オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)

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制作 : Edward W. Said  今沢 紀子 
  • 平凡社 (1993年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (456ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582760118

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オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)の感想・レビュー・書評

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  • サイードに魅了されたからには避けては通れぬ必読の書、評判では難解な学術書といったイメージでなかなか手を出せなかった。しかし一旦読み始めればするする頭に入ってくる。サイードとの相性がいいのだと自惚れる。時に細部の理解が難しく躓くことがあっても言わんとすることは伝わってくる。表現を変えながらも意味の反復が幾度もあるので、そこでの理解が薄くても次第に深まるといった丁寧な(しつこい)仕組がある。サイードは怒れる知識人なので、抑えた論調の中でも隙間から感情が漏れ出てくる。そこがとても好きだ。非常に面白い。下巻へ。

  • 東大、京大、北大、広大の教師がオススメするベスト100
    No.2
    大学時代にムリヤリ読まされた記憶が。理系はGEB、文系はオリエンタリズムといったところか。
     歴史とは自らを正当化するためのラベリングの歴史そのものだということを暴く。つまり、「オリエンタル」という言葉・概念は西洋によって作られたイメージであり、文学、歴史学、人類学の中に見ることができる。「オリエンタル」というレッテルのおかげで西洋は優越感や傲慢さや偏見でもって、東洋と接することができたという主張を念入りに検証している。

     皮肉だな、と思ったのは、オリエンタリズムを批判する証拠物として、東洋で作られた著作物や芸術作品が提示されていないこと。そして、「西洋から見た東洋」の作品が挙げられていること。もちろん事実上「東洋」で作成されたものもあるが、それは「こういう『東洋』なら西洋は買ってくれるに違いない」という意図のもとで、自分で自分をステレオタイプ化しているに過ぎない。レッテルを貼られた被告人の告発ではなく、まさにそのレッテルこそが証拠なのだと。この手法はオタク擁護から夫婦喧嘩まで手広く応用できるね。amazon解説より。

    「オリエンタリズム」とは西洋が専制的な意識によって生み出した東洋理解を意味する。本書はその概念の誕生から伝達までの過程をあますところなく考察した1冊だ。サイードは、東洋(特にイスラム社会)を専門とする西洋の学者、作家、教育機関などの例を挙げ、彼らの考えが帝国主義時代における植民地支配の論理(「我々はオリエントを知っている。それは西洋とはまったく違った、なぞめいた不変の世界だ」)から脱却しきっていないと厳しく批判している。

  • 本書は西洋の知識人であるサイードが、我々西洋(オクシデンタル)の人間が東洋(オリエンタル)というものをどのように解釈してきたのか、その「言説」を巡った本である。西洋至上主義に対する批判という面ではドゥルーズを、言説・解釈に対する考察という面ではフーコーを想起させる。

    注意としては、ここで論点になる「オリエンタリズム」というのはあくまで「西洋に対比される東方諸国」であって、具体的にはエジプトやインド、イスラム諸国といった中央アジア地域について述べられている事。少なくとも上巻の時点では、中国や日本といった東アジアの国々は出てきていない。

    膨大な事例を駆使してサイードが主張するのは、「結局、私たちは東洋人というのを理解してはいないのだ」という事実であり、西洋史で描かれる東洋人というのは彼らの時代の欲望が反映された姿に過ぎないと喝破する。

    そしてこれは、オリエンタリズムに限った話ではない。カントが理性の限界を指摘した通り、私たちが「それ」を見ているからといって、「それ」が本当に「それ」であるという確信なんて存在しない。にもかかわらず私が思ってる「それ」は「それ」に違いないと思い込むこと、その欺瞞性に対する批判なのだろう。

    深淵を覗き込むとき、それが本当に深淵であるとは限らないのだ。

  • サイード 「オリエンタリズム」上巻。1章は オリエンタリズム批判、2章は イスラム研究など

    オリエンタリズム批判のポイント
    オリエンタリズムは 西洋から見た 東洋(アラブ、イスラムを想定)のイメージ、レッテルであり、西洋の支配形態であること

    西洋と東洋の関係から キリスト教とイスラム教の対立、ナポレオンのエジプト侵入など に展開

    オリエンタリズムとは
    *西洋人の東洋のイメージ、レッテル
    *東洋を支配するための 西洋の威圧様式
    *東洋と西洋の区別を深化させる

    「人は自分の属する空間の外側を〜つくり話で充満させる〜イスラムは一つのイメージになった〜キリスト教徒のために 表象したもの」

    「ヨーロッパはアジアによってよみがえる〜二つの人間社会は融合する=悪質な思い上がり」

  • 執拗に西洋の東洋への一方向的な視点が綴られる。これが差別なんだな。自己への抜き難き愛着、他文化との没対話とその裏返しの幻想。もっと洗練された書き口があるだろうにと思った自分は間違っていて、これでも差別と支配の実相を示すには足りないのだろう。キッシンジャー、マルクスですら、逃れられなかったのだから。ネルヴァルとフローベールが少しだけ逃れられたのは、愛と性にハマったから、というのは、留保は必要だが直接性を勝ち得たからか。

    ・キリスト教とは夢想と追憶の宗教である。P406

  • Orientalism原書を読むための助けとして紐解いている。スムーズな日本語で、訳が上手だな〜と思うと同時に、原書から受けるイメージとは多少異なっていて、おそらくこの訳者は内包的意味を重要視して訳しているのだなと感じる。

    こちらも読了後に改めて書きます。

  • ヨーロッパのオリエントに対するものの見方・考え方に連綿と受け継がれてきた思考様式――その構造と機能を分析するとともに、厳しく批判した問題提起の書。解説=杉田英明

  • 上橋菜穂子から

  • 下巻の分もまとめて記載。

    いわゆる20世紀の「新しい古典」の1冊となるべき本。
    国際外交をリードする「先進国」と私達の認識の関係について、改めて色々と考えさせてくれます。

    読みながら感じたことについては、見事に下巻の解説で触れられているので、あまり触れませんが「オリエンタリズム批判」のために行われた大胆な類型化や中東の人々自身による中東記述に対する視点の欠落といったところはたしかに気になりました。知識を系譜に再編する際にはどうしても類型化や切り落としは必要なんでしょうが・・・

    大局的に見れば、「第三世界」の政治経済的台頭によって、現在は必ずしも「東洋を導く西洋」というスタイルは前提として受け入れられるようなものではありませんが、ミクロ的に見ればこの本はオクシデントの住民ではない私達「日本人」にとっても非常に有益な本でしょう。特にこのごろ喧しい「嫌韓主義」の皆様がたを系統だって理解する上では、必須となる理論書になると思います。
    ふるーい記憶をたどると、「大日本史番外編」とか「コリアンジェノサイダー」(今考えるとすごい名前だ!)とかが集めたテキストを元に言説は構築されていき、山野車輪の著作でステロタイプなイメージが固まっていく様なんてのは、まさにこの本の指摘するオリエンタリズムの姿ですね。

    そういった感じで現代では国際社会を観察する方法と言うよりは、国家の中の内なる外国に対しての人々の態度を省みるのによい一冊だと思います。

  • いま、序文を読んでいるところ。
    東洋人である自分が、西洋人が論じるオリエンタル論を読むことにどういう意味があるのか、気持ち定まらぬまま読み進める。

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