サムシング・ブルー〉の鮮やかなまでの”どんでん返し”は、まさしく”えええっ!”という読書が味わえる傑作だと思いました。

    三日坊主含めて、誰もが一度は書いたことのある日記。しかし一方で日記は自身が記録として書き留めるものです。人に見せたり、人に見られたり、ましてや見せること自体を目的として書いたりするものでは”普通には”ありません。しかし、この作品で図らずもそんな他人の日記を読むことになる読者はそこに不思議な感情が湧いてくることに気づきます。他人の日記を読んでいることから、どことなく湧き上がる違和感、どことなく感じる拒絶感、そしてどことなく感じる覗き見しているような罪悪感。他人の日記を読むという行為にはそんな様々な感情が沸き起こるのを改めて感じます。しかし、それこそが永井さんの意図するところです。あなたが素直にそんな感情の中でこの作品を読めば読むほどに、あなたはすっかり永井さんの術中にはまっていることに気づかされます。でも一方で、そんなあなたの感情のあり方こそが正解であることにも気づきます。あなたが他人の日記を読むという感情に素直であればあるほどに、永井さんが用意された鮮やかなまでの”どんでん返し”の妙を堪能できるからです。

    “ページをめくる手が止まらない”、このような素晴らしい作品を残してくださった永井さん。もしかするとこの先に更なる”どんでん返し”の妙が味わえる傑作中の傑作の短編が存在したかもしれないことを思うと四編だけを遺して早逝されたことがつくづく悔やまれます。

    永井さん、素晴らしい”どんでん返し”を堪能させていただきありがとうございました。あなたが亡くなられて10年以上先の世にもあなたの遺してくださった作品に心を動かされた人間がここにいることをご報告させていただきます。
    心からご冥福をお祈りいたします。

  • 本書が遺作とは少し残念に思います。
    全てが日記という、面白い構成になっています。
    日記という独特の人の心の闇、葛藤、苦悶そして事実と想像。
    好きに書くことが出来る、面白い内容(少し怖い?)でした。
    永井さんの他の作品も読んでみようと思います。
    没後10年経った今もこの本は存在しています。
    もっとこれからの永井さんの作風も読んでみたかったです。
    ご冥福をお祈り致します。

  • マロノブラニクには早すぎる、が面白かったので図書館で手に取ってみた。
    日記がモチーフの短編。

    軽めのタッチですぐに読み終えた。少し毒があるので読後感は良くない。

    後の話に出てくる人が前の話に少し出てくる。リレー形式とでも言うのか。こういう仕掛けは結構好き。

    作者さんが亡くなったことがびっくり。

  • 図書館より。
    全四章からなるミステリ。
    章ごとに主人公が違って、その主人公が綴る日記調で物語が進んでいく。
    ラストのどんでん返しにすっきりしたり、逆に切なくなったり。
    そして全部の章が少しずつつながっている。

    これは女性作家特有のミステリだ、と思った。女性が主役じゃない章でも、女の怖いくらいの強かさがはっきり描かれている。
    人の日記を覗き見してるみたいで面白かったし、とにかくあっという間に読んだ。

    この小説、ここ3年の間に一度読んだのだけど、何かまた不意に読みたくなって借りてきた。
    一度目のとき、これ一冊でも成立してるけれど若干の収まりの悪さを感じて、調べてみたらこの作品の連載中に作者の永井さんが亡くなってて、これが遺作だということを知った。
    40代の若さで亡くなってて驚いたのだけど、いまだに死因は公表されてないみたい。

    もしも完成してたらどんなトリックがあったのか、ということも気になる小説。

  •  日記形式で物語が進行。4話あり。
    トロフィーは、思春期の女子の心理がよくわかる。妻は恐ろしい。道化師は作者のテクニックに驚かされた。サムシング・ブルーと夫婦は、あまりにも恐ろしい。どれも、日記は本当にその人の心の底が垣間見えるものだとつくづく思った。

  • 短編集。

    タイトル通り、日記に事件が綴られていく。
    父親の性癖を知ってしまった娘、
    好きな女性への気持ちを綴る男性の真の姿、
    妹が読んでいるのを知って書いている姉の日記、
    妻がいなくなってしまえばと考え出す夫の日記
    の四作。

    日記とはいえ、なにかしらカッコつけてしまったり
    少しの嘘を交えてしまうのはなぜだろう。
    そんなところから発展したような小説。

  • 日記に綴られたミステリー短編集。

    父親の恥ずかしい趣味を知ってしまった高校生の娘、

    亡くなった母を思い、その後出逢った女性への気持ちを日記に綴った40代の独身男性、

    妹と二人暮らし、恋愛中の気持ちを綴った20代のOL、

    好きなように生きたいと決め、その気持ちを綴った熟年男性、

    どれも、読みすすめるうちに、秘密がわかっていくようになる手法。
    ちょっと後味の悪い展開が多かったかな、というのが素直な感想でした。

  • 色んな人の日記と共に物語が進んでいく。本音を書く人、読まれるために書く人、人それぞれですなぁ。
    ま、日記と携帯は見ていいことあんまないなw

  • 図書館で何気なくとった本ですが、なかなか面白かった!
    日記形式で進められている文章は実はほとんどが嘘のことだったり。
    ラストのどんでん返しがヤバいです(笑)
    これ読んでると、人間って怖いなーって思ってしまった(笑)

  • 日記形式で書かれた4つの短編集。
    話はそれぞれ独立したものだけど、登場人物がそれぞれリンクしている。
    ちょっとしたどんでん返し要素がそれぞれにあって「そう来たかー」って思いながら面白く読めた。
    本作連載中に作者が急逝されたとのことなので、存命ならばあと何話かつづいていたのかなと思うと残念です。

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