美しい書物 (大人の本棚 ) (大人の本棚 )

著者 :
  • みすず書房
3.57
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  • (1)
本棚登録 : 116
感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622080961

作品紹介・あらすじ

「金魚の魚拓を一枚作ってくれませんか、形は天から火のように墜ちてくる恰好、つまり頭が地上に向き、尾が天に向く恰好、にして」ある日、若き編集者であった著者のもとに届いた室生犀星からの一枚の葉書。やがて魚拓が完成し、その手を離れるまでのなやましい日々を描いた「炎の金魚」ほか、名ブック・デザイナーにして名文章家による40篇のエッセイ。装幀やルリユール(製本工芸)、様々な出会いについて、ひとつひとつの出来事を、丁寧に、丹念に、たしかめるように書く。まるで、手仕事そのもののような味わい。

感想・レビュー・書評

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  • ルリユールである栃折久美子さんの、美しい装丁の本。
    糸綴じ本だから180度しっかり開ける。手ざわりは柔らかい。
    洗練された気品ある佇まいのこの本に、どれほど会いたかったことか。
    「大人の本棚」シリーズを教えてくれたブク友さんには感謝してもしきれない。

    40篇のエッセイは、装丁や製本、作家さんたちとの出会いをひとつずつ丁寧に語っていく。
    本づくりの立場から書かれた本をいくつも紹介してきたが、これほど率直に装丁への思いを語る本に出会ったのははじめてだ。
    凛とした矜持が、気持ちの良い職人のエッセイにもなっている。
    「お仕事」などというやわなものではない。ここにいるのはプロの職人さんだ。

    「室生犀星と私」では、金魚の魚拓を依頼された出だしから心を掴まれる。
    首尾よく完成して後々「火の魚」と題した本を読んでみれば、自分自身がいつの間にかモデルになっていた。作家の眼力に感心するところだが、室生犀星さんは結構女性好きでお茶目な方だったらしい。

    「本のいのち」と「ルリユール工房から」では、惜しみなく職人の思いを語る。
    栃折さんの工房で手製本を習っている青年から手紙が来る場面がある。
    はじめて一人で作った処女作に見入り「今になってかなり興奮しています」
    「なんというぜいたくな本でしょう」という部分に、栃折さんが思わずお礼を言う。
    素人がはじめて作った本だから技術的な未熟さはある。
    それを「ぜいたくな本」と感じる彼の心が貴重なのだ。
    彼のような仲間がいる限り、工房を守っていこうと思いを新たにする。
    私はここで、ふいに涙ぐんでしまった。
    「美しい書物」を作る人の矜持は、同じように美しい。

    さる文学賞の授賞式に招かれた際の話。
    展示してある本が全部「パルプ紙に印刷された無線綴じ」の本であることに失望してしまう。
    長持ちしないパルプ紙に、糸で綴じずに接着剤でまとめた本。
    一度読んで読み捨てるなら構わないが、それだけで良いのかと問う。
    本の消滅は「知的荒野」に陥ると指摘している。
    賞金の代わりに、何百年ももつ形にしてほしいと考える著者や出版社はいないのか。
    せめてそういう著作だけでも何冊分かは手すき和紙に刷ってほしい。後の世代のために。
    これが栃折さんというルリユール職人なのだ。

    「美しい書物」への熱い思い。
    それが確実に技術として継承されていることに、応援せずにいられない。
    ヨーロッパ修行時代を語った「モロッコ革の本」を読んでから15年以上経ったろうか。
    あらゆることに対し「ものを注意深く見、手ざわりを確かめながら事を進めて行く」姿勢。
    背筋が伸びるいくつもの言葉の数々に魅了される。
    本の手ざわりを確かめるように、丹念に読んだ至福の時間だった。
    この本を「大人の本棚」シリーズに入れてくれたみすず書房さんにも感謝をおくりたい。

    • nejidonさん
      猫丸さん♪
      森有正さんとは長年恋愛関係にあったようですね。
      尋常ではない切なさで書かれていました。
      古風でもありストイックでもある方だ...
      猫丸さん♪
      森有正さんとは長年恋愛関係にあったようですね。
      尋常ではない切なさで書かれていました。
      古風でもありストイックでもある方だと思います。
      そこが良いのですよ!
      2021/03/17
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      nejidonさん
      栃折久美子の最近の刊行物は?と思って調べたら、なんと1928年生まれ!素晴らしいなぁ(感激して震えています)
      nejidonさん
      栃折久美子の最近の刊行物は?と思って調べたら、なんと1928年生まれ!素晴らしいなぁ(感激して震えています)
      2021/03/19
    • nejidonさん
      猫丸さん♪
      そうです、素晴らしい方なのですよ‼
      ご理解いただけて嬉しいです!
      猫丸さん♪
      そうです、素晴らしい方なのですよ‼
      ご理解いただけて嬉しいです!
      2021/03/19
  •  「金魚の魚拓を作って下さい。」という、室生犀星先生からの無理難題を聞いて、「金魚の魚拓なんて、残酷で悪趣味だと思います。」という手紙を書きながらも、それを本の表紙にしたいという先生の思いを叶えるため、毎日、金魚屋に「死んだ金魚がいたら下さい。」と通われた栃折さん。そうしてなんとか出来た、室生犀星の小説「蜜のあはれ」の見事な表紙。そしてその制作を巡って栃折さんと先生のやり取りを小説化された「火の魚」。
     筑摩書房の編集者をしながら、装幀をし、やがてブックデザイナーとして独立されて、ルリユール教室も主催された栃折さん。装幀の仕事とはどこからどこまでなんだろう。栃折さんは決して“デザイナー”としての自分を前に出されるわけではなく、出版社の編集者時代からの作家とのお付き合い…会話や所作の小さなことまで尊敬と思いやりとユーモアを大切にしてきた葉脈の上にふっくらと肉づき、陽光を受けた葉っぱのようなお仕事をされてきたのだろうと思った。
     印刷物という平面へのデザインではなく、“造本”という科学を基礎に置いた栃折さんのブックデザイン。ここに書かれた文章は1970年代中心なので、今から読むと時代錯誤と受け取られかねないことや逆に“先見の明”を感じられることがあるが、何れにしても約50年前のブックデザイナーの言葉だからこそ、深く心に刺さった。以下抜粋。

     いま書店で売られている本は大部分が「パルプ紙に印刷された無線綴じの本」です。……パルプ紙は長持ちせず、百年もたたないうちにボロボロになります。……「無線綴じ」というのは、印刷した紙を折りたたんで重ね、背で綴じ合わせるのに、糸を使わず、接着剤でまとめる製本方法のことです。糸綴じの場合、たとえその糸が機械製本用の細くて弱いものであっても、丈夫な麻糸を使って手かがりで直し、再生することが可能です。無線綴じで作られた本は、背の折り目が完全に切り落とされるか、僅かな部分だけ残して切り込まれているかしているので、かがり直すことが出来ません。 

     なかに何が書いてあるかを知るだけなら、「本」を手元に置く必要はない、と考えることができます。でも、ブラウン管に写し出された文字を眺める「読書」は本を読むことの部分にしかすぎないのではないでしょうか。宇宙飛行士が、目の前にぶら下がっている何本ものチューブのなかから、好みのものを選んで口に入れ、「食事」をするのに似ています。……本の本質は内容であって、しかもそれだけではない、ということを私は痛切に考えています。本は食器や家具と同じような「品物」でもあるのです。
    〈抜粋終わり〉

     昨年亡くなられた栃折さん。最近の文章を読んではいないが、電子図書やネットでの「読書」が可能になった現在の文化をおそらく全否定はされていなかっただろうと思う。それはそれで、ますます手軽に多くの人が本の内容を読むことが出来、エコでもあると私も思う。そのせいで本がますます売れなくなってきているのは問題だが、「本の内容を広める」という役目を他のメディアが担ってくれる時代になったからこそ、後世に残す「容れもの」ごとの本という文化のあり方を今一度見直すことは出来ないかと思う。
     栃折さんのブックデザイナーとしての作品を沢山見てみたいのだけれど、検索しても殆ど著作のほうしか出てこない。
     栃折さんの主催されていた池袋のカルチャーセンターのルリユール教室は今でもあるそうだ。行ってみたいが、東京なので行けない。残念。

  • 金魚を飼っています。金魚の魚拓だなんて!と思いどんなエピソードなんでしょうと気になって取り寄せてみた。
    室生犀星氏との交流が粋すぎてうっとりする。ご自身のことを小説に記されているなんて。本に対する眼差し、装幀家、ブック・デザイナーとしての、製本に対する心構え、真摯さ、丁寧な手仕事そのものに胸を打たれる。
    製本工房から(1978年)製丁ノート(1987年)ルリエール二十年を加えて再編集
    以下抜粋
    「室生家では、私はもう過去の人になり、近頃では先生は水のような顔をして私を見ていらっしゃる」「先生は、その一人一人に似合った顔を見せ、先生の文章のかけらを、まるでめいめいにお小遣いでも分けてくださるように、与えられた。」
    「人にも本にも、出会う「とき」というものがある。」
    自身の仕事を「本に着物をきせること。本の顔をつくる役目。パッケージ・デザインの一種。着付け師。」など衣服に例えたり、「皮膚」という言葉を使っていたらしい。「記憶の容器を作る工人」(種村季弘さん記事の引用)
    「目に見えないものから目に見える品物の形になるという、ドラマチックな変身の瞬間」

  • 『美しい書物』栃折久美子 - 持ち歩ける庭のように
    http://raffiner.blog70.fc2.com/blog-entry-2160.html?sp

    栃折久美子『美しい書物』(みすず書房) - 四谷書房日録
    https://yotsuya-shobo.hatenablog.com/entry/20120114/p2

    美しい書物 | みすず書房
    https://www.msz.co.jp/book/detail/08096/

  • 本が作られる目的は、読者に届けるため持ち運びに便利で量産可能な、読み保存するという実用に適した、お金で買うことができ所有することに満足する見て美しい品物…という一文にグッときた。

  • 装幀やルリユール(製本工芸)について、もっと知りたくなる。
    自分でやろうと思うには、広大な沼の予感がヒシヒシとするのでおいそれとは近寄れませぬー。
    活版印刷も素敵よねぇ。
    序盤の室生犀星さんとのエピソードが微笑ましくも切ない。

  • 本を創って、造る。この人最強やな。

  • 装丁家の著者が携わった本に関するエッセイ集。「炎の金魚」は室生犀星に「童女」と称されつつも、そのムチャぶりに必死に応えた若かりし頃の著者に顔がほころんでしまいます(●'◡'●)

    This book, written by book cover artist Kumiko Tochiori, is full of humorous articles.

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