村野 (白泉社文庫)

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著者 : 坂田靖子
  • 白泉社 (1998年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・マンガ (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784592883845

村野 (白泉社文庫)の感想・レビュー・書評

  • 玉石混淆の短編集

  • 坂田ファンだが、バジル氏を除けばこれが一番好き。

  • なんかもう、玉石混交でぶち込んだ感のある短編集。
    シンプルな装丁と表題に惹かれて読んでみたが、正直読み終えるのが苦痛なくらい玉石の石の作品が目立ってしまっていた。

    というのも、押しの強い男とそれにほだされる男という一組のカップルをとある状況においてみただけ、という作品が非常に多いのである。もう本当にアイディアがあったから手遊びに描いてみましたって感じ。しかも必然性が無いしね、男同士であることの。
    別にBLが苦手と言う認識は無い。確かに私は男だし、女性がBLを読む視点でそれを読むことはできないだろう。しかし、『風と木の詩』や萩尾望都作品などは、男性同性愛(または少年愛)をテーマに高い創作性と深い内面描写を有しており、私の大好きな作品群である。
    だが、この作品のそれは全く受け入れられなかった。
    基本的に同性愛は異端の愛として描かれるべきだと私は考える。もちろん現実社会で「セクシュアリティはグラデーションである」ということは理解しているつもりだが、暴力的な多数決の原理から言うと異端の愛である。異端であると言うことはどういうことか。マイノリティの葛藤が生じるのだ。内面のドラマが生じるのだ。「生まれつき男にしか惹かれなかった」という現実の同性愛者でも、そう言えるほど自身と向き合えるまでには、マイノリティとしての葛藤があり、その残滓はいつまでも残るだろう。
    例えば『風と木の詩』において、セルジュは異端の愛であると認識したうえで、なおジルベールの魅力に抗えず否応なく彼を愛することとなる。そして、このジルベールの魅力が読者にも理解できる形で提示されているので、読み手は、異端であるからこそ真摯な愛であるところの同性愛のロマンチシズムに、ジルベールやセルジュの内面に浸れるのである。
    これに比して、この作品のカップルは男同士であることに対してためらいも葛藤も持たない。もはや片方を女性に変えても何ら問題は無いほどである。じゃあ、なんで男同士なん?全く必然性が無いじゃないか。
    おそらくこんなところが、私がこの作品を受け入れられなかった理由だろう。

    ちなみに玉石の玉は表題作の「村野」や「ピーターとピスターチ」。

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