愛と日本語の惑乱

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著者 : 清水義範
  • ベストセラーズ (2008年11月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784584131121

愛と日本語の惑乱の感想・レビュー・書評

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  • いやはや、清水センセの日本語にまつわるパロディは実に愉快で、勉強になる。が、今回の最後はちと乱痴気が過ぎたような・・・。ま、いいや。「こだわる」「すべからく」の誤用、「床屋」「八百屋」の蔑称感、「おざなり」と「なおざり」の混乱。確かにね。あと、先日渡韓して、いつしか韓国人の名前や地名はあっち読みになり、中国人もそうすべきだと思ったばかりだった。そっか、今さら三国志の登場人物や杜甫に李白を中国読みにはできんね。納得。

  • H24/10/27

  • とにかく最高に面白かった 日本語が好きな人だったら誰でも楽しめるくらい おススメ 流石清水さん やっぱり清水さんは好きな作家さんです
    愛のとつくので最後は下に走って行かれたのが玉に傷だけれどまあこの場合は仕方ないのでしょう 
    言語というのは単純に面白くその部分で小説を書くと言う このスタンス常に維持してまたもや驚くような素敵な小説を期待しております 
    そして最後のほうは脳にも言及何が正しいのか正しくないのか言葉の迷宮なんて陳腐な言葉もあるけれど 
    色々考えさせられてこういうのがお得な小説というのではというくらい 花マルを百個ぐらい差し上げたいぐらい満足な小説でした

  • こういうタイプのは全然知らなかったので、もっと普通のエッセイみたいなものかと思って読んだらびっくりした。まさに惑乱なお話。ネタはとても面白かったです。ただ、小説としては主人公に思い切り感情移入は出来なかったかな。やっぱりうまく言えないんだけど、日本語って変えていくだけじゃなくて守ることもある部分では必要なんじゃないのかな、というのが個人的な意見なので。うん、でもここまで日本語について真剣に考える人が近くに…はちょっとめんどくさいので(笑)すこし離れたところにいたら、面白いだろうなと思います。

  • <table style=\"width:75%;border:0;\" border=\"0\"><tr><td style=\"border:none;\" valign=\"top\" align=\"center\"><a href=\"http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4584131120/yorimichikan-22/ref=nosim/\" target=\"_blank\"><img src=\"http://ecx.images-amazon.com/images/I/414VT8XGgRL._SL160_.jpg\" alt=\"愛と日本語の惑乱\" border=\"0\"></a></td><td style=\"padding:0 0.4em;border:0;\" valign=\"top\"><a href=\"http://blog.fc2.com/goods/4584131120/yorimichikan-22\" target=\"_blank\">愛と日本語の惑乱</a><br />(2008/11/15)<br />清水 義範<br /><br /><a href=\"http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4584131120/yorimichikan-22/ref=nosim/\" target=\"_blank\">商品詳細を見る</a></td></tr></table>
    <blockquote><p><strong>愛は言葉か、言葉が愛か?
    恋多き大女優と同棲するコピーライターが、失われつつある愛に惑乱して、奇妙な言語障害に陥っていく爆笑長編小説。

    愛の反乱が、言葉の氾濫を生み、大失恋が言語中枢を破壊する----若者言葉やカタカナ言葉の流行、「日本語の乱れ」に駄洒落地獄、さらに、言葉はどこで生まれるかという脳の問題まで、言葉と日本語をめぐる話題が縦横無尽に交錯する。 </strong></p></blockquote>
    「日本語の惑乱」ならば、容易に内容を想像することができる。だが、それに「愛と」がついただけで、果たしてどんな物語が展開されているのか、読んでみるまで判らなくなるのである。
    そして実際に読んでみれば、これはもう「愛と日本語の惑乱」以外の何ものでもないと納得するしかない。
    40代のコピーライター・野田敦――大物美人女優とつきあっている――の愛の問題と、日本語の用法の問題が、はじめは並行して、次第に絡み合い、最後には入り乱れて語られているのである。
    日本語をめぐるあれこれには、さもありなんと思わせられることも多く、このテーマについてだけが語られていても興味深いものになるだろうと思うのだが、そこにごく個人的な愛情問題を絡めてくるのが著者流であろう。硬軟織り交ぜて、絶妙な一冊である。

  •  読み始めるとき、なんとなく行間の広い本だなあ、と思った。そうするとそのナゾの答えが、いきなり23ページにあった。 なんと縦書きなのに、『2001年宇宙の旅』という有名映画の題名の 2001 という数字を一列にかいてしまっている。つまりその部分は文字幅が広くて、行間が狭いと隣の行に重なってしまうのだ。それだけの理由でこの本全体の行間の広さは決まっているのだな、と確信してしまった。どうでもいいんだけどね。 題名の「惑乱」という言葉を知らなかった。漢字なのでなんとなく意味はわかるけど、普段は使わんよなあ、この言葉。 言葉と日本語のこと、について面白おかしく、だけど割と真剣な物語を書いている本である。 でも、清水先生お話の途中で「確信犯」という言葉の使い方を間違えているゾ、と思ってしまった。 「確信犯」とは「例えば宗教的な信念などから、自分の行っていることは絶対に正しくて犯罪などではない、と心底思い込んでいる人のことを言う」のだとわたしはずーっと思っている。 でも最近の使い方には「悪いということが判っているのにあえて犯罪を行っている人」のことを「確信犯」と呼ぶ様な誤った例が多くある。 この本で清水義範はまさにその「悪いということが判っているのに…」の方を使っているのだ。どうだかなぁ。(59ページあたりです)   それも言葉の変遷なのかなあ。だとすれば、そのうち「悪いということが判っているのに…」の方が「確信犯」の正しい意味、という具合になっていくのだろうなあ。 この本、何と書き下ろし作品なのだ。そういえば二年位前に読んだ『冬至祭』も書き下ろしだったような気がする。清水義範は、どうも定期的に書き下ろし作品を発表することを課題にしていて、見事に実践しているのかもしれないな。 ともかく、日ごろから「言葉」というものに興味を持っている人が読むと「うーん」とうなってしまう様な内容の本です。興味のある方は是非読んでみて欲しい。 200ページくらいしかなくて行間が広いからスグ読めてしまいます。オススメです。

  •  日本語の表記いろいろを題材にした小説。恋愛小説なのかそうでないのか?ってところが清水ハカセなんだなぁ。 ラスト近くで主人公の野田が、恋人に振られたことが引き金となって惑乱というより錯乱してしまう。それを文字(活字だから筆跡もない)で表現しているのが怖かった。2009/01/13読んだことがあるけれど結末を覚えていない。そんな本がいくつかある。この本の場合、その理由はほぼ8割を読んだあたりで気付いた。そうだった、ハッピーエンドじゃなかったんだっけ…恋人の心変わりのため狂気にとらわれていく主人公の姿が痛々しくて、読めないのでした。ラストあたりで字がページ上に円を描くように連なっているのが実験的といえば実験的ですね。2011/09/03 *****再読*****

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