わたしの美しい娘―ラプンツェル

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制作 : Donna Jo Napoli  金原 瑞人  桑原 洋子 
  • ポプラ社 (2008年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591104941

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わたしの美しい娘―ラプンツェルの感想・レビュー・書評

  • 原題は『Zel』。Donna Jo Napoliによる1996年発表作品。

  • きのう読了。はじめての作家さん。
    グリム童話の「ラプンツェル」を下敷きにした作品。ラプンツェル視点やコンラッド視点のターンもあるけど、母の部分だけ一人称(わたし)だから、魔女視点で翻案し直したものかしら。ひたひたと迫る母子癒着の狂気から辛くも娘が逃れる話、だけれど、せっかく現代に翻案するなら、当然のように異性愛オチなのはやっぱり気になる。人里離れて(男にとられるのを警戒する母親のもとで)育てられたラプンツェルが、自分がいずれ結婚して母になるはずという認識をどこで得たのか少し疑問。
    もうちょっともとの話から離れた展開にしてもよかったような。

  • 最初から最後までおとぎ話でした
    下書きありにしろ、なかったにしろ面白く読めました

  • グリム童話の〝ラプンツェル〟を下敷きにして、書かれたファンタジーです。
    16世紀半ば、スイスの人里離れたアルムで暮らす母と少女。母娘が町に出向くのは、年に2度だけ。愛情に満ち、平和で牧歌的なふたりの生活が揺らぎはじめたのは、町の鍛冶屋で少女と伯爵家の息子が、偶然出逢ったことが切っ掛けでした。しだいに明るみになっていく、母親の暗い秘密・・・・・。
    善と悪は、紙一重で隣り合ってあるものです。善からから悪に踏み込むのは簡単なことですが、いったん闇に足を踏み入れた者が良心を取戻し、許しを得るのは、容易なことではありません。愛するあまり、心が歪んでしまうということもありがちです。
    これは、子供を授かることのなかった女性の哀しい物語です。あきらめなければ望みは叶うといいますが、人生はそうそううまくいくとは限りません。あきらめるのではなく、不運を受け入れることも、時には必要なことかもしれませんネッ。

  • 基本的にラプンツェルの本筋からそれていないような作品。
    唯一違ったのは、いうところの魔女がラプンツェルを深く愛していたことでしょうか。
    大事で大事な可愛い娘をとられちゃう不安が…という、
    考えてみれば随分とかわいそうな人だなあ、と思いました。
    そして王子様にあたるところの人物の良かったところは、
    塔の中にいるラプンツェルを見つけて、ではなくて、塔に入ってしまう前のラプンツェルに出会って恋をしてしまうところでしょう。
    これはきちんとドラマ性がある…! と妙に感心してしまいました。
    まあたった一度の邂逅であれだけ粘着するのは怖くはありますが…。

  • ほぼそのまま、いわゆるラプンツェルの話なのですが、おとぎ話というよりも、中世ファンタジー・ラブロマンス。ちょっと大人向け、でも、ドキドキしながら少女にこそ読んでほしい一冊です。心理描写が繊細で、また情景描写がとても美しい。ラストシーンも好き。

  • 娘の13歳の誕生日のために町へと買い物にでてきた母娘。贈り物を内緒にするため、娘のツエルを鍛冶場へ残し、買い物をする母。
    ツエルはそこで馬と仲良くなり、その馬の持ち主である男と出会う。その男、貴族のコンラッドは、娘のために鴨の卵を手に入れようと奔走する。

    娘ツエルを愛するあまり、塔にとじこめる母。
    「ラプンツエル、ラプンツエル、おまえの髪をたらしておくれ」
    そう、あの童話「ラプンツエル」を元にした物語。
    子供が産めないから、悪魔に魂を売ってでも手に入れた娘への痛いほどの母の愛の物語になっています。

  • ラプンツェルすきな方に、絵本ではなく
    小説としておすすめしたくなる素晴らしい本。
    ラプンツェルを育てたのは絵本では魔女となっていますが、
    このお話の育ての親はただ残酷な女性ではありません。
    こどもがほしくてたまらなかった
    母としての想いが痛いほど伝わってきます。
    心理描写の深さが他の大人向けに書かれた童話と
    格段に違って引き込まれます。

  • 童話ラプンツェルを題材にした物語。
    童話では描かれる事のない魔女側の物語に、とても切ない。
    魔女は誰よりも人間らしく、誰よりも魔女らしく、そして誰よりも母だった。

  •  童話ラプンツェルを、繊細な人物描写によって生まれ変わらせたおとぎ話の世界をこえる切ない恋愛物語。
     娘を愛するがゆえに塔に閉じ込める幽閉生活を強いているラプンツェルの母親は、原作とは違い深い悲しみと愛に満ちているので、読みすすめるうち感情移入してしまいます。本当の親子とは成長するまで知らないまでも、ほんとうに純粋な愛にめぐまれた少女、ラプンツェル(この物語ではツェル)。だからこそ彼女はどんな悲劇的な境遇でも、いつまでも純粋でいられるのでしょう。
     洗練された文章で綴られる、大人のための耽美なメルヘン。
     ラストは胸をひきさかれるような涙もののシーンです。

  • 元の童話をアレンジなしに膨らませてある。話は知っているはずなのに世界に引き込まれる。

  • グリム童話「ラプンツェル」のパロディ作品。
    同じ作者の「逃れの森の魔女(こちらはヘンゼルとグレーテルを下敷きにしています)」が好きだったためこちらも読んでみました。

    個人的には後者の方が好みですが、こちらも面白いと思います(雰囲気が似ているので最初の作品ほどのインパクトが無かっただけかも…)。

    ともかく他のナポリ作品も読んでみたい。

  • おとぎ話には魔女の側の物語などない、ただただおそろしいだけ。
    でもこの話は魔女となった哀しい女のただただ憐れな母性が語られている。母の行き過ぎた愛情と執着、娘の誰もが通る成長による親離れ、残酷な思春期、これはおとぎ話ではなく、誰の心にもある子離れ出来ない母娘の物語。

  • 母の愛情は美しくも恐ろしい。

    最終的には親子は別れてしまったし、母が魔女だと分かったけれど、親子としての記憶は消えないと思う。

  • ラプンツェルをモチーフにした母娘の物語。
    題材を損なわずに、しかし独自の物語になっている。

    時代や動植物の「本物」が配置されているからだけでなく、手触りや汚れや疲労や感情まで、美しいものも美しくないものも地に足が着いた「本物」だから、童話の設定にもかかわらずとんでもなくリアル。

    登場人物三人それぞれの物語ではあるけれど、これはやはり「母」の物語だ。
    名前のない「母」だけが「私」を語る。
    「母親」の物語だけど、思考や行動の理由を「母」や「女」に求めず、この人(このキャラクター)のお話として描かれている。
    それはきっと、似た状況の女性への配慮でもあるのだと思う。

    「姫」と「王子」(この話では王子や姫ではなく息子や娘といったほうがしっくりくるけれど、そのポジション)も、ただの正義や美しさで片づけられる脇役ではなく、わりとどうしようもなかったり、やばかったり優しかったりする。
    コンラッドなんかどう考えてもヤバい人だけど、このくらいヤバい人じゃないとこの子を救えない。

    ひどいことをできない人がしたひどいこと。
    どうしようもなくて、悲しくて、でも優しい。
    悲しいものと見なすしかないようなカモがしたたかで嬉しい。
    各章のタイトルがどうとでも読めて素晴らしい。いい訳。


    この物語とは直接関係ないけれど、女の子に対する執着が母からだとホラーで王子様からだと愛になってしまうんだな。

    「母が重くてたまらない」http://booklog.jp/item/1/4393366255
    を思い出した。

  • 「おまえを愛しているのはわたしなのよ。わたし!」


    女の夢は十三年近く続いた。いい年月だった。母はいい母親だった。

  • 母と娘は上手くいかないものなのかな?
    それは、両人が「女」でからなのでは。

    我が家の母娘関係は順風満帆なので、全く感情移入出来なかったぜ。
    ジャケ買いですね。

  • ラプンツェルを題材にした童話の再話。
    16世紀半ばのスイス。ゆたかな金髪で濃い眉のちょっと風変わりな容貌のチャーミングな娘ツェル。
    母と二人きり睦まじく、山の斜面の牧草地でヤギを飼い、暮らしていました。
    誕生日を前に街の市へ行って、伯爵の息子コンラッドと出会います。
    母親は娘を隠すために命を狙われていると嘘をつき、人里離れた塔に閉じこめます。母を頼りにしながらも次第に疑い出す娘。
    魂を売り渡してまで赤ちゃんを奪ってきて育て上げた母の心も哀しく、文章に深みがあり、流れゆく世界が詩のように魅力的です。
    2008年9月発行。1996年の作品。

  • ラプンツェル。

  • ふうん、ラプンツェルってレタスなのね。母も娘も王子さまもみんな物悲しい。次回は「逃れの森の魔女」に挑戦してみます。

  • 魅惑的な髪を持つ娘・ツェルと、娘を籠の鳥の様に閉じ込めようとする母、
    そしてツェルに心を奪われた貴族の青年・コンラットの3人で紡がれていく物語。
    ある日母と市場に出かけたツェルは、鍛冶屋でコンラットに出会う。互いに一目で惹かれあうが。。。
    悪魔の力を借りて娘を手に入れ、自分だけ(母とツェルだけ)の世界に住まわせようとする
    母の姿は異様だ。母と娘という関係は時に特殊で、おそろしい。
    母との世界にずっといると信じていた娘が、外の世界に興味を持ち、「自分を棄てて」
    母の世界から飛び立とうとする時、恐怖した母によって塔に閉じ込められてしまうツェル。
    「ラプンツェル」を下敷きに描かれた、想いの絡まり合った物語。

    母と娘の特殊な関係については、少々経験があるので
    (苦々しくも?)よく理解出来る物語だった。
    幾多の困難を乗り越え、ツェルとコンラットが結ばれた
    時にはなんか嬉しかったですね。

  • 子どもの頃読んだ昔話『ラプンツェル』で覚えているのは、“ラプンツェル”がおいしそうでたまらなかったことと、塔から流れ落ちる金髪のイメージ。塔から出て以降の物語など、まったく記憶になかったので、今回読み直してビックリ。
    ナポリのこの作品は、昔話『ラプンツェル』を下敷きに、ラプンツェル(ツェル)、その母、ツェルに恋する貴族コンラッドの三人の視点で綴られた物語。昔話の枠組みはそのままなので、若い二人のハッピーエンドとはなるのだが、最後まで母親の視線が残されているために(語り手として登場しなくなってからも、時折挟まれる独白という形で)、せつなくて、悲しい物語となっている。結びの言葉が救いにはなるのだけれど。
    何がなくてもお母さんとばかりに無条件に必要とされ、一番に選んでもらえる喜び・・・・それが子どもを持つことの甘美さだと思う。子どもが思春期を迎えるにつれ、二番手、三番手に落ちていく淋しさも、自分のその年代の頃を思い出せば、そういうもんだったなぁとあきらめがつく。ツェルの母も心の奥底では、ツェルが母への愛だけでは生きていけなくなることを知っていたのだと思う。「永遠の救いを捨てた・・その見返りが13年間のいっしょの生活だけでは報われない」と思いつつ、自分が選ばれないことを解っていたのだと思う。自由を尊ぶ心、人をたやすく愛せる開かれた心を持てるようにツェルを育てたのは、他ならぬ彼女自身なのだから。そのあたりのジレンマや、ツェルを我が子とした経緯の非道さへの自覚が描かれて、この母をより複雑に、より悲しく思わせる。
    ――Zel by Donna Jo Napoli

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わたしの美しい娘―ラプンツェルの作品紹介

わたしたちはずっといっしょ。このまま永遠に。娘の13歳の誕生日には新しいドレスを作ってあげよう。あの子の美しさを際立たせるすばらしいドレスを。小さな望みなら好きにかなえてやろう。わたしは幸せでたまらなかった。-どうしても子どもをもちたかった女は、魂とひきかえに自分の娘を手に入れた。だが、美しく成長した娘はひとりの若者と出会い、それを機に3人の運命は大きく変わり始める-。

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