赤めだか

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著者 : 立川談春
  • 扶桑社 (2008年4月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784594056155

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赤めだかの感想・レビュー・書評

  • [談の噺]落語家になると決めて親元から離れた談春(オレ)は、伝説の噺家である立川談志の弟子となる。矛盾に耐えろという師からの言葉を実践するかのような毎日が続くなかで、何度も先の不安に打ちのめされそうになるオレであったが、憧れや負けん気、そして嫉妬や師匠への愛が入り混じった感情が彼を落語の世界に引き止め、ついに師匠の面前で二ツ目の昇進試験を行う日がやってくる......。著者は、今は亡き立川談志の愛弟子であった立川談春。


    本からむんむんと情のにおいが漂ってきました。その情の一つひとつに笑わされ、ほろっとさせられ、考えさせられる。著者が落語家だからというつもりはまったくないのですが、なにか上質でくつろぎのある口上を聞いているかのごとき気持ちになりました。どこか人の弱さを代わりにぐっと呑み込んでくれるかのような文章の運びにも、なんとも言えない優しさとあたたかみを感じることができました。


    落語の世界の中でのそのまた立川談志の世界という中で繰り広げられる人間関係は濃密そのもの。それ故に師から弟子への言葉の中には、師のみが語ることを許されるであろう至玉が散りばめられています。それに応える弟子の側の粋もなかなか読み応えがあり、涙を眼にためながら「師匠よりオレの方が上手い!!」とのっぴきならない様子で言い切った弟子のエピソードには本当に泣かされました。

    〜落語家は伝統を語っていかなければいけません。当人の段階に応じた伝統を、落語を語ってゆく。そしてウケる根田を作ってゆく、それをこれからやってゆくのです。そして、最後には己の人生と己の語る作品がどこでフィットするか、この問題にぶつかってくると思います。〜

    立川談志って本当に桁違いの男だったんだなぁ☆5つ

  • 身長制限で閉ざされた競艇選手への道。
    立川談志の落語に出会い、弟子入り。
    家を出て、高校を辞めて、住み込みで新聞配達をしながらの前座時代。
    二ツ目昇進と真打ち昇進の試験。
    落語家を志してからスタートラインに立つ(真打ち昇進)までがとても正直に、時に滑稽に語られている。

    語りに引き込まれて、一緒に笑ったり泣いたりしているうちに談志師匠も兄弟子、弟弟子もみんな好きになってしまう。
    全編通して感じるのは談志師匠に対する絶対的な想い。
    小さん師匠の仰るとおり、「談春は談志に惚れ切っております」。
    ただただ、この人に認められたい。そんな一途さに感動した。

    自分のことを考えると、尊敬する先輩に認められたいという思いはある。
    お役に立ちたいとも思う。
    談春さん程のモチベーションではないとしても、その気持ちを大切にしようと思った。

  • 先日、テレビのチャンネルを変えている最中に、立川談志の「芝浜」をやっていて、思わず見入ってしまいました。
    私の中で毒舌のイメージばかりだった談志さんの落語を、ご本人の死後に初めて観て、その気迫に打ちのめされました。

    そして本書を読んで、さらに談志さんはすごい人だったのだと感じました。
    弟子であり、本書の著者である立川談春さんは、「談志は揺らぐ人だ」と書いています。
    人間誰しも、弱い部分や不安定な部分を抱えている。
    落語は「それが人間なんだよ」と肯定してくれる。
    そして談志さん自身も、身をもって「それが人間だよ」と示しているように感じました。

    ですが、芸人として一本筋が通っていることもひしひし伝わります。
    特に談志さんが談春さんに「お前に嫉妬とは何かを教えてやる」と言ったくだりは、こちらまで姿勢を正されました。

  • 立川談春の落語家人生の話。主に入門から二つ目になるまで。最近落語に興味が出てきており、興味深く読む。落語家の大変さ。読み終わった後、談志氏、談春氏の落語をYoutubeで見てみた。

    談志師匠のやはり変わっている生態や弟子たちのおもしろ話で、通勤中なのに吹いてしまう。楽しく読めた。立川流は落語業界では異端児である事や、あの時代お笑いに勢いやある種の品格さえ合ったなあと思わせる時代背景も面白い。

    映画も見てみたい

  • 歯を食いしばって頑張った経験はあるだろうか。
    10代で入門して、ちょっと思い込んだら、いやなんか間違っていても、師匠と呼べる人に出会って、そして、後輩に伝えていくことがある。
    真似はできないけど、ちょっとうらやましい人生です。

  • 落語が好きなので、なんとなく手に取ってよんだら、読みやすくて面白かった。
    談春と談志の関係ややりとりなど、とても心温まる内容だった。
    落語といえば、小さんさんが好きだ。談志と小さんの最後のやりとりは知らなかったので、ホロリと来た。師匠と弟子の関係ってすごいな。と思った。

  • 談志さんの何を知ってる訳ではないが、ボンヤリとしたイメージで偏屈なやたらと威張っている人って思っていたのですが。なんとも理論的で考えの深い、頭の速い人なんだなぁと。言い回しとか、言葉の組み方選び方が粋だなぁと。ちょっと立川談志ってカッコイイじゃないのーと、うまいこと騙されかかってる。

  • 立川談春が、前座時代の生活を綴った破天荒なエッセイ。「本当は競艇選手になりたかった」、意表をつく出だしから、とにかく、めっぽう文章がうまい。名人の呼び声高い談春ではあるが、文章家としても名人級です。
    新聞配達少年と修業のカタチ、談志の初稽古、師弟の想い、築地魚河岸修業、生涯一度の寿限無と五万円の大勝負など、一気に読んでしまいました。それにしても、私はまだ生で談春の落語を聞いたことがない、悔しいです。

  • 再読した。談志《イエモト》も落語立川流を興したばかりで、入門した談春は16才だった。書名「赤めだか」の元となるエピソードをつくった談秋は辞めていく。一緒に修業した関西(後の文都)は家元より早く鬼籍に入った。談々か、朝寝坊のらくは廃業し、そして亡くなった。そして家元も。30年ほどの年月の流れを意識しながら、読んだ。

  • 出てくる「修業時代とは矛盾に耐えること」という部分は宮藤官九郎脚本『ごめんね青春!』での「腑に落ちないくらい我慢しなさい!青春なんだから!」に通じている気がした。
    修行≒青春時代が過ぎた後は矛盾だらけで腑に落ちない世界で一人前として大人として生きていかねばならない。落語とは人間の業の肯定だと談志師匠は言われたそうだ。がんばったらなんとかなるわけでもない、かと言って一生懸命やることを誰かが否定することもできない。
    落語が人間の業の肯定だとすると小説って人間の業について知ろうとして潜っていくものなのかもしれない。『赤めだか』を読みなよとオススメしてくださった窪さんの『さよなら、ニルヴァーナ』最終回を読んだ後だったから自分の中でリンクしているのもあるが、オススメしてもらった理由はわかる気がした。
    立川流が本格派≒本書く派って言われるのは談志師匠一門の落語家さんが本を書いて出しているのは師匠譲りだとしても、噺を50席覚えないと二つ目になれないとか徹底的に落語を覚えて基礎をみっちりやる、噺のリズムを獲得するという前座修行で文体のリズムを体で覚えてるから書けちゃうんじゃないかな。
    師弟関係ってほんとうに不思議だなって思って。師匠に惚れて弟子になっていろんなものを引き継いだり教えてもらったりしながら師匠のコピーからやがて自分のオリジナリティーでアレンジしてまさしく守破離。魂を引き継ぐっていうか。

  •  立川談春の入門から前座時代の思い出話。おもしろい。つるつると読めるだけじゃなく、落語の世界の特殊さ理不尽さ、立川談志の特殊さ理不尽さが、ただの青春記では終わらない味わいになっている。エピソードのひとつひとつに、ああ、この人は師匠が好きで好きでたまんないんだなぁ……というのが、ひしひしと伝わってくる。それが、ただの「いい話」になるわけがないところが、また落語なんだなぁ……とも。
     ここんところ、立川流の寄席をいくつか立て続けで聞いているので、談春の同期・先輩・後輩落語家のエピソードなどもちょこちょこと書いてあると、顔が浮かんできておもしろい。とくにやはり志らくとのライバル関係(入門は談春のほうが先だが、真打になったのは志らくが先)の話は読み応えあり。志らくが「先に真打昇進試験の会をやる」と談春に告げる場面。
    「談春(アニ)さん、俺達立川ボーイズで売れ損なった。もうモタモタしていられないと思うんです。真打をきっかけにして知名度を上げたい点…それに……」
    「なんだ」
    「談春(アニ)さんを待っていたら、いつ真打になれるか、わからない……」
     そんなこんなで、志らくに先を越された談春が、自分の真打昇進を本気で考え始めるあたりがクライマックス。談春は、自分の昇進試験にとんでもないゲストを招くことを思いつくのだが……。
     師弟・友情・意地・人情……いろんな二字熟語が思い浮かぶ。とにかく、今時こんなに熱い青春記を書ける人はそういないと思う。とりあえず、立川流が好きな人はほっといても買うと思うけれど、「青春もの」の名作として誰彼なく勧めたい。

  •  立川流家元の直弟子の中でもいま一番チケットがとりにくいであろう談春師(志の輔師のほうが公演数が多い分。気のせいか?)の子供時代、弟子入りしてから、真打になる前の、前座修行のこと、築地での修行など事細かに。

     談幸師の『談志狂時代』が立川談志のことが好きで好きでしょうがない弟子による「ラブレター」であるとすれば、『赤めだか』は現在の談春がどうやって出来ていったか、という「履歴書」である。 どう違うかというと、『談志狂時代』は起こったことを全部書こうという一種の「記録」なのに対して、『赤めだか』は面白そうなところだけかいつまんで話そう、という一種の「ベスト盤」の立ち位置で文章をものしているんだろうなぁ、という。かといってこれがふたりの芸風を……とは言わない。言えない。実は談幸師の高座に当たったことが無いんですアタクシ。

     で、まぁ、面白いには違いない。んだけれども、文章で書くという手段がより成功しているのは、『談志狂時代』かなぁ……と、思うのです。
     何年前の花形演芸会か、談春師の「包丁」でボロボロ泣いた身としては談春好き好きフィルターちゅのがどうしてもあるけど、じゃあ、ほかの噺家が、師匠も代えて同じエピソードを書いていたら面白いかなぁ、というとそうでもない気がしてきた。

     並はずれて面白い読み物であることは間違いない。という前提の上で、まぁだいたいこういったことが云えるのではないかしらん。

  • 決して電車では読まないこと!

  • 立川談春の落語を聞いたことあるがとんでもなく上手い。
    談春の談志門下入門エピソードから前座時代の思い出が面白い。
    談志が語ったひと言が弟子にどのように響いたのかがわかる。
    「師匠なんていうのは、誉めるくらいしか弟子にしてやれることはない。」
    立川志らくとのライバル関係もオープンに書いてあるところが凄い。
    「己が努力、行動を起こさず対象となる人間の弱みをあげつらって自分レベルまで下げる行為を嫉妬という。他の誰かが同意してくれると安心してしまう。嫉妬は楽な行為。現実は正解であり、相手に並び抜くための行動をおくるべき。行動を起こせないものを馬鹿という。」

  • 立川談志については「頭が良くてアナーキーで天邪鬼で短気な江戸っ子」というイメージを持っていたのだけど、この本の著者であり弟子である談春の目を通した談志は優しくて寂しがりの天才だ。
    落語家の師匠と弟子の絆の深さに泣けた。深く垂らした紐を手繰ろうとするともつれたり切れそうになったり。それでも必死で手を伸ばして手繰り寄せ、師匠に少しでも近づこうとする弟子。
    最後に談春が真打になる場面が感動的。師弟の繋がりはは血のつながりより濃い。

    談志の言葉には私が説教されているような気持ちになるものが多くて、思わずメモしてしまった。
    そして、談春の兄弟子である志の輔は、本当によく出来た人なのだと実感。

  • 息をうつすように伝承される、落語という芸の愛の深さにしびれた。
    惚れて、惚れぬく師匠や仕事がある人生って素晴らしい。著者はそれらに、たった19歳で出会ったのだなあと思う。
    「粋」がぎゅうぎゅうに詰まった一冊。

  • 私自身、落語は一度も観に行ったことがありません。
    そんな私でも面白く読めました。
    全編通して伝わって来るのは、談春さんの談志さんに対する師弟愛でした。特に、嫉妬の意味について、談志さんが談春さんに説くところは、感動しました。

  • いまをときめく人気落語家がその地獄の修業時代をつづった半生記は、カラッとした文体もあいまってそんじょそこらの青春小説も吹っ飛ぶおもしろさ。

    「本当は競艇選手になりたかった」少年は、課外授業の寄席に登場した立川談志の「芸」(というかその「存在」?)に打ちのめされ、高校を中退し半ば勘当状態のまま立川流に入門する。そんな彼を待ち受けていたのは、「個としての自由も権利も認められない」、つまり「人間」として扱われない「前座」としての地獄の修業……。もちろん、その「地獄」の実体はといえばほぼ100%師匠(イエモト)である立川談志という破天荒な人物にあるのだが。

    ちなみにタイトルの「赤めだか」とは、談志が可愛がっていた金魚のこと。いくらエサを与えてもいっこうに成長しないその金魚をみて、弟子たちが密かに名付けたのがこの「赤めだか」という呼び名である。当時、落語協会を飛び出した草創期の「立川流」の内情はというと、まさにカオスそのもの。そんなカオス状態の中、未来への展望もなく溺れそうになりながら必死にあがいている自分たちの姿を、水がめの中で大きくなれずにいる「赤めだか」の姿に重ね合わせたのだろう。

    とかくハチャメチャと思われがちな師匠「立川談志」という人間を、「いや、そんなことはないのですよ、実は……」というのではなくハチャメチャなままに談春は描く。じっさい談春にとっての師匠(イエモト)とは、離れて忘れたほうが身のためと知りながら忘れきれない、思いきれない魅力をもつ「悪女」のような存在だと言う。そしてここに、師匠と弟子とが「愛憎」によってきつく結ばれた「立川流」の特殊性があるのかもしれない。

    一見したところ優等生的な印象のある談春が、まさかこんな無頼派とは…… その「意外性」もこのエッセイをいっそう楽しくしている。

  • 身近なひとだからこそ、素直に表現ができる。ほんとうに経験をしたことだから、素直に書ける。自分自身が弱い人間だとわかっているからこそ、素直にさらけ出すことができる。
    筆者のいまの立ち位置までの苦労、心理がほんとうに素直に表現されている書だと思います。
    また、同じう二つ目になられた志らくさんはじめ仲間への思い、前座での同期への思いもひしひしと感じられます。
    ここに立川流の固い絆があるのだなと教えられます。
    2011年11月逝去されたことは最近のドキュメンタリーでもみることができますが、著者の活字表現で立川談志師匠のほんとうの生の姿、ものすごさが表現されていると思います。
    その立川談志さん、落語の世界での師匠、弟子の関係とはほんとうにこういうものなのだな、でも企業の上司部下でもなにかしら考えさせられる部分はあるものだなと勉強させられました。
    談春さんの落語がみたくなりました。

  • 立川談志とのエピソードを交えた立川談春の半生記。すらすら読めるのは文章に落語家独特のリズムが備わっているからなのだろうか…。この本のタイトル「赤めだか」は本文中サラリとしか出てこないものの読み終えた後に、成る程と、談春の談志に対する愛情や尊敬がうかがえ、深く余韻を残すものだ。談志の言葉が心に残る。「修行とは矛盾に耐えることだ。」、「落語とは人間の業の肯定だ。」、「己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬というんです。」といった下りは談志の深い洞察がうかがえる。

  • 落語家に比べると、会社員なんてぬるいもんだと実感。特に談志が嫉妬について語るところにしびれた。「現状を認識して把握したら処理をすりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿という」
    早速TSUTAYAでCDを借りて聞いた。

  • 厳しいとは、想像していたが、落語の世界は、厳しい。最近の若者もある程度の厳しさが必要なのではと考えさせられた。若い方には、甘えから抜け出すために一度読んで欲しい。また、管理職の方には、教えるとは、談志のような教え方もあることを、知って欲しい。

  • 私は、いままで落語を聞いたことがない。
    読了後、談春さんの落語よりも、談志師匠の落語を聞いてみたうなった。youtubeを検索して、なるほどおもしろい。もっと見てみたい、DVDを借りようと思った。
    談春さんの評価よりも、むしろ談志師匠を含む周囲の人の評価をあげた本となっているようだ。
    特に、シューマイ屋のおかみさんのくだりでは感極まって涙ぐんだ。
    人が本当に困っているときに、手をさしのべられるのが、本当の優しさ。そうでない優しさは、自分の為にする行為であり、私の優しさはそちら側であったと気づいた時、とても恥ずかしくなった。

  • たまらん。何回も読み返している。

  • 立川談春の落語家人生のお話。談志と小さんの心情を記した最後のところは泣けた。
    談志の言葉のメモ。自分のために。
    現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う。

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サラリーマンより楽だと思った。とんでもない、誤算だった。落語家前座生活を綴った破天荒な名随筆。

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