他者の苦痛へのまなざし

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制作 : Susan Sontag  北条 文緒 
  • みすず書房 (2003年7月9日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (155ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622070474

他者の苦痛へのまなざしの感想・レビュー・書評

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  • どれだけ悲惨な写真や映像を見せられたとしても、他者の痛みなんて本当に知ることはできない。だからといって、そこで写真というメディアに絶望するのではなく、希望を持つということ。知ることはできないけれど、それをきっかけに考えることはできる、ということ。

  • 戦争、報道写真を主題に。

  • 哲学的な話かと思ったら戦争写真の分析の話だった。日本語のタイトルが良すぎるじゃないか

  • レポートのために再読。

  • うーん
    なんていうか。ごめんなさい
    戦争写真論だけども、考察が浅い

    読みすすめるのが苦痛だけど内容的にライトっていうめずらしいごほん

  • アメリカの作家・哲学者であるスーザン・ソンタグによる、戦争写真や映像、それらに類する苦痛を表した媒体を多角的に考察し論じた著作。
    結論から言えば非常に当然かつ退屈な意見でした。写真が齎す不快感や痛みの表象は必然的に体験した者にしか知り得ないものであり、写真を介したオブザーバーの位置にいる人間からすれば無感動・無関心です。無論、可哀想と思ったり何とかすべきだ、と考える者も大勢いますが、行動には移さない者がマジョリティでしょう。
    また、兼ねてより撮影者の主観によって歴史の一部を切り取った戦争写真は政治的目的で利用されてきたとも論じていますが、それも写真が持つ特性としては必然で、関心は持てませんでした。
    写真と戦争や悲惨、人間の情動の関係性を探究したいという方にはオススメですが、写真に興味がない方にとっては辟易することになるかもしれません。

  • 他者の苦痛に対して私達は相反した感情を持つことが出来る。苦痛に対する共感から目を背けてしまいたいと思う感情と、芸術的興味から、もしくは単純な興奮からもっと見ていたいと思う感情だ。70年代にソンタグが執筆した『写真論』の続編とも呼べる本書では、あらゆるものがスペクタクル(見世物)と化し戦争と日常が地続きとなってしまった21世紀の現代において、戦争写真を論点の中心におきながら私達の想像力の可能性について述べていく。「残酷な映像をわれわれにつきまとわせよう」という言葉はとても気高く、誠実さに溢れた言葉だと思う。

  • ここにあるのは明確な示唆ではなく、著者自身の逡巡の足跡そのものだ。

    それにしても「批評」という行為は罪深い。いままで考えもしなかった自明な事実に対して、疑問を投げかける余地があることを人々に気付かせる。批評とその対象。批評に対する批評…に対する批評。思考の階層がどこまで深くなれば、人間は解放されるのだろう。いや、潜る先に光はないのかもしれないな。

    深く暗闇に没したまま死を迎えるその瞬間、あらゆる思考から開放される。ただそれだけのことだ。

  • 「他者の苦痛」とは端的に言えば、映像化された惨事、もっと具体例をいえば、戦争を写した写真や映像を意味している。たとえ、人が同情や憐憫、或いは人道的な怒りを胸に秘めて見たところで、そこに映し出されたものは「他者」の苦痛でしかない。ソンタグが問おうとしているのは、第三者が他者の「苦痛」を見ることについての当否である。

    ソンタグは、まず、フェミニズムの視点から戦争反対を訴えたウルフの『三ギニー』について触れながら、その中で同じ写真を見た二人が安易に「われわれ」と括られていることに疑義を呈する。映像は様々に解釈されうる。戦争の悲惨さを表現した写真が、そのまま戦争に対する批判を生むとは限らない。見る側の立つ地点がちがえば、その写真は被害をもたらした者への報復、復讐の思いを喚起することもあるからだ。ソンタグは、残虐な行為を眼にするたびに幻滅を感じたり、信じられないと思ったりする人間は成熟しておらず、道徳的に欠陥があると考える種類の人間である。一枚の写真を見る行為にも政治的な立場の選択がはたらいていることを明らかにする。

    絵画は作者が別人だと判明したときに偽物となるが、写真は被写体が本物でないときに偽物となる。絵画と比べて写真はより真実に近いという思いこみがある反面で、写真には常に「やらせ」疑惑がつきまとう。クリミア戦争から硫黄島に掲げられる星条旗の写真まで、より真実に見えるように加工された多くの例を挙げて、いかに過去の映像が作られたものであるかをソンタグは証している。問題は作られた映像にだけあるのではない。自国の戦死者の顔は見せないという了解事項や大量死の映像の秘匿に見られる検閲の事実は真実を伝える写真という媒体に対する疑いを深める。

    ソンタグはかつてその『写真論』の中で、大量に流される映像の過剰がわれわれの良心を麻痺させ冷淡にさせていると述べたが、今回の著書ではそれを訂正する。確かにTVに代表されるメディアは映像を陳腐化してはいるが、だからといって世界はメディアが作り出した「虚構」ではない。巨大な悪や不正は現実に存在し、それによって苦しむ人々がいる。映像の持つ限界は認めつつも、「残虐な映像をわれわれにつきまとわせよう」とソンタグは主張する。たしかに「映像が提示するものに対してわれわれは何も成し得ないという挫折感」はあるが、「誰かを殴るという行為はその行為について考えることと両立しない」。一歩退いて考えることもまた、知性を持つ者のなすべきことであるからだ。

  • nofrillsさんのブログ「ごらんなさい、と写真は言う」
    の中にあった一冊。http://nofrills.seesaa.net/article/295323411.html

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他者の苦痛へのまなざしの作品紹介

写真は戦争やテロに対して抑止効果をもつのか?ゴヤからコソヴォ、9・11へ、自らの戦場体験を踏まえつつ、戦争の惨禍と映像の関係を追究した最新の写真論。

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