そこに僕らは居合わせた

  • みすず書房
4.43
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感想 : 23
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622077008

作品紹介・あらすじ

17歳で終戦を迎えた著者は、「軍国少女」から、戦後は価値の180度の転換を迫られた世代-自らの体験や実際に見聞きしたエピソードから生まれた20の物語。ナチスの支配下、全体主義の狂気に「普通の」人びとがのみこまれてゆくさまを少年少女の目を通して描く。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史上の事件を語るとき、どの国とどの国が戦争をした、どこそこの都市が侵攻された、何万人の人々が犠牲になった、等の記述がある。それはそれで、出来事として捉えるわけだが、そのとき、そこにいた市井の人々は、何を思い、どのように行動し、その結果、どうなったのかは、そうした記述からは当然のことながら、なかなか見えてこない。

    本書は、第二次大戦時、ドイツ領であったボヘミア(現在はチェコ領)で十代を過ごした著者が、数十年の時を経て、当時の姿を描き出した20編からなる短編集である。著者が実際に経験したこともあるし、見聞したこともあるが、基本的には事実を元にして書かれたものだという。
    1つ1つは歴史に残る大きな事件というわけではない。暮らしの一コマであり、当時としてはありふれた出来事であるだろう。
    だが、それらは、戦争の中で暮らすとはどういうことか、残酷なほどに鮮やかに切り取ったものとなっている。
    当時の少年少女が体験したことであったり、現在の少年少女が当時を調べる形であったり、いずれも若者の視線が生きた物語である。

    冒頭の1編(「スープはまだ温かかった」)で描き出されるユダヤ人一家連行のシーンは、鮮烈で印象的である。恐怖のあまり抵抗する老人、転がり落ちる帽子、それをくわえあげて褒めてもらおうとする飼い犬、どっと笑う見物人。車が走り去った後には老人のメガネが落ちている。主人公の少女はそれを拾う。その後、少女の一家は母に導かれて、その家のまだ温かい昼食にありつくのだ。近所の人々もわっと押しかけ、目当ての家財を奪っていく。
    少女はおばあさんになった現在も、老人のメガネを持っている。この出来事の思い出とともに。
    石を投げられたものは傷を負う。だが、石を投げたものも、そして傍で見ていただけのものも、やはり傷を負うのだと思う。それは心に刻みつけられ、容易には癒えない。

    子だくさんの母を讃えるための行事が皮肉な結果を招く「賢母十字勲章」、ずっと猟に憧れていた少年の思いが暗転する「追い込み猟」、洗脳の怖ろしさを感じさせる「おとぎ話の時間」は、いずれもつらい話だ。
    一方で、祖父が孫に精一杯のことをする「ランマー」、ほんとうの友情とは何かを描く「それには勇気がいる」、無名の農婦の大きな温かさが心に残る「お手本」のような話もある。大変な状況下でも、人がすべての善を投げ捨てるわけではないことを著者は静かに描き出している。

    本書中で1作を、と言われれば「守護天使」をあげたい。主人公の少女の祖父母は、チェコで生まれたドイツ人であり、戦後、生まれ故郷を追われている。数十年後、少女を伴い、懐かしの故郷を、期待半分、怖れ半分で再訪する。かつての自宅にはチェコ人の家族が住んでいる。祖母は、家の中で、自分が大切にしていた守護天使の絵を見つける。
    やるせなく、けれど温かい。一種、希望の話だと思う。

    著者は、これらの作品を執筆するまでに、半世紀以上の時間を必要としている。美しい姿ばかりではない、人の見たくない姿・むしろ忘れてしまいたい姿も多く目にしてきた。言うに言い難い葛藤を抱えて、しかしなお書こうと決心したのは、今自分が語らなければ、当時を知る者がいなくなる、という思いからだ。
    最後の1編の主人公は、近付きがたかった祖父の遺品の中に軍国少年の作文を見つけ、それを遺しておこうと決める少年、パウル(「輝かしき栄誉」)。これをこの作品群の締めくくりに置いた著者の切なる思いに胸を打たれる。

  • 4.44/97
    『《「おばあちゃんがお手本にしてる人っている?」
    「昔はたくさんお手本にしたい人がいたわ。……思っていたような人と違ってがっかりさせられたこともあるわね。最初のお手本はもちろん両親よ。そして、十歳になってすぐ少女団にはいると、アドルフ・ヒトラーがお手本になったの」
    「ヒトラー? ヒトラーって大悪人でしょ? なぜヒトラーなの!?」
    「子どもたちは、ヒトラーはドイツで一番えらい人だと教えられていたの。戦争が終わる数日前に、ラジオでヒトラーが死んだと聞いたとき、私は悲しくて泣いたわ。ヒトラーのいない世の中も、ヒトラーなしの人生も想像できなかった……」》
    大戦下、ナチスの思想は都市・農村をとわず組織的に国中に浸透し、〈世界に冠たるドイツ〉の理想は少年少女をも熱狂させた。祖国の正義と勝利を疑わず、加害者でも被害者でもなく、しかし時代の狂気に翻弄され……
    17歳で終戦を迎えた著者は、「軍国少女」から、戦後は価値の180度の転換を迫られた世代。「この時代の証言者はまもなくいなくなる。だからこそ、真実を若い人に語り伝えなければならないのです」——自らの体験や実際に見聞きしたエピソードから生まれた20の物語。』(「みすず書房」サイトより)


    目次
    スープはまだ温かかった/潔白証明書/九月の晴れた日/賢母十字勲章/十一月のある朝/追い込み猟/おとぎ話の時間/スカーフ/ランマー/会話/価値ある人とそうでない人/すっかり忘れていた/人形のルイーゼ/アメリカからの客/どこにでもある村/それには勇気がいる/守護天使/沈黙の家/お手本/輝かしき栄誉


    スープはまだ温かかった
    (冒頭)
    『私はよく列車で旅をする。ついこのあいだも、特急列車の窓際の席で、次に手がける本の構想を練っていた。向かいの長細いテーブルをはさんだ席にはひとりの老婦人がすわっていて、物思いにふけっているようだった。』


    原書名:『Ich war dabei』
    著者:グードルン・パウゼヴァング (Gudrun Pausewang)
    訳者:高田 ゆみ子
    出版社 ‏: ‎みすず書房
    単行本 ‏: ‎248ページ

  • ドイツのナチス支配下に生きた普通の少年少女の物語。著者自身の体験や実際に見聞きしたものを、限りなくノンフィクションに近い形で描いている。

    否応もなくナチスの「民族浄化」に居合わせることになった少年少女。
    自ら進んで居合わせることを切望した少年少女。
    全ては大人が差し出した教育によって植えつけられた。

    巻末の訳者あとがきに、著者がこの作品を執筆した理由を書いている。

    -パウゼヴァングは、「負の歴史」こそ敢えて語り伝える必要があり、それを次世代、次々世代に言いおいていかなければならないと考えている。人は過去から学び、過去を知ったうえでこそ新しい未来を構築できる。

    ドイツだけではない。この作品に描かれていることを心にとめていれば、きっと皆が平和に暮らせる。

  • 「これを語れる人がいなくなる」・・戦争・事件・災害で良く語られる言葉だ。
    20Cの証言の筆頭の一つに来ると断定できるナチスドイツと同時期を生きたドイツの人々の歩み。
    経験したもので無いと見えてこない様々な美醜感情や本能。

    掲載されたショートストーリーはフィクションの形をとっているが間違いなく「戦争の中での日常』を描いている・・しかも子供の目を通して「逡巡・疑問・怒り・悲しみ・憐憫等々」が綴られている。

    20のエピソードに登場する人々は髪や肌の色、語る言語、宗教はもとより先祖の歴史は様々。ヒトラーはそれをひっくるめアーリア人の優生を国家社会主義精神のもとに巧妙に組織立てして行った。教育はその完全なる道具として。

    教育、洗脳、刷り込み・・種々の表現があるが若い頃にそうしてインプリントされた傷がいえるまでとてつもない時間が要ったと筆者は語る。。。客観し言葉化するに必要な時間が。

    訳者高田さんが語っている~パウゼバング作品の底流をなすものは「自分でモノを考えることしなかった(できなかった時代への猛省だと言う。
    渡しも残された時間が少なくなってきた。孫に継ぐ精神としてこの素晴らしい思惟を伝えて行きたい・・自分で空気を読み、流れを察知し、自らの歩む道を考えるという事を。

  • ナチス時代のドイツで子供時代をすごした人々の眼を通して、普通のドイツ人がその時代をどのように過ごしたかを描く短編集。これは日本でも同じだと感じた。語り継ぐ人たちはもう少なくなっている。

  • 原題:ICH WAR DABEI

    ナチス支配下に生きた十歳から十七歳までの「ふつうの」ドイツ人少年少女をめぐる20篇の短い物語。
    いずれも現在は老人になっている本人が、当時の大人の行動や考え、社会のありようを回想しながら語るものもあれば、孫世代の子どもから投げかけられた質問に答えていくうち記憶の中から引き出される証言もある。

    あまりにも日常生活の延長に起こっていることばかりなのが、怖い。人のちょっとした行動、保身に走る行動には、この人たちを責められない気持ちになる。

    現代に置き換えると、自分たちにも今ISが行っていることを止められるのか・・・ということになれば、同罪のような気持ちになる。

    1スープはまだ温かかった
    2潔白証明書
    3九月の晴れた日
    4賢母十字勲章
    5十一月のある朝
    6追い込み猟
    7おとぎ話の時間
    8スカーフ
    9ランマー(地ならしの道具)
    10会話
    11価値ある人とそうでない人
    12すっかり忘れていた
    13人形ルイーゼ
    14アメリカからの客
    15どこにでもある村
    16それには勇気がいる
    17守護天使
    18沈黙の家
    19お手本
    20輝かしき栄誉

    P68ほんの短いお話さえ、はかりしれない絵今日をもたらすものです。ああ、シェーファー先生。いったいあなたは私たちに何ということをしてくれたのでしょう!

    P112ヒトラーだって北方人種じゃない

    P160「おまえ一人、みんなと違うことをするなんて!どう思われるのかわかってるのか!」

    p219そしたら驚いた。そうじゃなかったの。まず一つめジャガイモはフランス人、二つめはドイツ人、三つめはフランス人、そして四つめはドイツ人。そうやって二人は平等に食べることができたの。肩を並べて、実に平和にね。エルナは「おいしくおあがりなさい」と言うことも忘れなかった。やさしい気持ちは伝わるものなのね。二人も「いただきます」と言うと、顔を見合わせてにっこり笑ったのよ!驚いたわ。でも、なぜ自分が驚いたのかその時は言葉にできなかった。ただ、この農家の台所では、ふだん学校や少女団で教わったのとは違うことが起こっていると感じたの。何年かたってやっと、それがなんだったのか理解した。エルナは彼らに、勝者のドイツ人や敗者のフランス人としてではなく、同じ人間として接したんだって。エルナにとっては二人とも、まず第一に人間だった。それ以外のことはさして重要じゃなかったの。ナチスが、ドイツ人であることは人間であること以上に大切だと説いていた、そんな時代に、エルナは当然のように敵国人同士を平等に扱ったのよ」

  •  一般市民に刻み込まれた、ナチスドイツ下の忌まわしい記憶。本書では、ナチス体制のもとで揺れ動く一般市民の様子が描かれています。その恐ろしさは、ナチスによるユダヤ人への迫害という行いのみによって語ることはできません。多くの一般市民が迫害を強いられ、ときに進んで加担していった。そこに、人びとの忌まわしい記憶があります。

     迫害に加担する人は特別に悪い人だったわけではありません。本書の「会話」に登場する男性は、妻との議論を楽しみ、花や動物を愛し、村じゅうの子どもたちからしたわれる男性でした。しかしナチスの考えを信奉していました。「おとぎ話の時間」の教師は、楽しいお話をしてくれる優しい先生でしたが、そのおとぎ話によってユダヤ人への凶悪なイメージを子どもたちに植え付けました。

     本書が伝えているのは、そうしたナチスドイツ下の出来事が、その当事者にいまなお深い傷跡を残しているということです。本書に登場するナチスドイツ下で生きた人びとのなかには、当時のことについて固く口を閉ざし、「ユダヤ人はいなかった、なにも起こらなかった」と嘘をつく人も少なくありません。それは今なお忌まわしい記憶として現前しています。

     しかし、そうした記憶も当事者が減ってゆくなかで薄れつつあります。消えゆく記憶は愛国少女だった筆者にとっても忌まわしい記憶に他ならないわけですが、あの時代の恥ずべき行為を忘れ去ってはならないという強い思いから本書の執筆に至ったようです。本書には、まさにその恥ずべき記憶が、悪意や善意、共感や憎悪とともに記されているのです。

  • 時通っていた女子ギムナジウムの生物の授業で「人間の共同体とその維持」について学んだ時、その課は「遺伝の本質について」「民族と種族」「危機に瀕した民族」などの章に分かれていた。教科書に書かれいた内容は特に驚くようなことではなかった。およそそのことは既に知っていたし、人種や民族に関しては国語のテキストや演説や政治がらみの学校行事などで、しょっちゅう聞かされていた。私たち生徒のまだやわらかい頭にも、白黒はっきりした先入観が植え付けられていたのだ。それは次のようなものだった。ドイツには様々な人種がいる。最も優秀な人種は北方人種で最上位に位置する。もっとも低級な人種はユダヤ人である。ドイツ国民はこのユダヤ人から自らを守る必要がある 。

  • 市井の人に、それぞれの物語がある。大きな声では語れないものもある。隠しておきたいこともある。でも、今聞きたいことがある、、、聞かなくてはいけないことがある。そう強く感じさせてくれた本。

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