- Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
- / ISBN・EAN: 9784594031466
感想・レビュー・書評
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1998年6月、サラとグレッグは病院へ向かっていた。サラは妻子あるグレッグとの子供を中絶することを選んだ。病院まで一人で歩いて向かうほんの一瞬のことだった。サラは何者かに車で連れ去られた。意識をとりもどしたサラがいたのはどこかの家の地下室。やがて姿を現した男女二人。彼らはサラに何をさせようというのか。抵抗しようとするサラに彼らは言う「組織がおまえの両親や友人の命も握っている」と――
ひとことで言って誘拐・監禁もの。サラを誘拐した夫婦は中絶反対派で、夫は聖書を熟読している。そう、変な方向に異常なタイプなのだ。
タイトルの「地下室の箱」とはサラが閉じ込められる狭くて丈夫な箱のこと。この辺りの描写も閉塞感があり、閉所恐怖症の人は悲鳴を上げるかもしれない。非常に短くてあっという間に読めてしまうが、中身は濃厚。サラは痛みはもちろんのこと、人間の尊厳まで奪われるほどの酷い目に遭う。ケッチャムの作品に慣れてないと、気分が悪くなるほど。
ただ、後半やや拍子抜け。サラの反撃は当然予測してたのに、あまりにあっさり終わるので -
「ディズニーは絶対にジャック・ケッチャムの小説を映画化しない。」スティーブン・キング
「ケッチャムはキング氏が間違っていることを望んでいる」帯文 -
堕胎を忌避する宗教団体が海外にはある。この小説は、その思想にスポットを当てている訳ではなく、ただの基地外による監禁小説だ。ジャックケッチャムの小説において、「監禁」は重要なテーマとなる。よく、犯罪に結びつかないものだ。しかし、過激度が異なる。リアリティを強く感じたのは、どちらかというと、地下室の箱よりも、隣の家の少女の方だ。この小説には、子供が登場しない。
肉体的に取り返しがつかない傷は、心理的に追い詰めるのにも有功だ。焼きが入り、痕が残る。この苦痛は想像していても辛い。痕に残るか残らないか。傷みを受ける際に、精神を保つ一つの重要なラインになる。ケッチャムの小説は、軽々とこのラインを超える。
加害者側に必ず女性が登場し、あるいは主役となるのは、何かの団体への遠慮だろうか。それとも、著者が社会生活を送る上での偏見の回避だろうか。確かに、この手を読んでいる自分は健全かと、時に不安になる。しかし、大丈夫。人間とは、あらゆる想像が可能であり、事件性を楽しむ生き物だからだ。 -
胸糞悪い、誘拐小説だったけど、最後の方の犯人2人との奇妙な関係が違和感が無いのがすごい。
そして、その後の犯人との対決があっさりとしていてよかった。 -
ケッチャムにしては軽くて(それでも充分惨たらしいが)読みやすい。
短めなのでまずはこれでケッチャムに取り組むのも良いのかも。 -
「隣の家の少女」以上ではないが、充分に残酷。
妊婦が拉致され地下に監禁、虐待されるお話。
変態夫婦のおもちゃになった訳で・・・
でも、妊婦は強かった。
なんだけど、腑に落ちないな~
不倫の結果、中絶を阻止されての拉致だからな~
'12.12.18読書完了