神谷美恵子 島の診療記録から (STANDARD BOOKS)

著者 :
  • 平凡社
3.94
  • (5)
  • (6)
  • (6)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 108
感想 : 14
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582531626

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • これはとても良い本でした。
    神谷美恵子さんのことはずっと気になりつつ未読で、昨年初めて「生きがいについて」を読んでみた。さすが名著の誉れ高いだけあって面白くて興味深くて読みごたえのある本で。で、この平凡社STANDARD BOOKSも手にとってみた。いいわーこれ。生きがいや自殺について、ハンセン病に取り組むなかで出会った患者さんについて、そのほか、自身の幼少期のこと、小学2年からスイスに住んだことが自分を形成したこと、子育てに苦労したこと、などについてもコンパクトにまとまっていて、神谷美恵子導入書として最適! こういう方だったんだなあ。
    神谷美恵子さんの日記も角川文庫から出ているようなので読んでみたい。

    平凡社のSTANDARD BOOKSシリーズ気に入りました。装幀が美しくてハンディなのもお気に入り。他の本も読みたい。南方熊楠さんとか気になっている。

    -----
    感銘を受けた文章を少し引用。
    p130-131
    美しいものに感動する心、目に見えぬものへの畏敬の思い、人びととむつみあうよろこび、未知のものへの好奇心とおどろきの念――こうした心のはたらきが幼いときからつちかわれていれば、どんな世の中になっても、どんなに貧しく苦しい思いをしても、人は心にゆたかさとよろこびをもって生きて行ける。こういう若い人たちが歴史を新しくしてくれることを、期待することも許されよう。
    いい学校を出て、いい就職をして、などというきまりきった願いに向ってわが子をスタートさせようとしても、未来はまったくわからない。それよりも幼いときに、これからの一生を支えうるような大切な心のはたらきが育つことを期待しよう。親が邪魔さえしなければ、こうしたはたらきの眼は幼な子の心の中でぐんぐん伸びようとして、待ちかまえているにちがいない。(子どもに期待するもの)

    P146-148
    そもそも人間は社会に役立たなければ生きている意義がないのであろうか。「自立」や生きがいを感じること、他人から人間として認められること、が人間の生きる意義に絶対に欠かせない条件なのだろうか。もしそうならば、この基準からおちこぼれる人は老人に限らず、いくらもありそうだ。心身を病む人びと、持って生まれた性格や悪い環境のために生きている意味を自分も感じられず、他人も認めにくい人びとというものは少なからずあるものなのだ。それを精神科では知らされる。
    しかし、どんな人間であろうとも自ら望んで生まれてきたわけではない。生まれさせられ、生かされて来たのだ。そこに人間を超えたものの配慮がはたらいていると考えられはしないだろうか。偶然とかまわりあわせとか言ってみても、それはただ視点のちがい、表現のちがいにすぎない。私たちが生まれおちたとき、たとえ順境のもとであっても自らすぐ生きがいを感じたわけではなく、まず両親が私たちの存在を喜んでくれたことであろう。そしてもし少しでもものを深く感じる両親であったならば、「この子をさずかった」ことを感謝することであろう。「さずかった」とはだれからの贈物であろうか。「子はさずかりもの」という昔からの日本の表現を大切にしたい。そこには日本人が本能的に一人の人間の誕生にひそむ神秘に対して抱いた畏れと感謝の心があらわされている。
    自然科学がどんなに発達してもある特定の人間が生まれることの神秘を完全に説明しきれたわけではない。もし人間を超えたものの配剤によって私たちが生まれてきたとするならば、私たちの生の意義は何よりも人間以上の次元で認められたのではなかろうか。その意義が何であるかを一生かかって探求し、これを思われるものを実現しようと努めていくのが私たちの生きる意味の、少なくとも一部であると思う。
    とは言え、人生のごく初期と最終期には、この探求と実現に必要な意識も力も与えられないことが多い。乳児の無心なほほえみが人を喜ばすことはあっても、老いの極まるとき、自他ともに苦しむ可能性のあることに目をつぶるわけにはいかない。しかし、悠久の時間の中で、人が生まれ、やがて死ぬまでの時間は一瞬にすぎないとも言える。ほんのわずかな時差で人間はみな老い、死に行く存在なのだ。意識がはっきりしているうちに、私たちを支える「人間を超えるもの」に思いをひそめ、信頼をもってすべての価値観を委ねたいものだ。(老人と、人生を生きる意味)

    巻末に寄せられた、Titleの辻山良雄さんの文章がまた素晴らしい。

    東京の荻窪で、Titleという新刊書店を営んでいる。住宅街の中にある二〇坪ほどの小さな店だが、開店以来神谷美恵子の著作を求めるかたはいつも一定数以上いて、絶えることがない。その間、特に大きな話題があった訳ではなく、何かの折に紹介されたという話も聞かないので不思議に思っていたのだが、そのうちあることに気がつくようになった。

    本が売れなくなった、と言われるようになり久しい。若い読者が減った、他の娯楽に時間を奪われている等々、その理由はさまざまに言われている。しかしそこには本を供給する側の問題、すなわち読者が本に求めることに対して正面から向き合うような、誠実な本が減ってしまったということも、少なからずあるように思っている。

    本は元々、書き手が自分の内面と向き合い、書かざるをえなかったことをかたちにしたものだ。しかしいま、新刊書店の店頭を埋め尽くしているのは、「楽をして得しよう」と勧めている本ばかり。そうした中では、真面目な語り口の本は、目立たないという理由で出版社や書店員などから敬遠されてしまう。そうなると、それまで本の良い読者であったかたが、読みたくなるような本と出合う機会も減り、次第に本から離れていくことも起こってしまう。
    Titleでは、そのジャンルにかかわらず、人がその人自身になろうとする時に、支えになるような本を紹介している。それを探す人は、この時代でもしっかり存在しているからだ。そうした「切実な本」を求める心情と、神谷美恵子の著作とはよく響き合うようで、レジから見ていると、棚を見つめる人の視線が、『生きがいについて』『こころの旅』あたりの場所で、一瞬止まる。そして、棚からそれらの本を静かに抜き取り、ページをめくると、どこかに腑に落ちる一節が登場するのか、真剣なまなざしで手にした本を確かめはじめるのだ。

    神谷の本のどこに、読者は心を動かされるのだろうか。それは文章の隅々にまで見ることの出来る倫理観や強さであったかもしれないし、一生をかけて人間の生きる道を考え抜いた、その人生にあるのかもしれない。そしてその手掛かりは、この本の中で神谷自身が書いている、ハンセン病療養所にて、患者をなぐさめようとする時の、逡巡を感じさせる言葉だ。

    “十五年ちかく、こういう人たちの間で働いていて、強く感じさせられたことの一つは、まず自ら深く悩み、なぐさめられたことのある者でなければ他人をなぐさめられるものではない、という平凡な事実である。しかも他人に対するとき、何か出来合いの言葉で説教してはならないこと。説教は浅く人をゆさぶることがあっても、普遍的なもので心をいつまでも楽しませることはない。”(p138)

    まったくのところ、自分の深い体験から得た強靭な言葉でしか、他人の心は動かすことは出来ない。そして神谷の文章を読んだ私たちもまた、その言葉の背後にある体験の大きさ、静かに語る声の確かさをすぐに感じ取っている。端正だが「出来合いではない」その言葉により、自らの精神を深くゆさぶされるのだ。
    神谷美恵子の確かな声は、十五年近くにわたる長島愛生園での勤務体験と、ハンセン病患者との出会いが、その多くを作ったことには違いない。しかし家族や恩師の影響、たびたび患った「死に至りうる病」により、人生観やその思索が作られたことも見逃せない。特に若き日に結核療養の年月を過ごしたことは、神谷にとって図らずも、詩や生きがいという後年の人生における命題を、借り物ではなく、自らの生きた思想へと変えた体験となった。

    “文明の進歩は、いいものをたくさんもたらしてくれはしたが、うっかりすると、だれにも与えられているはずの、大切な生命の働きを弱め、そこからくるよろこびを奪い去るおそれがある。”(p73)

     現在、医療技術の発達により、人の寿命はかつてないほど延びた。しかし現代人にとって、その身体や死は自分の自由とはならず、病院により管理されるものになってしまったとも言える。
     善き死と生は一体だ。満足いく死を迎えられる者の一生は、よろこびに満ちたものだったに違いない。瀬戸内の診療所から、人知を超える自然の雄大さから、神谷は人の生死を学んだが、そのことはいまを生きる私たちにも返ってくる。死が人間から密やかに遠ざけられている現代において、生きがいについて考え続けた神谷美恵子の言葉は、いま再び読まれるべきものだと思う。

  • わかりやすい表現。美しい言葉。
    目の前の人を大切に眼差し、ともにあろうとされるお姿。

    素敵だなと思いながら読みました。
    母親としてのくだりは、子育て中のときを思い出し、胸に迫るものがありました。

    本書を読み、乱れがちな日々の自分の言葉を改めていきたいと思いました。

  • 優しく穏やかな語り口に油断していたら、人の生と死の切っ先にすれすれまで迫るような震え上がる内容だった。首すじに現実という刃が触れてなお正気で真っ直ぐ前を見つめている凄味。

  • ハンセン病患者に寄り添い続けた精神科医・神谷美恵子。瀬戸内の療養施設の経験、使命感、心に残る人々…たおやかに生きた人の随想です。彼女の代表的なエセーを読みやすく編集した、はじめての人にも読みやすい一冊です。

  • 神谷美恵子は、精神科医としてハンセン病の診療所・長島愛生園に15年間勤務したほか、フーコー『臨床医学の誕生』などの翻訳も手がけた人物。
    この時代に医師になった女性。環境に恵まれたインテリではあったけれど、幼少期のスイス滞在、結核を患って療養生活を送ったこと、母親としての経験、戦時中に東大の精神科医局で被災者の治療にあたる…等の多様な経験が、彼女の紡ぐ言葉に現在まで変わらぬ普遍性をもたらしていると思う。
    思索の深さと、生存に対する愛を感じた。
    『生きがいについて』もいつか読んでみたい。

  • 医学

  • 神谷美恵子さんのエッセイ。
    職業柄だけではないでしょうが、彼女の人を見る目があたたかく深い。共感すること、考えさせられることがたくさん。

  • 悩み、考えつづけたら自分の中にこたえのようなものが、きっと生まれる。神谷さんの文章を読むと、そんな予感がする。

  • これまでのシリーズ作品にあった面白さや驚きといった、わくわくするような感覚はなかった。
    とても静かに、心穏やかに、人を、世界を見つめるという文章。でも、これはこれで興味深かった。
    人の心、精神というものは本当に不思議だ。そこに考えを至らせると浮遊しているような変な感覚になる。
    それを冷静に分析しているという点では、やはり理系の視点なのだろうか。

全14件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1914-1979。岡山に生まれる。1935年津田英学塾卒業。1938年渡米、1940年からコロンビア大学医学進学課程で学ぶ。1941年東京女子医学専門学校(現・東京女子医科大学)入学。1943年夏、長島愛生園で診療実習等を行う。1944年東京女子医専卒業。東京大学精神科医局入局。1952年大阪大学医学部神経科入局。1957-72年長島愛生園精神科勤務(1965-1967年精神科医長)。1960-64年神戸女学院大学教授。1963-76年津田塾大学教授。医学博士。1979年10月22日没。

「2020年 『ある作家の日記 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

神谷美恵子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
岸 政彦
劉 慈欣
トーン・テレヘン
ミヒャエル・エン...
円城塔
森見 登美彦
遠藤 周作
ジュンパ ラヒリ
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×