([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)

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著者 : 小川糸
  • ポプラ社 (2010年1月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591115015

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([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)の感想・レビュー・書評

  • 本書の主人公が作る料理は、「私が考えたステキ」か「私のためのステキ」で出来ています。
    一事が万事「私」で味付けされた料理からは、こんなお店ステキでしょ、こんな料理ステキでしょ、料理は私の祈りなの!という、独りよがりなエグみばかりが感じられ、恋人の喪失や家族の死といった大事件さえ、その主張の前では単なる付け合せに過ぎません。

    作中に登場する料理の種類は豊富です。
    けれど、こだわりの食材紹介や調理手順については事細かに描かれる一方、肝心な筈のお客の食事描写があまりに乏しく、殆ど印象に残りません。
    食べる、料理の出来を褒め称える、料理のおかげで奇跡が起こる、この流れが当然のように繰り返されるだけなので、まるで空っぽのお皿を前に、おしゃれな料理写真を延々見せられているような気分になります。

    主人公の料理に対する信条にも疑問が残ります。
    完全予約制、おまけに事前に面接日まで設けて相手の好みやプライベートを事細かに調べ上げるとしておきながら、店作りの恩人に振る舞うカレーは、結局自分と恋人との思い出にまつわる一品であったり、長年喪に服しているお妾さんに対しても勝手な献立を立て、「万が一料理を残されたら自分が食べればいいのだから」と開き直る主人公からは、お妾さんの食事の時間を台無しにするかもしれない事への罪悪感が微塵も感じられません。
    食材の生産者に対して直接お礼を伝えたり、家畜に対する感謝を語る場面もありますが、食育的な思想だけが上滑りしているように思えました。

    後半は家族の絆と哀しみからの再生が主軸となりますが、それまでの物語があまりに貧弱なため主人公に感情移入できず、唐突に差し挟まれる下品な表現に顔をしかめつつ、台本通りに事が進むのを見守る他ありませんでした。

    おとぎばなしの食卓にしては生々しく、現実の食卓にしては胡散臭い。
    小説としても、お世辞にも上質とは言えないように思います。

  • ずっと読もうか悩んで読まず、『蝶々南々』を先に読んで、
    割と良かったのでこちらも読んでみました。

    たぶん、こっちを先に読んでいたら『蝶々〜』は読んでなかったかも。

    『蝶々〜』にも感じましたが、この作家さんは、美しく書いた物を、
    わざと汚す…と言うか、リアリティを出そうとしてなのか、理解できない表現をするところがあります。
    それが唐突でわざとらしく、違和感があり、私には受け付けない部分で、
    『食堂かたつむり』の方によりそれを強く感じました。
    こんな方法を取らなくても、いくらでも雰囲気を壊さずにリアリティのある、素敵な作品を作れるだろうに。
    その最たるものがエルメスの下りであり、また食堂に嫌がらせをする客であり、
    ネオコンのセリフだったりするのです。

    おかんとりんごちゃんの関係を、もっと掘り下げるか、お客さんとのやり取りに重点を置くか、熊さんとの関係を発展させるか、
    しぼって書いて欲しかったです。
    この食堂に来たお客さんがどんな風に幸せになったか、伝わって来たのはお見合いカップルの部分だけでした。
    残念。
    勝手に高田郁さんのような物語を想像した私がいけないんでしょうけど。

  • あらゆるものを失っても力強く生きている倫子、何かかっこいいなぁ。
    ゼロからの出発。再生の物語。
    言葉を発しなくても、自分を表現する方法がいくらでもあるのだ。
    生きるってこういうことだったんだ。
    まわりのせいにすることなく、一人で立ち上がること。

    心を込めて料理をすること。
    そうすると、自分も幸せになる。
    まわりも幸せになれる。

  • いろんな意味で後悔。
    時間もったいなかったなぁ…。

  • くそうくそう。
    『映画化!』にまた釣られました。

    風景や料理のひとつひとつの描写には「巧いな〜」と唸らせる箇所がたくさんありましたが、ひとつの作品として見渡した時に、雑というか強引というか都合がいいというか・・・。

    一般受けしそうな「要素」を並べただけのおはなしでした。
    めでたしめでたし。

  • この本の良さがさっぱり分からない。客を選ぶ食堂ってなんだかなぁ(食堂に限らずだけど)。美味しい料理は人を幸せな気持ちにさせると思うけど、なんだか上手く行き過ぎ。そして「声」も取り戻しちゃうし。そんなに人生甘くないと思うけど。深いようで浅くて、暖かいようで冷たい話。母親が死んじゃう意味も、エルメスが食べられちゃう意味も本当に浅い。エピソードとして必要なのかな?病気や死が描かれていれば、深みが出るなんて思ってないよね?あー、久しぶりに無駄な小説読んじゃった。テレビの批評ってあてにならないのね。映画化されるからって原作が良いとは限らないのね。

  • 主人公(25歳女性)と同棲していたインド人の恋人が家財道具を一切合切持ってドロン。
    主人公に残されたものはおばあちゃんの遺品でもあるぬか漬けの壺だけ。
    ショックで主人公は声が出せなくなってしまう。
    ぬか漬けだけを持って失意のうちに実家に帰った主人公は、料理の腕を活かして、仲の悪い母親などに助けられて食堂を開く。
    この食堂が変わっていて、1日のお客は1組だけ。
    メニューは特に決まっておらず、お客と事前に面談を行なって希望を聞いてメニューを決める。
    この食堂で食べると希望が叶うというような不思議な評判も立ったりしてして、そこそこ順調。
    そうこうしているうちに母親が言ったのは…

    というような内容でおとぎ話的な純粋なほんわか小説ならまだ許せるんだけど、なんか主人公の考え方が気持ち悪いんだよ。
    自己中っていうか。
    あと作者が何を考えているのか、「どうしてここにそういう表現を入れるのかなあ?」というのが多数。
    早朝のバス停から実家に帰る途中でおしっこがしたくなって草むらで用を足した、という記述がなぜ出てくる?
    おそらく、まあ生きるってことはファンタジーじゃないんだよ、ということなんだろうけど、それにしても。

    あと、主人公を殴りたくなったのは次のシーン。
    主人公が小学生だった頃からの知り合いの熊さん(40~50歳くらい? アルゼンチン人の奥さんとは別居中)は食堂のリフォームなどを手伝ってくれた恩人。
    クリスマスの夜、熊さんに手伝って貰って、普段はやらないケータリングをやった。
    その帰り、雪が止んで、一瞬綺麗な星空が見えた時のシーン。

     ほんの一瞬雪が止んで、そこには無数のかすかな光が、灯し火のようにまたたいていた。
     熊さんが望むなら、一回くらいキスしてあげてもいいよ、と思えるくらいの、魔法をかけたみたいな星空だった。冷たい空気が、五臓六腑にまで染み渡っていく。(文庫版 157頁)

    あー 殴りたい! 殴っていいよね?

    あと、主人公(倫子)の実の母親だが、不倫でできた子供だから「倫子」と名付けたのだと子供の頃の主人公に言うのはいかがなものか。照れ隠しだったそうだが気持ち悪すぎる。
    ぬか漬けもあとで活躍するのかと思ったらそんなこともなかった。
    最後は、とあるものを食べて主人公が元気を取り戻すんだけど、ここの話の流れも唐突。
    感動すべきシーンなんだろうけど「なんじゃそりゃ」と本を一瞬投げ捨てたくなった。

    ということで★1つ。読むだけ時間の無駄でした。

  • エビカツという読書会で知った一冊、さらっと読めました。

    とある事から声を無くして故郷に戻った料理人が、
    一日に一組しかとらない食堂を始めることになります。

    自然の恵みに囲まれた中で、物語を彩る料理がおいしそうなこと。
    特にザクロカレー、食べたくなりました。

    - 私にとって、料理とは祈りそのものだ。

    そんな"想い"につつまれた料理は、人々に静かな幸せをもたらしてくれます。
    おかんの話がちょっと荒唐無稽な気もしましたが、とてもやさしい物語でした。

  • えぐい、としか言いようがない。かわいらしいマカロンの中に、魚の臓腑が詰め込まれているようなえぐさ。
    倫理観がどうのとかそういう問題じゃなく、ただただ不快。文章軽いのにな…

  • 後味の悪い小説でした。期待していたのですが...
    恋人がすべてを(家財道具や貯金)
    持ち去ってしまい、ショックで声を失う。陳腐な設定。
    そして、田舎に戻る。ずっと、連絡もしてなかった母がいる田舎。
    娘と母親の断絶と和解。
    料理も決しておいしいとは思えない。
    極めつけは、可愛がっていた豚を食べる。
    なんでできたのか。許せない展開です。
    不愉快な小説でした。

  • 恋人に全ての財産を持ち逃げされた倫子は、飛び出してきた実家に戻り、食堂を開くことを決意する。
    お客様は一日にひと組だけ。メニューはなく、その人にぴったりの料理でおもてなしをする。
    それが、食堂かたつむりだった。

    料理をする様子は、すごく楽しそうです。
    美味しそうだし、自分もやってみたくなる。
    物語の序盤は哀しい中にもコミカルなところがあって、前半までは面白く読めました。

    ただ、物語としてはあまりに現実味が無さすぎて、最後まで無邪気に楽しむことはできませんでした。
    主人公は一文なしの設定。その上で、大嫌いな母親に頭を下げて借金をし、食堂を開く、という話。
    いや頭を下げて借金をした上で、採算性度外視の趣味の食堂を開くってどうなんですか。それ、借金踏み倒す前提じゃないですか。一生懸命働くとか、そういう問題じゃない。この食堂の経営方針じゃ、自分の食い扶ちも稼げませんよ。
    その時点でどれだけ母親を憎もうが嫌おうが、母親の庇護のもとでピヨピヨ言ってる我儘娘にしか思えなくなってしまいました。
    それに加え、携帯ワンコールですぐさま飛んできてくれる熊さんの存在。どれだけ都合のいい人間ですが、熊さんの仕事は大丈夫なんですか。
    嫌がらせをされる場面も、この食堂は人の商売を邪魔できるほど儲かってないと思うと、嫌がらせの主旨が分からない。
    無理矢理でも何でもいいんで、このモヤモヤを解決する設定が欲しかった。それがなくても大丈夫なほど、物語に入り込むことは出来ませんでしたし。

    おかんと修一さんの再会の話も、「生き別れ」とか言いながら、明らかに修一さんが逃げたんじゃないですか。戦中じゃあるまいし、片方が意思を持って逃亡しない限り、生き別れなんて起きないでしょう。赤ん坊の取り違えとかならともかく。
    それなのに、何で何事もなかったかのように、感動的な再会があるのかも分からない。

    豚のエルメスとのお別れの部分も、なんというか美化されすぎていてしっくり来ない。
    豚の知能が高いとか低いとかの話じゃなく、食べられるのを受け入れるって相当ですよ。
    もし人間を食する文化が一般的だったとして、誰か世話になった人が食べたいって言うから食べられてくれ、と言われて笑顔で受け入れられる人間なんて滅多に居ませんよ。ましてや豚ならば尚更でしょう。

    そして番外編の『チョコムーン』は正直、何のために収録したのか分かりませんでした。

    料理の描写とかは楽しかったんで、☆3つにしようかと思いましたが、やっぱり後から思い出すと現実味のなさを先に思い出してしまうので、☆2つという評価です。

  • 読後のいきおいで。

    「キッチン」へのオマージュなのか冒涜なのか。

  • 食堂が作られていく場面を読みながら思い浮かんだのは、少女時代の抜けきらないおばさんの悪趣味なセンス…。
    「エルメス」という名前も、由来はともかく雰囲気に水を差している気がします。
    可愛らしくて甘ったるい文章なのに、残酷なシーンや辛辣な表現をぶち込んでくるのがアンバランス。両方を引き立てるほどの巧みさも感じられませんでした。

  • 映画化ってことで本屋さんで宣伝していたのを見て購入。
    申し訳ありませんが、面白くなかったです。
    料理のシーンは本当に美味しそうだったんですが、物語の流れが速すぎてついていけませんでした。人物も掘り下げてないし、村のみんながあっさり味方についちゃうとかどうなの?って突っ込みどころ満載でした。
    評価★1つな最大の理由はペットを自己満足の為にあっさり殺害して食べてしまうとこですね…。この描写を動物ではなく、子供でやったらどうだったんでしょう?きっと非難も凄かったでしょうね。作者の動物への愛が無いことがよく理解できたシーンでした。

  • ど、どうして手にとってしまったんだろうと、とても後悔。
    おそらく筆者は、谷川俊太郎が「黄金の魚」で詠んだ「いのちはいのちをいけにえとしてひかりかがやく」ということを書きたかったのだと思う。ただ、わたしは何か感じるポイントが違いすぎたのか、ストーリーにも、主人公の行動にも、作者の筆運びにも、違和感をひしひし感じ、冷め切った気持ちのまま最後まで読み終えてしまった。
    必然性を感じないエピソード、品のない表現が、ものすごーく苦手。

  • ほんわかとして良かった。
    母が夏木マリの雰囲気
    好きだな、この感じ。

  • 小川糸さんの食べ物の描写がとても好き
    可愛いだけじゃなく乱暴さを含み
    ほのぼのなようで毒もある
    この感じは同性としてとても共感出来るなあ

  • ほんわかした〜!
    どれも美味しそうな料理ばっかり。
    美味しい物は、元気の元だね!
    おかんとエルメス、熊さん、みんな優しい人達。
    ゲイカップルの番外編も、幸せそうで、好きだった!
    食堂かたつむりに来るお客さんのエピソードも、可愛いくて好きだなぁ〜!

  • 著者のエッセイに続き、小説の初読み。
    恋人に逃げられ、声も失った主人公が、実家に戻り、食堂を開業。その料理の不思議な魅力に、お客が次々と。
    それぞれに出てくる料理の、何と多彩なことか。
    これら料理は、著者の想像だけの産物か、それとも実際に作ってみての描写だろうか。
    どちらにしても、読んでいるだけで幸せな気分になれる料理の数々。独特な雰囲気の物語に、しばし浸ることができた。

  • 「物は考えよう」のことわざを地で行く倫子。声が出なくなったトラブルを、自分の生き方をじっくり見つめるために必要なステップへ変換しちゃいました。
    おかんが甘やかさなかったせいもあるけど、帰郷してすぐ食堂作りに取りかかったところがすごい。ポジティブ‐シンキングと達観ぶりに脱帽です。優れた料理人さんには、職業的な冷静さが身についているのかな。
    どのメニューもおいしそうだった~。雪の中の赤カブ、食べてみたい!

  • 私にとっては、間違いなく、ワースト1の本。感動するくらい面白くなかった。

    物語の設定が嫌いなわけではないのだけど、主人公に魅力がなさすぎる。なんて自分勝手でエラそうで周りに感謝をしない人間なんだ。というか、「これ素敵でしょ?ねぇこれってオシャレでしょ?ね、素敵でしょ~!!」って作者に言われ続けているような気持になって、ゲンナリした。

    いろいろ伏線ばらまいてるのかと思ったら全然回収せず終わってアレ?って思って、おまけの一話がついてたからこれで納得できるのかと思ったらますますアレ?ってなって、この一話要るか?と思ってしまった。

    ブタを捌くシーンだけは別の物語を読んでいるような気持ちになって、面白くはないけどそれまでの「これって素敵でしょ攻撃」からは解放されて、何故か気持ちが楽になった。

    ひどいレビューですみません。私にとっては面白くなかったです。

  • 命をもらってたべて生きていく。

    あしたもあさってもその先も
    決意と自信をみなぎらせ

    食べて生きていく。

  • ほのぼのといっていいのか悪いのか。

    主人公の折れてしまいそうなキモチ、
    時に痛いほどわかってしまった。

    失恋した女性にはおススメです。

    主人公の再生があなたを救う!

  • とにかく主人公に全く魅力を感じることができません。
    逃げてった彼はえらいな~よく我慢したよ~
    きっと最後のほうはお金がたまるまでと指折り数えてたのでは?
    主人公の女性はとにかくうっとうしくて、何かが起こると
    私は一切悪くないのに・・・・てな感じになりこんな事を私にする、言う人間は可哀想で、愚かな人ね。ってなぜかいつも上から目線なのである。
    主人公が一切魅力がないので、さも美味しそうに書かれている料理も
    私には一切美味しそうには感じませんでした。久しぶりに買って損したなぁと思う本です。

  • スープストックのジュテームスープを飲んだときから気になってた一冊。
    映画化されてたけど見に行けなかった〜

    気に入った表現が何ヶ所もあった。あとでメモろう。

    食堂かたつむり行ってみたいな〜あたしにはどんなお茶が出てくるんだろう?

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([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)の作品紹介

同棲していた恋人にすべてを持ち去られ、恋と同時にあまりに多くのものを失った衝撃から、倫子はさらに声をも失う。山あいのふるさとに戻った倫子は、小さな食堂を始める。それは、一日一組のお客様だけをもてなす、決まったメニューのない食堂だった。巻末に番外編収録。

([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)はこんな本です

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