さよならは半分だけ (児童読物傑作集―青葉学園物語)

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著者 : 吉本直志郎
  • ポプラ社 (1978年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591007808

さよならは半分だけ (児童読物傑作集―青葉学園物語)の感想・レビュー・書評

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  • 「少年時代」や「夏休み」が追いかけていた麦わら帽子や田んぼのカエルのいた夏。児童施設「青葉学園」の夏休み、新しく姉と弟が入ってきた。二人は仲良く学園に溶け込んでいく。魚とりや桃とり、クズ鉄を拾って売りに行ったりいたずらしたり…。おもちゃも何もなくても、目いっぱい笑い、目いっぱい怒り、泣きます。そしてラストに姉と弟に哀しい別れが。「さよならは半分だけ」のタイトルにまた泣ける。子どもの頃か読まないまま終わってしまったシリーズです。

  • 青葉学園物語の『右むけ、左』に続く2冊目。夏は、とりわけゆかいで楽しい日々である。絶好の天気は続くし、学校は休み!青葉学園の子どもらは、ころげまわって遊び、なつめ寮では「したむき会社」がつくられる。

    そんな夏のある日、青葉学園へ新顔の真治と幸子のきょうだいがやってくる。胸の病気で入院したお母さんに二人が持たされているおまもりの中身は、半分のへその緒。その晩、寮でひらいた二人の歓迎会は、うたって、わらって、おどって。

    夏の終わりに、真治と幸子のお母さんが亡くなる。「きっとまた、いっしょに暮せる日がくるから、はんぶんだけ、さよならしようね」と、半分のへその緒をおまもり袋に入れて二人の首にかけたお母さんは、死んでしまった。火葬場でも涙を見せなかった幸子が、学園へ戻る汽車のデッキで「お母さんの、うそつき、うそつき、うそつき…」としゃくりあげる。
    川の水もずいぶん冷たくなったころ、6年の和彦のつりざおで魚をつっていた1年生の真治が、「魚がかかったあ!」とわめく。かかったのはでっかいナマズ。みんなはいっせいに真治のそばへかけよる。さおに翻弄される真治に、口々に声をかけ、和彦は手をだそうとする。それを中3の透がさえぎってどなった。「和彦!いらんことするない!」

    透が真治に言う。
    「ええか真治」
    「ひとりでつりあげるんぞ。だれも助けてくれんぞ。おまえひとりでつりあげるんじゃ」

    大ナマズはあばれ、真治はつんのめって水のなかにひっくりかえる。
    「よしよし。だいじょうぶじゃ真治。さおだけは手からはなすなよ」

    びしょ濡れで起き上がった真治は、さおをつきだしたまま、しゃくりあげて泣き出した。
    「泣いたって、だれもかわってくれんぞ真治。だれもたよるもんはおらんぞ。ひとりでがんばるんじゃ」透が真治の耳もとでささやき、肩をたたく。

    「ほら、ゆっくり糸を巻け。ええぞ、ええぞ。その調子じゃ」
    透は真治の横ではげましつづける。

    そして、やっと真治が足もとまで引き寄せたナマズを、耕一がアミですくいあげた。
    「やった、やったあ!」「ええぞ、真治!」

    「ははは!つれたじゃないか真治!」
    透に言われて、涙でよごれた真治の顔が、ニッとはにかむように笑った。

    「ようしみんな!真治の健闘をたたえて、胴あげじゃ、こい!」
    ワッショイ、ワッショイと胴あげされる真治が、表紙なんやなと思う。

    小 1の真治におもわず手を出そうとする小6の和彦、それを止めて、真治が自分ひとりの力でやれるよう励ます中3の透(なつめ寮の寮長でもある)。年齢が混ざった集団で、むかしはこんな風に下の子が「できるようになる」のを見守る上の子がおったんかなと思ったり、養護施設の寮という環境だからよけいなのかと思ったり。

    いまは「学年」の線がしっかりあって、年上や年下が群れて遊ぶことはなかなかないような気がする。私が通った保育園では、わざわざ「縦割り保育」と言って、いつもの同い年のクラスとは違う、年齢の混ざった子どものグループをつくって、それで行事をおこなったりすることがあった。

    学童保育のときには小学校の1年から3年までよく混ざって遊んだけど、それもせいぜい一つ二つの年の違い。もし中学生のにいちゃん、ねえちゃんが一緒に遊んだりしてたら、また違うこともあったかなと思う(中学生が、小学生と遊ぶってなことも、めったになさそうな気がする)。

    作者の吉本は、『右むけ、左』のあとがきで青葉学園のモデルとなった養護施設のことを書いていた。原爆孤児をはじめとする戦災で身よりをなくした子どもが主だった戦災児育成所は、昭和30 年頃からはその他の事情で身を寄せる童心園となる。吉本自身、戦災児育成所から童心園にかわる時期をこの施設で、生活したと2巻のあとがきで記している。

    その施設は昭和43年に児童福祉施設としての歴史を閉じた。吉本は、自分たちのふるさとである学園のことを、「青葉学園物語」というかたちで残しておこうと決意したのである。

  • 児童文学作家・吉本直志郎氏の『青葉学園物語』シリーズのひとつ。
    不幸な境遇を持つ子供たちが生きる姿。泣ける。挿絵もステキ。

  • 遠い昔読書感想文を書いた一冊。
    終戦直後(たぶん)のストーリーで、
    親はいなくてもたくましく、したたかに生きる子供たちを面白く、時にはシリアスに書いてます。
    もし今の子供たちが彼らと同じ境遇に置かれたら……?といつも思ってしまいます。

  • 自分が子どもの頃読んで、心に残ってる本。戦後、親を亡くした子ども達が、物はないけれど毎日楽しく、のびのびと生活していた様子が描かれています。今の子ども達にしてみれば、かえって羨ましい話かも?!

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