([は]9-1)翔ぶ少女 (ポプラ文庫 は 9-1)

著者 :
  • ポプラ社
3.60
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感想 : 107
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  • Amazon.co.jp ・本 (319ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784591149966

作品紹介・あらすじ

「とんでもない子やな、君は。
ほんまもんの『ニケ』みたいや」
“勝利の女神”と同じ名を持つ少女が起こした、
あまりにもやさしい奇跡――

1995年、神戸市長田区。震災で両親を失った小学一年生の丹華(ニケ)は、兄の逸騎(イッキ)、妹の燦空(サンク)とともに、医師のゼロ先生こと佐元良是朗に助けられた。復興へと歩む町で、少しずつ絆を育んでいく四人を待ち受けていたのは、思いがけない出来事だった――。『楽園のカンヴァス』の著者が、絶望の先にある希望を温かく謳いあげる感動作。【解説/最相葉月】

感想・レビュー・書評

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  • 波打つように倒壊した高速道路。宙吊りになった鉄道の線路。そしてあちらこちらから煙が立ちのぼり炎に包まれる住宅地。そんな光景を前に、一月の寒空の中、毛布にくるまりながら立ち尽くす人々。今もその日が来るたびに報道されるあの日の光景。

    - 1995年1月17日(火曜日) 午前5時46分52秒 -

    のちに阪神・淡路大震災と名づけられた都市直下型地震が発生しました。多くの命が奪われた一方で、そんな中でも新たな命が生まれたことも記録されています。交錯したあの日の生と死。そして、震災から街が復興していく過程で、お年寄りの孤立が『孤独死』と呼ばれる悲劇を招くなど、未だもって本当の意味での震災は終わっていないのかもしれません。そんな震災に人生を翻弄されたたくさんの方々がいらっしゃいます。この作品で描かれるのは、そんな震災の真ん中で力強く生きたふたつの家族の物語です。

    『枕もとの目覚まし時計の針が、五時四十五分を指していた。丹華は、そのとき、夢を見ていた。自宅の二階の、子供部屋で』という早朝。『父と母は、毎朝、四時半に起きて仕込みを始める。五時半には、パンを焼き始める』という『パンの阿藤』の朝。『兄の逸騎(イッキ)と、丹華(ニケ)と、妹の燦空(サンク)。二階の子供部屋で、すやすや眠る三きょうだいを、甘くてしょっぱい、いいにおいが包み込む』といういつもの『幸せな、朝の風景』。それが次の瞬間。『ドーン。その瞬間、丹華の小さな体が、宙を舞った。ドドドドドッ、轟音が響き渡る。ものすごい地響きとともに、周辺にあるものが、全部、丹華に向かってなだれ落ちてきた』という部屋の中。『お母ちゃん!お父ちゃん!』と叫ぶ丹華。『何が起こったのか、まったくわからない。あたりは真っ暗だ。周り全部が激しく揺れている』、そんな丹華は『動きたくても、動けない。下半身が、何かにはさまってしまっている』ことに気づきそのまま意識が遠のきます。『ニケ!』と呼ぶ声に目を開ける丹華。『しっかりするんやで。おっちゃんのあとについてくるんやで』と大人の男のひとの声をうっすら聞く丹華。『ここは「パンの阿藤」やったな。地震で家がつぶれて、二階が一階に落ちたんや』という声を遠くに聞く丹華。そして、そんな突然の出来事から四ヶ月が経ち、『プレハブの仮設住宅』で暮らす丹華。『ひそひそとうわさする声が教室のあちこちから聞こえてくる気がした』という学校生活。『あの子がニケちゃん?地震でな、足、大けがしてんて。ほんで、ちゃんと歩けへんようになってしもてんて。「しんさいこじ」になってもうてな。知らへんおっちゃんに、引き取ってもろてんて』という声。『かわいそうやな。かわいそうやねん』という声。助けてくれたおじさんは『お前の足は、もう、もとには戻らへんのや。それでもな。それでも前へ、前へ。歩くんやぞ』、『自分の足で、前へ、前へ。歩くんや。進んでいくんや』と丹華に語りかけます。でも丹華は『もう歩きとぉないねん。飛びたいねん。飛んでいきたいねん。お父ちゃんのとこに。お母ちゃんのとこに』と今ここから逃げたい思いに包まれます。でも、丹華は、それでも前を向いて進んでいきます。そして…。

    阪神・淡路大震災によってそれまで幸せに暮らしていた家族の生活が大きく引き裂かれ、でも、それでも前に、前にと進んでいく姿が力強く描かれるこの作品。震災は、その発生時にこそ全国から注目を浴びますが、その後は急速に関心が薄れがちです。『大震災を経験して以来、丹華たちきょうだいは、暗い部屋で眠ることができなくなっていた』というそれまでの生活が変わってしまった日々。『ご家族を失って、ひとり暮らしのかたには、まるで自分だけが世界じゅうから取り残されたような気持ちになってしまう』という心が冷えきってしまった日々。『震災のまえとあとでは、何もかもが一変してしまった』というその日々の暮らしがすっかり変わってしまい『被災した人すべての人生に、多かれ少なかれ、変化が訪れたのは間違いない』という結果を招きました。そんな中で『大きくなったら、両親のように「パン屋になる」ことが夢だった』という丹華の人生も、そして人生に対する考え方も大きく揺らいでいきます。『心のどこかで、怖いような気もしていた。何が怖いのかわからないが、なぜだか、自分はそれをしてはいけないような気がしていた』という丹華。震災は決してその瞬間だけの悲劇などではなく、その瞬間、その場にいた人々の未来にもずっと影を落とし続けるものなんだという現実に向き合うことになる読書は、読み進めるのがとても辛くなりました。

    そんなとても重い内容が展開するこの作品は、後半になって、えっ?と感じる全く異なる表情を見せます。それはこの作品の特徴的な登場人物の名前が伏線となるものでもあります。主人公の名前を丹華(ニケ)、兄弟の名前を、逸騎(イッキ)、燦空(サンク)、そして彼らを養子に迎えた医師の名が佐元良 是朗(サモトラ ゼロ)という、日本語としてはなんとも違和感のある命名。原田さんの作品では登場人物の名前を全く違う物語の登場人物に結びつけることがありますが、この作品のそれはちょっと、というか、かなり強引さを感じさせます。そして、養子になった主人公は、佐元良 丹華(サモトラ ニケ)となってしまいますが、これはもう何も考えずとも、そのまんまあの有名な彫像の名前に繋がります。そう、ルーブル美術館のあの有名な彫像、勝利の女神です。丹華自身もその彫像のことは知っています。そして、そんな勝利の女神の役割は、勝利をもたらすことではなく、勝利を伝達することであるとされています。いち早く勝利の知らせを届けるために、空からやってくると言われている存在、それが勝利の女神です。そんな女神を思わせる名前を付けられた主人公が果たすべき役割とはなんなのか。リアルな大震災の現実とファンタジーがまさかの融合を見せるこの作品。色んなものを失った被災者である主人公たちが、そんな中でも守ったもの、大切に守り続けたものはなんなのか。強引な命名であることが分かった上でも原田さんがどうしても勝利の女神への結びつきをこの作品に敢えて登場させたのはどうしてなのか。『私には小説を書くことしかできない』という原田さん。この小説は、そんな原田さんが、あの震災を乗り越え、今も必死になって前へ進もうとされていらっしゃる皆さんへ送る、原田さんなりのエールなのかもしれない、そんな風に思いました。

    あの日から25年が経ち、その間にも東日本大震災をはじめ、多くの震災が人々の暮らしを襲ってきました。地震のある日常を生きていくしかない私たちのある意味での日常。そんな中にあっても、どんな時でも、どういう形であっても、忘れてはいけないこと、この国に生きていく限りは忘れてはいけないことがある、そんなメッセージを強く感じ、強く心打たれた作品でした。

    • koshoujiさん
      素晴らしいレビュー!
      素晴らしいレビュー!
      2022/09/29
    • さてさてさん
      koshoujiさん、ありがとうございます!
      阪神・淡路大震災を描いた作品も幾つかありますがこの作品は書名からして印象的でした。
      koshoujiさん、ありがとうございます!
      阪神・淡路大震災を描いた作品も幾つかありますがこの作品は書名からして印象的でした。
      2022/09/29
  • 阪神淡路大震災で両親を失った3兄妹が、町医者のゼロ先生に支えられ、明るく前向きに生きていく復興・再生の物語。
    原田さんの作品といえば、アート小説や旅小説が多く、本作のような震災・復興を題材とした作品も書かれていたというのは意外だった。
    震災テーマというと、暗いイメージを想像したが、ゼロ先生の前向きな言葉と、その言葉を信じて懸命に生きる子供たちの姿には、むしろ読んでいるこちら側が元気をもらえた。関西弁のトーンも物語を和らげている要素の一つかもしれない。

  • 「生きている限り、私は希望を抱く。」
    原田マハさんが意を決して書いた震災後の小説。

    困難に立ち向かう勇気が欲しい人に
    読んでほしい一冊!

    阪神大震災から19年経ってやっと一歩踏み出し、当時のことを小説にできたそうです。

    2012年1月17日震災発生時刻の神戸から取材を開始、入念なリサーチはもちろん、東北地震の時も被災地に通った。

    大学生の時に関西に住んでいた恩返しも込めて書いた物語。

    生半可な気持ちで取り組んでいないことが伝わってくる。

    ちょっとびっくりするような現実離れした事も起こる、幻想?もあるけど、

    涙あり、勇気ありの原田マハさんの真骨頂の作品だと私は思う。

    私の妻は、阪神大震災の時にお腹に子供がいて生きた心地がしませんでした。
    その時ことを思い出しました。

    石川県で震災があったばかりで大変な時期ではありますが、石川県のことも救われるよう願いながら読みました。

    忘備メモ

    「ニケ。お前はな、ほかの子とは違う。お前の足は、もう、もとには戻らへんのや。それでもな。それでも前へ、前へ。歩くんやぞ。なんでかわかるか?人言うもんはな、ニケ。前を向いてしか、歩いていけへんのや。」

  • 阪神淡路大震災で両親を失った三兄妹が、引き取られた医師のおっちゃんと家族の絆を深めながら成長していく姿を、長女の視点から描いた作品。

    悲劇に遭遇しながらも懸命に育つ三兄妹と、それを温かく見守る周りの人達との関係がすごく切なく暖かい。皆が喋る大阪弁の響きが優しく聴こえてヒトとヒトとの絆を強く感じさせてくれた。

    途中からのファンタジー的な展開には度肝を抜かれたが、読後に家族とか周りのお世話になっているヒト達にお礼が言いたくなるそんな作品。

  • 面白かった!けど、ちょっと違和感
    感動作ということですが、正直ファンタジー要素はいらなかった(笑)

    1995年の阪神淡路大震災をベースに描かれた作品。
    震災で両親を失った少女丹華(ニケ)は兄の逸騎(イッキ)と妹の燦空(サンク)とともに、医師の佐元良是朗(サモトラ コレアキ)先生、通称ゼロ先生に助けられます。
    ゼロ先生も震災で奥さんを助けられず、それがもとで息子から恨まれることに。
    そして、子供たちはゼロ先生の養子として育てられていくことになります。
    ニケは足に障害が残りながらも前向きに生きていきます。学校では孤立してしまう中、ゼロ先生を含む周りの人たちの関係があたたかい。
    復興が進む中、子供たちの成長、この新たな家族の絆が描かれます。
    そんなかなゼロ先生が...
    といった展開

    で、途中からのファンタジー的な展開が入ってくるのですが、うーん、これはいらなかったと思う!
    けどそれがないと翔ぶ少女にならないか...

    ニケがゼロ先生の養子となることで、まさにルーブル美術館にあるサモトラケのニケとなり、勝利の女神となります。
    違和感のある名字や名前の狙いはここね(笑)
    しかし、そこまでして、原田マハがサモトラケのニケとして語らせたかったのは勝利の女神なのか?それとも翔べることなのか?
    家族の絆だったのでは?

    ということで、ちょっと技巧にはまりすぎのところが残念。

  • ☆4

    1995年、一瞬にして多くの人々の日常を奪った「阪神・淡路大震災」。
    震災で両親を失った少女(丹華・にけ)は、兄妹とともに医師のゼロ先生に助けられる。

    大切な誰かのためなら「人は強くなれる」と実感させられる…そんな作品でした。
    途中からファンタジー要素が強めになるので、そこに関しては少し「うーん…」と思ってしまう部分もありました。

  • 1995.1.17 阪神淡路大震災(最大震度7,マグニチュ-ド7.3)・・・神戸長田区内で「パンの阿藤」を営んでいた両親を震災で亡くした幼き三兄妹、倒壊家屋で焼死した伴侶を見捨てたと非難され、息子から絶縁された心療内科の医師、仮設住宅での困窮生活、高齢者の孤独死と震災関連死・・・孤独と絶望に苛まされながら極限状態から生き抜こうとする人々の絆、明日への希望に向かって生きる人の姿を温かく謳いあげた<原田マハ>さんのこころ絞めつけられる感動作。この痛恨の涙は、今も突発する被災地支援の輪となって拡がってゆく。

  • 原田さんは絵画ものしか読んでなかったが、色々なものを書かれるって事で、違う作品にトライした。
    阪神淡路大震災を扱った作品だけど、後半ファンタジー??
    肉親を震災で亡くすと一口に言っても、綺麗事だけじゃない。もっともっと口に出せないような場面だってあるはず。だからこそファンタジーの味付けになったのかな。
    被害に遭われた方達の事を思うと胸が痛む。

  • 神戸の大震災で両親を失った3兄妹と妻を失った“おっちゃん”が奇跡的に出会い、家族になっていく。
    被災者に限らず、人の心の傷が完全に癒えることはないのかもしれないが、人とのつながり、暖かさといったものを信じたくなるお話。
    通勤中に読んでたら、電車の中でも泣いちゃいました。

  • 阪神・淡路大震災で崩壊した神戸市長田区で生きるふたつの家族の物語。

    まさに地元で被災したわたし(生まれて3ヶ月なので記憶は無いけど)は、毎年1.17になると昔から通ってた学校で追悼の式が執り行われていた。当時の直視できなくなるような惨状をうつした映像、倒壊した家屋の前で「夢やったらええのに、夢やったら…」と泣きながら何度も呟くおばあさんの映像、おもちゃのように崩れている高速道路の写真、地震の恐怖を小さい頃から植え付けられて育ったわたしにはこの本は正直読んでいてしんどいものがあった。

    主人公・ニケはパン屋さんを営む家庭で幸せに暮らしていた。地震のせいでお店は全壊、両親は下敷きになって他界した。子供たちの目の前で火災にのまれていく両親。
    思わず自分と重ねた。
    わたしの家も長田区でお店をしている。我が家は全員生きていたけど、もしわたしの家族がこんなことになっていたら…
    わたしはまだ赤ん坊なので、当時発泡スチロールの箱にお湯をはって体を洗ってもらっていたなんてこと覚えてもないけど、当時の惨状なんてまったく覚えていないけれど、それでもニケのように生きられたかな。

    当時、地震が起こったときわたしが寝ていたベビーベッドは倒れてきた本棚でぺちゃんこに潰れたと聞いた。両親が身を呈してわたしをベッドから連れ出して覆いかぶさって守ってくれたと聞いた。
    涙が止まらなかった。助かった命もあれば、目の前で失われていった命もあった。
    祖父母の家は全壊したけど、ガレキの中からふたりとも這い出て全身砂まみれになったまま我が家まで駆けつけてくれた。

    震災で失うものは大きい。今でも本当の意味で復興しているかと言われればそうではないかもしれない。家族を失った人たちは孤独と戦いながら生きてる。
    けれどニケたちのように、その中でもかけがえのない何かと出会えたなら、それを守りながら生きていくしかない。

    本を読み進めて、涙が止まらなくて、両親に会いたくなった。

    後半は、今までとは全然違う表情を見せてくるのでどんどん文字を追った。無垢でまっすぐな少女・ニケとその家族がこれからも幸せに暮らせますように。

    じしんにもまけない つよいこころをもって
    なくなったかたがたのぶんも
    まいにちを たいせつに いきてゆこう

    (「しあわせはこべるように」より)

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著者プロフィール

1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。森美術館設立準備室勤務、MoMAへの派遣を経て独立。フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍する。2005年『カフーを待ちわびて』で、「日本ラブストーリー大賞」を受賞し、小説家デビュー。12年『楽園のカンヴァス』で、「山本周五郎賞」を受賞。17年『リーチ先生』で、「新田次郎文学賞」を受賞する。その他著書に、『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『常設展示室』『リボルバー』『黒い絵』等がある。

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