ひそやかな花園

著者 :
  • 毎日新聞社
3.60
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本棚登録 : 1961
感想 : 308
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620107561

感想・レビュー・書評

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  • すごいミステリーな感じで始まり読む手が止まらず。
    でも途中で謎がわかってくると少し違和感があった。

    男性に原因があって子供ができない場合、精子バンクを使う事が果たしていいのか?
    私は女なので男の気持ちはわからないけども本能というか男という性質上、他人の遺伝子で子供を作ると言う事が男にとっての苦痛なのではないかと思ってしまう。
    子供連れの再婚とかとはまた感覚が別で愛する人が今、他人の精子で子供を産むと言う事を果たして心は受け入れるのかと思ってしまった。
    世の中には受け入れれる人もいるんだろうけど、私が男だったら無理かもしれないな。
    それならいっそ、まったく無関係の子供を引き取って育てる方がずっと心の負担がない気がする。
    その立場にならないとわからないし、私は女だから絶対に理解できないんだけどね。
    ただ子供が欲しいと願う女性の気持ちは痛いほどわかる。
    そんな事を考えながら子供たちのいろいろな気持ちにも共感しつつ読んだ。

  • 前半まで一気に読ませます。

    早く展開が知りたくてぐいぐい読み進めた…。


    途中から展開が読めて、後半は失速ぎみでしたが。

    授かりものの命を何に替えても欲しいときがある人たち。
    父親たちの進行形の心情も知りたかったな。

  • 年に一度、いくつかのファミリーが集まって過ごした幼い頃の記憶をたどり、当時子どもだった男女が集まって、自分たちの出生の謎を解いていく。それは、配偶者との子どもに恵まれず、他人の精子で子どもを産んだ夫婦たちの集まりだった…。
    というストーリー展開そのものよりも、非常にナーバスな問題について考えさせられるところが大きかった。

    日本では違法であることを承知の上で、血のつながった子どもを切望する夫婦の気持ちは、よくわかる。子どもを持つことは、何物にも代えがたいものだと実感しているから。
    でも、それは単に自分の子を持つということ以外に、将来的に深刻な問題が潜んでいる可能性のあることを、夫婦はどこまで理解し覚悟しているのか。
    自分の卵子で妊娠出産を経る母親と、子どもが成長するにつれ、自分の遺伝子をまったく受け継いでいないことを突きつけられる父親と。その精神的なギャップは年々拡大していき、やがて夫婦の関係は崩壊し、子どもへの虐待にまで及ぶ。
    また、最初のうちは正義感に溢れ、人助けの精神を貫いていた医師が、徐々にずさんな形で精子の提供を受け入れていくようになったら。例えば遺伝的な病気や、知らないところでの血のつながりなど、生まれてきた子どもにとっては、取り返しのつかない大きな問題を抱え込むことになる。
    そして、医学的な父親が誰だかわからないことを知った、子どもの気持ちは。

    小説のなかでは、考えうるトラブルをさまざまな角度から提示している。自分たちで選択したものの、腹をくくり切れず、がたがたと崩れていく親たちの姿を見ていると、結局は無い物ねだりをお金で解決した結果なのかとも思えてくる。
    現実として、子を持てないことを悩み苦しむ夫婦も少なくない今日、安易に善し悪しを言うのではなく、難しい問題として考えさせられた一冊だった。

  • 2023.1.30-580

  • 子供の頃のこんなあやふやな不思議な記憶って、持ってる人、多いんじゃないでしょうか。
    時々ふと思い出しては、あれは夢だったのかなー。なんて記憶をたどってしまうことって、ありますよね。
    私もよくあります。

    この物語に登場する7人の男女は、幼い頃のキラキラした眩しくて楽しい思い出を心に秘めてそれぞれの人生を歩んでい行くのだけれど、大人になり、幼かった頃の楽しかった記憶と向き合った時、衝撃の事実を知ることとなるんです。

    知らなかったほうがいいこともあるし、でも知らなきゃいけないこともある。

    現実と向き合う勇気って必要なんだけど、でも私は知らないままでいるほうを選んじゃうかもなー。なんて思いました。

  • ★ ないわー
    ★★ 読みはしたけどうーん…
    ★★★ 良いんでないでしょうか
    ★★★★ よかった!
    ★★★★★ 買う!

  • 登場人物たちが共有した幼き日の「キャンプ」の記憶。
    それと同種の記憶が自分にもあります。
    広い庭と家でのパーティ、大勢の大人たち、学校の友達でも親戚でもない同世代の子供たち。
    おそらく父親か母親の友人たちの集まりに連れていかれたんだろうけど、場所がどこだったのか、その場にいたのが誰だったのか、表現することができないので親に訊きたくても訊きようもない。
    もちろんこの小説の「キャンプ」のようないわくありげなものではなかったと思いますが、この種の記憶って妙に深い印象として心に刻まれるもの。
    そんな誰しもが持っていそうな既視感を刺激するシチュエーション構築は非常に魅惑的であります。

    物語は中盤で「キャンプ」がどのような集まりだったのか、その真相を明かし、再会した大人になったかつての子供たちがそれぞれに抱く心傷を整理し癒していく過程を丁寧に追っていきます。
    この部分も興味深いといえばその通りなんですが、彼ら彼女らの運命があまりに特殊であるがゆえに何となくピンとこないものが残ったのは正直なところです。
    それはそれでいいのかもしれないけど、前半部の子供時代の記憶が極めて既視性が高かっただけに、特殊性に流れた後半部とのバランスがよくないように感じました。

  • 非配偶者間人工授精(AID)で生まれた子供たちが、自らの出生、親と子、夫婦、家族のあり方を求めて、彷徨う物語。生物学的父親は誰なのか。親子とは。
    重たいテーマですが、子供が出来ない人が、どうしても子供が欲しいというのは、良くわかります。考えさせられるテーマでした。

  • 毎日新聞日曜版に連載していたのを読んでいたのが9年前。

    ………9年!?∑(゜Д゜;≡;゜Д゜)

    完結したのかしてないのか、ずっと小骨のように引っかかっていた作品。再読になるのかな? 連載でほぼ完結してたね。
    当時の私はまだ未婚で、その後結婚して、不妊治療して子どもを授かるなんて想像していなかった。しかも人工授精で。(AIH)

    後半、母親になれるか不安になる樹里に、母が「始まってしまったら迷ってる暇なんてない」「親になると決めたんだから」的な(※引用ではないので適当)一文があるが、実際に親になった私にしてみると、なんか違和感があった。
    決めたって、やっぱり迷うし、決めたから親になるわけじゃない。「親になるんじゃない。子どもに親にしてもらうんだ」ってどこかで聞いたことがあって、私はそちらの方がしっくりくる。
    本編とは全く関係がないけれど(›´ω`‹ )

    紀子がモラハラ夫を捨てたのにはスカッとした。紀子が気にって、前半はすごい勢いで読んだ。
    私によく似た紗有美には、悶々、チクチクさせられた。私は新しい扉を開けるだろうか。

  • 生まれてきた経緯や家族のせいではなく、この世に生まれてきた以上、自分で扉を開いていかなければ何も始まらないのだと教えてくれる一冊。

著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年『幸福な遊戯』で「海燕新人文学賞」を受賞し、デビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で、「野間文芸新人賞」、2003年『空中庭園』で「婦人公論文芸賞」、05年『対岸の彼女』で「直木賞」、07年『八日目の蝉』で「中央公論文芸賞」、11年『ツリーハウス』で「伊藤整文学賞」、12年『かなたの子』で「泉鏡花文学賞」、『紙の月』で「柴田錬三郎賞」、14年『私のなかの彼女』で「河合隼雄物語賞」、21年『源氏物語』の完全新訳で「読売文学賞」を受賞する。他の著書に、『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『月夜の散歩』等がある。

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