新・幸福論

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著者 : 五木寛之
  • ポプラ社 (2012年3月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591126950

新・幸福論の感想・レビュー・書評

  • 童話「青い鳥」兄妹が部屋に戻ったら青い鳥がいた。原作ではでその後すぐに鳥は逃げてしまうらしい。そして今の日本が、青い鳥が去った後の状態だという。それでも皆幸せを探している。

  • 現代の若者はある程度幸福であることは自覚している。しかし、将来への漠然とした不安が心の底からの幸福を妨げているのではないか。若者が不安なくイキイキとした人生を送れる国を取り戻すために国のカタチを変えていく必要がある。

  • 五木寛之のエッセイ。80年日本を生きてきた人の「幸福とは?」が語られている。日本の総中流が生んだ弊害…どこの国でも貧富、支配者と被支配者がいる真実に覆いをかけてしまったという点には納得。自分の本当の立ち位置を知るべき。読みやすい作品。

  • 幸福とは何か? 普段あまり考えなくなったが、一度しっかりかんがえるには、よいきっかけを与えてもらえる本だと思う!

  • 著者の本は、好きなほうで、少しは読みましたが。

    この本は、あまり内容的にはインパクトもなくありきたりだったような気がします。
    人間の覚悟や、他力は非常にインパクトがあって面白かったのですが、この本はそこまではないかと思いました。
    同じタイミングで買った「親鸞」に期待

  • 「青い鳥」の飛び去った空しい日常の中で、自分なりの幸福を探す事ができるか。探す自由がある事そのものが幸福と思えるか否か。そのために必要なのは人間の情感・センチメントであると。

  • 五木寛之の作品は、前向きな表現はあえてせず、現実的な悲哀を必ず文面に含ませて入る気がする。そうした中で「新・幸福論」はどうか、これからじっくり読む。

  • 読んでいて「ふ~ん。なるほどね~」と思いながらも内容がピンとこなかった。
    私の心に添うような話がなかった。

    幸福のイメージは、時代とともに変わる。
    百万人の人間がいれば、百万通りのちがう幸福がある。
    としながら、
    幸福の国ブータンを、金子みすゞの詩を、タイトルにあるメーテルリンクの「青い鳥」を、「星の王子様」を、「カモメのジョナサン」を取り上げて、そこから幸福とはどういうものか、という作者の考えを述べた本。

    まず、序盤に取り上げられた金子みすゞの詩「大漁」という詩から語られる幸福論。
    「なるほどね~」と思いながらも私は違う考えだな・・・と思った。
    その詩というのは、鰯が大漁に捕れて、人間たちは喜ぶ。浜は「祭だ」と喜ぶが、その影では、海の中では魚たちのお弔いがされているだろうという詩。
    ここから作者は、
    『金子みすゞは、人間にとって大事な感覚をもって生きていた詩人です。
    しかし、世俗的な意味では、必ずしも幸福ではありませんでした。』
    『人生のあらゆることに、残酷な真実を見てしまう。そして素直に幸福をよろこべない。そんな心を病める心というならば、魚がかわいそう、というのはまさしく病める心の状態です。』
    と書いている。

    確かに、素直に「大漁だ!大漁だ!」と目に見えるものをただ見て喜ぶというのが素直で健やかな感覚かもしれない。
    でも、その裏側にあるものも見る、見られる繊細な感性というのは、反対の状況の時にも生きるものだと私は思う。
    人が何も感じずに通り過ぎる中にもそういう人は幸せを感じられる。
    悲しみも喜びも幸せも人の何倍も何十倍も味わえる人だと思う。

    同じように幸せというのは、そのものでなく、幸せを感じる力のことだと私は思う。
    それは、美味しいものを食べて幸せ~というのとは違う。
    何故なら、その幸せはその美味しいものがないと感じられない。
    だから、そのものが無くなったら・・・という不安と背中合わせの幸せだと思う。
    そうでなく、もっと自分の内なる中にある動かない幸せ感が幸福なのだと思う。

    所で、この本のサブタイトルに使われている「青い鳥」の原作では、青い鳥は見つかるものの、最後に逃げてしまうのだそうです。
    そして、エンディングは「どなたかあの鳥を見つけた方は、どうぞぼくたちに返してください。ぼくたち、幸福に暮らすために、いつかきっとあの鳥がいりようになるでしょうから」というチルチルの悄然としたセリフでしめくくられる。
    何てはかなくあっけない幸福でしょう。

  • 家にあったので読んでみました。おもしろかったです。
    さすが、五木寛之氏。落ち着いた文体で、しみじみと幸福について語っています。

  • ちょっとした喜びを感じる感情のひだが大切で小さな幸福が生きる力になる。だから日常の中で自分の好きなこと、自分にとってすごく気持ちがいいこと、幸福感を感じることを大事にする必要性を今一度、思い出させて頂いた。

  • 私もポジティブシンキングで考えたいが、常に反対の思考も沸き起こる癖がある。
    「幸福の中に不幸があり、不幸の中に幸福がある」、そんな同居した感覚は五木寛之でなくとも、日本人が持っている感覚だと思う。
    そう感じながらも努力もし、上を目指すだろう。
    移り変わり変化する社会の中で、思考し感じることも変わっていく。
    幸福と感じ、不幸と感じることも、この社会と共にある。
    最大多数の幸福に近づけるために、自助努力で自立し、ほどほどの満足で良しとしなければならない。

  • 幸福は身近なところで自身で見つけ出していかなきゃならない。
    そんな気はしていたけれど、これを読んで確かにそう思った。
    幸福を探し得る自由な状態にあることに感謝。

  • 仏陀の言葉「愛別離苦」の言葉が忘れられない。得た幸福は必ず失う。得た人とは必ず別れる。これ真理。

  • 格差社会の中で、一流の会社に勤めることが幸せとは言えない。少子高齢化社会の中で長生きすることだけが幸せではない。何が幸せなのか、新幸福論では、語られていない。美しいものに触れるなど小さな幸せを大切にしたいと筆者は最後に述べていた。

  •  タイトルは「新・幸福論」。「新」というからには、元となる「幸福論」があるのでしょう。アランの「幸福論」を意識したのかもしれません。アランの著作が「論」というより「幸せ」をテーマにしたプロポ(哲学断章)であったのに対し、こちらは五木氏得意のエッセイ集です。
     本書を通底している五木氏の思考は、決して幸せになるための「明るく活力に満ちたプラス思考」ではありません。「普通の人びと」の視点から現実をとらまえて、ある種の諦観も心に持ちながらの生きる姿勢を書き綴っています。

  • 単なる自分メモ---

    『アウシュビッツの音楽隊』の序文(フランスの作家ジョルジュ・デュアメルによる)。

    この書物は私たちにドイツの収容所の人殺したちが音楽を愛していたことを教えてくれる。そうだ、聖なる音楽、気高い音楽もまたこの恐ろしい運命の巻き添えになることを避けることはできなかったのだ。
    自分は今までクラシック音楽というものを信じていた。クラシック音楽というのは人類の魂の最後のよりどころだと思っていた。だが、これを読んで、その最後のよりどころと思っていたクラシックへの信頼までもが根底から破壊されてしまった。

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