きみはいい子 (一般書)

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著者 : 中脇初枝
  • ポプラ社 (2012年5月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591129388

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きみはいい子 (一般書)の感想・レビュー・書評

  • ごはんを作ってもらえなくて、献立表を暗記するくらい給食を楽しみにしている子。

    母にされた虐待をなぞるように、公園から戻って玄関のドアを閉めた途端
    貼りつけていた笑顔を剥がし、娘を執拗に叩かずにいられない母親。

    継母によるネグレクトを知ってこれ見よがしな同情を寄せる人の前では虚勢を張り
    「ほんとにうそつきだなあ」と屈託なく笑うおっとりした友達の家に入り浸る子。

    障碍を抱えた子に思いが伝わらないことに疲れ果て、思わず手をあげてしまう母親。

    惚けて我が子を虐待したことなど丸ごと忘れ、こどもに還ってしまった母を
    電車の中に置き去りにしてしまいたいと、ホームで逡巡する娘。

    みんな、あまりにも苦しくて、せつない。

    それでも、「きみはいい子だよ」と不器用に抱きしめる先生がいて
    「べっぴんさん」と呼びかけてホットケーキを焼いてくれるママ友達がいて
    虐待を嘘にしてしまいたいこどもの気持ちを静かに受け入れ、
    我が子と穏やかに遊ぶひとときの幸せを、祈りをこめて提供する父親がいて
    惚けて万引きする困ったおばあさん扱いされても、
    障碍を抱えるこどもに悩む母親に「またおいで」と言ってあげられる人がいて
    虐待を繰り返した母が、目に入った砂を舌でぺろんと舐めてくれた
    たった一度のやさしい記憶を公園のブランコが呼び醒まして

    全ての物語に、ささやかだけど温かい救いの手を差し伸べた中脇さんに
    深い尊敬をこめて、ありがとうと伝えたい。

    家を閉め出されて公園で途方にくれている子に迎えが来るまで
    コップ酒を片手に素知らぬ顔で見守り続けたおじさんのように
    誰かが心細い思いに震えているとき、
    小さくても自分にできる何かを、ちゃんと探すことのできる人でありたい、
    そう思わせてくれる名作です。

  • 願いがつまっていた。
    残酷な現実の中に幸せのカケラが落ちていた。

    物語は5つの短編からなる。

    「サンタさんの来ない家」
    学級崩壊が進む担任と、5時まで家に帰ることができない神田さんの物語。
    とても印象が残る終わり方だった。

    「べっぴんさん」
    子どもを虐待してしまうママの物語。
    虐待を受けずに生きてきた人生が幸運だったと感じてしまう。
    子どもへの接し方を考えさせてくれる。
    大人どおしの接し方も気づかせてくれる。
    はなちゃんママが手を握りながら伝えた言葉 ”べっぴんさん”
    言葉ひとつで相手の人生を変えようとし、その子どもの人生に未来を与えたことに静かに感じ入った。

    「うそつき」
    だいちゃんの真実をうそつきと言って気にしない優介。
    だいちゃんを見守る優介の両親がいい。
    他所の子を見守る近所関係をもう知らない。
    私が子供の頃にあった、確かにあったけど、もう知らない、聞かない。
    振り返るとやっぱり地域で子どもを育てていた時代は幸せだったと思う。自分の一生を支えてくれていると思う。

    ミキの黄身物語にもほっこりした。

    「こんにちは、さようなら」
    記憶が薄れていくおばあちゃんの物語。
    おばあちゃんの孤独と、障碍をもつ親の孤独が、子どもを通して重なりあう。
    人は人と接することがとても幸せなことだと伝えてくれる。
    障碍を持つ子どもの素直さを伝えてくれる。

    「うばすて山」
    虐待を続けてきた母が認知症になった。
    妹に預けていた母を3日間だけ預かることになった。
    認知症の一面を突きつけられる。
    「母」しか知らなかった かよ。かよが母という一人の存在を振り返っていく。かよの最後の言葉が強く重い。


    静かに読み終えた。
    今までの人生を振り返ってしまう物語だった。
    早くに失くした母親の事。
    まだ子どもだった頃の家族の映像が一気に蘇ってきた。
    裕福ではなかったけど幸せだったとわかる。今なら。今だから。

  • 苦しかった。ただただ苦しかった。
    虐待ものの作品をフラッシュバックなく読めるようになった自分にちょっと成長したのかな、と感じた。

    私もよく見えない子になった、透明な存在しない子になった。自分の事を愛せない、だから当然他人の事も愛せない。自分の子供は幸せに育てようと心に決めたのに自分を愛せない。

    今は親も虐待するほど精神的に苦しかったのだろうと思えるようになったし、ゆっくりですが自分の事も愛せるようになった。そして色々な人を信じられるようになりました。だけど時折ものすごい嵐が心の中に吹き荒れる。どうすることも出来ずに、自分自身に打ちのめされるともある。

    だけどこうして生きている。
    生きている意味や理由もわからないけど、生きててよかった…と意味もなく感じることが出来るようになった。こう思えるようになっただけ心は安定していると思う。

    そして虐待され続けた私が行き着いた心のよりどころ
    希望が“音楽”と“読書”でした。音楽や本の世界に入ってしまえば、そこは自由だから。

    こうして本の楽しみに出会えた幸せはありがたいと思う。



    ・サンタさんの来ない家
    ・べっぴんさん
    ・うそつき
    ・こんにちは、さようなら
    ・うばすて山

    サンタさんの来ない家、べっぴんさん、うばすて山がきつかった。気持ちが分かるだけに心が痛みました。軋みました。こうして虐待のことが世間に広がって、手が差し伸べられる機会がどんどん増えますように、願わずにはいられませんでした。

  • 新興住宅街の同じ町を舞台に、連鎖する虐待や学級崩壊、介護などをとりあげた連作短編集。
    深刻な題材の割にはさらりと読める切り口で、さまざまな角度から見えるために風通しがいい感覚があります。

    「サンタさんの来ない家」
    桜が丘小学校の教師になって2年目の岡野。
    1年目に学級崩壊させてしまい、何とかそうはならないように必死で食い止める日々だった。
    クラスの中で給食をいつもおかわりするカンダという子の異変に気づき、この子だけは助けようとする‥
    今の教師の大変さを知らない人には、読んでみてもらいたい気がします。
    従妹が教師で、似たような話を聞いたことがあるので。

    「べっぴんさん」
    公園に集まるママ友といる間だけは、娘のあやねを怒鳴らないでいられる母親。
    他のママたちだって、家では虐待しているに違いないと疑っていた。
    はなちゃんママの家に遊びに行ったとき‥

    「うそつき」
    自営業15年、子供の学校のPTA会長をしている杉山。
    長男の優介は4月1日生まれでクラスの中で遅れがちだが、だいちゃんという友達が出来た。
    だいちゃんは家で世話してもらえないらしい‥
    幸せなひとときがあった記憶が、だいちゃんを救ってくれるようにと思う。

    「こんにちは、さようなら」
    老いてから戦争中のことなどをいろいろ思い出す女性。
    小学校の通学路にあるため、1年生は毎年春に玄関ベルを鳴らしていく。
    いつも道で会うと挨拶をしてくれる可愛い子に、じつは障碍があると知るが‥
    謝りに来た若い母親に、とても良い子だと話すのだった。

    「うばすて山」
    子供の頃に虐待された母を一時だけ預かる女性・かよ。
    虐待されなかった妹がいつもは世話をしているのだ。
    母は認知症で子供に戻ってしまい、娘を育てた記憶も失って、自分の母のもとへ帰りたい様子なのを、ずるいと思う。
    高校の頃、母を愛せない自分が悪い子なんだと思っていたときに、担任の先生が「そんなにひどいお母さんなら、嫌いでいいんだよ。無理に好きになる必要はないんだよ」と言ってくれたこと。
    母親に優しくされた遠い記憶を一つだけ、思い出す‥

    いい記憶を一つだけ、大事に抱きしめて。
    その愛おしさが希望になりますね。
    ほのかにあたたかい余韻が残りました。

  •  泣きながら一気読み。
     叩かれても、蹴られても、子供は親が好き。親に褒められたくて、「いい子だね」って言われたくて、どうしたらそうなるだろうって、小さい体で、いっぱいいっぱい考える。

     夕方5時まで家に帰らせてもらえない子、自分だけ、「ちゃん」付けで呼んでもらえない子、何をしても怒られる子。
     みんな、原因は自分にあるのだと考え、どうすればいいのだろうと、その小さな体でいっぱいいっぱい考える。そして、一生けんめい直そうとする。

     子どもは、私が考えていたよりも、ずっと賢くて、強い。けれど、やっぱり繊細で、大人の私より、ずっと壊れやすい。
     こんな当たり前のことに、この作品を通して、とっても大切なことに思い至ることができた。

  • 読もうかどうしようか、躊躇していた本。
    丁寧な文章で、児童虐待をテーマに書かれています。
    5つの短編の中には虐げられている子供に目を向けたものもあれば、虐待している母親の語りの作品もある。かつて虐待を受けた娘の話もある。虐待の連鎖はかなしい。
    虐待を受けている子どもの姿が浮かび、胸に突き刺さってきました。
    自分ではどうにもできない子供の辛さがを思うと、かわいそうな気持ちと虐待に対する怒りでいたたまれなくなります。
    真正面から書かれている重みがありました。
    それでも小説の中で何かしらの救いがあってほしいと願い、そう思えた場面は涙をこらえて読みました。
    虐待が子供の心を傷つけるということがずしんと重くのしかかる。
    どんなに残酷なことか心が痛いです。
    現実にもし虐待されている子が近くにいたとしたら…、その子を思いやっていることを何かの形で行動に表してあげたい。知りませんでは悲しすぎる。

    読み終えて、感想を書くのもまた、とても難しかった。
    世の中から消えない虐待を思うと重苦しい気持ちになってしまうから…。
    もう50歳になってるというのに、ショックをうけてしまい、自分が甘ちゃんなのを思い知るよう…。
    全く本の感想とはいえず、感情の吐露になってしまいました。

    WEB本の雑誌の「情熱読書会」を読んで皆さんの熱意に心打たれました。
    白熱しているその場の空気が伝わってきて、とても良かったです。
    私と同じように感じている書店員さんや、慈愛のこもった言葉で語ることのできる書店員さん。小説の中の人物に思いを注ぎ、心を揺さぶられているのを言葉にし合っている。
    自分の読書と重なり、ジーンとして感動…。
    座談会を読んではじめて、この本を読んで良かったと思うことができました。
    本当にこの本は、自分の中に刻まれました。

  • 生きづらさを抱えて、毎日を生きている子供や大人を描いた短編5編が収録されている。親から虐待されてもなお、愛情を得たいと願う子ども。大人になってなお、子供の時に親から受けた虐待によって苦しみを引きづる人。その周りの彼らを見守りながら、状況を理解し手を差し伸べる人達。

    第一話「サンタさんの来ない家」は虐待を受ける小学生の男の子と教員になって2年目の男性教師の話。最初、先生が教師として空回りしたり、なかなか児童のことを理解できず上っ面だけを捉えている様子が湊かなえの「告白」に登場する男性教師を思い出させ、読みながら心拍数が上がる感じがした。けれど、この先生は自分の教師としての至らなさを自覚し、目の前の出来事から逃げなくなって、現実と向き合う覚悟を持ったあたりから、しゃんとするようになった。わずかだけれど虐待されている児童と心を通わせ、見守り、「君はいい子」と認め、「君のことを大切に思う大人がいるよ」と態度で示す。辛い内容だけれど、一筋の光がさし、温かい気持ちが沸き起こる。

    子どもには幸せであってほしい。何らかの事情で親から十分愛情が得られないときには周りの大人から大切にされていると感じられたらいいのに、と思う。それでも、毎日苦しいと思いながら生きている子どもには、おとなになるまで生きて、そこから挽回して幸せになろうよといいたい。そういう希望が持てるような環境を提供してあげたい。

    おとなになるって結構いいねと思ってもらえるようになりたいものです。

  • 思っていたほどに残酷な描写が少なくて、どこかに救いのある終わり方だったので、よかったーと安堵のため息が出ました。
    題材が題材だけに、きついし重いし怖すぎる。

    新任の先生、一年生の学級崩壊、いじめ、モンスターペアレント、給食費未納、義父の虐待…とのっけからかなりシビアな問題を詰め込んでくるので、来春小学校に入る娘を持つ身としては、現代の小学校がもはや伏魔殿としか思えない。
    ああ、恐ろしい。

    その後も、自分の子にも虐待を繰り返してしまう母親や、嘘で自分を守る子供たち、障害がある子と母親、かつて虐待された母が認知症になり複雑な思いを抱く娘と、遠い世界のようですぐ身近にある問題が描かれていて、ただのフィクションとして読めないものがありました。
    あーあ。

    舞台の町がやや住んでる町と似ていることもあり、なんかほんとにやりきれない気持ちです。

  • 読んでいて、これは自分のごく身近で起こっていることなのではないか・・・・

    そんな錯覚すら覚えた本。

    学校に勤めているということ。

    そして小さな子どもを持っているということ。

    家を持ち、ローンを抱え、自分の人生がある程度見通せるようになってきたこと。



    専業主婦ではない奥さんにとって公園づき合いだったり

    ママ友づき合いはけっこうドライにできている。

    そこは何かホッとした面でもあった。

    家に子どもと過ごす時間の長さってこれほど

    視野を狭めていくものかと、この本を読んであらためて実感した。



    そして学校に勤めているからこそ

    とってもリアルに感じたのは

    親から虐待を受けたり、ネグレクトな状態

    この本に書かれていることは決して大げさでも何でもないということだ。

    活字にするとここまで残酷だと思うことが

    学校という現場では当たり前のように語られている。

    だから、決して遠い話だとは思わなかった。

    明日のあの子の話でもおかしくはない。



    自分にとってはリアルな本だ。

    そしてここまで書いたかというすごい本でもある。

  • 桜ケ丘という地域を舞台にした5編の短編集。
    全て“虐待”という重い内容がテーマなので好き嫌いが分かれるだろうと思う。
    私も読み始めは気分が重かった。
    読み進めるにつれ 痛々しくて胸がえぐられるような思いがする。
    だからといって登場人物達には「絶対に共感できない!」と
    胸を張って言い切れる自分でもないと思った。
    自分も育児をする中で似たような思いに駆られることがあったし、今も何が正解かは分からない。
    もしくは身近な誰かがこういう思いに沈んでいるかもしれない。
    難しいテーマなのに読み終えてどこか静かな穏やかな気持ちでいられるのはきっとどの短編でも最後に明るい兆しが見えるからだろう。
    『こんにちは、さようなら』で障碍のあるひろやくんが語る“しあわせ”にウルウル(T_T)
    そうだよね、私たちはきっと必要以上に求めすぎるから辛いと思ってしまうんだ。

    昨年8月から図書館の順番待ちしてやっと読めた。
    読んで良かったと思える1冊。

  • 虐待をテーマにした短編集。
    あちこちで評判が良いようなので手に取ってみた。虐待をテーマにしている割には上っ面だけを描いている綺麗事のような感じがする。それだけ虐待を正面から取り組むと言う事は難しいと言う事か。それとも作者の意図か。
    事件になるほどではない日常に潜む虐待を描いたと考えれば納得。
    文章はとてもきれいなので、他の作品も読んでみたいと思った。

  • おとなって、時に残酷ですよね。
    こどもも、時に残酷ですよね。

    いじめとか虐待とか
    大昔から存在していて
    もしかしたら人間がこの世に誕生した時からあったものかも。

    親になる年齢に達してこの本を読んだわけですが

    誰も我が子をいじめっ子に育てたいとは思わないし
    いじめられてほしくないと思うだろうし

    はなから虐待しようだなんて思わないであろうし(これは難しい問題だけども)

    自分に子供ができる日が来たならば
    その子がどうあろうと
    ただただ抱きしめてあげたい、と

    なんなら、他人の子でも抱きしめてあげたい、と

    じんわりと温かく、切ない気持ちが溢れる一冊でした。

  • どんな人も、「きみはいい子」って肯定されたいんだよね。

    どんな親もの、完ぺきな人なんていない。
    子供にとっても、どんなお母さんでも、やはり大好きなんだよね。
    そして、お母さんも、いっぱいいっぱいだったりもするんだよね。
    『こんにちは、さようなら』を読んで思い出した。

    去年の今頃、避難訓練の話を朝の集団登校で聞いて怖くなり動けなくなり、ご近所の方が見ていてくださった時に
    「大丈夫だよ。子供はね、地域で育てるものなんだよ」
    と言ってくださったことが、涙が出るほどうれしかった。
    離婚をして、縁のない地域に息子と二人暮らしをして、とにかく肩肘張って生きてきたけれど、子どもにとっても、親の私にとっても、温かい人とも交流が必要なんだと、本当に思った。

    きっと世の中には、この本に出て来るような、いっぱいいっぱいの親子がいるんだろう。
    そして、そんな親子に、温かい手が差し伸べられますように。

    私ははなちゃんママみたいになれるかな。

  • 2013.3.23
    初作家
    それぞれの家のお母さん、優しかったりこわかったり、でも触れたいのは、やっぱりお母さん。
    自分が母親になってみて初めてみえる事もある。

  • 「きみはいい子」
    この一言で何人の子どもが救われるんだろう。
    そんなことを考えさせられました。

    虐待をしてしまう親と救いを求めることができない子どもたち。他人の家の中なんて覗くこともできないし、どんなことが起こっているのか考えたこともなかったけれど、私の近くにも救いを求める人がいるのかもしれない。
    読んでいて辛い話もあるけれど、この本の中には愛をもって光になってくれる人がいました。本当に良かった。
    良かったと思う反面、現実にはその光すらない暗闇の中で命を落としていく子どもがいることを思うと悲しくて仕方ないです。
    自分が親になるとき、もう一度読みたい本です。

  • 泣きました。
    そして一気読み。
    ページをめくる手が止まらなかった。
    読み終わると「きみはいい子」というタイトルの持つ重要性がわかる。
    子どもは祝福されて生まれ、愛されて育つべきだと、常常思っている。
    それが叶わない現実があることも知っているけど。
    誰かに「いい子」だといって抱きしめて貰った記憶があれば。
    人間、そんなに間違わないのではないか、と思わせてくれる1冊だった。
    いろんな角度から「虐待」という状況を描いているのが、また良い。
    シビアな状況の中にも、必ず救いの手がある。
    そこが逆にリアルに感じられた。
    ま、その手からも漏れてしまう子もいるんだけどね。

  • 本屋大賞2013ノミネート作品4冊目。

    桜ヶ丘という街を舞台にした、親子にまつわる短編5作品。
    虐待という重たいテーマではあるが、最後にはほのかな灯りが見えるようなお話。
    子育ては、家庭だけではなく地域でするもの。また、ひととの関わり、思いやりの温かさを自然に伝えてくれる作品。

  • 静岡書店大賞?を受賞して地元・沼津市の本屋でフューチャーされいたこの本。たまたま大学の図書館に置いてあったので読む。全体的に虐待の話が多くて読んでいて苦しくなるところもあった。


    「サンタさんの来ない家」
    こういうの読むとやっぱり教育現場に携わりたくないなあと思ってしまう。私立は私立で大変なんだろうけど、公立小学校・中学校はいろんな家庭環境の子が集まって、生徒一人一人40人分のことを考えて動くなんて、私にはできない。その子たちのために全力で動ける動機も自信もない。大学でなんとなく教職を取る(生きるための手段、安定した収入を得る手段として)人が多いけど、そんなんに自分の子どもの面倒見られたらたまったもんじゃない。この主人公もなんとなく教師になった人間だったけど、それぞれの生徒とすったもんだあった後ちゃんと生徒と向き合えたからよかったものの・・・。
    先生も、生徒も、街も、全部「よせあつめ」。

    日常生活、小学生とかかわらなくても、相手になんといったらいいかわからない場面はいっぱいある。言葉に詰まって何も言えなくなる時もある。でも、大事な人とはそこで終わらせたらいけない。どうしたらいいかわからなくてもとりあえずそばに寄り添っていたい。と思いました。


    「べっぴんさん」
    子どもに虐待してしまう母親の話。
    汚い澱んだものが自分の中に渦巻いて、ダメだと思いつつもその行為をしてしまうことは誰しもある。
    「あたしの中に水たまりができる」「澱んだ水があふれだした」
    日々の暮らしの中で誰しもこう感じることはある。暗い話だったけど、少し共感はできた。

    「うそつき」
    最後のページより
    『ぼくは知っている。たとえ別れても、二度と会わなくても、一緒にいた場所がなくなってしまったとしても、幸せなひとときがあった記憶が、それからの一生を支えてくれる。どんなに不幸があったとしても、その記憶が自分を救ってくれる。』
    この部分がこの本全体で言いたいことなのかなあと思った。

    「こんにちは、さようなら」
    切なかった。過去の綺麗な、大切な思い出しか残っていないおばあさん。両親も死んで、結婚も嫌な思い出で、生きる時間が止まっていて自分が生きていないかのように感じてしまう。
    でも着実に自分の住む街も、自分の体も変わったり衰えたり。その変化に心がついていかない、その切なさはすごくわかる。
    『ときどき、自分がこの世に生きているのかどうかわからなくなるときがあった。わたしは自分が生きていると思っているだけで、本当は生きていないんじゃないかしら。あの子がランドセルを揺らしながらあいさつをしてくれるとき、あの子の目にわたしが映っている間だけは、わたしがこの世に、まちがいなく生きていることを感じられた。』
    『同じ道を歩いていても、わたしはもう、汗をかかない。年を取ると、体が、いろんなことをやめていく。汗はかかないし涙もでない。爪も髪も伸びるのがゆっくりになっていく。』
    『いくら掘っても、なにもみつからない。写真一枚、服のきれはしひとつ、みつからない。あんなに大切にしていたものも、みんな、壊れてしまうと、それがなんだったかもわからない。焼けてしまうと、形も色もかわってしまう。』
    『みんなどこへ行ってしまったんだろう。どうしていいかわからないときは、みんなわたしに教えてくれたのに。あきこって、呼んでくれたのに。みんなどこへ行ってしまったんだろう。わたしはひとりぼっちになってしまった。』
    『流す涙があるうちに、いっぱい泣いておきなさい。そのうち、涙も出なくなるほどに、からからにかわいてしまうんだから。あなたには、ひろやくんがいる。わたしには、だれもいない。私の名前を呼んでくれる人もいない。わたしは、ひとりぼっちになってしまった。それを、今さら知... 続きを読む

  • これ、かなりおもしろかったなあ。
    テーマとして、おもに虐待を扱っているのだけれども、その親や子どもの心情の描写がめちゃくちゃリアル、な気がする。
    虐待をやめたくてもやめられなくてもがいたり、虐待されている子どもに向き合う教師の姿やったり、昔虐待されていた親を介護するときの複雑な気持ちやったり。
    一行一行が重くて、はっとさせられることがある。
    全体的に好きな話でおもしろかったけど、なかでも「べっぴんさん」と「うばすて山」が特に好きです。

  • 母親である以上、他人事ではない5つの短編集。どれもジワジワ、ぞわぞわするようなシチュエーションなのだけれど、最後に必ず救いが用意されてて、なんだかなあ、と思った。幸せな人が書いてるんだろうなあ、と思った。

  • 読んでしまった。もう、読む前には戻れない。
    今まさに小さな娘を育てている私にとってはリアルすぎて、単に「とある小説を読みました。はい、次」とはいけない。

    虐待事件が増えています。って、週に1回はどこかで聞きそうな言葉だけど、ひとつひとつのそれに理由があって、結果がある。
    この小説に出てくる5つのおはなしもどれも事情が違うけど、みんな母親の愛情を求めているし、求めていた。

    なのに、なぜ なぜそうなるのでしょう。
    なんともいえない焦燥感に苛まれながら読みました。

    ありがたいことに、小説ということもあってラストは少し希望が持てるようになっていますが、この先ずっと長い子育ての中で折々思い出す本になることは間違いない。

  • 中脇 初枝先生、担当者様(@kimi_iiko)、新横浜三省堂書店様(‏@sinyok_sanseido) ありがとうございます。
    何だろう、本当に、何だろう。
    何も解決してない。重いのに、やさしく明るいのは。
    これが書店員さんたちが言っていた「祈り」なのか。

    一番印象に残ったのは「うそつき」かもしれない。
    いや全部何処かしら引っかかるのだけど

    読んでいる最中、一度いたたまれなくなって娘をハグしてしまいました。
    凄く嫌がられたけど。でも、居てくれてありがとうと思った。
    読めてよかった。ありがとうございました。



    (「うそつき」の最後の最後、お前は人柱力か、とか密かに突っ込んだ腐女子。でもみんなそうだよね~)

  • 本のタイトルは「きみはいい子」
    短篇集なのだが、そういうタイトルの作品は収録されていない。
    「きみはいい子」というのは作者からの、登場人物たちに囁くメッセージであり、同じ経験や悩みをかかえる読者たちの傷を癒す薬草のような呪文なのだ。
    親が自分を叩くのは、私が悪い子だから?
    親が私をかわいがってくれないのは私が悪い子だから?
    子供を叩いてしまうのは、私が悪い子だから?
    そう思って傷つくひとみんなに、「そうじゃないよ。きみはいい子だよ」そう言っている本なのだ。

    『サンタさんの来ない家』
    一生懸命な新任の先生は、2年続けて、受け持ちのクラスを崩壊させてしまう。

    『べっぴんさん』
    思い通りにならない子どもに手を上げ続けてしまう。
    外面はつくろわなくてはいけないのに、何かと関わってくる、鈍感なママ仲間がうっとうしい。
    どうして放っておいてくれないのかしら。

    『うそつき』
    記憶の中のだいちゃん。
    かなしい。

    『こんにちは、さようなら』
    戦争があった。
    生き残ることだけを考えて、生き残った。
    けれど、長生きをしすぎて、知った人もいなくなってしまった。
    道ですれ違う小学生たちの中で、一人だけ挨拶をしてくれる男の子がいた。

    『うばすて山』
    おかあさんは、私に厳しくつらく当りつづけたことをさっぱり忘れてボケてしまった。
    だけど私は忘れることはできない。
    おかあさんはずるい。

  • 郊外にある新興住宅地を舞台に繰り広げられる群像劇。

    学級崩壊をおこしてしまう新人教師、育児放棄された子ども、自身が幼少時代に虐待された経験から、わが子にも同じことをしてしまう母親、社会との関わりが途絶えて孤独に暮らす老人、障碍を持つ子どもとその母親・・・。 何度も涙がでてきてしまうので人前ではなかなか読むことができなかったです。

    読んでいる途中、保育園にいる息子に会って抱きしめたくなりました。

    不幸な境遇の人ばかり出てきて読んでいて辛くなるのですが、その人たちを見つめる暖かいまなざしが必ず傍らにあるのが救いでした。

    人を最も不幸にするのは孤独なんじゃないか、つまり差し伸べてくれる手があれば人は生きていけるんじゃないかとこの本を読みながら思いました。

    初めて読む著者の作品ですが、この人はどんなひとなのだろう、と興味を持ちました。

    読み終えてから映画化されていることを知ったのだけど、これを映像で観るのは辛いなぁ…

  • 短編集。胸が痛むお話ばかりでした。特に『べっぴんさん』は身につまされる思いがしました。子どもが大きくなった今はイライラすることも少なくなりましたが、小さい時は時間に追われて常にイライラ、子どもは思い通りに動かないし、どこにも持っていきようのないイライラを子どもにぶつけていました。手をあげてしまったこともありました。でも直後、じんじんする手のひら以上に、激しい後悔と自己嫌悪で泣きたくなりました。なので、あやねちゃんママが、はなちゃんママにぎゅっと抱きしめられて「大丈夫だよ」と言ってもらえたことに救われる思いがしました。
     育児中は孤独な気持ちになります。特に現代は干渉を嫌い、人との交わりも最小限しかもたないような気がするので、狭い世界での子育てになっているのかもしれません。
     『サンタさんの来ない家』の岡野先生が本当にダメな先生なのか、それとも保護者の側がダメなのか、読み終わった今でもわかりません(苦笑)
     『うばすて山』も他人事ではないような思いです。
     このままでよいのかともやもやさせられる本ですが、考えずにはいられません。  

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ある雨の日の夕方、ある同じ町を舞台に、誰かのたったひとことや、ほんの少しの思いやりが生むかもしれない光を描き出した連作短篇集。

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