乱読のセレンディピティ

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著者 : 外山滋比古
  • 扶桑社 (2014年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784594069964

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乱読のセレンディピティの感想・レビュー・書評

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  • 乱読大好きなんだけど…書かれていることが近づいたり、遠ざかったり…と読むのに時間がかかり苦しかった。けど途中で投げ出せないのは謎で…自分でもよく分からないけど、読了することが出来た。

    風のごとく、さわやかに読んでこそ、本はおもしろい意味をうち明ける。本は風のごとく読むのがよい。=67ページ=
    とあるので、さっそくやってみる。うん。そうかもしれない。ゆっくり読めばわかりやすい本があるように、この本は早めのテンポで読めばいいのかもしれない。

    だけど一日一章読むのが精いっぱいでした。なぜか部分部分面白いので不思議だ。そして〆はまさかまさかの朝活で終わるという…衝撃!おかしかった。

  • 『思考の整理学』の外山さんによる読書術な一冊。
    題名通りに“乱読”を軸にした読書のススメです。

     “風のごとく、さわやかに読んでこそ、
      本はおもしろい意味をうち明ける。”

    熟読も大事だが、それが全てではない、
    むしろ、熟読では気づけないこともあると、

    雑食かつ粗読が多い身として、なかなかに興味深い内容でした。

    そしてさらに興味深かったのは、次の点。

     “二十五年でさえ、同時代批評はのり越えることができない”

    イギリスの『タイムズ文芸批評』が二十五年前の誌面を再現したところ、
    ほとんどの書評が正当性を欠いていたとのことです。

    近いということはそれだけ、客観的な見方をするのが難しいと。
    逆に、これを乗り越えられるものは“古典”になるのでしょうか。

    ん、三十年くらい前のもの、何か探してみようかなと。
    そんな風に感じた一冊でした。

  • 朝読の話をさせてもらえるとなって、その前に本当は読みたかった本。

    私は、自分が乱読家だとは思っていなかったのだけど、まあいつの間にか量だけはこなすようになってしまった。
    じゃあ、さぞかし良書を沢山知っているのだろうと言われると、思い出せない本や何とも思わなかった本は沢山ある。

    でも、また懲りずに読書をしている。

    ちょうど、私が話したのは、本を読んでいると、読んだことが本に繋がるという奇妙な感覚が生じることがある、いうものだ。

    これを外山流に言うと、乱読のセレンディピティに当てはまるのかもしれない。

    意味は分からなくても、感動しなくても、蓄積するという準備があれば、このセレンディピティは発動する。

    乱読のススメに抵抗を覚える人はいるだろうし、私は熟読することもある場面では非常に大切な力であると思う。

    年齢と共に読み方は変わる。
    ぜひ、若い人にサラッと読みこなしていただきたい。

  • いつの間にか散歩と朝活の話になってた。

  • いろいろな本を読んで自分の糧にしたい、という思いを後押ししてくれそうなタイトルに惹かれて読んでみました。
    読書術、というよりも、著者の経験と読書や本のことを織り交ぜて、ひらめきという観点から綴った文章といった感。

    本を読むことで知識は得られるけれど、それは人の考えた借り物である。
    知識を貯めこむことに躍起になるのではなく、思考する力、すなわちよりよく生きるための力に結びつく読書をすべし。
    ショーペンハウアーの『読書について』(光文社)を読んだときと同じく、耳に痛いけれど、自分の読書を改めて見直す気付きを与えてくれるお言葉でした。

    また、読んで忘れることの大切さを強調しています。
    著者は「大事なことをノートしておこう、というのは欲張りである」と書かれていますが、私の場合、何もしないと本当にきれいに忘れてしまうので、ブクログでアウトプットしてから忘れるにまかせよう…。

  • 本を読み、こんなものを書いているくらいだから、私はそれなりの本読みだと思っている。
    読書のおかげで、幼い頃から、頭がいい、とか大人びた考えだと褒められることも多かったし、論文の試験やコンテストだって、それなりの成績を残している。
    それが私の自尊心、誇りだったのだ。
    しかし、その一方で、どうも自分の考えが他人からの借用に過ぎない気もしていた。
    もっとも、知識は誰かの発明や発見があって手に入れられるものだし、全く新しいものを生み出すことは現代では難しい。
    また、真似をしなければ、型が作れず、型がなくては型破りなどできない。
    とはいえ、この袋小路、一体どうやって出たら良いのだろうか?
    答えは、「忘れること」。
    いやいや、忘れるなとは人からも言われるし、自分だってよく言っているじゃないか!
    それをなぜ?
    著者は排泄が大事なのだという。
    食べたら出るのが自然の摂理、でなければ体の中で腐ってしまって、健康を害するのだから。
    毎日沢山食べて、沢山出してスッキリさせることで、新しいものが生まれる。
    新陳代謝だ。
    変化を恐れるな。忘れることを忘れるな!

    セレンディピティとは思いがけないことを発見する、の意で、イギリスの作家であるH・ウォルポールの造語である。
    この言葉の元となるセレンディップはセイロン、スリランカのことだそうだ。
    造語がこんなに有名になるとは、まさにセレンディピティ!

    著者は本書の中で、次々と新しい価値観を提示する。
    今まで劣等とされてきたものの良さを説き、優等とされてきたものの害を説く。
    乱読よりも精読、話すより書く、忘却よりも記憶、朝よりも夜。
    机の上で、無言で夜遅くまで細々と、という「ガリ勉」はもうやめよう。
    時代が降り、また、研究も進み、朝活だ、プレゼン能力だ、そんなことがもてはやされるようになってきたが、根元はあまり変わっていない。
    それを見直してみることで、今までになかったものが現れてくるかもしれない。

    本書は読書に限らず、様々なことに言及する。
    もしかしたら、自分の価値観と違うことも多いかもしれない。
    けれども、新しいことは必ずしも恐ろしいことではない。
    新しいものに出会えることこそ、人生の喜び、楽しみだ。
    さて、本書を通して、私はセレンディピティと巡り会えるだろうか?

  • 普段はあまりエッセイや評論を読まないのですが、この本は読みやすく、通読する事が出来ました。

    話の中心は、今までの常識を覆す様な「乱読のススメ」なのですが、その他にも読書論や編集者論、朝型生活のススメなどなど読書や書籍、思考全般に関する事が豊富な具体例と共に論じられていて、「知の巨匠」がどうやって出来上がったのか気になる方にも勧めたい一冊になりました。

     記憶の新陳代謝、忘却によって変化する記憶の美しさ=自然忘却の重要性というのに、忘れっぽい私は励まされました(笑)。

     難しい言葉で難しく論じなくても、高度な事を論じられるのだなあと思った一冊。

  • 著者の本は2冊め。

    1冊目は大変多くの人に読み継がれている『思考の整理学』だが、確か4、5年前にトライして、途中でアウトだった記憶がある。

    この本は、それに比べればずいぶんと取っ付きやすい印象。



    忙しい現代は、本があふれるようにあるのに読まれなくなった。

    本離れが進んでいる今だからこそ、時間をかけない乱読の価値を見出さなくてはならない。

    タイトルにあるセレンディピティとは、何かを探している時に、探しているモノそのものではなく、別のものを偶然につかみとるような能力の事を言うらしい。

    つまり、『乱読のセレンディピティ』とは、乱読によって得られる意外な効用の事。

    ほぼ内容を知っている本は、ゆっくりと読み込むアルファ読み、一方、内容を知らない本をざっくりと素早く読むベータ読み。乱読が出来る人とはこのベータ読みが出来る人のことをいうらしい。ベータ読みができない人は自分の専門分野の本しか読めない。たこつぼにハマってしまう、らしい。そっち側かなぁ。

    本を読むときによく挫折する人がいる。そういった人に勇気を与える言葉か書かれている。

    『自分のカネで買った本。買った以上読む義務のようなものが生じやすいが、読みかけでもこれはいけないと思ったらさっさと放り出す。嫌な本を読んでも得るところはない。』

    『気の小さい人は3,4冊よみかけの本をこしらえると自分の才能を疑う。・・・・ 本との別れをする。少し鈍いような人が度重なる失敗にもまけず続けていると、やがて開眼。本とはこんなにおもしろいものかと発見する。読書ではウサギがカメに負けるのである。』

    あたってる。

  • この本を読んで、読書に対する意識が変わりました。
    好奇心で本を買い、手当たり次第読み、忘れるにまかせる。
    読みたいときに、読みたい本を、読みたいページだけ。
    現代の読書方法で最も面白いのは乱読だと、僕もそう思います。

  • 乱読≒速読。
    セレンディピティ=思いがけないことを発見する能力。

    本を読んで得られる知識は多けれど、今の世の中「本」が溢れている。悪書も溢れている。そのなかでより多くの良書と出逢うためには、とにかく速くたくさん読むしかないということ。

    「風のごとく読む」

    速く読むことで頭が活性化される感じは分かる。机に向かってじっくり読もうとすると眠くなってしまうような本でも、本屋さんで手に取ってパラパラ立ち読みするとびっくりするほど内容が入ってくることがある。

    知識や、新たな発想のヒントを得たい時。浴びるように読むことで頭脳がビュンビュン回転して、思いがけない着想が生まれる。

    小説には向かない読み方だろう。読むスピードが速いと感情がついてこない。物語にはゆっくり味わう遅読が向いていると思う。

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