ノイズ―― 音楽/貨幣/雑音 (始まりの本)

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制作 : 陣野 俊史[解説]  金塚 貞文 
  • みすず書房 (2012年4月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622083511

ノイズ―― 音楽/貨幣/雑音 (始まりの本)の感想・レビュー・書評

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  •  1977年に書かれたジャックアタリの音楽と貨幣と雑音についての考察。音楽とは何か、そこから次の時代を理解することができると。神に供える音楽、そこから儀式から集団に対する音楽へ。その過程で、貴族占有支配から自由に。そのかわりに、経済と結び付き始める。転機が訪れたのは、反復つまり録音することによって、大量生産の社会を生み出した。演奏と反復を区別する。本物とニセモノ。音楽の持つ危険性や雑音は反復の中で消え去る。まさに、ituneの登場を予言しているし、案の定音楽は消費財になって、全てを失った。まるで、今の音楽の話しをしているかのようだ。

  • 音楽を暴力の緩衝材としての儀式殺人的供犠とみるならば, それは音楽だけではなく, 興行全般に果てはまるのではないか。拡大解釈の範囲が広すぎる接近法に感じる。それはおおよそ生活時間における平均的な割合によって, 心的志向性が何に向けられているのかによる。それは心理的ネゲントロピーを形成するわけではなく, むしろ心理的エントロピーを形成することの方が多い。(これは音楽聴取行為に自らがどのような構造を設定するかによる。)この場合, 音楽に権力論を適用するならば, それは政治的ネゲントロピーの形成を阻害しているともいえるが, 聴取者が一定以上の批判的思考機能を持ち, それに関わる機会費用が政治的ネゲントロピーの形成を阻害しない程度に適量であるならば, それは現代においては, 単純に聴覚快楽の追求であるとみなすことができるように思う。また, 音楽の嗜好性を交換することは, 個体がどのようなサブモダリティに快楽を得るのかを示す指標機能をもち, サブモダリティの操作によってこの快楽を意図的に発揚させるという点において, 著者の述べるように, たしかに, 音楽は欲求不満者をその無限反復再生可能性のなかで半無意識的に忘れさせ, 信じさせ, 黙らせる権力の効率的道具となりうる。(ただし, ここでいう「音楽」と「権力」の二語はこの現前性を含む他の様々な表象に代用可能である。これらはあくまで比喩にすぎない。)

  •  宗教的な儀礼から始まり、特定の場所で演奏を楽しむ機会が設けられるようになる。そして、大量に生産され何時でも何処でもレコードで聴けるようになった音楽の歴史を振り返り、その未来を考察する。
     が、しかし、2012年の印刷・発行なのにデジタルに関する記述が全く無い、訝しく思い訳者あとがきを読み進めると原著は1977年の出版とのことでした。
     音楽の未来は抽象的で難解ではありますが、新たな音楽ではなく、新たな音楽の作り方についての考察であるところが、打ち込みなどによる宅録や初音ミクなどを髣髴させ、さすがはジャック・アタリの面目躍如です。

  • 音楽の変遷から社会の変遷を読み取る本。
    儀礼➡演奏➡反復➡作曲?
    と進む。

    今は反復の時代。

    iPod向けの音楽生産は、間違いを無くし、綺麗に精製したもの

    世間一般の大勢に向けた、メッセージの薄いもの


    大量生産社会は、人間どうしのやり取りを少なくして、効率化してきた。その時間を、今度は、大量生産された音楽で埋めている。
    音楽により、個々人の暴力は爆発せずに済んでいる。


    現代の日本人が大人しいのを、この反復につなげたくなる。
    凄く面白かったけど、もう一度ゆっくり読んで、理解を深めないと、わからない所が沢山。

  • 請求記号:762.3/Att
    資料ID:50064811
    配架場所:図書館1階西 学生選書コーナー

  •  この本のタイトル「ノイズ」は、ノイズ・ミュージックのノイズを指しているわけではない。
     原題Bruitsは英訳すればNoiseだから正しいのだが、どうも私たちが「ノイズ」という語からイメージするものとは異なっている。どうやら著者アタリは、この本の中で実に様々な意味でBruitsを使っている。単に耳障りな「雑音」という意味から、音楽をも含めた「音」全般、あるいは通信理論における、メッセージを疎外する不要な情報要素といった意味まで。
     この点、どうも惑わされてしまった。おまけに、ジャック・アタリの文章は論理の筋道がわかりにくいことが多く、訳文もちょっと生硬ですらすら読みがたい。・・・けれども、それでいて、この本を読んだことは素晴らしい経験であり、大いに考えさせられると共に、私の読書ノートを何ページもメモで埋めてしまったのだ。
     著者は理工系出身の経済学者で、政治にも手を染めている有名人らしいが、歴史や他文化に関する知識の蓄積は凄まじい。音楽は全然専門ではないはずなのに、この本では彼の、素人とは全く思えない音楽知識の豊富さ、理解の適切さに驚愕させられた。しかも、音楽の専門家には無いような視座を展開してくれる。
     この本は、「社会現象としての音楽」をめぐる社会論的な著作である。

     古代社会における音楽については、「供犠/殺人/暴力」に随伴するもの、あるいはそれを代理表象するもの、として考察されている。何となくバタイユっぽいが、私にはちょっと疑問だった。古代社会における音楽の役割はそれだけではなかったろうから。
     さて時代はくだって、中世の吟遊詩人の頃は、(教会音楽を除いて)民衆的な音楽とは下卑た猥雑なものであり、社会に害するものと見なされていたらしい。貴族に召し抱えられても、ほとんど奴隷に近いような待遇。
     音楽家の地位は徐々にあがって、近代に至ると音楽は経済秩序に組み込まれ、スター的な演奏家も出現する。
     そして現代では、レコードによって音楽は無数に複製され大量生産される、「死」そのもののような「反復」の時代となる。そこでは意味が否定され、差異が消滅するのだ。
     とりわけ「ヒットパレード」での「ランキング」が、現在の消費者にとって唯一の指標となっている、という指摘は素晴らしい。その通りだ。その世界観は音楽ばかりか、いまやすべてを覆っている。何でもかんでも、ランキング次第なのだ。

     終章で、「死」としての「反復」に抵抗する策として「作曲」をあげている。
    「自分一人で、世界との自分一人の関係を創造し、こうして創造された意味において他者と結びつこうと試みること」(P.234)
     この著書(1977)の時点では想像もつかなかったほど、現在はコンピュータ、インターネット、各種小型デバイスやDTMが広がっている。私も好き勝手に「作曲」をしているDTMerの一人なのだが、アタリが期待を寄せた「作曲」とは、こんな状況のことだろうか? だとしたら、あまりにも楽観的すぎたのではないだろうか?

     けれども、音楽は常に多義的なものであることを、ジャック・アタリは見抜いている。ときの権力がいかに利用しようが、経済がいかにそれを組み込もうが、音楽は音楽としてありつづけ、一面的にとらえようとすればすぐに逃げていってしまう。
     それが音楽という謎であり、いまだに科学によってもほとんど全く解明されていないこの領域なのである。
     この本を読むことで改めて、音楽について考えざるを得なくなった。とりわけ現在の「大量生産」の状況と、そこに居合わせる自分の音楽とは何か、ということについて。
     こういう本には滅多に出会えない。

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ノイズ―― 音楽/貨幣/雑音 (始まりの本)の作品紹介

音楽の変容を通し描出される、消費社会/文化の近未来図。アタリ的/根源的音楽史観。

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