- Amazon.co.jp ・本 (153ページ)
- / ISBN・EAN: 9784591121566
作品紹介・あらすじ
朝遅く、宿の窓辺に閃々と降り注ぐ光の中で、冬の蠅は手を摩りあわせ、弱よわしく絡み合う。-透明感溢れる文章が綴られた美しい療養地の情景が、冷酷な真理を際立たせる、梶井基次郎『冬の蠅』。「初めて春に逢ったような気がする」そううそぶいた級友の岡村は自死を遂げた。-若者の胸に去来する青春の光と陰を描いた、中谷孝雄『春の絵巻』。「癩病」を患い虚無に浸る尾田は同病の義眼の男に出会い、その死生観を大きく揺さぶられる(北條民雄『いのちの初夜』)。真摯に生き、紡ぎだされたもう一つの青春。
感想・レビュー・書評
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佐伯一麦「芥川賞を取らなかった名作たち」で取り上げられていた北條民雄の「いのちの初夜」を読みたくて買った本。
短編アンソロジーの百年文庫のなかで、生と死をテーマにした巻。
編集者の意図を尊重し、順番に梶井基次郎「冬の蝿」、中谷孝雄「春の絵巻」と読み進み、最後が「いのちの初夜」。
やはりすばらしい作品でした。戦前の発表ですが、文章に古びたところがなく、重い内容ながら最後には希望のようなものもあります。
これと比べると旧制高校生の青春を描いた「春の絵巻」が浅薄なものに感じてしまいます。こちらも青春小説としてなかなか良いんですけどね。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
梶井基次郎の、身体が病気でおそらく心も病的になっているからこその命の実体感。冬に辛うじて生きている蝿と自分を重ねるなんて、よほどでないとできないだろう。
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北條民雄「いのちの初夜」
ハンセン病に罹った主人公・尾田は、人生に絶望して死のうと思いながら、死に切れぬまま病院まで来てしまう。病院でハンセン病に罹りながら重症患者の世話をする義眼の男・佐柄木に出会う。彼とのやり取りの中で、新しい生きる道を模索し始める。本書の冒頭で、「死のうとしている自分の姿が、一度心の中に入ってくると、どうしても死に切れない、人間はこういう宿命を有(も)っているのだろうか」と言わせている気持ちが良く分かる。人は死のうとして死ねるものではない。しかし、ふとした瞬間に死ねるものでもある。狂おしいほど死にたいと考えるほどに死ねないのだと思う。当時、人が醜悪なものとして扱い、誰もが遠巻きにするハンセン病、主人公はなんと深い闇に落ちたものか。それでも死ぬことよりも生きることを考え始める姿が力強い。著者の北條氏自身がハンセン病を病み、若くして亡くなった。生への、あるいは、創作への強い意欲を感じる作品である。世の中にあまり知られていないことがもったいないと思う。 -
北條民雄『いのちの初夜』
ハンセン病に罹った作者の私小説的な短編だが、社会と隔離され差別されていた当時の患者達の世界と心情をリアルに写していて重い読後感が残る。36/100 -
白で、死をイメージした小説ばかりだった。
「冬の蠅」
体調がすぐれないわりに、元気に出歩いているではないか。
なんて、つっこみたくなってしまった。
水を打ったような静けさの中、谿と対峙している、その展望の厳しさとその時の心持が「白」なのだろうけれど、この人の日々の生活は「灰色」のように、私には感じた。
「春の絵巻」
石田の不器用さがリアルに描かれている。
経験のなさ、若さがほほえましい。
岡村の死には、あまり共感ができない。
登場した姿が死を予感させたが、その饒舌さからの死は、私にはリアリティがない。
ひどくコンプレックスを持っていた、何かつらい過去があった、ということは感じられるが、ここに描かれている岡村からは、力のようなものを感じる。
そんな人が、亡くなる、という違和感を描きたかったのかな。
「いのちの初夜」
この小説は心に響く。
作者の命を削って書かれた作品なのだろう。
そんなに簡単に死ねるものではない。
死ねないということは、実は生きたいということなのだ。
ライ病は恐ろしかったろう。
コロナなんかよりも、100倍も恐ろしかったろう。
絶望しただろう。
嫌悪しただろう。
人間でなくなった、と思う。
それでも、苦しみ悩み生きている命を強く感じる。
体は朽ちていっても、全力で生き抜こうという決意。
そこにたどり着くまでに、どれほどの絶望を味わったのだろう。
普段は考えないようなことを感じさせられた思いがした。 -
梶井基次郎『冬の蝿』
中谷孝雄『春の絵巻』
北條民雄『いのちの初夜』 -
2012.10.8読了。
「白」というテーマで、三編とも最終的に「生命」につながるかー。『白』の出し方はそれぞれなので面白いんだけど。