(012)わたしが死について語るなら (ポプラ新書)

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著者 : 山折哲雄
  • ポプラ社 (2013年11月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591137260

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(012)わたしが死について語るなら (ポプラ新書)の感想・レビュー・書評

  • もっと深く著者の考えを知りたかった。
    例えば、こどもの自殺事件のあとに報道では心理学者や社会学者、精神科の医師等を引っ張り出すが、そこに宗教学者・宗教関係者が必要なのだと著者は言う。だけど、話はそこで終わってしまっていた。宗教学者だたら、著者だったら、お坊さんだったら、仏陀だったら、キリストだったら、その自殺という死について何というのか、どう考えるのか、私たちはどうすべきなのか、そのあたりを知りたかった。

    子供向けの本だが、小学6年生にとっても難しい歴史、地理、概念が多くちりばめられていて、話の切り口も子供の価値観や生活体験に沿っておらず、あくまでも著者が語りたいことを著者の観点から語った印象。子供向きではないと感じた。

    死について知りたい子供がいるのなら、おそらくブッダについて書かれた子供向けの容易な本を読んだ方が得られるものが大きい。

  • 本書は、2010年3月に子供向けに刊行されたものを改めて新書として編集したもの。
    著者は、仏教思想を取り入れた日本の文化には“無常”の感覚が流れていたはずなのに、現代日本では死が日常から遠ざけられ過ぎており、「死」を意識できない限り「生」の大切さはわからないと言う。
    現代でも死を身近なものとして扱うインドに関しては、「インド人にとっては人間が死ぬのも犬が死ぬのも同じこと。・・・ガンジス川のほとりにありベナレスというヒンズー教の聖地に行けば、毎日のように遺体を焼く人々の姿を見ることができます。たきぎを積み、その上に遺体をおき、それに油をかけて火をつける。・・・最後は骨灰になりますが、焼き切れない足や手がたきぎの間から出ています。それをそのままにして、骨灰になった部分だけ目の前のガンジス川に流す。あとは犬がやってきて、肉が残っている手足を加えていく。」と記しているが、まさに藤原新也の『メメント・モリ』の世界である。
    そして、現代の医療の現場において、無駄な延命措置がとられ、本人は「死に支度」すらできない状況がしばしば起こるのは、「生」を最上の価値の考え、「死」が医学にとって敗北と捉えられているためだと言う。
    また、死を描いた文学として、北原白秋、宮沢賢治、金子みすずの詩や、キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』なども取り上げられている。
    大人にも「生と死」について様々なことを考えさせてくれる。
    (2013年12月了)

  • 教員の方

    古典の中に出てくる人々が、どのように生き、そしてどのように死んでいったかを知ることで、生きる勇気を与えられたのです(211頁)|・日本には「無常」の風が吹いていた。(第5章)|・宮沢賢治「われら、まずもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう」(第6章)

    資料ID:C0036940
    配架場所:2F新書書架

  • 決めつけたような見解はどうかと思うが、うなずける点も多く、3章は特に心動かされることが多かった。雨ニモマケズの前後は通したモノとして読み直してみたいと思う。夕陽を拝めるような環境にありたいと思うとともに、いつかのための覚悟が必要だと、感じた。

  • 昔は人の死が今より身近にあり、生と死を考える機会があった。今は核家族化が進み、身近な人の死に接することが減った。生かされていることに感謝をしつつ、今一度「人はひとりで生まれて、ひとりで死んでいく」ということについて、考えることにしたい。

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(012)わたしが死について語るなら (ポプラ新書)はこんな本です

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