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みんなの感想・レビュー・書評
"美術としての写真"に僅かに残る違和感を、丁寧に摘み取り、言葉にしてくれたように感じ、少し肩が楽になった。
考えて写真を撮ったり、悩みを持って写真と向き合っている方に勧める。
また、カバーを取り去った本の装丁がとても綺麗で、本の厚み、レイアウトも素晴らしい。本棚に飾りたくなる本であり、旅行などに持っていき、常にそばに置いておきたくなる本である。
ナポレオン皇帝の写真を見るということは、ナポレオン皇帝を見た誰かの眼になるということである。この事実は驚くべきことなのだが、一緒になって驚いてくれる人はいない。映画その他の映像の仲間とは別に、なぜ写真は存在するのか。写真は、ただ一度しか起こらなかった偶発的なものとして二度とふたたび繰り返されることのないあるがままのものとして、ある。
【目次】 Ⅰ 1. 「写真」の特殊性 2. 分類しがたい「写真」 3. 出発点としての感動 4. 「撮影者」、「現像」、「客観」 5. 撮影される人 6. 「客観」──その無秩序な好み 7. 冒険としての「写真」 8. 鷹揚な現象学 9. 二重性 10. 「ストゥディウム」と「プンクトゥム」 11. 「ストゥディウム」 12. 知らせること 13. 描くこと 14... 続きを読む »
ところどころ理解が及ばないところもあったけど、「ストゥディウム」と「プンクトゥム」の説明とかわかりやすかったし、話の大筋は理解できたと思う。
まとめもわからない部分があったけど、「現実がイメージに支配される」っていう記述がめちゃくちゃかっこよかった。
ソンタグが写真を社会との関わりを通じ社会批判しているのならば、バルトは写真と対話することで内的世界、解答のない人間にとっての大命題に向かう。
写真にまつわる随想。
「それは=かつて=あった」物の写実としての写真を論じるバルトは、ここでは批評の姿勢をとらない。彼は一人の抒情の人として危うく懐古へと傾こうとする。そこにはこの昔の思想家のたどった小さな人生がある。
「写真を見るときには、あのときに被写体から放射された光線と、そのときに発射される私の視線とが出会う」と語るのは、やはりバルトである。
バルトの好ましくやさしい人柄が表れている。
写真論。論文としても読めるし、私小説としても読めてしまうって驚き。かなりメランコリーに傾いてはいるけれど・・・でも写真史にとっては重要な一冊。文章に、行間に、余白に、母への愛がそっと息をしている
プンクトゥム(一般的関心事)/ストゥディウム(突き刺してくるもの)。
「かつてそこにあった」という写真のノエマ。
去っていってしまった人たちへの郷愁。
バルトの私的な記憶にまつわる写真論です。奥底に流れるバルトの人間らしさに触れると、なんともいえず感動することでしょう… この本の後で『失われし時を求めて』を読むと、また違った視点からプルーストを味わえると思います。
バルトは個別的なことと普遍性の間のギャップという問題意識を長く持ち続けたような気がする。この写真論もその問題意識上にあるだろう。個別性をダイアン・アーバス的に普遍性へとつなげようとする姿は、たぶん失敗しているにせよ感動的。
大学入学当時ある先生が「ここに入ったからには在学中に読みなさい」と言っていた三冊のうちの一冊。読みやすいようでいて難解。難解なようでいて読みやすい。哲学書のような写真論ような。ロランバルト好きです。






