([と]1-2)あん (ポプラ文庫)

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  • ポプラ社 (2015年4月3日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (259ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591144893

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([と]1-2)あん (ポプラ文庫)の感想・レビュー・書評

  • 何も知らないできてしまっていた。

    ハンセン病という病気と共に生きてきた人々のこと。

    感染源がわからないということで、
    家族と離され、療養所の外の世界と隔離されて
    長い長い間出られなかったこと。

    親から付けてもらった名前まで、取り上げられたこと。

    この本は職場の読書友から薦められて読みました。

    目的を持てずに生きているどら焼き屋の店長千太郎と
    あん作りを教えることになる徳江さんの物語。

    想像力に乏しい私から見ても、
    時に過酷だと思う人生を、ひたむきに生きる人たちに出会います。

    さらりと書かれていますが、徳江さんの人生もまた
    どうしてそこまで…と思わずにはいられません。

    徳江さんが千太郎さんに出す手紙が沁みます。
    苦しんで苦しんで、死の恐怖や痛みや
    世間の偏見に傷つけられ
    崖っぷちの切羽詰まったところをみた人ではないと
    感じられない生きる意味。

    こんな自由にどこへでも行けて何でもできるのに
    心が狭く腹黒くてどうしようもない私でも
    生きる意味があるんだよと包まれる一冊です。

    なぜ自分とは違う他者が受け入れられないのか。

    心が狭い私のテーマの一つでもあるのですが…。
    この物語は力まず、自然で正直な感覚で描かれています。

    千太郎さんが、自分の中の偏見を感じつつも
    療養所を訪ね、人間としての徳江さんに
    どんどん心を寄せていくところがとても好きです。

    最後の終わり方も、とても好きです。
    きれいごとだけで終わらせてない所が、
    とっても素敵だと思いました。

    無知な私はまだまだ知らなければいけないことが
    沢山あるなと感じます。

    知ったからといって、何ができるわけではないですが
    知ると知らないのとでは大きな差があることが
    まだまだ沢山後ろに控えてますね。

    もうすぐ映画が公開されるとか。
    活字が苦手な人にも、「知ること」が広まっていく。
    いい映画になる気がします。

    私もそんな一つを知れたこと。読書友に感謝です。

  • 線路沿いから一本路地を抜けたところにある小さなどら焼き店。千太郎が日がな一日鉄板に向かう店先に、バイトの求人をみてやってきたのは70歳を過ぎた手の不自由な女性・吉井徳江だった。徳江のつくる「あん」の旨さに舌をまく千太郎は、彼女を雇い、店は繁盛しはじめるのだが…。偏見のなかに人生を閉じ込められた徳江、生きる気力を失いかけていた千太郎。ふたりはそれぞれに新しい人生に向かって歩きはじめる―。生命の不思議な美しさに息をのむラストシーン、いつまでも胸を去らない魂の物語。
    「BOOKデータベース」より

    ハンセン病について、詳しく知らなかった.学ぶ機会もこれまでなかった.この本を読んで改めて調べて知ることになった.感染力は弱く、だいぶ前から完全に治る病気と分かっているにも関わらず、それまでの歴史から誤解を受けている病.日本の患者は年間1人いるかいないかということだけれど、海外ではまだ患者が多くいる国もある.
    そんな病にかかっていた徳江さんが作る「あん」が、どら焼きやの千太郎の心に明りを灯し、中学生ワカナの心を溶かす.
    徳江さんも40年も前に完治していたにもかかわらず、外に出ることができず、教師になりたかったという夢もかなえられなかった.チャレンジしてダメだったのと、可能性が最初からないのは意味が全然違う.
    それでも、誰でも生きる意味がある、塀の中で暮らす毎日でも得られるものがあると思える強さは、乗り越えてきた人にしか分からない境地なのだろうと思う.
    映画も見てみよう.

  • 尊敬する明川哲也さまの小説ですもの、いい本に決まってると決めつけて読み始める(あれ、今回は「ドリアン助川」で書かれてるんですね!)。

    とても読みやすい本。でも内容は深い。
    後半の全生園の様子は、助川さんの確かな取材によって書かれているんだろうなと思った。徳江さんも、どなたかモデルがいらっしゃるのかな。

    わたしはハンセン病に関する本としては『しがまっこ溶けた』という、ハンセン病を患った詩人・桜井哲夫さんと韓国人の金さんとの交流を描いたものしか読んだことがない。
    ハンセン病とともに生きた、また別の方の人生を知ることができました。ハンセン病者とひとくくりにできない。一人ひとりに、違う人生がある。

    多摩にある全生園のこと、全然知らなかった。
    園の中ではお菓子教室が開かれるなど、普通の生活が営まれていたこと、90年代に隔離政策が解除されて、園を出ていいということになっても、高齢で最早出られるわけもないこと…いろいろと驚きながら読んだ。

    たまらなく辛かったのは、徳江さんが全生園に入ることになり、前の日にお母さんが縫い上げてくれたブラウスを取り上げられた場面。
    だめだ、いま書いていても涙が出てくる。

    この本の肝は、なんといっても徳江さんの悟り、「わたしたちにはこの世を見るために、聞くために生まれてきた」って部分だと思う。

    助川さんは「なやむ前のどんぶりくん」でも同じことを書いておられる。
    一言でいえば、わたしたちは宇宙との関係を味わうために生まれてきた、と。
    宇宙に心あるものが生まれなければ、宇宙がここにあるということを誰も証明できず、この全世界はこつ然と消えてしまうというのです。
    だから、わたしたちは最初から祝福されているのだと。宇宙から望まれて誕生するのだと。

    たとえば難病で生まれてから死ぬまでベッドで寝るだけの人生を送る人がいるとする。
    でもこの人には存在するだけの価値がある。宇宙はこの人が誕生することを望んだ。彼はベッドから空を眺め、飛ぶ鳥を眺める。それで宇宙は存在を確認されるから。

    この考え方に感動し、励まされ、折に触れて思い出すほどだったわたし。
    この小説にもよく表れていた。
    たくさんの人に読まれて、映画にもなって、多くの人がこの素晴らしい考え方を知ってくれたのだと思うと、とてもうれしい。

  • 映画がめちゃくちゃ良くて、劇場を出たその足で本屋に買いに行った。樹木希林さんの演じる徳江さんは、小説の通りとってもキュートだった。
    病気を知る、という物語であることはもちろん、それだけじゃなくて、徳江さんという素敵な女性についての物語だとおもった。

    ほとんど映画の感想ですが追記→rinpippi.hateblo.jp/entry/2015/06/07/025950

  • 大人になってもうまく生きられないと感じている主人公の千太郎は、自分の生き方に自信を持って生きていないだけに、他人に対しても根拠のない偏見をもたない。(解説より)
    あぁ、それはすばらしい長所だ。
    正しいと信じている人ほど、偏見があったり他人に厳しいことを、ここ最近強く感じるから。

  • 映画では伝えきれない、たくさんの言葉が隠されています。映画よりおすすめです。

  • ハンセン病の元患者である老女と、つぶれかけの和菓子屋「どら春」の雇われ店長・千太郎、それに関わる人たちの物語。ハンセン病という重いテーマだが、ありふれてるっちゃあ、ありふれてる。でも、私的に、最期の10ページが秀逸。病気や偏見を乗り越えた人=聖人、じゃあないよねっていう。そういうのを演じている部分もあるんじゃない?っていう。そういうタブーにきちんと踏み込んで、それでも最期カラッと美しく終わらせられるのはすごいなと思った。

  • 「グレーテルのかまど」で、助川さんのどら焼きが紹介されたので読んでみた。
    上記の番組は、お菓子にまつわる人間の物語をひもとき、本人から、あるいは実在しなければ、遺族や知り合い、研究者などから話を聴きつつ、そのお菓子を作る番組だ。
    そこでは、「あん」の映画が少し紹介されて、主人公はだいぶ助川さん自身が投影されているという事で、その来し方をうかがった。

    この作品は、おいしいどら焼きを作るために腐心する、なんだかダメな中年男・千太郎と、餡作りの達人である老婆・徳江さんを中心にして進む。
    ふつふつと煮える小豆の美味しさを思うとともに、ハンセン病で長い間隔離されていた人たちの、病気と差別に覆われた生涯の痛みを思う。
    その痛みは、甘いどらやきに、少しのしょっぱさを与える。

    千太郎の明日はまだ見えてこないけれど、「人間である」という事を忘れずに、歩いて行けるだろう。


    芋づる式読書は、遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』

  • 以前、ハンセン病患者と接する機会があった。感染しないことはわかってる。でも、曲がった手が怖かった。普通の人の顔を見るようには、顔を見ることができなかった。 どら焼き屋でアルバイトをすることになった吉井さんは、元ハンセン病患者だった。ハンセン病によって失われた時間。もう二度と戻らない人生。読んでいて辛かった。でも、希望が見えるラストでよかった。全ての人に、生きている意味はある。

  • こないだ観た映画が良かったから、原作も読んでみたくなって。
    物語の流れや人物の設定は映画と異なる点もあるけれど、小説はこれが最良だし映画はあれが最良だと思えた。

    とある過去から本意ではないどら焼き屋の店長として働く千太郎の元に、ある日徳江と名乗る老齢の女性が訪れ、ここで雇ってほしいと告げる。
    困った千太郎は何度か断るが、その後徳江が持参した手作りのあんに感銘を受け、彼女を雇うことに決める。
    あんの美味しさから千太郎のどら焼き屋は行列が出来るほど繁盛するようになるが、そこであるひとつの事実が発覚し、そして。

    恋人や夫婦じゃなくても、家族ほど近しい間柄じゃなくても、お互いがお互いを生かす意味というか、生きる意味を見出し合う関係というものは存在すると思う。
    本意ではない生活の中で生きる意味さえ分からなかった千太郎は、徳江と彼女が作るあんによって自分の意思を形づくることが出来、そして徳江は長年作り続けたあんを千太郎に伝えることで自分が生きてきた意味を見出した。
    それは立場は違えど“籠の中の鳥”のようだった二人が外に羽ばたくきっかけになった。

    色んな要素の絡まり合いで成立している物語だけど、全体的に静かで穏やかで、そして哀しい。哀しいけれど希望的という、何とも言えない小説。

    ハンセン病に関してはとても無知な自分を感じた。
    今はもう伝染力は限りなく低い病気として認知されているはずなのに、それでも偏見はまだまだ消えていない、というのはきっと事実としてあるのだと思う。

    千太郎、徳江、そして中学生のワカナ。それぞれに孤独を抱えた3人の、ひとときの心の通い合い。
    ほんの短い期間の出来事であっても、その人の人生に大きな影響を与え、一生の糧になることだってある。
    著者の温かさが伝わってくるような作だった。

  • ここまで私の心に響き渡って、心揺さぶられた作品は久々。ストーリーも登場人物の設定もメッセージ性も、何から何まで素晴らしい。

    前科のあるどら焼き屋の雇われ店長千太郎と、ハンセン病で50年以上もの間、社会から完全隔離されて生きてきた老女徳江の物語。

    親兄弟からも見捨てられ、夢も希望も理不尽に奪われて、生きる気力さえ失い、神を恨むほどの不条理な人生をイヤでも歩まなければならなかった二人の生き様。
    親子ほどの歳が離れた二人の出逢いが、お互いに生きてきた意味を成す。

    「私たちはこの世を観るために、聞くために生まれてきた。この世はただそれだけを望んでいた。だとすれば、教師になれずとも、勤め人になれずとも、この世に生まれてきた意味はある。
    でも世の中には、生まれてたった二年ぐらいでその生命を終えてしまう子供もいます。そうするとみんな哀しみのなかで、その子が生まれた意味はなんだったのだろうと考えます。今の私にはわかります。それはきっと、その子なりの感じ方で、空や風や言葉をとらえるためです。その子が感じた世界は、そこに生まれる。だから、その子にもちゃんと生まれてきた意味があったのです。
    (中略)人生の大半を闘病に費やし、傍から見れば無念のうちに去らざるを得なかった命もまた、生まれてきた意味があったのです。その人生を通じて、空や風を感じたのですから」

    私自身、人生に絶望して、生きている意味を見失っていた。親との関係もうまくいかず、子宝にも恵まれず、仕事も失い、病気を患って早10年が経ち、失われたものや時間だけが過ぎ去っていく中で、この本に出逢った。

    誰かのためとか、社会の役に立てなくても、ただ、この時代を観て感じるだけのために、ただ生きている。その言葉は、とても優しくてただ温かかった。

    一般的に生き物は、生殖能力を失うとそれ以降あまり長く生きられないと言われている。子孫繁栄のためにこの世の生命はあり続けるのだと。
    でも、人間だけは、生殖能力を失っても何十年も生きながらえることができる。それはきっと、子孫繁栄以外にも、生きている意味があるからなのだと思う。それが、ただ、この時代を観て感じるだけでも、そのことに意味があるのだと。

    徳江は最期まで、小豆の声や、木々の声、風の声、小鳥の声に耳を傾け続けた。

    「聞こえると思って生きていれば、いつか聞こえるんじゃないかって。そうやって、詩人みたいになるしか、自分たちには生きていく方法がないじゃないかって。そう言ったの。現実だけ見ていると死にたくなる。囲いを超えるためには、囲いを超えた心で生きるしかないんだって」

    そういう風にして生きている人を私は何人か知っている。そういう気持ちだったのかと身につまされる想いを感じた。

  • SCOMEの皆さんから勧められた本です。先入観なしに読んでほしい。

  • 甘い物をこしらえて、涙を溜め込んだ人に食べてもらったこと。それが徳江さんの生きる意味。
    わたしの生きる意味はなんだろう。

  • 映画化されると知り、興味が出てきて久々に読んだ小説。映画の配役は、本当に小説のイメージ通りでぴったりだと感じる(まだ映画自体は観に行けていないが)。
    ハンセン病の過酷さ、らい予防法が廃止されてもなおいまだ続く元患者の方々の生きづらさ、など、まだまだ自分には想像でしかできていないことが多かったが、物語を通じて、その一端に触れることが出来たのは良かったと思う。しかし、まだまだしっかりこうした過去を直視出来ない自分もいるんだな、とわかった。
    千太郎が徳江さんに少しずつ打ち解けていく様子や、徳江さんが丹念にあんを作る様子の描写が非常に印象深い。読みながら、あんが食べたくて仕方ない感じに。
    結末は何となく読めていたけど、もう一度再会してからお別れしてほしかったなあと悔しい気持ちになった。

  • 映画の宣伝を見て原作に興味をもちました。

    桜の花びらいっぱいの風景が美しく、
    ハンセン病患者のたどった道のりをやさしく厳しく描き出した素晴らしい作品でした。

    文章もやわらかくこういう設定にありがちな説教臭さもなく、生き辛さを感じる人の背中をそっと押してくれる温かい小説でした。

    映画はまだ見ていませんが、樹木希林さんのイメージはぴったり。
    こちらもぜひ見たいです。

  • 映画の宣伝を見て興味をひかれて購入。

    徳江の余りに不幸な運命に、前向きな生き方に、世間の偏見に胸が詰まる。
    それでいて変に涙や怒りを誘わないのは、自分の無知や社会の不条理を優しく包んで寄り添ってくれる、徳江の優しさと強さなのだろう。

    かごから放たれても療養所から離れなかったマーヴィーは、長らく療養所に隔離されていた元ハンセン病患者の皆さんなのだろう。
    そしてハンセン病と隔離政策について耳にしていてもその実態や苦しみに目を向けてこなかった千太郎は、私だ。

    そういえば街中で不自由そうに歩く老人の姿を昔に比べてよく見るようになった。高齢化社会の進行とバリアフリーが進んだ結果だろう。と、勝手に納得していた自分がいた。本書を読み、きっとその中にもようやく自由を取り戻した元ハンセン病患者の方がいたのではないかと気付かされた。

    兎にも角にも、千太郎、ワカナちゃんに、元ハンセン病患者の皆さんに暖かな未来が訪れんことを祈るばかりだ。

  • 町の小さなどら焼き店に働き口を求めてやってきたのは、徳江という名の高齢の女性だった。徳江のつくる「あん」は評判になり、店は繁盛するのだが…。壮絶な人生を経てきた徳江が、未来ある者たちに伝えようとした「生きる意味」とはなにか。深い余韻が残る、現代の名作。

  • こういう話だとは知らずに読みました。
    おばーさんとちょっと過去のある若者の話しなのかと。
    突然横から入ってくる、「病」の話し。
    伝染る、伝染らない、そして見た目。
    世の中は事あるごとに、境界線を引きたがる。
    越える、越えないではない、何か別のない何かを感じるそんなお話。
    ただ、ちょっと簡単過ぎる気もしました。

  • 病気や、無知ゆえの偏見というテーマにも関わらず、あまり重くなりすぎず、気軽に読めた。というより、気軽に読めすぎて、感情移入する前に終わってしまった。色んな意味で切ない。

  • 【あらすじ】
    線路沿いから一本路地を抜けたところにある小さなどら焼き店。千太郎が日がな一日鉄板に向かう店先に、バイトの求人をみてやってきたのは70歳をすぎた手の不自由な女性・吉井徳江だった。徳江のつくる「あん」の旨さに舌を巻く千太郎は、彼女を雇い、店は繁盛しはじめるのだが・・・。
    偏見のなかに人生を閉じ込められた徳江、生きる気力を失いかけていた千太郎、ふたりはそれぞれに新しい人生に向かって歩き始める--。生命の不思議な美しさに息をのむラストシーン、いつまでも胸を去らない魂の物語。

    【感想】
    悲しい話だと思った。でも、それよりも学ぶべきこと、感じたことが、たくさん詰まった素敵な話だった。徳江さんの人生ほど壮絶な人生は聞いたことがなかった。そんな人生に絶望して自分で命を絶つことをせず、どこか明るいところを探してここまで生きてきた徳江さんがすごいと思った。そして、ただただ毎日どら焼きを作り続けていた千太郎が、そんな徳江さんと出会う。"あん"がふたりの心を通わせてくれた。千太郎が徳江さんの影響で徐々に変わっていく姿が、見ていてハラハラドキドキし、時に嬉しくもなった。千太郎は徳江さんと出会って、どら焼きにこだわりと気持ちを込めるようになった。徳江さんは外の世界に出て、どら春であん作りをし、どら焼きを作って、千太郎出会って、少しの新しい人生を歩んだ。ふたりにとってそれは、かけがえのないものになったんじゃないかな、と思う。切ないし、目を瞑りたくなる事実もたくさんあったけど、いろんなことを語りかけてくれたあったかいお話だった。

  • ハンセン病元患者に対する差別、というセンシティブなテーマについて書かれた小説。もうとっくに病気自体は撲滅され、感染の心配もないとされるのに、いまだに根強い差別が残っている。
    会話を中心に物語が進むので、ドラマの台本を読んでいるようだった。重いテーマをソフトに書くのは難しいと思うが、ドラマ化を思い描いて書かれたように感じられてしまう(だから悪いということもないのだけれど)。また、読んだ本の表紙に映画化された主人公役女優、樹木希林さんの写真があり、あまりにもその印象が強すぎた気がする。つまり、映画化された写真は表紙にないほうが面白いのではないかと。
    物語の進み方もシンプルで、あまりにも先が読めすぎてしまう。文章もこなれず、あーやっぱり、という展開はやや残念なところ。
    まぁでも読後にほのぼの、ほっこりする感はある。ハンセン病の療養所(という名の隔離所)内での生活も知ることができて、良かった。ほんのりと甘いどら焼きが食べたくなる。

  • 日本の過去と、そこから繋がる今を教えてもらいました。

  • この本を読み終えて、
    ぜひ、映画も観てみたいなと思った。

  • 主人公の冴えなさと登場する老婆、みずみずしいわけでもない登場人物の物語が心にググッと入ってくるのは、作者の入念な取材の現実味と、取材したことへの熱い思いのせいなのかな。
    老婆の炊く絶品のあんこが、本の中でキラキラ輝いていました。

  • 何の因果か総合病院の長い待ち時間に読み終えてしまいました。

    何故か巻末の解説から読んでしまった。
    でも読後は解説から読んで良かったと思った。
    この作品は映像にもなっている。私は見ていない。そのせいか、読んで行くにつれてこの作品をどう映像化したか気になりました。なんで機会があれば見よう!

    作品としては重いテーマを受け入れやすく軽くしている感じがした。
    個人的にはもう少し重量感があっても良かったかも知れない。
    ただ、それは読者側がハンセン病を知らないが故の想像力から来るのかも知れない。
    登場人物のようにハンセン病を知ってから読むとより物語が重くなり楽しめるだろう。

    私は終盤のトクちゃんの親友の言葉が好きである。たんたんと美談的なストーリーに毒気を放つ。
    詳細は読んで欲しい。

    長い待ち時間に読み続け、読み疲れた時にこのセリフは良い刺激になった。
    そして読み終えてしまうとは・・・

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