- Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
- / ISBN・EAN: 9784594054618
作品紹介・あらすじ
ヴェトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで、撃たれた車両と男たちを発見する。麻薬密売人の銃撃戦があったのだ。車には莫大な現金が残されていた。モスは覚悟を迫られる。金を持ち出せば、すべてが変わるだろう…モスを追って、危険な殺人者が動きだす。彼のあとには無残な死体が転がる。この非情な殺戮を追う老保安官ベル。突然の血と暴力に染まるフロンティアに、ベルは、そしてモスは、何を見るのか-"国境三部作"以来の沈黙を破り、新ピューリッツァー賞作家が放つ、鮮烈な犯罪小説。
感想・レビュー・書評
-
原題は『No Country For Old Men』(2005年)。作品の中身からみて原題のほうがはるかになじんでいるだろうと思いつつ(当然と言えば当然だけど…笑)、そうかといってこれをそのまま日本語に訳してしまうのもなんだかしっくりこない。出典はイェーツの詩「ビザンティウムへの船出」ということらしいが、おぉ~のっけからハードな犯罪小説にびっくりだ。
***
舞台は1980年代のアメリカ・テキサス州。ベトナム帰還兵で溶接工のルウェリン・モスは、ある日砂漠で狩りをしていると、凄惨な殺戮現場を目撃する。銃撃戦の末、転がる死体のなかに残されていた手つかずの240万ドル、それを密かに持ち去るモス。だが時を待たずして殺し屋と保安官に追われる身となる。
『すべての美しい馬』をはじめとする「国境三部作」は壮大で物語性に富んでいて楽しい、まるで神話や英雄叙事詩のようだ。しかし本作は現代を扱いながら、バリバリの犯罪小説なので趣向は違うだろうな~と思いきや、なにこれ?? 荒ぶる流れに粛々と運ばれていく命、そんな運命にひたすら抗おうとする卑小な人間、それをやすやすとひねりつぶす冷酷無比なある種の力が激突する仕上がりに呆然……シビアな現代版ギリシャ悲劇!?
神話やギリシャ悲劇は出来事や行動のみで、内面描写はほとんどない。マッカーシもそれに酷似して、ハードボイルドな筆致で直接の心理や心情の描写はほとんどない。でも作者があえて切り取ったさまざまな情景や外面の描写、人物の行動や会話から、その内面や心理を活き活きと描写していることが多い。だからこそ彼の作品は情景描写が細かいのだろうけど、今回の語り手――初老のベテラン保安官ベル――は、独白、回想、セリフのそこかしこに悲嘆、感謝、愛情や敗北感といった豊かな内面描写が多い。マッカーシにしてはわかりやすい語り手にびっくり。そんな彼をとっかかりにしながら、れいによって内面が汲み取りにくいモスと、もはやそんなレベルを超越しているdeath、とでもいうべき殺し屋があいまみえるカオスをはらはらしながら眺める。
後半では「火を運ぶ――carry the fire」という意味深長な言葉がでてくる。ふとプロメテウスが神ゼウスから盗んだ火を人間に与えた神話、あるいは何か崇高なものを象徴した「火」を受け継いでいくイメージがわいてくる。
洋の東西問わずどの時代も、際限のない欲望と暴力と貧困にさいなまれる闇のなかで、はたして人は火を失うことなく歩んでいけるのか?
保安官ベルから次なる作品『ザ・ロード』の父子へと橋渡しをしていく作者マッカーシ、渾身の作品をリレーしながらその行間より溢れてくる哀愁、のっぴきならない切実さを想像するとき、ただただおごそかな気持ちになり、ほのかな希望を抱く。
はたして「火」とはなにを意味するのか? それを運ぶ者とは? スフィンクスの謎かけのようなマッカーシの世界を旅していくのはなんとも神秘的で楽しい♪
***
余談ながら、これは偶然なのか必然なのか?
無性に読みたくなった懐かしのヴィクトール・ユゴー『レ・ミゼラブル』。マッカーシの作品――たしかに彼の作品はひどくミゼラブルだなぁ――と併読しながらつらつら眺めていると、ふとこんな一文が光っていて目をみはる(^^♪ (2020.9.10)
「人間の魂のなかには、この世で腐敗せず、あの世で不滅のなにか原初の閃き、神的な要素のようなものがあるのではないだろうか?……善が広げ、火をつけ、燃えあがらせ、燦然と輝かせることができ、悪によっては決して消しつくせない原初の閃き、神的な要素のようなものが?」
『レ・ミゼラブル 一巻』(ちくま文庫)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
老人たちの国にあらず。
映画2周くらい観てから、あまりにも好きすぎるので本を読んでみた。
こうして見ると映像化にあたって結構いろんな場面をカットしたり要約しなきゃなので、メディアミックスって相当理解とか技量とか要るなあ、脚本書く人大変だよなあって思う。
あまりにも淡々とした語り口で、映画観てなかったら絶対何が起こったかもわからないまま読了してたと思う。
モスが死ぬ時、呆気なさすぎる…映画でもそうでしたね。
最新鋭の武器、最新鋭の悪意。
ピュア・エビル!
ベルが最後に語る夢の話が、ベルの人生と重なっているところ、とっても好きです。
もう一回映画観たくなってきた!
シガー、ハビエルバルデムがマジでありえないくらい完璧に演じてくれてたじゃないですか。
最高の映画でしたね。
その裏にこういう原作があったんだなーって思うと始まりは文章だったってところに感銘を受けたり感動したりする。
サイコパスって言葉も出てくるけどシガーが何者なのかについての描写は意図的に避けてあり、なんかバットマンのジョーカーを今思い出した。
神秘的なんですよね。
正しく生きていても、死はいつ理不尽に訪れるかわからない。
死を覚悟していても死ぬとは限らない。
不条理…この作品が持つもの悲しい雰囲気、それが本当に大好きです。 -
自分では選ばなかったであろうタイトル。ある書評で評価が高かったので読んでみたら面白かった。ゴールの手前まで。
最初は独特な文章、かつテンポが異常に早く、おもしろく次から次へとページをめくった。
しかし、4分の3くらいから、徐々に説教臭くなってきて、最後は。。。
読み終わってから、もしかして、こういうことを言いたかったのでは?と、気づいた。
次にこの著者の作品を読むときは気をつけようと思った。
新しい世界観で良いと思った。 -
映画も非常に良かったが、原作はさらに掘り下げてあり一気に読んでしまった。
-
暴力の嵐だけど詩的。映画で見た時の印象はよくわからない感じで唐突に終わった、という感じ。本で読むとストーリーは追えるけど、相対としてのよくわからなさはChigurh の空虚な邪悪さが映画のように映像として現されない分余計に恐ろしく感じられる。説明不能の(時代によって生まれたようにも見える)邪悪さとその真空に周囲の人間たちが引き込まれていくような感触はドストエフスキーの悪霊につながるように感じた。
-
コーエン兄弟監督の映画「ノー・カントリー」が面白くて、原作が私の好きな作家、マッカーシー氏であることは知っていたのだけど、なぜか原作を読もうという発想がなくて10年以上は過ぎた。映画の印象が強く残って、原作を読もうという気にならなかったのかもしれない。映画でシュガーを演じたハビエル・バルデム氏がとても不気味だった。おかっぱ頭でジーンズにカジュアルなシャツを着た彼は、アメリカの風景に溶け込んでいてとても殺し屋には見えないのだけど、実際は残忍で表情をまったく変えずに人を殺す男だった。原作を読んで分かったのは、シュガーはシュガーなりの哲学があるということだった。だけど、とても特別な哲学で普通の人にはとても理解はできない。ただシュガーが人を殺すのは彼なりの使命があって、人を死なすことでなにかを与えようとしているように思えた。コーマック・マッカーシー氏はとても素晴らしい作家だとあらためて再確認できた作品だった。
-
単なるノワール小説かと思いきや難解な小説である。映画の方を先に鑑賞したが難解な所に追跡劇という娯楽要素が入っていたために分かりやすかった。原作はというと追跡劇はそこそこであとは登場人物の一人語りという形式が取られている。これは何度か読まないと理解できない。
-
早川epi文庫で新装版が発売されるらしいです!
でも、タイトルが原題どおりに…
この「血と暴力の国」というタイトルは、正確ではなくても、原作の持つ迫力をよく伝えていて、気に入っていたので、ちょっと残念です…
ただ、原題こそ作者の意図だと読むとわかるので、やむを得ず…
またまた読みたくなりました。
実は、積読15年越しで読んだのでした…死ぬまでに再読できるかな… -
映画『ノーカントリー』の原作。 犯罪小説風だけど純文学の要素が強くてちょっと難しい。
過激な犯罪が増え、昔とは変わったアメリカ、罪の有無に関わらず人を殺していく殺し屋のシュガーは、現代のアメリカで起きる理不尽な暴力の象徴? 以前映画を観た時もあまり面白さを理解出来なかったけど、もう一度映画を観たら感想変わるかも。