知識人とは何か (平凡社ライブラリー)
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この作品からのみんなの引用
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知識人がモラルとし、また原則とすることが、よりにもよって思考と行為を一方向にしかはたらかせず、たったひとつの燃料しかうけつけないエンジンしかもたない、そんな気まぐれで、わがままな機械仕掛けめいたものであってはいけないのだ。
― 191ページ -
私はこう問いたい。あなたたちはなぜ、神が存在するなどと、まがりなりにも信じたのか、知識人であるくせに、と。またさらに、こうも問いたい。あなたたちが最初いだいていた信念とその後の幻滅を、これほどまでに重要なものと想像する権利を、いったい誰があなたたちにあたえたのか、と。
― 180ページ -
自分自身のためだけにとか、純粋な学問や抽象的な科学のためだけに書くと公言してはばからぬ知識人は、知識人として信頼されることはないし、そもそも信頼してはいけないのだ。
― 175ページ
みんなの感想・レビュー・書評
▼二元論(善か悪か)が支配的な世界において、《彼ら》の側につくか、あるいは《われわれ》の側につくか――大勢の《われわれ》が間違ったことをしていると感じた時に、告発できる勇気が、「知識人」には求められる(もっとも、その大勢から好かれはしないだろうが)。
▼また、保守的にならずに、周縁に位置そ続けること。なので対応力云々というよりも、「知識人」とは、常に変化の中で生きる人のことを指すのだ。
▼ご都合主義者たちに意見しようものなら、皆から睨まれるこのご時世に、《プロ》という隠れ蓑に逃げることなく、現代社会のモラルの在り方に対して発言ができる、すべき《アマチュア》として生き続けようと努めたならば。歴史は、彼/彼女を「知識人」と呼ぶだろう。
▼推薦書として手にとったわけだけれども。あ~あ、難解だったこと(笑》
彼の背負っているものを感じながら読むといつも涙が出る。
彼の言う知識人は責任を負う。
自分には勤まりそうもない。
ただ、心に留めておく。
北斗七星として。
進むべき方向を完全には迷わないように。
エドワード・W・サイードの『知識人とは何か』を読む。 自分が部活の現役のとき、後輩が読んでいて面白そうで、興味を持っていたのだが、やっと自分で購入して読み終わった。 印象深く含蓄に富み、今後の思想形成に影響を及ぼすと個人的に感じたので、記憶に留めるために要約とそして後に感想を残しておきます。時間があったら、読んでもらえれば幸いです。 -------------------------... 続きを読む »
知識人とはマージナルな存在であり、「周辺」からアマチュアの目線で真実に切り込んでいく存在。
という講演をまとめたもの。
イギリス的な「偉大なるアマチュアリズム」の伝統を色濃く受けた著者は、イギリス統治時代のパレスチナ出身。
出自からしてマージナルなので、「知識人とはこれだ!」という主張が重い。
彼の言う「アマチュアリズム」は、ゆるい自由ではない。
「専門」の狭い枠から大きく広がった、自由闊達な知識であり、思考なのだ。
知識人とは
・常に批判精神を持つこと。
・minorityの立場であったとしても、majorityに対して意見を言えること。
・専門的な視野よりも客観的に見ること。
自分には難しかった。。。
現代社会における行き過ぎた「専門主義」の危険性をするどく指摘しています。知の誠実性を保つために、筆者が説く「アマチュアリズム&アウトサイダー」の立場には、村上春樹のエルサレム賞受賞のスピーチに共通する考え方が感じられます。(もしかして、サイードが元ネタ?)
【出会い】 学生時代確か生協で、逝去して特集平積みしてたかなんかで。 知識人ぶろうと思ったんでしょう。 眠っていたところ、このテーマがふと気になったのと、著者がパレスチナ人ということで、やっとひも解いてみる。 【概要】 知識人論。6回にわたるBBCでの講演の記録。 曰く「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手... 続きを読む »
p.14 東洋とか西洋とかいった神話的抽象概念は端的にいって虚偽であるが、同じことは、かつての植民地国が西欧に向けて発する非難のレトリックの中で駆使されるむきだしの対立図式についてもいえる。文化は、たがいに混じりあい、その内容も歴史も、たがいに依存しあい、雑種的なものであるため、外科手術的な切り分けをおこなって<東洋>とか<西洋>といったおおざっぱで、おおむねイデオロギー的な対立をこしらえること... 続きを読む »
“世界の大国”である日本の大学に通う大学生なら、これは絶対読まないとだめだと思う。本屋の店頭にで平積みされている“ジャンク・ブック”もいいけど、海外のこうした、真にマトモナ人が書いたもの読まないとだめでしょ。
特に「第五章 権力に対して真実を語る」は読まねば。
内向きな日本人の思考をえぐり出してくれる、そんな名著。
彼が無くなった事が本当に悔やまれる・・・
[ 内容 ]
「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。」
著者独自の知識人論を縦横に語った講演。
[ 目次 ]
第1章 知識人の表象
第2章 国家と伝統から離れて
第3章 知的亡命―故国喪失者と周辺的存在
第4章 専門家とアマチュア
第5章 権力に対して真実を語る
第6章 いつも失敗する神々
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
知識人とは何であろうか。何であるべきか。その問いに対し、 「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である」 と答えたのが、著者Edward W. Saidである。 ポストコロニアル理論の先駆者たる彼にとって、またパレスチナ人かつアメリカ市民でもある彼にとって、論じるべきことはたくさんあった。そして、彼が批判するべき... 続きを読む »
知人に強く勧められて読みましたが、そんなに面白くな…。要は、知識人たるもの、一つの考え方に固執してはいけない、ということだと思うのですが、作者はなぜここまで「知識人」という枠にこだわるのでしょうか?ちょっとわかりかねますが。一般に、「知識人」という言葉があまりに容易に使われすぎて苛立っている、という感じなのでしょうかね? 言っている内容自体は別に悪くは無いと思いますけど。 「知識人」の定... 続きを読む »
チョムスキーなどを引き合いに出して、インテリゲンティアについて書かれた本。 実際、「いつも失敗する神々」のところは面白かったし、最後のあたりで書かれた 言葉は、自分にとって強く迫ってきた。以下引用します。 「今日の世界では、疑問の念を持たずに権威に隷属することが、活動的で道徳的で知的な生活に対する最大の脅威のひとつなのだから。 そのような脅威に、独力で立ち向かうことはむつかしいことであ... 続きを読む »
「無知は怖い」 「無知である事は恥ずかしい」 今まで知らなかった衝撃的な事物と対峙した時、人は誰しもそう思う。 でも、人は多分死ぬまで無知なんだよね。 問題は、その事を自覚しつつどう生きるのか?という事だと思う。 アドルノ(ドイツ人。ナチス政権誕生後アメリカへ亡命、50年代に帰国した哲学者)は著書「ミニマ・モラリア」で、 「・・・・自分の家で寛がない... 続きを読む »
サイードは「知識人にはどんな場合にも、ふたつの選択しかない。すなわち、弱者の側、満足に代弁=表象されていない側、忘れ去られたり黙殺された側につくか、あるいは、大きな権力をもつ側につくか。」という。多くの知識人が後者の側にさまざまな形で取り込まれてしまう現状を指摘し、サイードは前者こそが知識人の採るべき道だと説く。
聖ヴィクトルの引用―「故郷を甘美に思う者はまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力を蓄えた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」に見事に集約されている。
知識人とは、
公衆に向けて、公衆になりかわって、
メッセージなり、思想なり、批評なり、意見なりを、
表象=代弁(レプリゼント)する人間である。
亡命者にして、周辺的存在であり、アマチュアであり、
権力者に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。
知識人という言葉の持つ、
どこかマイナスのイメージは、
「公衆」や「権力者」に対していつも、
上から、正義の側から、語っているという傲慢さ、
敵がいるからこそ成り立つ=皆はなれない、
という閉鎖性から来ているのかもしれない。
そんなことを思った。
講演形式になっているので、難解な文章で訳者泣かせのサイード先生の著作にしては読みやすい。
原題はRepresentations of the Intellectual、『知識人の表象』である。
representationという言葉を日本語にすると、「表象」、「代弁」、「代表」といった言葉になる。
現状の知識人と、知識人はかくあるべき、という信念のあいだにあるギャップにおそらく著者は苦しみ、
彼自身が知識人という集団を内部から批判―内破している。

「アマチュア」であること。
、、、それが「知識人」には必要なんだそうな。今、システムというか、インフラみたいなものをみんなが作ってくれて、だからプロであることに意味がなくなっているんじゃないかな〜と...





