我々みんなが科学の専門家なのか? (叢書ウニベルシタス)

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制作 : 鈴木 俊洋 
  • 法政大学出版局 (2017年4月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784588010552

我々みんなが科学の専門家なのか? (叢書ウニベルシタス)の感想・レビュー・書評

  • 科学論を語った本。
    翻訳者が入間市在住ってのが少しだけ親近感がわくけれど、本の中身はイマイチ。
    ◯◯専門知って区分、何の意味があるのか結局分からずじまい。

    科学が重ねてきたミスが原因で社会的な地位が低くなってきているのはわかるが、だからといって、科学者としての訓練を積んでいない一般人が科学者と同じように振る舞っているか?といえばそんなことはないし、二つの話は全く別のことだと思うんだけどなぁ。

  • 『迷路のなかのテクノロジー』ほどの衝撃はなかった。専門知とは何なのかをとてもとても細かく解説。
    結論はもちろん「我々みんなが科学の専門家という訳ではない」である。

    しかし「専門家ではない」の論拠というか専門家の専門性がいかなるものなのかという議論は手厚いが、その反対論である「専門家である」側の主張として扱われるものが本書では「デフォルト専門知」のみである。いや、さすがにデフォルト専門知が専門知といえないのは明らかだしそもそもデフォルト専門知の存在が(イギリスでは大きいのかもしれないが)日本ではそこまで幅をきかせていない。
    もっとこう非専門家の専門性(各バックグラウンドから習得したユビキタス専門知)だとか市民のポテンシャルを活用したオープンサイエンスとかそういう方向の議論を期待して読んだので、デフォルト専門知論をぶっ潰す!というモチベーションから入るかんじはしっくりこなかったかも。わたしはむしろ奢ったデフォルト専門家のことよりも無知な市民の方がずっとこわいし早急に向き合わなければならない問題だと考えているので。

    まあ、いずれにせよ各専門性が体系づけられてとてもためになった。Collinsの本はちゃんと追っていきたい。
    ついでにそろそろKuhnのパラダイム論を読むときですかね


    関係ないが最近感じたこと。
    先日Twitterで「人工知能のミスで事故が起こったらその責任は誰が負うのか」とかいうようなことが俄かに議論されていて、それに対して「誰か知らんがプログラム組んだやつ」という反応を目にした。このような、科学の良し悪しは誰かが考えてくれて "一般人" はその良いところだけを享受できるはずだという考えが科学化に追いつけていない社会の大きなリスクが見える部分だろう

  • 暗黙知、政治性、エリート主義.あとがきが神がかったまとめになっている.

  • 請求記号 404/C 84

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我々みんなが科学の専門家なのか? (叢書ウニベルシタス)の作品紹介

専門家は安全だと言うのに、不安になったり、専門家がリスクを説明しても、それでは市民に納得してもらえないのは、何故か。単純で極端な立場の対立図式ではなく、価値観の多様性を維持しつつ様々な場面で知識を深め判断形成に参加するために、我々は科学技術にどう向き合えばよいのか。科学論の第一人者が、原発、気候変動、ワクチン接種など、特に日常生活に関わる論争での事例とともに、「専門知」の適切な捉え方を提言する。

我々みんなが科学の専門家なのか? (叢書ウニベルシタス)はこんな本です

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