わたしをみつけて

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著者 : 中脇初枝
  • ポプラ社 (2013年7月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591135365

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わたしをみつけての感想・レビュー・書評

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  • 本を読むのと同じくらい、おままごとが好きでした。
    それも、「おかあさん」「おとうさん」と呼び合うおままごとではなくて
    「今日の私は、エリザベス♪」と、金髪巻き毛の女の子になり切って
    小さなティーポットでしずしずとお茶を淹れるような。
    おままごとそのものよりも、「今日の私の素敵な名前」を考えるのがうれしくて。

    そんなふうに、名前に込められた意味やイメージについて想像するのが大好きなので
    初めてピアノのレッスンに来た生徒さんには、必ず「お名前は?」と訊いて
    「うわあ、きれいなお名前ね!」と盛り上がったり
    「あ、そのお名前の入った曲があるよ!」と弾いてあげたりするところから始めます。

    。。。だから、ショックでした。
    名前の由来を訊かれること、言い当てられることを苦痛に思う人がいると知って。

    三月に捨てられたから、弥生。
    三月に生まれたから、ではなく。

    たぶん生まれ月は二月なのに、捨てられ、拾われた月の
    「弥生」という名前を背負って彼女は生きている。
    施設は18になったら出なくてはいけないから、准看護士の資格しか取れない。
    院長がアパートの保証人になるのは一回きり、という規則のせいで
    天涯孤独で他に保証人の当てがない彼女は、
    勤めている病院でどんなに理不尽な扱いをされても、職場を変えられない。

    いい子でなければ、欲しがってもらえなかった。
    いい子だから、と引き取ってもらった家では、
    わるい子でも変わらずに愛してもらえるのか確かめたくて
    ことさらにわるい子を演じ、案の定突き放されて。

    『きみはいい子』で、通りすがりだろうが、ちょっとした顔見知りだろうが
    誰かが「きみは、ほんとはいい子だよ」と語りかけ、見守ることで
    救われるこども(もちろん大人も)がいることを、丁寧に描いた中脇初枝さん。
    でも中脇さんは、ちいさな救済のその先を、ずっと考え続けていたのですね。

    いい子でもなく、わるい子でもなく、わたしはわたし。
    誰でもいいから、「わたしをみつけて」と心の中で叫んでいた弥生が
    「わたしをみつけて、さあ、それからどうする?」と
    人の顔色を窺うばかりだったまなざしをすうっと上に向けるとき
    ああ、このタイトルは、ラストシーンは
    悲痛な叫びじゃなくて、思わせぶりな尻切れトンボでもなくて、
    未来へと繋がっていたんだ!と、ただただうれしくなるのです。

  • 3月に捨てられ施設で育った弥生は、今は准看護師として働いている。「よい子」として生きるしかなかった彼女は自分の心をさらけ出すことが苦手だ。患者とも同僚看護師たちとも距離を置いて表面的に付き合い、深く関わろうとはしない。患者の家族からは医師や師長には決して言うことのないひどい言葉を投げつけられ、医師にはいいように使われている。

    そこへ現れた新しい看護師長。穏やかで優しい目をしていた。
    にこにこと笑顔を絶やさずに応対するけれども決して妥協や無責任な仕事を許すことはない。柔らかな物腰の彼女は、高圧的でなく大声も出さないけれど、すべきことは毅然と貫き通すことができる。

    親に愛された経験がなく、その後も愛情に乏しい生活を強いられてきて、人を信じて委ねることはなかなかできないだろうし、根源的な自信も持てないまま、今に至っている弥生。さらに、身近な人たちに絶対的な信頼関係を築けなかった。自分を解放できる関係を持てず、繭のようなものの中に自分を存在させるしかない。

    新しい師長は看護師たちに意欲や自信を取り戻させ、自分たちの仕事に対する誇りと責任感を再確認させていく。結果、彼女もその繭の中からようやく出ることができた。

    そういったやり取りや一歩踏み出す勇気を持てたことにより、弥生の仕事ぶりが変わっていき、考え方にも変化が出てくる。その上、今まで自分に関わってくれた人たちやその中で自分を大事に思ってくれた人がいたことを思い出す。


    中脇さん、上手いなあ。
    不器用だったり、子どもの頃に満ち足りた気持ちを持てなかった人を描いて、希望を見出させるのが上手いと思う。派手にハッピーエンドではないけど、実は何もないと思われていた日々の中に小さな小さな花が咲いていたと気づかせてくれる。
    見過ごしていた風景の中にあるしあわせ。
    誰だって、あれやこれや不満を口にしてしまうことがあるけれど、少しばかり前向きに、人と比べずに自分を見つめれば、忘れていた喜びやうれしかったこと、幸せだと感じたことが確かにあったと気づけるはず。

    苦く、ほろ苦く、少し甘い。
    「私をみつけて」と願ったとき、実はそこに「すでにみつけている人」がいた。
    きっと私たちのまわりにも・・・。

  • 過去の半生がどんなに辛く苦しいものだったしても、
    大きなトラウマを抱えていたとしても、
    自暴自棄になっていたとしても、
    自分を生きることを諦めていたとしても、
    たった一人、たった一人でいいから自分を理解し受け入れてくれる人がいればそこからきっと生き直せる。
    自分の人生をやっと自分のものにすることができる。

    この小説の主人公は三月に捨てられ施設で育った弥生。
    自分の居場所を守ることに必死で、固い殻に閉じこもって生きている。
    そんな弥生が新しい看護師長やある患者さんに出会うことによって、生まれ変わっていく姿がすがすがしい。

    現実的には、こんなきれいごとでは済まないのかもしれない。
    でも、こんなすさんだ世の中だからこそこの物語が光となる。
    個人的には「きみはいい子」より好き。
    主人公が前を向いて歩いていく姿はいつだって私の希望となる。

  • いい子でないといけませんか?

    主人公の弥生は生まれてすぐ親に捨てられ、施設で育ったため、「いい子」のふりをして、生きてきた。

    必死に勉強して準看護師になった彼女は真面目で優秀、医師の杜撰な仕事ぶりにも不満を言わない「いい子」。

    だが、新しくやってきた看護師長の完璧な仕事ぶりと患者と親身に向き合う様子に、築き上げてきた自分が揺らぎ始めて…

    愛情を注いでくれる家族がいるから「わるい子」にもなれる。「いい子」でなくても見捨てられない。

    周囲の大人を試すことでしか愛情をはかれない子供は孤独で不幸だ。

    だけど、ずっと一人ぼっちと思ってきた弥生も一人で生きてきた訳ではない。

    虐待するような親なら、いない方が幸せでさえある。寮を出て初めて、それまで毎日誰かにご飯を作ってもらっていたことに気付く。人は一人では大きくなれない。

    「赤ちゃんだった私にはわからなかったが、誰かが私を拾い上げてくれた。誰かが私を見てくれていた。神田さんを見守っていた菊池さんのように。そのとき、私はきっと祈られていた。今、私が菊池さんを思うように。」

    育児放棄、DV、虐待、医療ミス…重たいテーマと登場する医師のひどさにショックを受けるが、読後には希望が感じられる作品。

  • こどもと母親の闇や問題を書いた「きみはいい子」より、こっちのほうが冷静に読めたというか、自然に物語に寄り添って読めた感じがします。

    生後直後に産院前に捨てられていた弥生は、施設で大きくなり、生きていくために勉強して准看護師の資格を取り必死で働いてきた。
    不幸な生い立ちを持つ主人公は、なんだかんだいっても健気で純粋で…というのがセオリーですが、弥生は誰もが持ってる汚い部分やずるい部分を隠さずに自分でもそれを認めて、それでも踏ん張っている。
    藤堂師長は、弥生の強くて美しい心を具現化したような存在のように感じました。

    消防団のおじいさん・菊池さんが
    「きみも(自分を捨てた)親を探すなんてばかなことはしないことだよ」
    と言うところと、
    息子を虐待され自身も暴力を受けても男と別れられなかった神田さんに
    「こどもを捨てないだけでも、神田さんはいい親だと思います」
    と言うところがとても印象的でした。

    どこかに、だれかの、祈りや救いや希望はある。

  • 中脇さんの作品「きみはいい子」を借りようと思いましたが、タイミング
    良く先に返却された「わたしをみつけて」を借りることができました。

    中脇初枝さんの著作は初めてですが、前作の「きみはいい子」で扱っ
    た虐待のテーマは重く、本作はどうかと期待しておりました。

    生まれて直ぐに捨てられた子供、3月に拾われたので名前は弥生。
    心の奥底になぜ自分は捨てられたのか、良い子であれば捨てられな
    かったのか、深い傷を抱えて生きていきます。自分の自然な感情を表
    現することを畏れ、再び捨てられないためのいい子を演じ続けます。

    「わたしがほんとはいい子じゃないとわかっても、お父さんとお母さんは、
     私を捨てないでいてくれるだろうか」
    「いい子じゃなかったら、お父さんとお母さんの子供にしてもらえなかった」

    その後の生き方を決定づける言葉ですが、絶えず自分の中の”本当の
    わたし”はそうじゃないという思いが深く流れています。

    やがてありのままの自分を受け入れてくれる存在に出会い、本当のわた
    しを表に出すことができた時、どのような新しい世界になっていくのか、
    期待は我々読者の想像の中にあります。

    大変面白く、夜の更けるのも忘れ一気に読み終えた作品でした。

    香山リカさんの 「いい子じゃなきゃいけないの」 とも通じます

  • 「きみはいい子」がとても良かったので、中脇初枝さんの「わたしをみつけて」も借りて読んでみました。
    「好き嫌い」がハッキリ別れる本だと思います。
    『小説新潮』7月号・山本周五郎賞の選評を事前に読んだので、・・・どうかなー・・・「きみはいい子」のほうは良くて、こっちは全然ダメなのかな?と、あまり期待していなかったんですが、とても良かったです。
    読んで良かった。


    「きみはいい子」同様に、虐待が根本を流れています。
    親に愛されているか、愛されていないか。子どもが愛されていることを実感しているか・・・。まだ2冊しか読んでいませんが、きっと中脇氏の「描く原動力」というか、著作テーマなんだと思います。なので「虐待」とか「愛されていないかもしれないという不安」とかいうテーマに、まったく共感できない方は、中脇氏の本は全然面白くないだろうな。と。

    人は愛されていることを自覚して育ったタイプと(経済的なものは関係なく。)、
    程度の差こそあれ、(たとえ虐待とはいえないものだったとしても)家庭での立場にすごくさみしさを感じていたり、愛されていないかもと感じたりした子ども時代を経たタイプの人がいて、
    両者はこの本をどう感じるか、まったく違うと思うのです。
    あるいは「子どもが可愛くて可愛くて仕方ない、育児は天職だ」と思えるタイプは読まなくていいかな。「子どもは可愛いんだけど、仕事から疲れて帰ってきて、自分の思うようにいかずに子どもを叩きたくなった、怒鳴りたくなった(実際に叩いてなくても)。悲しい。」と思うような(これすなわち私)母親ならm共感できるかもしれない。


    「児童養護施設」「病院の現場」あたりのリアリティは低いです(どうしてわかるかというと、かつての職場だから。苦笑。でも、中脇氏も児童養護施設等に思い入れがあるのかもしれません。)でなければ、数十年前の現場の姿なのかな。現代の病院の問題点にメスを入れる!とか、そういうテーマではないです。そもそもこれは、この物語の主要軸ではない感じがする。


    主人公・弥生の成長物語。
    本屋でこれを見かけたら最初のページだけでも読んでみて、もし物語に入っていけそうだったら読んでみることをオススメします。
    (主人公が自分を一番憐れんでる、とか、かわいそうな自分に酔ってる、とかいう評をいろんなところで見ましたが、もし私自身が弥生だったら、そうやって自分自身を憐れまなければ(実際、弥生はかなり自己評価低いし)生きていけなかっただろうなあと思います。)
    「わたしは自分ひとりで生きて育ってきたわけではなかった」と、師長とのやりときで気付き、前を向いて生きていこうとするあたりは感動します。弥生は、痛みを乗り越えたんですね。
    私は師長と弥生の、「笑顔についてのやりとり」を見てから、仮面でもいいから「笑顔のおかあさん」をやろうと思いました(笑。30年続けたら、きっと「いつも笑顔のお母さん」となるでしょう。

    「僕が悪い子だから、うちにはサンタさんが来ないんだ。」と言っていた、
    「きみはいい子」の神田さん、こちらにも。(実際にこの子は登場しないんだけど)
    幸せになってね、神田さん。

  • いい子でなくても捨てられないことを自分でたしかめるために、どこまでゆるされるか親をためす。いい子でなければまた捨てられてしまうという絶望。もう二度と絶望しないように、いい子の仮面をかぶりつづける。いい子もわるい子も自分なのに。
    看護師になった主人公は、いろいろな大人が子どもたちを見守っていることを知る。見守ってきた人は見守られることを知る。自分が見守られてきたことに気づき、見守る人になろうとする。看護師のかぶる仮面は自分を守るための仮面ではなく、他の人を守るための仮面だった。

  • やっぱり好きだな、中脇初枝さんの作品。

    捨て子だった山本弥生が、藤堂看護師長、菊池さんとの出会いによって、人として、看護師として成長するお話。

    「自分ひとりで大きくなったわけではなかった」と気づくまでの道程。
    「わたしはわたし」だという心持ちにまで至る。
    その過程の描き方が良かった。
    シンプルで、淡々とした印象を受ける文章がまた効果的。

    優しくて強い人の話はとても好きだ。

  • 「いい子じゃないと、いけませんか。」
    この問いかけに、はっきりNOと答えたい
    でも自分自身にも「いい人」と言われたいという気持ちが根強くある

    前作の「きみはいい子」も好きだった
    これは長編、一気に読んだ

    ≪ どこにいる? ほんとのわたし つくるもの ≫

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わたしをみつけての作品紹介

いい子じゃないと、いけませんか。
施設で育ち、今は准看護師として働く弥生は、問題がある医師にも異議は唱えない。
なぜならやっと得た居場所を失いたくないから――

『きみはいい子』(第28回坪田譲治文学賞、第1回静岡書店大賞、2013年本屋大賞4位)で
光をあてた家族の問題に加え、医療現場の問題にも鋭く切り込む書き下ろし長編。
中脇初枝が再び放つ感動作!

わたしをみつけてのKindle版

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