- Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
- / ISBN・EAN: 9784575520071
感想・レビュー・書評
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「フジミクニ、ウルクに悪いことした。でも、人は悪くない」
「悪いのはワウ(王)か」
振り返ってカフィの顔を覗き込む。首を縦に振りかけてから、もとに戻していた。
「人は悪くない」
「じゃあ、誰のせいだ」
「悪霊のせい」誰かに問いかけるような調子でカヒィが言う。「悪霊、誰の心にも取り憑くから」(275p)
下巻に至り、縄文のムラ、ピナイを離れた少年ウルクは、森の主のような人喰い熊(ヒグマ)を倒したあと、おそらく静岡平野に展開している弥生人たちが統べるムラにたどり着く。そこは縄文人が夢想していた夢の植物「コーミー」のお陰で遊んで暮らせる所ではなく、「ワウ」の一族の下、縄文人よりもはるかに生産力が高いのに、始終労働をしなくては暮らせない所だった。それに、奴隷、庶民、武士、王族と階層性がハッキリしていた。
森に棲むサルミミの話では、前の前の王の時、縄文のムラにやってきて、米栽培を伝授して去り、米ができた頃にやってきて住民を殺して支配したらしい。縄文人に「戦争」をする「教え」はなかった。よって簡単に支配できたのである(←これはアイヌを参考にしているだろう)。
ミミナガの孫娘たるカフィの言う「悪霊」は、弥生人が信奉する「教え」のことだろう。確かに、そう言う強引なやり方で稲作文化は急速に西日本から東日本に広がっていった処もあったろう。しかし、東日本に限っていえば、最近の研究では稲作文化からまた縄文文化に逆戻りしているのである。ホントはそう言うところまで描けば面白かったかもしれないが、無い物ねだりかもしれない。
全体的には面白かった。新聞記者の香椰と考古学者の松野が登場する現代パートも、単に本編の註釈の意味合いだけでなく、現代につながる「混血の意味」や「権力の意味」「争い絶えない世界の意味」を我々読者に一考を与える意図もあったのである。さすが、直木賞作家だ。本書のみでこの時代の小説化を打ち切りにしているのがもったいない。
ただ、小説のあらすじとしては、想定の内側に収まった。こういう単純な物語を作るのに上下巻のボリュームが要るというのは、正直やはりショック。もちろん、説明を省略すれば読者がついてこない、と作者が思ったからだろう。それもわかる。うーむ悩ましい。巻末に小説としては異様に多い参考文献がならんでいる。
ただ、この弥生人のムラはちょっと時代を700年ほど早め過ぎている。ここまでの階層性は、西日本でも稀だし、ましてや東日本にあったのだろうか?詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
下巻の一冊。
上下巻合わせて、一言でいうととてもドラマチックな時間物語だった。
ウルクとカヒィ、二人の刻んだ時が読後、長時間にわたる温かな余韻をもたらす。
人との運命とも言える出会いを経験し、言葉なんかよりも先に魂が惹かれ合う姿。
戦なんかよりも遥か昔からこういう愛の繰り返しと積み重ねによって今が続いていることに想いを馳せずにいられない。
現代パートの重ね合わせ、新聞記者の香椰の疑問、心情がふと心立ち止まらせてくれたのも良い。
ラストは国籍という括りじゃなく、皆、同じ人間という括りを二人の絡み合う指先から強く思った。 -
想像以上に面白かった。どんどん引き込まれていった。
縄文時代から、人が集まれば理不尽な差別や意地悪は存在する。そらになんとか立ち向かって人生を切り開く勇者(ウルクは勇者に思えた)はいるのだな。
縄文時代から弥生時代のカルチャーショックや、よそ者に対する恐れや嫌悪、文化が進めば格差が生まれて、挙句殺し合い。
この2冊にギュッと押し込まれて、色々考えさせられた。 -
著者の今までとは、かなりテイストの違う作品だったが、とても楽しく読めた。
最初は、誰が誰なのかよく分からなかったが、ラストに向かって登場人物もシンプルになり、終わってしまうのが惜しくなる作品だった。 -
人間とはそもそも戦う様に出来ているのか。
ラストはわかっていたものの切なく少し寂しい。
『何の努力もせずに手に入れられる国籍を誇ったって、自分自身は1センチも前に進めない。』
考えさせられる一文。 -
いまなお続く戦や差別、そして人間にとっては欠かせない出会いや恋、誰かを大切に想う心、原始の時代に生きていたウルクが現代のわたしたちに問いかけているような作品でした。
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上下巻、一気読み。
物語として、とても面白く、その上で、「豊かになる」とはどういうことなのか、とても考えさせられる内容だった。
読んだ後もしばらく、後を引く。 -
古い人骨が発見された。
縄文時代と弥生時代の男女が手を繋いだ状態で。
現代の新聞記者、佐藤香椰がそのスクープを追う。
2700年前の日本で生きていたであろう、ウルクとカヒィの恋と冒険の物語を中心に繰り広げられる物語は、考古学というものの夢を私たちに伝えてくれる。
ウルクやカフィの言葉は分かりにくいものの、読み解いていくのも面白い。
猪や鹿、熊などを狩り、米の栽培を始める頃の日本。狩猟民族と農耕民族の生活の違いなど興味深く、作者の想像の世界を楽しめた。 -
ウルクは追放されコーミーを探しに1人旅に出る。何も出来ない、未熟なウルクは悲観になるのではなく、自分が何をしなくてはいけないのか、どうすればいいのか模索しながら成長していく。読むのに苦労したのは文面が私に合わないからで、ウルクの成長をみるのは一緒に自分も成長していくような、そしていまも昔も変わらない営みに何をもがいているんだろう。と考えさせられる。
生き抜くのは大変なのに死を拒絶するのは本能かと思っていたけど、守るもの、使命感、が生きる力になるのか。ウルクのように全力で生きていたいと思えるそんな小説だったのに、何故か好きとは思えない。
生き抜く力を教えてくれている話なのに。