部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話

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制作 : Werner Karl Heisenberg  山崎 和夫 
  • みすず書房 (1999年11月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (403ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622049715

部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話の感想・レビュー・書評

  • ・「それでは君は、その時代の文化的発展に寄与したいと思う個人は、歴史的な発展がちょうどその時代に彼のために準備してくれた可能性に従うべきだと言うのだね?もしも、モーツァルトがわれわれの時代に生まれていたとしたら、彼も今日の作曲家と同じように無調の実験的な音楽しか書くことができないのだろうか?」
    「そうだよ。僕はそうだったと思うよ。もしもアインシュタインが十二世紀に生きていたとしたら、彼はきっと何も特に有意義な自然科学的な発見をすることができなかっただろうとね。」

    ・私にとっての出発点は、今日までの物理学の立場からは全くの驚異としか言いようのない物質の安定性ということでした。私が安定性という言葉で言おうとしているのは、いつでも繰り返して、同じ性質を持った同じ元素が現れるということ、同じ構造の結晶がつくられること、同じ化学結合が生ずるということ、等々です。このことは外からの作用によって引き起こされた多くの変化ののちでも、鉄の原子は結局、ふたたび正確に同じ性質を持った鉄の原子であるということを意味しています。このことは古典力学では説明のできないことですし、とくに原子が惑星系と相似性をもったものとするとなおさらです。
    ―ニールス・ボーア

    ・原理的な観点からは、観測可能な量だけをもとにしてある理論を作ろうというのは、完全に間違っています。なぜなら実際は正にその逆だからです。理論があってはじめて、何を人が観測できるかということが決まります。観測というのは、一般に非常に複雑な過程であることがおわかりでしょう。観測されるべき現象が、われわれの測定装置に何事かを引き起こします。その結果として装置の中でさらに別の現象が発生し、それがまわりまわって、遂に感覚的な印象をつくりだし、われわれの意識の中へその成果を定着させます。現象からわれわれの意識の中への定着までのこの長い道中にわたって、自然はどのように作動しているかということを知らねばなりません。われわれがなにかを観測したということを主張したいなら、自然法則を、少なくとも実際の面で知っていなければなりません。ですから理論だけが、すなわち自然法則の知識だけが、感覚的な印象からその基礎にある現象について結論することをわれわれに許すのです。
    ―アインシュタイン

  • 物理科学だけでなく、生物学、哲学、社会、政治に関しても著者の着実で深い思考の一端を垣間見ることができる。専門分野や時代を超えて、一流の知性に接することができることを有り難く感じた。

  • dialog Platon ティマイオス
    Sommerfeld Pauli Bohr Dirack
    Einstein Plank Ratherfourd
    schurodinger

    量子 

    参画

    行き着くのは市場に膾炙した理。
    ただ、論理を通したものであるか、あてずっぽなのかという違い。

    重い

    この違いには気づきにくい
    中にいればなおのこと。

    ひとつのことしか見ないようにして
    もしくは項目を絞ってなさんとするのは
    人間を引き受けたものの企て。
    それゆえ、死角が生まれ、盲者になりもする。
    己の占める領域意外に関しては全くの門外漢である
    この者たちは、べつの視座若しくは視点を必要とする。
    人間360度常々見ているわけにもいかなければ
    見ることなどそもそもが不可能なのだ。
    他者の存在を必要とすることは、
    人間を引き受けることから始まる。

    己の死角を穴埋めすること。
    変わりに後ろや足元を見てくれる人を
    何なら前だっていい。
    欠落した存在、絶えざる未完成な存在。
    受難だけでは足りない。
    諦念を有するだけでも、重さを獲得するだけでも。
    今日我々は、妥協しなければならない。
    前の世代までには、完全へ完全で完全に達さねばならないと思い己自身に重さを与えて生きてきた。
    足取りは重く、厳かに、己自身に
    神を与えて、神聖化することで
    説明のつかなさをごまかそうとした。
    一切が均一化され均された現在は
    いくべきあてが定まらない。
    それでも
    「この次は」というなくなる事のない
    この問いを我々は一つの世紀が変わるたびに
    掲げ続けねばならない。

    そのたびに生じる死角に
    補填をすること。

    量子力学の登場は。

  • リーダーの本棚技術経営のあり方学ぶ
    科学技術振興機構理事長 中村道治氏

    2015/7/19付日本経済新聞 朝刊

      尊敬する物理学者の自伝を常に手元に置き、技術経営のヒントを得ている。











     大学で原子核物理を学んだので物理学者の自伝的な本に興味があります。超一流の人が書いたものは物理学の話のレベルが高いだけでなく、社会とのかかわりや研究所の運営などの深い考察が記されたものが多いように思います。1972~73年、勤めていた日立製作所の制度で米カリフォルニア工科大学に留学し、研究の進め方や厳しさを学びました。帰国後、中央研究所で部長職に就き、組織運営などについて考えていた頃に、旧ソ連の物理学者、ピョートル・カピッツァの講演などを集めた『科学・人間・組織』の広告が目に留まって購入しました。


     カピッツァが英国のキャベンディッシュ研究所にいた頃に指導を受けた(原子核物理学が専門のノーベル賞受賞者)ラザフォードから「君は足踏みしているね。結論はいつ出るのか」といつも言われていたエピソードが出てきます。カピッツァは厳しさを感じたものの、ラザフォードは励ましのつもりで、若手の独自性、積極性、個性を伸ばそうという意識が強かったと書かれているのを読み、雰囲気がカリフォルニア工科大と似ていると感じました。


     カピッツァは休暇中に旧ソ連で拘束され英国に戻れなくなりましたが、低温物理学で業績をあげノーベル物理学賞を受賞しました。この本で一番教えられたのはメンター、つまり師の大切さです。日立の中央研究所でも現場を大切にし、一人ひとりの研究者の声を聞くよう心がけました。さらに、日本流のチームワークを大切にし、高水準の研究を製品に結びつけていけば海外にも勝る強みを発揮できると確信しました。


     世の中を変える大きな成果を出す研究には20~30年かかります。科学技術振興機構などが手掛ける研究も同じです。優秀な人材が集まり、挑戦できる環境を維持することこそが技術経営だと思うに至りました。1つの研究分野を立ち上げるには10年単位の時間がかかりますが、組織が弱るには1日あれば十分です。実はキャベンディッシュ研究所は90年代以降、ノーベル賞受賞者が出なくなっているようです。海外から多くの研究者が来て、独創的な研究のるつぼのようだった環境が失われたのが理由だと聞いたことがあります。


      科学技術が細分化しすぎ、専門分野に特化した研究者が増えている最近の傾向が気になる。


     (ミクロの世界の物理法則である)量子力学の立ち上げにもっとも貢献したウェルナー・ハイゼンベルクの『部分と全体』は、タイトルにひかれて買いました。原子論や量子力学の誕生の過程が生々しく描かれていますが、それだけでなく自分自身と周囲、科学と社会、科学と行政などの関係も実に深く洞察しています。科学哲学の書ともいえます。


     人間は細胞が集まって器官ができ、それが協力しあって全体としての恒常性を保っています。一方、科学技術は進歩を続けるなかで、どんどん細分化されてきました。個々の計算や実験、理論と、背景にある物理学、生化学、天文学、さらには人文科学、社会科学を関係づけて考えることの大切さがタイトルには込められています。当時の指導者たちの、物事を考えるスケールの大きさに触れ、視野が広がりました。


      科学技術を離れ、落ち着きたい時には小説を手に取る。


     夏目漱石の小説は高校時代から繰り返し読んでおり、おそらく全作を10回は読み返しています。今でも半年くらい仕事で突っ走って、疲労感が出たときなどに息抜きに手にします。休みの日に、家でゆったりとした気持ちで読むことが多いですね。なかでも気に入っ... 続きを読む

  • 量子力学を確立した3人の物理学
    ■ヴェルナー・ハイゼンベルク
    ■ニールス・ボーア
    ■ヴォルフガング・パウリ
    の3人を中心とした回顧録。量子論と哲学が話題の中心。

    以下、メモ

    表現方法とは、概念を把握し、理解するための枠組み。つまり、新しい表現方法を確立するのは、新しい概念を把握できたということの証。そして、こういった新しい表現方法が生まれることで、人々はそれを応用して、それの土台に立って、更に新しいものを見れるようになる。アインシュタインの相対性理論もベートーヴェンの音楽的手法も、どちらも新しい概念を形にできたために革新性があった。
    この視点からは、2つの考えが導き出される。
    1つ目は、革新性は「新しい表現方法を考えること」にあるということ。
    2つ目は、「新しい表現方法」はあくまで理解できる形にする枠組みを、それまで上手く掴めなかった「内容」に与えるだけなので、何か新しい「内容」を自ら創造しているわけではないということ。その形では表せなかった新しい「内容」は、社会や大衆といった一般が生み出した精神性や空気感であって、それを上手く形にして提示してくれるからこそ、多くの人の心を動かすことになる。

    結局、コンテンツではなくてフィールド(形式)を作り出せる人を天才と言うのかもしれない。

    「理解する」とは、相互作用の仕組みを理解して、今起きている現象を把握したり、未来に起こる現象をある程度予測したりできることを指す。外見的には無秩序でこんがらがっていても、それを何か既知の定理に集約できるとき、つまり、多様性を一般的な簡単なものに帰せしめることができるとき、人の思考は安心感を得る(思考の経済性)。

    政治や宗教的な意見の対立の際、暴力や汚職といった不正を働くことがあるが、わざわざ不正に頼るということは、そうでもしないと自分の考えが多くに浸透しないと、正当な方法では浸透できないような考えであることを告白しているようなもの。

    自然科学は「正しいか・誤っているか」を巡る問題なのに対し、宗教は「価値が有るか(善)・価値がないか(悪)」を巡る問題である。しかし、一部には、宗教がその価値観を説く際に用いた比喩を、さも真実かのように理解しているために、自然科学との間で意味のない「正しさ」争いを繰り広げることになる。

  •  著者は高名な物理学者。学者仲間や学生たちとの対話を再現することで,十代のころから半世紀間にわたる,彼の思想遍歴をたどるという趣の本。
     ちょっと前にファインマンの本を読んだけど,ものすごく対照的。ファインマンは陽気であっけらかんとしていてユーモアもたっぷりなんだけど,ハイゼンベルクはなんか…真面目。対話のシチュエーションは,けっこうハードな山歩きだったりとストイック。まあ時代と環境の違いによるものかもしれないが。
     なんせ,ハイゼンベルクが高校生のときに一次大戦でドイツは敗れ,三十代ではナチスが政権をとって,その後彼を含めた物理学者たちは原爆の開発に協力させられたという時代だから,無理もないかもしれない。
     ともあれ,対話に登場する人々は錚々たるメンバー。師のゾンマーフェルト,ボーア,同世代ではパウリ,ディラック,ほかにアインシュタインやフェルミなど。対話の内容は,量子論,哲学,生物学,政治,戦争と多岐にわたる。
     アメリカの実用主義,実証主義には一貫して批判的で,「人間存在とは」みたいな問いを常に持ちながら思索を深めていた様子。過去の対話を完全に再現できるわけはなく,執筆時からの再解釈が多く入り込んでいるとは思うけど,つじつまはあっている感じ。
     彼は若くしてノーベル賞をもらっているが,全然その話は出てこなかった。行列力学をひらめいたときのことや,不確定性原理についてはいろいろと書いているけど。とにかく哲学哲学していてかなり読みにくかった。
     ユーモアはまったくないけれど,ワイルの『空間、時間、物質』を読んで物理を志し,ゾンマーフェルトに見込まれ,パウリともその話で意気投合するといった冒頭の記述など,なかなか引き込まれる部分も。ただナチス政権下,戦時下,戦後も原爆の衝撃下,の思索が大半なのでやっぱりちょっと気が滅入る。

  • 量子力学の確立に大きく寄与した物理学者ハイゼンベルグの自伝的エッセイ。アインシュタインとのやりとりなど科学史に興味のある方なら楽しめる一冊。

  • いちおうは学生時代に物理をやったものとしては、ずっと読みたかった本です。ノーベル物理学賞を受賞したハイゼンベルクの自伝的な本ですが、物理の知識は必要ありません。もちろん、すこし知ってるとより楽しめると思います。
    「部分」と「全体」って言葉がいいですね。このことに直接触れているわけではありませんが、結局はすべてが「部分と全体」なんだと思います。

  • 長い歴史の中で証明され、積み重ねられてきた科学体系(この場合はアインシュタインまで含めた古典力学)に対し、やはり堅実な積み重ねと発想とで、全く新しい学問体系(この場合は量子力学)を生み出す過程を、内部からの視点で描いた貴重な記録。既成の価値観から離れることの難しさ、革命的な「発見」がいかに地道な努力と常識的な判断の積み重ねで生み出されるのかなど、生き生きと感じられる良書です。

  • ■書名
    部分と全体

    ■筆者
    ヴェルナー・ハイゼンベルク

    ■選書理由
    元多摩大学学長である中谷巌氏の推薦書

    ■内容
    ・不確定性原理を導いたノーベル物理学賞受賞者ハイゼンベルクの自叙伝。

    ・本書の大部分が、アインシュタイン、ボーア、パウリなどの世界を代表する科学者との会話が中心となっている。

    ・すばらしい物理学の発見がいかに生み出されてきたのか。
    そして、科学が政治、芸術、思想、哲学といったさまざまな背景に囲まれて醸成されてきていることが示されている。

    ■所管
    科学に携わったことがある人なら、
    必ず自分の中にある知的好奇心をくすぶられる一冊です。

    なぜか。
    単なる自分の考えの道筋を追うというスタイルではなく、
    多くの他者との会話・議論によって自分の考えがまとまっていく過程を示している。
    公式や理論といったまとまった形が作られるまでの
    背景を鮮明にあらわしていて、天才科学者が何を考えていたのかを
    知れることがとても興味深く感じます。

    しかしながら、
    残念なことながら、
    自分の読書力では十分にハイゼンベルクの哲学を完全に読み解くことが
    できませんでした。
    時間を置いてまた読みたい1冊です。

  • 率直に言って、極めて知的好奇心と刺激を受ける内容になっている。
    ハイゼンベルグと言えば、不確定性原理が有名で、量子力学の発展に
    多大な貢献をした事で有名だ。

    本書を読めば、著者は今でいう高校生の頃から並はずれた知識と洞察力、哲学的思考を
    持っていた事が分かる。天才とは、このような人を言うのだろう。しかし、
    本書の内容は、決してそのような自慢話ではない。では、何か?

    それは、

    1.他者との会話の中で、自らの思考の整理とアイデアが生まれる事

    の重要性を説いてる内容であると個人的には思う。そして、それを裏付けるように
    本書の大部分は、多くの研究者との会話で成り立っている。

    そして、そのような会話の重要性は個人的にも非常に重要である事は、強く認識している。
    1人で考えていても、良い事はない。多くとは言わないが、信頼できる確かな人に
    相談し、意見を仰ぐ事は決してマイナスな要因にはならない。

    肯定的な意見は、発展はなかなか望めないが、疑問を付く意見、否定的意見は、それを
    飲み込むこみ、咀嚼し、骨にする事で発展は望めるので、本当は否定的意見の方が、
    新たなアイデアを生むという事に関しては、有益であると言える。

    ただ、受け止める側がそのように思わないと、なかなか難しい。
    そして言う方も、より良いものにして欲しいから、言い方にも気をつけなければならない。

    と、話が脱線してしまったが、話をもとに戻すと
    高校生や大学1年生にぜひ読んで欲しい本であると思う。

    ぜひ一読をお勧めしたい。

  • 【自然科学の歩みを理解するために】
    自然図2F一般図書 289.3:H473 (新装版)
    図開架 289.3:H473
    医保図書室 420.28:H473b
     若くして、行列力学(量子力学)の確立に寄与した物理学者の自伝。哲学的な深みがあって、味わい深い。

  • 06/4/17L 4/17〜5/2
    確かに多少難しいが、さすがハイゼンベルグと思わせるような哲学的な本。

  • 知的刺激にあふれた一冊のようで気になる。

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