- Amazon.co.jp ・本 (389ページ)
- / ISBN・EAN: 9784622045939
作品紹介・あらすじ
往診先での医師と家族のあり方を描いた表題作をはじめ、独自の文化論「きのこの勾いについて」まで。精神科医としての観察と感受と寛容が生んだ38エッセイ。
感想・レビュー・書評
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最近、ちくま学芸文庫から出ている中井久夫コレクションよりも、やはり先に出ていたみすず書房のものの方が中身が充実している気がする。特に、この第2エッセイ集の文章は脂がのっている。
冒頭2編は、珍しいくらい自分の体験に踏み込んで語っている。
まず表題作の「家族の深淵」は、一般的な往診論から始まり、クライマックスでは、ある少女の家庭を往診した事例が語られる(ある程度モデファイされてはいるのだろうが)。「チューニング・イン」して少女と感覚を共有するという不思議な話。
次の「Y夫人のこと」は、精神科医になる直前に下宿していたある韓国人の夫人について。時代の流れの中で、中井がウイルス学から飛び出す経緯が語られる。近年、出版された匿名での若書き『日本の医者』と併せ読むと面白いだろう。また、中井の祖父について、註の形を取りながら本文に負けないくらいのボリュームで、重ね合わせるように語られる。
この冒頭2編の密度に圧倒された。他も興味深いエッセイが多い。
「精神病棟の設計に参加する」
神戸大学の精神科病棟「清明寮」について。図面やイラスト入りでの解説。なんで、こんな話がかくも面白いのか。
ギリシャ現代詩に関する一連の文章
カヴァフィス、E.M.フォースターとの関係を東地中海でのイギリスの情報活動とつながりがあるのではと。まさに『アレクサンドリア四重奏』の世界だが、中井によれば、あれはまたダレルの個人的世界であると。しかし、メンズ・ノンノやHanakoにカヴァフィスが取り上げられていたことがあった(1991年)とは。バブル侮りがたし。また、カヴァフィス詩にある「ゴシップ性」についても。シェイクスピア、T.S.エリオットにも共通すると。
「執筆過程の生理学」
ボクはものを書くわけでないが何となく分かる。初期高揚→中期抑鬱→「振動」→「立ち上がり」→「離陸・水平飛行・ドーピング」→「収束」→「校正」→「外回り工事」→「終結儀礼」。外回り工事なんて項目をしっかり立てるのはこの人らしさ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
言語リズムの感覚はごく初期に始まり、母胎の中で母親の言語リズムを会得してから人間は生まれてくる。喃語はそれが洗練されてゆく過程である。さらに「もの」としての発語を楽しむ時期がくる。精神分析は最初の自己生産物として糞便を強調するが、「もの」としての言葉はそれに先んじる貴重な生産物である。成人型の記述的言語はこの巣の中からゆるやかに生れてくるが、最初は「もの」としての挨拶や自己防衛の道具であり、意味の共通性はそこから徐々に文化する。(『家族の深淵』中井久夫)
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精神科医、中井久夫さんのエッセイ集。とある精神科の先生から借りて読みました。
「患者を治療者の(治したいという)欲望の対象にしてはならない」という一節が何度か登場するけれど、とても心に沁みた。自分も設計という行為を、その結果としての建物を己の欲望の対象にしてはいないかと常に自問していきたい。
そもそもこの本を薦められたのは、「精神病棟の設計に参与する」というエッセイが収録されているためで、内容もさることながら著者のアクソメ図がカラーで数点収められているという珍しい本だから。病院設計に携わる人間として、とても興味深く読み進んだ。
その他のエッセイも珠玉の小品多し。設計に興味がある方にも、そうでない方にも楽しめる1冊。 -
精神科医である中井久夫の第2エッセイ集。
ちなみに、私は、タイトルにもなっている「家族の深淵」というエッセイをお薦めします。これだけのために本書を買っても、全く高いと思いません。
最近は手に入りにくくなってきているようです。
興味を持たれた方は、急いで注文してください。 -
jyuwa-っと読んでしまった1冊